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第三十二話 龍型討伐

ゲトラムで穏やかな日々を過ごしていたライトたち。

だが――その平和な時は長くは続かなかった。


商人たちとの何気ない会話の中で、ユージが一つの情報を掴んだ。


「おい! 黒い龍の目撃情報があったみたいだ」

筋トレ中のライトが、手を止める。

「……本当か、それ!」


ユージは真剣な顔で頷いた。

「どうやら魔族の異常発生や、上位魔族の出現が各地で相次いでるらしい。その現場のいくつかで、黒い龍の姿が目撃されたってさ。冒険者レポートの報告にも上がってる」


三人はすぐに集会所へ確認をするために向かった。

そこには、最近になって急増する魔族被害の記録が並び、連盟もすでに対策を協議しているという。


「せっかく魔族城を取り戻したばっかなのに……!」

拳を握るライト。

黒い龍――あの忌まわしい存在を倒さなければ、この旅は終わらない。


その時、集会所に現れた連盟の使者が三人の名を呼んだ。


「ライト、ユージ、ノイス……君たちで間違いないな?」

「そうですが……」とユージが答えると、男は重々しい声で続けた。


「魔族城での君たちの活躍は、すでに連盟本部にも届いている。今回、特別に君たちへ依頼を出したい。内容は――“龍型の生息地の調査”、そして“黒い龍の討伐”だ」

急な話に驚く一同。


ノイスが息をのむ。

「どうして僕たちに……?」

「黒い龍と実際に交戦した冒険者は、君たちだけだ。そして魔族城攻略の功績。適任は他にいない」

顔を見合わせる三人。

「報酬も弾む。危険な任務だが、君たちの力を貸してほしい」


「龍型の生息地なんて、特定できたのか?」

ユージが尋ねる。


「我々の調査では、魔族の出現地域を結ぶ線の先――“魔族占領地”のさらに奥に、巨大な火山が確認された。

そこから、龍型が巣立っていく様子も目撃されている」


「魔族占領地の奥だと……!?」

ユージが驚きの声を上げた。


魔族占領地――。

濃密な魔素が満ち、凶暴で強力な魔族が生息する危険地帯。人間の領域とは一線を画す“禁域”である。


「詳しくは施設で話そう」


三人は連盟の使者に案内され、研究施設へ向かった。



「ユージ、この依頼……受けるの?」

向かう途中にノイスが心配そうに問いかける。


「条件次第ではあるが……まさか、連盟から名指しで依頼が来るとはな」

ユージは驚きを隠せず、眉を上げた。


「あいつがそこにいるなら、俺は一人でも行くぜ!」

ライトが拳を握り、勢いよく言い放つ。


「ライトは、黒い龍にすごい執着してるよね」

ノイスが苦笑いを浮かべる。

 

話ながらも三人は連盟の施設に到着する。

すぐに奥の部屋へ通された。

白い壁の部屋の中央。

机に広げられた地図の上に、無数の印が記されていた。


「すごい……アレスさんに貰った地図より、ずっと詳しい!」

ノイスが目を丸くする。


「これは我々が最新の情報を更新し続けている地図だ。集会所の依頼を元にその場所で発生した魔族、その種類を記憶している」

連盟の男が指を置いた。


「ここが今いるゲトラム。そして、この“×”印が魔族被害の出た地域。どれも、魔素の塊が関係していると見られている」


ユージが眉を寄せる。

「……結構多いな」


「この被害と、黒い龍の目撃地点を照らし合わせた結果――北側の魔族占領地のさらに奥、火山地帯が龍型の巣窟と見られている。視覚系スキル保持者の報告でも、“龍型の群れがそこから巣立つ”姿が確認された」


「ふぇぇ!? こんな奥地、どうやって行くの!?」

「連盟の最高戦力を結集し、魔族占有地を超え一直線に火山を目指す」


男の声が静かに響く。


「放置すれば、龍型による大侵攻が起こり得る。今は各地でなんとか抑えているが、まとまって攻められれば……人類に未来はない」


「なるほどな。向こうは気まぐれで攻めてくるが、こっちは守るだけ……。いずれ押し潰されるってわけか」

ユージの冷静な分析に、男は重く頷いた。


「今回は各地から“英雄級”と呼ばれる冒険者が集まる。その筆頭は――“エルディオ”だ」

「エルディオ!? 本当か!」

ライトの目が輝く。

「エルディオが来るなら安心だね!」

ノイスも笑顔を見せた。


「長距離移動となるため、物資は最小限。君たちを含む英雄級冒険者と連盟精鋭部隊だけで挑む作戦となる」


ユージは短く息を吐いた。

「俺たちが……英雄ね」

「少なくとも、私はそう見ている」

男が静かに言う。


「この作戦は、君たちが参加しなくても実行される。だが成功の確率を上げるため――人類の未来のため、どうか力を貸してほしい」


重い空気の中、ライトが一歩前に出た。

「決まってるだろ。俺は行く。黒い龍をぶっ倒さなきゃ、俺は先に進めねぇ」


その声に、迷いはなかった。


ユージも口を開く。

「……条件は聞いておきたい。報酬、補給、帰還の手段もな。だが――もし本当に黒い龍がいるなら、放ってはおけない」


ノイスは二人の顔を見つめ、小さく頷いた。

「正直、怖いよ。魔族城のときでさえ死にかけたのに、今度は“龍型の巣窟”なんて……」

二人の顔をみるノイス。

「でも――ライトとユージが行くなら、僕も行く。置いて行かれて二人に何かあったら嫌だから」


連盟の男は深く頷き、地図を巻き取った。

「決まりだな。急で悪いが、作戦は数日後に開始する予定だ。集合場所は――魔族占領地の手前にある、連盟所有の“秘密施設”。そこに英雄級の冒険者と我々の精鋭が集結する。……君たちは“パキラ”を所有していると聞く。長距離移動になるから連れてくるといい」



宿へ戻る道すがら、三人は空を見上げた。


「……連盟も本気だな。こんな大規模な作戦、初めてだ」

ユージの声に、ノイスが小さく頷く。

「黒い龍……やっぱり怖いよ。でも、僕たち三人なら……」

「大丈夫だ!」ライトが拳を握った。

「俺たちは、あの頃よりずっと強くなってる!」


ユージが笑みを浮かべる。

「そうだ。俺ら三人なら、どこへだって行けるさ」

「今回はあのエルディオもいるもんね!」


ノイスの言葉に、ライトは力強く頷いた。

三人はそれぞれの決意を胸に、再び旅立ちの準備を始める。



――その夜。

ライトたちは、街の宿に滞在しているグレンダたちの宿を訪ねた。

「……そういうわけだ。明日から俺たちは連盟の施設に向かう」

言葉を切るライトに、グレンダが腕を組んで答える。

「そっか。あたしたちには依頼の話、来なかったからな。一緒には行けねぇよな」


「黒い龍と一度戦った俺たちだからこそ、声がかかったんだろう」

ユージが静かに言うと、アヤが思わず身を乗り出した。

「ねえ、本当に行かなきゃダメなの? そんな危ないところ……」


ユージはその目をまっすぐに見つめ、短く言葉を返す。

「俺らが行くしかないんだ。魔族に怯えずに生きるためにな」

その真剣な声に、アヤは口をつぐんだ。


ノイスがアリスに声をかけた。

「行ってくるよ、アリスちゃん」

「……必ず、無事で戻ってきてね」

アリスの声は小さく、それでも震えるほどの願いがこもっていた。


ライトが笑って拳を握る。

「戻ったら――また模擬戦やろうぜ!」

「ふん、上等だ! 行くと決めたんなら龍型だろうとなんだろうとぶっ倒してきやがれ!」

二人は拳をぶつけ合い、いつものように笑った。


その隣では、ユージがふと視線をアヤの頭に向ける。

「……付けてくれてるんだな」

アヤの頭にそっと手を添えるユージ。

「ちょ、ちょっと!」

急に頭を触られて慌てるアヤだが、その手を受け入れる。

「……き、今日はたまたまよ! 別に気に入ってるわけじゃ――」

「……そっか」

「ま、また会えるわよね?」

「アヤが素直でいてくれたらな」

「っ、もぉ〜!」

頬を膨らませて抗議するアヤの姿に、場が少し和らぐ。


「ねえ、ノイス……抱きしめて」

不意にアリスが囁いた。

「ふ、ふえ!? み、みんな見てるし!」

慌てふためくノイスに、アリスはそっと微笑む。

「ふふ……冗談。続きは――ノイスが帰ってきてからね」

「ふうええええっ!?」

ノイスの情けない悲鳴に、皆の笑いがこぼれた。

「……約束だよ? 必ず帰ってきて私を抱きしめてね」


緊張と不安で張り詰めていた空気が、少しだけほどけていく。

こうして――出発前夜は、静かに更けていった。



翌朝。


ライトたちはゲトラムの厩舎でパキラたちを引き取り、街を出ようとしていた。

その背後から、力強い声が響く。


「待て! これを持ってけ!」


振り向くと、グレンダが布に包んだ金具を差し出していた。

「……なんだ、これ?」

「あたしの鎧の欠片だ。サイクロプスにやられた時のな。あの一撃にも耐えた縁起物だ。きっとご利益がある」

「……ありがとな!」

ライトは懐に鎧の欠片を忍ばせる。そして、笑顔で礼を言った。


アヤがそっと忍具の入った袋を取り出した。

「ユージ、あんたにも渡しておきたいものがあるの」

「これは……?」

「忍者道具。いざって時に使って。きっと役に立つはずだから」

「……わかった。大事にするよ」

「ユージが帰ってくるの待ってるから!」

アヤはそう言いながら、少しだけ目を伏せた。


アリスは無言でノイスの前に立ち、掌に小さな星形の魔石をのせた。

「……私の魔素を込めた石。この魔石は魔素を貯めておけるの……夜でも、少しだけ明るい」

「ありがとう……これ、握るとあったかいね。アリスちゃんの魔素の温もりだ」

「……この温もりで私を思い出してね」


三人はそれぞれの贈り物を受け取り、仲間たちの想いを胸に刻む。


朝日が昇る。

静かな風が街を抜け、冒険者たちの髪を揺らした。


ライトがパキラの背に乗りながら振り返る。

「――行ってくる!」


拳を高く掲げるその姿を、グレンダたちはいつまでも見送っていた。

ゲトラムの街を後にして、三人は連盟の“秘密施設”を目指して走り出す。

三人はそれぞれのパキラに跨がり、森を抜け、荒れ果てた大地へと進んでいった。

道中、見張り台や砦が点々と現れるが、北へ行くほど人の気配は薄れ、空気がどんどん重くなる。

遠くに渦巻く黒い雲は、濃密な魔素の存在を告げていた。


パキラたちは鼻を鳴らし、耳を伏せながらも、足を止めることなく進む。

数日をかけて北上した一行は、やがて森の奥に隠れるように建てられた石造りの施設へと辿り着いた。


それは魔族占領地の手前――連盟の秘密施設。

外観は古びているが、中は慌ただしく人が動き回っていた。

兵士や研究者たちが地図を広げ、魔導具を調整し、戦場の準備を進めている。


「お待ちしていました。ライト殿、ユージ殿、ノイス殿ですね」

出迎えた兵士が深々と頭を下げる。


「……“ライト殿”なんて、随分大袈裟だな」

ライトが苦笑しながら頭を掻く。

「すごいよ……見たことない魔導具がこんなに」

ノイスが辺りを見回す。

「龍型討伐にそれだけ本気ってことだな」

ユージの言葉に、周囲の緊迫感がさらに強まる。


三人は案内され、施設の奥へと進んだ。

壁一面に貼られた作戦地図、山のように積まれた資料。

その中央――誰もが一目置く男が立っていた。


「……エルディオ!」

ライトが声を上げると、男がゆっくり振り返る。


広い背中、鋭い眼光。

リック村を出てすぐに出会ったときと同じ、いや――それ以上の威厳をまとっていた。


「おぉ、ライトか! それにユージにノイス! ずいぶん逞しくなったじゃないか!」

豪快に笑いながら歩み寄り、三人の肩を力強く抱き寄せる。


「また一緒に戦えるんだな、エルディオ!」

「ふえぇ……夢みたいです! 名前覚えててくれたんですね」

「相変わらず人気者だな。兵士たちの視線が全部あんたに集まってる」


エルディオは高らかに笑い、三人の頭を軽く小突いた。

「はは! 君たちだってもう立派な英雄だろう? 魔族城を落としたって聞いたぞ。私の目は節穴じゃなかったな!」


その瞬間、部屋の奥から甲高い声が響いた。

「静粛に! これより作戦の説明を行う!」


壇上に立つ連盟の高官。

背後の壁には、最新の地図が広げられ、赤い印がいくつも刻まれている。

場の空気が一気に引き締まり、数十名の冒険者や兵士が一斉に視線を向けた。


「ここが現在我々の位置――ゲトラム北方、魔族占領地の手前にある前線基地だ。

近隣では黒い龍の目撃情報が相次ぎ、魔族共に複数の村や砦が襲撃を受けている」


高官が指し棒を動かす。

地図の奥、黒く塗られた巨大な山に印がつけられた。


「龍型の巣窟と推定される火山がここだ。魔族占領地のさらに奥――これまで人間が一度も踏み込んだことのない領域である」


ざわめきが広がる。

「……かなり奥だな」

「ふぇぇ、やっぱり遠いね」


高官はその声を制するように続けた。

「作戦の目的は二つ。

一つ――龍型の数と巣の状況を調査すること。

もう一つ――可能であれば、黒い龍の討伐を果たすことだ」


息を呑む音があちこちから上がる。


「ただし、敵戦力が我々の想定を超える場合は、即座に撤退とする。無理な戦闘は禁止だ」


ライトは拳を握りしめた。

「……討伐、か」


高官は続ける。

「諸君らには、英雄エルディオを筆頭とした“先遣部隊”に加わってもらう。

進軍は夜明けと同時に開始する! 荷物や物資は魔族騎獣パキラに引かせた荷台で運搬する。

――各自、準備を怠るな!」


短く号令が響くと、冒険者たちが一斉に立ち上がり、装備を整え始めた。

武具の金属音と、誰かの息を呑む音。

その全てが、戦いの始まりを告げていた。


ライト、ユージ、ノイス――。

三人の視線は、地図の奥、黒く塗られた“火山”に吸い寄せられていた。


そこで待つのは、過去の因縁。

そして、黒い龍との決着の時だった。

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