第三十三話 進軍
簡単ではありますが、キャラクターのイメージを画像生成で載せています。
翌朝――。
施設の門前には、黒毛のパキラが数十体ずらりと並んでいた。
赤い瞳が不気味に光るが、魔族を使役するタシュッドの手綱で繋がれた群れは、蹄を鳴らしながらも静かに待機している。
その前に立つエルディオが、地鳴りのような声を上げた。
「お前ら! 怖じ気づくな! 俺たちがやらねば、誰がやる!この地で暮らす人々は、俺たちに“明日”を託しているんだ!黒い龍がいる限り、子どもは泣き、村は燃え続ける!ここで退けば、未来は失われるぞ!
魔族に家族を奪われ、故郷を焼かれ……それでも剣を取り立ち向かってきた!
それはスキルという力を持つ“冒険者”の仕事だ!
俺たちは人々の盾であり、希望だ!!
この一戦を超えて――必ず人間の明日を勝ち取るぞッ!!」
「うおおおぉぉぉ!!」
雄叫びが響き渡る。
兵士や冒険者たちが一斉に武器を掲げ、雄叫びが大地を震わせた。
ライトが拳を握る。
「よし、行くか!」
ユージが短く頷く。
「ああ!」
ノイスは緊張した面持ちで手綱を握りしめた。
「……絶対に、みんなで帰ってこようね!」
その合図と共に、パキラの群れが一斉に駆け出した。
どすん、どすんと鈍い足音が地を打ち、土煙が舞う。
進むほどに、森は黒ずみ、木々はねじれ、空気が淀んでいく。
肌を刺すような魔素のざわめきが、風に混じって耳を震わせた。
「……くそ、空気が重くて息がしにくい」
「魔族占領地に入った証拠だ」
兵士同士の低い声が交わされる。
ライトはパキラの手綱を強く握りながら、前方を睨んだ。
遠く霞む大地の向こうに、蠢く黒い影。
「なるべく戦闘は避けて進む! ここからは消耗戦だ!」
先導の兵士が叫ぶ。
「ひぃ……なんか見られてる気がするよ……」
ノイスが周りにいる魔族たちを気にかける。
「気にすんな、ノイス! 進むぞ!」
ユージがクロスボウを構えながら返した、その瞬間――
「魔族に備えろ!! まとまってくるぞ!!」
エルディオの声が響く。
――ズザザザッ!
地面を裂いて、黒い影が這い出してきた。
牙を剥き、唸り声をあげる四足の魔族。
「来たぞ!!」
ガキィィンッ! 兵士の槍と魔族の爪が激しくぶつかり、火花が散った。
「俺らも行くぞ! 《光の剣》ッ!!」
――ズバァァッ!
ライトの剣が閃き、前に出た魔族を一閃する。
「後ろだ、気を抜くな!」
――ヒュンッ、ズドンッ!
ユージの放った《麻痺矢》が背後の魔族の頭を貫いた。
「《ファイヤーボール》!」
――ボゥッ!
ノイスの火弾が爆ぜ、突進してきた群れをまとめて焼き払う。
「見違えたな、少年たちよ!! 私も負けてられん!!」
――ブウォオオオオン!
エルディオの大剣が唸りを上げ、魔族をまとめて薙ぎ払った。
「ひぃっ、止まらねぇ!」
怖気付く兵士を鼓舞するエルディオ。
「怯むな! 俺たちが崩れれば全滅だ!」
「おおおおおっ!!!」
やがて、地に伏す魔族の群れを見下ろしながら、ライトが息を整える。
「……これで全部か?」
「いや、まだだ。奥から――来るぞ!」
ユージが鋭く叫ぶ。
魔族占領地の魔族は見境がない。
次から次へと湧き上がり、止まることを知らなかった。
――その日、初日の戦いは快調に進んだが、兵士たちの犠牲は避けられなかった。
「日が暮れる前に拠点を作るぞ!」
指揮官の声で、部隊は一時停止。
開けた場所に柵が築かれ、野営の準備が進む。
「これが……何日も続くのか」
ユージが空を見上げる。
「パッキー、ありがとね」
「クウェ!」
ノイスが餌を与えながらパキラの鼻先を撫でる。
ライトが遠くで焚き火を見つめた。
「数は多いが、魔族城ほどの強さじゃねぇな。……それに、先頭のエルディオが半端じゃない」
「初日で三人やられた……」
誰かの呟きが、火の粉に溶けた。
エルディオが立ち上がり、声を張る。
「同胞が倒れたのは悔やまれるが、私たちは立ち止まれん! 明日に向けて、しっかり休め!」
その言葉に、兵士たちは静かに頷いた。
「しかし、エルディオや他の冒険者たちはピンピンしてるな」
ユージが感心したように呟く。
「ふうえぇ……あれだけ戦ってたのに、まだ元気だよね」
ノイスが苦笑する。
「さすが“英雄級”ってやつだ」
ライトが肩を回しながら呟いた。
少し離れた場所では――
巨大な戦斧を担ぎ、酒をあおって笑う大男・ガルド。
風の矢で群れを一瞬で沈黙させた女狩人・リィナ。
負傷者に祈りを捧げ、光で癒やす僧兵・マルク。
彼らの姿に、兵士たちはわずかに安堵の表情を見せた。
三人も見張りの順番を知らされて休むことになった。
その日は交代で休み、朝日が昇ると同時に、再び進軍が始まった。
朝靄の中、パキラたちが再び蹄を鳴らす。
昨日の戦いで負傷した兵士は後方の荷台に移され、それでも隊列は止まらなかった。
「昨日より魔族の数が増えてるな」
ユージが前方を見据える。
「進むたびに魔素が濃くなってる……。きっと近づいてるんだよ、龍型の巣に」
ノイスが額の汗を拭った。
「気を引き締めろ!」
エルディオの号令が響く。
その直後、森の影がざわめき、黒い群れが飛び出した。
――ギャアアアアッ!!
「チッ、キリがねぇな! 《影斬り》!」
ユージの影が大地を走り、魔族の脚をまとめて切り裂く。
「《ファイヤーボール》! 《ファイヤーボール》!」
ノイスの炎が連続して炸裂し、魔族を焼く。
「はぁっ!! 《光の剣》ッ!」
ライトの閃光が前方を切り開いた。
だがその額には汗が滲み、呼吸も荒い。
「これで終わりじゃないぞ!」
エルディオが大剣を肩に担ぎ、一直線に突撃する。
「うおおおおおおッ!!」
――ブオオオン!
一撃で五体の魔族をまとめて吹き飛ばす。
その横で、別の冒険者たちも次々に動いた。
巨大な戦斧を振り下ろす大男・ガルド。
「どけぇぇええッ!!」
――ガァン!
地面ごと叩き潰し、衝撃で魔族の群れが吹き飛ぶ。
後方から風の矢が飛ぶ。
「一撃で沈める」
リィナの放った矢が音を置き去りにして貫通し、突撃してきた魔族を次々と倒す。
負傷者のもとに駆け寄った僧兵マルクは、光の祈りを掲げた。
「――《ヒール・サークル》!」
柔らかな光が地面を包み、傷付いた兵士たちの傷が癒える。
「すげぇ……!」
ライトが息を呑む。
「俺は自分しか回復できねぇからな……ああいうの、羨ましいぜ」
戦闘は断続的に続き、日が傾く頃になってようやく落ち着いた。
「ここで野営する! 柵を築け!」
指揮官の声が響き、兵士たちは黙々と動き始める。
野営地の中央には焚き火が灯り、疲弊した兵士たちが無言で飯をかき込んでいた。
「昨日よりさらに人数が減ったな……」
ユージが火を見つめながら呟く。
「……なんか寂しいね」
ノイスが小さく返す。
「大丈夫だ。俺たちが絶対に龍型を倒す。無駄死にはさせねぇ」
ライトが拳を握った。
夜空には雲が流れ、遠くで雷光が一瞬走った。
不気味な空の下、三人は見張りの順番を待つ。
――やがて深夜。
交代の時間になり、ライトとノイスが焚き火の前に並んで座った。
「……ライト、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」
「なんだよ、改まって」
「前に“聖剣の姫ヘレン″について聞きたがってたでしょ?」
ノイスは鞄から一冊の古びた日記帳を取り出した。
表紙は擦り切れ、何度も読み返された後があった。
「これ、魔族城から持ち出した日記。これは……“聖剣の姫ヘレン”の侍女の日記だったんだ」
「……聖剣の姫についてなんか書かれていたか?」
ライトは魔族城で聖剣の姫ヘレンの絵を見てからずっと気になっていた。自分と同じ光の剣のような武器を持つ姫。
「ルイーゼがヘレンは魔族に洗脳されたって言ってたのは覚えてる?」
「ああ、それで処刑されたってな……」
「それがね、侍女の日記にはこう書いてあったんだ」
焚き火の炎が、ノイスの表情を照らす。
「ヘレン様は――洗脳なんてされてなかった。本気で、人と魔族が“共存できる未来”を信じてたって」
ライトの目が大きく見開かれる。
「……なんだと?」
ノイスは少し俯き、言葉を選ぶように続けた。
「聖剣の姫ヘレンは、人と魔族は分かり合える。争う必要なんてないって、いつも話してたみたいなんだ」
「なんだそりゃ?」
ライトが眉をひそめる。
「最初は僕もそう思ったよ。魔族と分かり合うなんて、無理だって……。
でも――もし、本当にそれが叶うなら。こんな争い、もう必要なくなるんじゃないかって……そう思ったんだ」
「そんな事言っても魔族に意思はねえ。ただ人間を襲ってくるんだ。倒すほかないだろ」
ノイスが熱の入った声で言い直す。
「うん。共存なんて夢物語かもしれない。でも、実現できたらきっと平和になる。 パッキーと僕が分かり合えたようにもしかしたら他の魔族たちとも……今回の龍型だって……」
ライトは立ち上がり、低く唸る。
「おい! 何言ってんだ?ノイス!」
その声に周囲の兵士が振り返る。
「今どこにいると思ってる、静かにしろ!」と怒鳴られ、二人はすぐに頭を下げた。
焚き火がぱちりと音を立てる。
ライトが小声で言い直す。
「……人と魔族が分かり合う? 俺たちが魔族にどんな目にあわされてきたのか忘れたのか?」
「あはは、ごめんね。こんな時に変な話しちゃって……」
「……いや、俺も大きな声出して悪かった」
二人はしばし無言のまま火を見つめる。
「……でもさ、悲しいじゃないか」
ノイスがぽつりと呟く。
「魔族を全部倒さなきゃ平和にならないなんてさ。僕は争いのない世界のほうがいいな」
ライトは腕を組み、火を見つめた。
「……ノイスの言う、人と魔族が争わなくていい世界。悪くねぇかもな」
ノイスは驚いたように顔を上げる。
「こんな話聞いてくれるのはライトくらいだと思ったんだ。ユージは魔族を憎んでるところあるから……」
ライトは小さく笑った。
「そっか……話してくれてありがとな」
夜風が吹き、焚き火の火が揺れる。
今まで魔族は人を脅かす敵としか見てなかったライトは少し考えさせられた。
――三日目の朝。
昨日までの絶え間ない襲撃が嘘のように、魔族の姿はどこにもなかった。
湿った風が吹き抜け、曇り空の下をパキラの群れが静かに進む。
「……おかしいな。魔族占有地の奥に来たのに今日は全然、魔族が出てこない」
「ありがたいけど、気味が悪いな」
兵士たちの間にざわめきが走る。
ユージが周囲を見回し、眉をひそめた。
「妙だな。昨日まであれだけ襲ってきたのに、今日は一度も姿を見せないなんて……」
ノイスが不安げに呟く。
「ふえぇ……逆に怖いよ。これって“嵐の前の静けさ”ってやつなんじゃ……?」
ライトが前方の空を見上げる。
「……いや、違う。火山が見える。――他の魔族が寄りつかねぇんだ」
その言葉に兵士たちが息を呑む。
「龍型の縄張りに入ったんだ……」
そんな囁きが列の中を駆け抜け、誰もが自然と足を速めた。
その日は火山を望む丘のふもとで野営となった。
日が沈むにつれ、黒い山の稜線が赤く染まり、
兵士たちは皆、不安げにその方角を見つめていた。
静まり返った空気の中、エルディオが立ち上がる。
焚き火の炎がその背を照らし、低く響く声が夜を震わせた。
「聞けッ! 明日には火山の麓に着く!
つまり――龍型の縄張りに踏み込むということだ!」
一人の兵士が叫ぶ。
「だ、大丈夫なんですか……!? 生きて帰れるんですか!?」
エルディオは一瞬黙り、鋭い眼光で全員を見渡した。
「――生きて帰れる保証など、ない!」
その一言で場の空気が張り詰める。
だが、彼は続けた。
「だが忘れるな。俺たちが命を懸けるのは、無駄死にのためじゃない!
守るものがあるからだ!
ここでやらなければ、故郷が焼かれる!
ここでやらなければ、家族がやられる!!」
兵士たちの瞳に、炎の光が宿る。
「……!」
「そうだ! 俺たちにはエルディオがいる!」
「やってやるぞ!」
「黒い龍を討つんだ!!」
「おおおおおおおお!!!」
雄叫びが夜空を突き抜け、焚き火の炎が高く舞い上がった。
燃え上がる士気の中、誰もが悟っていた――
明日が、決戦の日だと。
⸻
翌日。
進軍は慎重に続けられた。
魔族の姿は一切見えない。
だがその静けさが、逆に兵たちの鼓動を早めていた。
昼を過ぎた頃。
鬱蒼とした森を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
そこに現れたのは――
大地を裂くようにそびえ立つ、黒々とした火山。
――ゴウォォォォォ……!
噴煙が天を突き、赤黒い光が火口の奥から漏れ出している。
熱気が遠くまで伝わり、兵士たちは思わず顔をしかめた。
「さすがに暑いな……」
「これが、龍型の……巣なのか……」
誰もが言葉を失い、その威容を呑み込むしかなかった。
ライトは剣の柄に手を添え、低く呟く。
ピキンッ――!
「あいつがいる……」
ユージが隣で目を細める。
「ライト……何か感じるのか?」
「黒い龍が近くにいそうだ。――あの時と、同じ気配がする」
赤黒い大地の向こう、火口近く。
揺らめく熱気の中、巨大な影がゆっくりと動いた。
硫黄の匂いが鼻を突き、地面は赤黒く焼け焦げていた。
熱気が視界を歪ませる中、エルディオが前方を見据えた。
「……龍型がいるぞ」
その視線の先――岩肌に沿って龍型が身をくねらせていた。
鱗は赤銅色に輝き、四肢を広げて唸り声を上げる。
ライトが息を呑む。
「あれが龍型? だと……? 黒い龍と姿形が全然違うぞ!!」
目の前の龍型は、あの“黒い龍”とはまるで別種。
黒い龍は二足歩行で剣を扱っていた。
今目の前にいる龍型はトカゲ型のような形状に近い。
ユージが冷静に状況を見極めようとする。
「……どういうことだ? 黒い龍は、あの強さで“未成体”だったとでも言うのか?」
ノイスが首を振る。
「成長っていうより、まるっきり“別の種族”みたいだよ……」
ライトが剣を握り締めた。
「どうなってやがる! どっちにしろ――やるしかねぇか!」
リィナが弓を構え、風を纏わせる。
「今だ……動きが鈍い。狙える!」
――ビュンッ!!
風を裂いて放たれた矢が、龍型の肩を正確に貫いた。
「グワアアアアアッッ!!」
炎と煙が迸り、熱風が吹き荒れる。
エルディオが大剣を掲げ、声を張り上げた。
「全軍、かかれッ!!」
「おおおおおおおお!!!」
兵士たちが一斉に突撃する。
槍が突き立ち、魔法使いたちが呪文を次々と放つ。
「グオオオォォォン!」
龍型の咆哮が地面を震わせた。
だが、数の勢いに押され、徐々に動きが鈍っていく。
「いけるぞ!」
攻撃された龍型は逃げようと翼を広げる。
そこをエルディオが剣で叩き伏せた。
「させるか――!!!」
――ズドォォンッ!!
振り下ろされた大剣が龍型の胸を貫いた。
龍型が苦痛の声をあげ、地に崩れ落ちる。
「や、やった……!」
「龍型を討ったぞ!」
「なんだ!いけるじゃないか!このまま黒い龍も倒すんだ!!!」
歓声が上がり、兵士たちは勝利の余韻に包まれる。
だが――ライトだけは、剣を下ろさなかった。
「……おかしい。いくらエルディオたちが強くても、手応えがなさすぎる。黒い龍の方が何倍も強かったぞ!」
その言葉が終わるより早く、
――ゴゴゴゴゴゴッ……!
地面が震え、熱風が爆ぜる。
砂が宙を舞い、パキラたちが怯えて始めた。
「な、なんだ……!?」
兵士たちが周囲を見回す。
――ズシィィィィィンッ!!
山が鳴動し、赤黒い溶岩の間から、さらに巨大な影が姿を現した。
「そ、そんな……岩が……動いてる!?」
――グオオオオオオオオオオオッッ!!!
空を割るような咆哮が、世界を震わせた。
それは――先程の倍以上の大きさの龍型。
圧倒的な存在感に、兵士たちは誰一人声を発せなかった。
ライトが呟く。
「さっきより大きい龍型だ。だが、こいつも……“黒い龍”とはまるで違うぞ……あいつは一体……」
熱風が吹き荒れる。
大地は震え、火山の空が赤く染まっていった。




