第三十一話 恋の行方
簡単ではありますが、キャラクターのイメージを画像生成で載せています。
グレンダとライトは防具屋に来ていた。
二人は並んで棚を眺めていた。
「コイツなんか良さそうじゃねえか!」
ライトが指差したのは、見た目がゴツく重たそうな甲冑だった。
「そうだな。あたしのスキル的にも、重くて丈夫なやつが向いてる」
グレンダは頷きつつ、ふと聞いた。
「ライトは防具、どうやって選んでるんだ?」
「ああ。今まではスキルに頼ってた。“どうせ回復するから”ってな。けどグレンダと共闘して、防具の重要さも思い知った。怪我によっちゃ回復にも時間がかかる」
「いいこと言うじゃねぇか、ライト! 防具選びは冒険者にとっては命に関わることだからな!」
「だよな。グレンダにも俺が回復のする間、一人で戦わせちまったしな」
ライトの言葉に、魔族との死闘が蘇る。
「……あいつは強かった。ライトがいなきゃ、あたしは死んでた」
「俺も、グレンダがいなきゃ勝てなかった。ありがとな」
そう言って、ライトが軽く肩に手を置く。
(あれ? これ……いい雰囲気ってやつか?)
急に意識してしまい、心臓が騒ぎ出す。
(やべぇ、なんか緊張してきた……防具の話なら上手く喋れたのに何言っていいかわかんねえ)
「あ、あたしはこの防具にしようかな!」
慌てて目の前の鎧を掴む。
それはいつもと変わらない、重厚な甲冑だった。
「おおそうか! やっぱグレンダにはそれが似合ってるぜ!」
「……そうか。そうだよな!」
「防具は丈夫さだけじゃねえ。動き易さも大事だ。防具選びは命に関わることだもんな! そのために呼ばれたんだろ?」
「え……そのため、って?」
「アヤやアリスじゃ、グレンダの試し相手にならねえって話だろ?」
「そ、そういうわけじゃ――」
慌てるグレンダ。
「俺も一戦グレンダとやって見たかったんだ」
肩を回すライト。
「ライト。今日はそういうんじゃ――」
「おい、お前ら!」
店主が声をかけてくる。
「魔族城攻略したっていう冒険者だろ? 話は聞いてるぜ。うちの防具、好きなだけ試していいぞ。裏に決闘場もある!」
「サンキュ、おっちゃん! ちょうど試してみたかったんだ!」
やる気満々で防具を選び始めるライト。
「で、でも今日は……あ、斧がねぇ。これじゃ模擬戦できねーな」
なんとか模擬戦を逃れようと必死なグレンダ。
「それもそうだな」
ライトが諦めかけたが、
「それなら大丈夫だ。決闘場に練習用の武器がある。好きに使いな!」
「助かる! よし、行こうぜグレンダ!」
「お、おう……」
ライトの楽しそうな目の輝きに押され、グレンダは観念して決闘場へ向かった。
「な、なんでこうなんだよ! せっかくデートで着飾ってきたのに……」
「ん? 何か言ったか?」
「な、何でもねぇよ!」
グレンダは一番大きな木製斧を手に取ると、軽々と振り回した。
「おお、やる気満々じゃねーか! さっそく行くぞ!」
ライトが木刀を構え、打ち込む。
グレンダはそれを簡単に受け止めた。
「やっぱすげぇな……思いっきり打ち込んでもびくともしねぇ」
「そっちも中々いい衝撃だぜ! 今度はこっちから行くぞ!」
打ち合いの音が響く。二人の模擬戦は、次第に本気になっていった。
(バカか私は……今日はライトに“可愛い”って思われたくて服まで選んだのに)
ぶつかる斧と剣。
(気づけば全力で斧振り回してるなんて……でも――)
大きく斧を振りかぶるグレンダ。
(でもやっぱり、こうしてるのが一番楽しいんだよな!)
「これでどうだっ!」
「こんなの屁でもねーぜ!」
グレンダは模擬戦に夢中になり、デートのことをすっかり忘れていた。
笑いながらぶつかり合う。
「ちぇっ、動きにくいな!こいつは!」
グレンダはスカートが邪魔で、スリットを入れるように裂いた。
「うらよ!!」
大股で斧を大きく振り抜く。
「ぐはっ!」
ライトが吹き飛ばされた。
「……あたしの勝ちだな!」
「くそっ、今回は負けちまった」
グレンダが手を差し伸べる。
「この模擬戦じゃライトは《光の剣》が使えねぇし、フェアじゃねえ」
「それでも負けは負けだ。またやろうな!」
二人は笑いながら、がっちりと握手を交わした。
気づけば、太陽は傾き始めていた。
「今日は楽しかったぜ。誘ってくれてありがとな、グレンダ。……って、その服!」
破れたスカートに気づき、ライトが苦笑する。
「いいさ。これでいい。これがあたしらしさだ」
(無理に可愛くしようとしてもしょうがねえ……あたしはあたしだ)
「そっか。でもな――」
ライトがまじまじと見つめる。
「その服、めちゃくちゃ似合ってて可愛かったのに……勿体ねぇな」
「……えっ」
ライトは気づかずに背を向けた。
「またやろうな!」
グレンダはその場に固まったまま、頬を真っ赤にして呟いた。
「か、可愛いって……また、私のこと……?」
胸の奥が熱くなり、その場でうずくまるグレンダだった。
⸻
市場の一角。
色とりどりの髪飾りや指輪が並ぶ装飾品屋の前で、アヤは腕を組んでいた。
「何か欲しいものがあるのか?」
ユージは並べられた装飾品を視線で追いながら、アヤに尋ねる。
「……別に、決めてるものがあるわけじゃないけど」
「俺も普段は使わねぇけどな。中には実用的なものもあるんだぜ」
ユージが指輪を手に取り、自分の指にはめる。
握った瞬間、小さな針が飛び出した。
「ほら。状態異常を付与しておけば、魔族は無理でも痴漢くらいなら撃退できるかもな」
「ふふ……悪くないわね」
思わず笑みがこぼれる。
自然と顔を見合わせて笑ってしまい――そのことに気づいた瞬間、胸が熱くなった。
(な、なによこれ……まるで付き合いたてのカップルみたいじゃない!)
頬がかすかに赤く染まる。
しばらく二人に沈黙が流れる。
「……アヤはこの後、どうするんだ?」
アヤを真っ直ぐに見つめてユージが話を切り出した。
「……はあ?なに? この後って……もしかして夜の誘い? 今日はまだ会ったばかりなのに下心丸出しね!最低!」
「いや、待てって! この後っていうのは“冒険者として″って事だよ」
「冒険者としてって?」
アヤが首をかしげる。
「アヤは故郷を滅ぼした天狗を探して冒険者やってたんだろ?この間二人で倒したからアヤはこの後どうするのかなって……」
「ああ……そのことね」
少しだけ、アヤの表情が曇る。
「正直、わからないの……。今までは復讐のことだけを考えて生きてきた。復讐を果たせば心が晴れると思っていたけど、何も変わらなかった。みんなが戻ってくるわけでもないのにね」
思い出しては悲しい顔を浮かべるアヤ。
「そうか……」
ユージは静かに頷いた。
「ユージはどうして冒険者してるの?」
「正直、今までは生きていくためのお金が稼げれば何でもいいって思ってた」
ユージはゆっくりと空を見上げる。
「でも今は違う。俺やアヤみたいに、魔族に家族も故郷も奪われる人をこれ以上増やしたくない。その為に、これからは戦っていきたいと思う」
「……正義感が強いのね」
「俺もそんなこと言う自分に驚いてるよ。でも、魔族に家族を奪われて苦しんでいたアヤと出逢って思ったんだ。もう誰にも、こんな思いをしてほしくないって」
その言葉に、アヤの胸がぎゅっと締め付けられる。
「……ユージ、やっぱりカッコいいな」
思わず声に出るアヤ。
「え!? ……今、なんて?」
「ち、違う! 今のナシ! 忘れなさいよっ!」
(ぜ、絶対聞こえたでしょ!? うわぁぁぁぁ、恥ずかしいっ!)
そんなアヤの視線が、ふとある髪飾りに止まった。
銀の花を模した細工――だが、花弁は手裏剣のように鋭い形をしている。
「あ!これ……なんか――」
「「手裏剣みたい」」
アヤの声に合わせてユージが被せる。
「アヤなら絶対そう言うだろって、なんとなく」
少年のような笑みを浮かべるユージ。
「もう! 私はどうせ武器のとこばっか考えてる女ですよ」
アヤはむくれたようにそっぽを向く。
髪飾りを手に取るユージ。
「きっとアヤによく似合う」
「はぁ!? な、なに言ってんのよ急に!」
顔を真っ赤にして取り乱すアヤ。
ユージは微笑みながらタグを裏返す。
「“幸運の花”の髪飾りか」
「いい目をしてるねぇ」店主が笑う。
「魔銀を加工した特注品だよ。丈夫で、見た目よりずっと軽い」
ユージはためらわず財布を取り出した。
「これ、買うよ」
「ちょ、ちょっと! 勝手に決めないで!」
「さっき気にしてただろ。これはアヤがつけたほうがいい」
代金を払い、ユージは小箱を差し出す。
「ほら」
「……っ」
アヤは受け取った瞬間、心臓が跳ねた。
だが、素直になれない。
「べ、別に嬉しくなんかないんだからね! こんなんで私を手懐けようなんて――!」
「いいから、つけてみろよ」
言われるがまま、アヤは髪に挿した。
「……どう?」
上目遣いでユージを見上げる。
ユージは、まっすぐにアヤを見つめた。
「思った通りだ。しっくりくる」
その真剣な視線に、顔が一気に熱くなる。
バレないように顔を背ける。
「っ……もう! 強引なんだから!」
アヤはにやけた顔がバレないように早足で歩き出した。
それは怒っているように見える背中。
けれど、その手はそっと大事そうに髪飾りを押さえていた。
(ほんとずるい……こんなの、嬉しいに決まってるじゃない)
「おい、アヤ!」
アヤを追うように声をかけるユージ。
呼びかけに答えるようにアヤはくるりと反転してユージに向き直る。
「……ほんと、ありがとね!」
そう言って――アヤはこれまで見せたことのない、満面の笑みを浮かべていた。
⸻
本屋の中は静かで、紙の擦れる音とページをめくる音だけが響いていた。
「アリスちゃんは、どんな本を探してるの?」
「……魔法関連の本」
特に読みたい本があるわけではない。
けれど、共通の話題になると思ってそう答えた。
「そっか! 魔法の本ね。確か向こうの辺りだったよ」
ノイスが慣れた様子で案内してくれる。
「ここが魔法関連だよ。探してるのがあるといいね。じゃあ僕は――言語関係の本を見てくるね」
すぐに別行動を取ろうとするノイスをアリスは引き留める。
「……ノイスは間違ってる」
袖をぐいっと掴まれ、ノイスは立ち止まる。
アリスがむすっとした表情で見上げていた。
「ふうえ?」
「……レディを一人にしては、ダメ」
「レ、レディ? あ、そっか……うん、せっかくだし一緒に探そうか」
「むぅ」
(もう……! 自分から好きだって告白しておいてこの扱い。女心がまるで分かってない!)
「アリスちゃんは、どんな本を探してるの?」
「……やっぱ、ノイスの読みたいのでいい」
(ふふふ、いい女は一歩下がって男を立てるの)
「いいの? 言語の本なんて退屈じゃない?」
「ノイスと一緒なら、なんでもいい……」
微笑むアリス。
ーー1時間後。
ぺら、ぺら、ぺら。
かきかきかき。
ぺら、ぺら、ぺら。
かきかきかき。
……本当に退屈だった。
ノイスは黙々と勉強し、完全に自分の世界に入っている。
アリスは横で頬杖をつきながら、ちらちらと視線を送るが――反応なし。
(じーーーー。……気づけぇっ!!)
まじまじと見つめても反応なし。
耐えきれず口を開く。
「……ねぇ、ノイス」
「どうしたの? アリスちゃん」
「ノイスは、なんで言語の本を見てるの?」
よくぞ聞いてくれたとばかりに饒舌に話を始めるノイス。
「実はね、魔族城でアリスちゃんと見つけた日記を内緒で持ってきちゃったんだ! 中身が全然読めなかったけど、地方で使われてた文字みたいで……何とか読めそうなんだ!」
ノイスは目を輝かせて語る。
「それがね、少し分かってきたんだけどさ。あの魔族城……実は『聖剣の姫ヘレン』って人の城だったみたいなんだよ。
で、その城から持ってきたこの日記――どうやらヘレンに仕えてた侍女が書いたものみたいでさ。
ヘレンの毎日が、そのまんま細かく記されてて――」
「……もういい」
「え? ご、ごめん、つい夢中に……」
ノイスが慌てて話を止める。
アリスはうつむきながら、ぽつりと呟いた。
「……ノイスは私に“愛の告白”をしたのに。他の女の話なんかして……」
「えっ!? 愛の告白!?」
「“アリスちゃんのことが好き”だよって……」
ノイスが慌てて言った。
「あ、あれは……! アリスちゃんの“魔法”が好きって意味で!」
「…………え」
――頭が真っ白になった。
(……好きなのは、私のことじゃなくて……“私の魔法”ってこと?)
胸の奥が、ぎゅっと痛む。
舞い上がって、浮かれてた自分が一気に冷めていく。
恥ずかしさと、どうしようもない絶望感が押し寄せてきた。
「……っ」
帽子を深く被り、顔を隠す。
(泣いちゃダメ……いい女は簡単には泣かないの)
けれどアリスの目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。
「……アリスちゃん。泣いてるの……?」
どうしていいかわからずおろおろと慌てるノイス。
「泣いてない……見ないで」
小さく震える声。
「いや、その……違くて、アリスちゃんの魔法が好きっていうのはね……えっとその――」
ノイスが慌てて弁解しようとするが、アリスは首を振る。
「……慰められるの、嫌! ノイスなんて嫌いっ!」
アリスは本屋から出て、その場から逃げ出していた。
(グレちゃんとアヤちゃんに告白されたと自慢して、舞い上がって……ノイスの気持ちも聞かずに突っ走って……)
(もうやだ。全部、やだ……)
視界が涙で滲む。
「っ、あっ……」
前がよく見えず、足元を踏み外して身体が傾く。
――転ぶ、と思った瞬間。
「わっ――」
ズシャッ、と地面を擦る音。
「あはは……僕、足遅いから追いつけないかと思ったよ。
でも……よかった。可愛いお洋服が汚れなくて」
ノイスが滑り込むようにしてアリスを抱きとめ、
自分のほうが下敷きになっていた。
「……離して。離してってば!」
珍しく声を荒げて、暴れるアリス。
「離さないよっ!」
大きな声を出すノイス。
「僕、自分でも気持ちがよく分かってなくて……」
一度区切るノイス。
「食べ物が好きとか魔法が好きとかそういうのはわかるんだけど、女の子を好きになるって僕にはまだわからなくて……。でも! アリスちゃんのことは放っておけないって。泣いてるの、見たくないって思うんだ」
立ち上がり、正面に立ちアリスの両方に手を置くノイス。
「じゃあ……私のこと、どう思ってるの?」
「僕にとって、アリスちゃんは特別で……とても大切な存在だよ。今はこれが、僕の“答え”じゃ嫌かな?」
アリスは少しだけ涙を拭い、目を細める。
「……私、成長したらもっといい女になる。あんまり待たせると、他の男の人に取られちゃうから」
「それはちょっと……嫌かも」
「……かも?」
アリスが鋭い視線を向ける。
「め、めちゃくちゃ嫌ですっ!!」
「ふふ……よくできました」
アリスはそっと背伸びして、ノイスの頬にキスをした。
「ふうえぇぇぇぇっ!?!?!」
ノイスは真っ赤になり、完全に固まる。
アリスはそんなノイスを横目に、帽子を被り直して笑った。
「……またね、ノイス」
そう言い残し、嬉しそうに微笑みその場を後にした。
三人はそれぞれのデートを終えて、宿の一室に戻ってきていた。
「グレンダ! どうしたのよ、その服!」
アヤが思わず叫ぶ。
グレンダのスカートには大胆なスリットが入り、ところどころ布が裂けていた。
「あはは、ちょっと模擬戦でな。つい気合い入りすぎちまって」
「デートで模擬戦……?」
アヤが小さく首をかしげる。
「……グレちゃんらしい」
アリスは優しく微笑んだ。
「デートして分かったけどよ、あたしにはこういうのは向いてねぇな」
グレンダは笑って肩をすくめた。
「でも、諦めたってことじゃねぇぞ? あたしらしさで振り向かせてやるんだ」
胸を張る彼女に、アヤは優しく目を細める。
「ずいぶん自信がついたみたいじゃない」
「まあな。……でも、たまにはオシャレってやつも悪くねぇ」
グレンダが照れくさそうに話題を変えた。
「それよりアヤはどうなんだ?」
「わ、私は普通よ! 普通!」
アリスがちらりとアヤの頭を見て、ぽつりと呟く。
「……その髪飾り、さっきから気にかけてる」
グレンダがにやりと笑う。
「まさかユージからの贈り物か?」
「ユージが“似合うからどうしても”って言うから、仕方なく貰っただけよ!」
「……アヤちゃんが要らないなら、貰う」
「だ、だめ!絶対だめ!!」
アヤが真っ赤になって必死に叫ぶ。
グレンダは吹き出しそうになりながらも笑いをこらえた。
「あはは! アリス、アヤをあんまりからかってやるなよ」
アヤがすかさず反撃する。
「そういうあんたはどうなのよ、アリス!」
「……聞きたい?」
「なんだよ、もったいぶるなって!」
アリスは少し間を置いて、目を伏せながら小さく言った。
「……キス、しちゃった」
「「どこまで進んでるんだよーーーーっ!!!」」
アヤとグレンダの叫びが宿に響き渡った。
笑い声が絶えない部屋の中、
三人の“恋バナ”は夜更けまで続いた。




