第三十話 デート攻略作戦
三人はライトたちを探し出して、冒険者が集まる集会所へと来ていた。
「ライトがいたぞ。どうやら一人みてぇだ」
グレンダが指差す。集会所で、ライトが受付嬢に何やら話をしていた。
「運がいいわね。今がチャンスよ!」
アヤが小声で言い、アリスが背中を押す。
「グレちゃん……ファイト」
「お、おい、押すなって!」
グレンダは二人に背中を押され、そのままライトの前に出ていった。
「おっ、グレンダじゃねぇか! 怪我は大丈夫なのか?」
ライトがグレンダに気付き声をかける。
「お、おう! 奇遇だなー。こんなところで会うなんてな!」
「いや、冒険者同士なんだから集会所で会うのは普通だろ」
「そ、そうだよな、普通だよな、まったく」
グレンダはどこか挙動不審だ。
「……あー、見てらんない」
アヤが頭を抱える。
「がんばれ、グレちゃん……」
アリスは祈るように手を握った。
グレンダがなんとか声をかける。
「そ、そういや今日は一人か?」
ライトが答える。
「ああ。ノイスは調べものがあるとかで本屋、ユージは買い物だとよ」
「そ、そうかそうか……。で、そのー……あ! 前回の戦いで鎧がボロボロになっちまってさ。防具とか買い直してーなーって……」
グレンダがぎこちなく笑う。
ライトは何も気づかず、あっさり頷いた。
「いいじゃねえか。防具屋ならあっちだぞ」
「ちょ、ちょっと少しは察しなさいよ!」
遠くからアヤの小さな悲鳴が聞こえた。
「いや、そうなんだけどよ。その……同じ剣士としてライトにも見てほしいっていうか……忙しかったら全然いいんだけどな!」
「別にいいぜ。今から行くか?」
「い、いや! その、今日はアヤたちと約束があって……明日とかどうだ? ここで待ち合わせて」
「明日か。わかった。朝からでいいか?」
「お、おう! それでいい! じゃ、また明日な!」
「おう!」
グレンダは駆け足で二人の元に戻る。
「なんとか誘えたわね」
アヤがニヤリと笑う。
「もう勘弁だわ……」
グレンダは顔を真っ赤にしてしゃがみ込む。
「グレちゃん、ナイス……」
アリスがぽつりとつぶやいた。
⸻
ライトの話から、ノイスを探しに三人は次に本屋へ向かう。
「……ノイス、いた」
アリスがショーウィンドウ越しにノイスを見つけた。
彼は山積みの本を前に、完全に集中している。
「これは誘いづらいわね」
アヤが腕を組む。
「大丈夫だろ! ノイスはアリスにゾッコンなわけだしよ!」
グレンダが背中を叩く。
アリスは小さくうなずくと、そっとノイスに近づいた。
だが、ノイスはページをめくる手を止めない。
「……あのひょろ男、好きなアリスが目の前にいるのにまったく気付かねぇぞ」
グレンダが呆れる。
「……ノイス」
ようやくアリスが声をかけた。
「うわっ!? びっくりした……って、アリスちゃん!? どうしたの?本探しにきたの?」
「先手を取られてるわ!よく考えたら本屋に来て本屋に誘うって少しおかしくないかしら!」
「これはまずいな」
アヤとグレンダが小声でざわつく。
「明日……本屋さんに行きたい」
アリスがぽつりと呟く。
「ふぇっ?」
ノイスが目を丸くする。
遠くからそれを見ていたグレンダが、頭を抱えた。
「アリスのやつ……言おうとしてたこと、そのまま言ったぞ! もう本屋にいるのに!」
「え、それって……もしかして何かのクイズ?」
ノイスが困惑する。
「明日、ここで待ってるから……」
アリスが言い残し、そのまま戻ってきてしまった。
「えっ!? ちょ、ちょっとアリスちゃん!」
ノイスが慌てて呼び止めたが、アリスはそのまま戻ってきてしまった。
「だ、大丈夫なの? アリス!」
アヤが逃げてきたアリスに駆け寄る。
「……わかんない」
アリスは俯いたまま小さく答えた。
「時間くらい伝えた方がいいんじゃねぇか?」
グレンダが顔を覗き込む。
「……大丈夫」
アリスは自信なさげに呟いた。
⸻
次はアヤの番だ。
「いたぞ、ユージ!」
グレンダが指差す。ユージは露店で商人と何やら話している。
「ただ“明日出かける約束”するだけなんだから……簡単よ……」
そう自分に言い聞かせながらも、アヤの顔は緊張で引きつっている。
「大丈夫かよ。アリスみたいになんなよ?」
「ま、任せなさいって!」
グレンダが確認するも、アヤは勢いよくユージの前に出た。
「ちょっと、ユージ! あんた何してるのよ!」
「おい、大丈夫か? いきなり喧嘩腰だぞ!」
グレンダが小声でツッコむ。
「何してるもなにも、珍しい道具がないか見てるだけだ。報酬も入ったしな」
ユージはいきなり現れたアヤにも落ち着いて答える。
「ふんっ、あんたが考えそうなことね!」
「……ひどい。会話になってない」
アリスが冷静に呟く。
ユージが小さく首をかしげた。
「久しぶりに会ったのに……なんか怒ってるのか?」
アヤは一瞬だけ目をそらし、声を裏返す。
「べ、別に怒ってないわよ! ただ……あんたが“私に会いたいんじゃないか”って思っただけ!」
「うわー、すげえ上から言ったな」
遠くでグレンダが笑っている。
ユージは少し困ったように目を細め、しかし柔らかく続けた。
「……まあ、正直ちょっと気にはなってたよ。怪我もひどかったし、色々あったしな」
「……まんざらでもなさそう」
アリスの目が光る。
アヤがそっとユージに向き直り、強気に言い放つ。
「へ、へえ〜。そんなに私と一緒にいたいなら……明日、私の買い物に付き合いなさいよ!」
そしてちらりと横目でユージの反応をうかがう。
「いや、“一緒にいたい”とは言ってないけど」
ユージは淡々と返す。
「うわっ! アヤがピンチだぞ! あんな上から誘うから!」
遠くでグレンダが大げさに騒いだ。
アヤは一瞬だけ目をそらし、それからそっと一歩近づく。
「えっ、じゃあ……私と二人でいるの、嫌なの……?」
潤んだ瞳で上目遣いに見上げると、その距離感が妙に近い。
「い、嫌ってわけじゃ……ないけど……」
戸惑いながら答えるユージの耳が、みるみる赤く染まっていく。
「……天然男キラー」
アリスが静かにぼそりとつぶやいた。
「なら、明日午前中! 広場で待ってるから!」
そう言い残して、アヤは勢いよく走り去った。
ユージはしばらくその場に立ち尽くし、ぽつりと呟く。
「……一体なんだったんだ」
「色々と……す、すごいなアヤ……」
戻ってきたアヤにグレンダが呆れたように笑う。
「何がよ!」
アヤが真っ赤になって戻ってきた。
「……言ってたことと全然違う」
アリスもニヤける。
「あーもう!ユージを目の前にすると、あーなっちゃうのよ!」
「まあ、何とか約束出来たんだし、明日がんばろーぜ」
グレンダが肩を叩く。
三人は宿へと戻っていった。
その日は明日に備えて早めに寝る準備をしていた。
「……明日、この服を着てライトに会うんだよな」
グレンダは買ったばかりの服を胸に当て、鏡の前に立つ。
だがすぐに顔をしかめて、目を逸らした。
「やっぱ無理だ……似合わねぇ。変って笑われるかもしれねぇ」
ため息をつき、ベッドの端に腰を下ろす。
しばらく俯いたまま、服の裾をぎゅっと握った。
「でも……もし、また“可愛い”って言ってくれたら……」
その言葉を思い出した瞬間、胸の奥が締め付けられるように熱くなる。
「……やめだ。考えても仕方ねぇ」
小さく吐息を漏らし、布団に潜り込んだ。
「もぉ〜〜! なんであんな言い方しちゃったのよ!」
アヤは枕をバシバシ叩きながら、今日の自分を思い出して頭を抱えていた。
「“そんなに私と一緒にいたいなら、私の買い物に付き合いなさいよ!”って……ただの命令じゃない!」
バタバタと足を動かし、布団を蹴飛ばす。
「……はぁ。今日のことで嫌われてたりして……明日、来てくれるかな……」
弱気な声で呟くと、顔を枕に埋めた。
耳まで真っ赤にして、アヤはそのまま動かなくなる。
アリスは椅子に座り、袋から服をそっと取り出していた。
淡い灯りに照らされた布地が静かに揺れる。
「……ノイス。あれで、ちゃんと伝わったかな」
浮いた足をぶらぶらさせながら、心配そうに呟く。
「でも……“アリスちゃんが好き”って言ってくれたノイスのことだもん。大丈夫……だよね」
ほんの少し笑って、服を丁寧に畳み、枕元に置く。
アリスはベッドに潜り、ランプの火をそっと消した。
三人の部屋に、静かな夜の息づかいだけが残った。
⸻
――翌朝。
グレンダは重い足取りで、買ったばかりの洋服を着て集会所へ向かっていた。
「……視線がいてぇな。やっぱ似合ってねぇよな」
人の視線が刺さるように感じて、思わず肩をすぼめる。
だが――周囲の反応は違っていた。
「誰だ? あの美人さんは?」
「見ねぇ顔だな。新人か?」
「声かけちゃおうかな!」
「やめとけ。高嶺の花ってやつだ」
通りすがる冒険者たちは、ひそひそと囁き合っている。
「おーい、グレンダ!」
聞き慣れた声に振り返ると、ライトが手を振っていた。
「……おす」
恥ずかしそうに、そっぽを向いて小さく返す。
「グレンダ、その服……」
ドキッ。
服装に触れられただけで、心臓が跳ねる。
「似合ってるじゃねぇか! そんな服も着るんだな」
「に、似合ってるって……ほんとか?」
「ああ、似合ってるぞ!しっかり“強そう”にも見える!」
「つ、強そうか……」
小さく俯き、小声が漏れる。
「ほんとは“可愛い”とか“綺麗″って言ってほしかったのによ……」
「ん? なんか言ったか?」
「な、なんでもねぇよ! さっさと行くぞ!」
顔を真っ赤にして歩き出すグレンダ。
ライトは首をかしげながら、その背を追った。
二人は並んで、防具屋へ向かっていった。
⸻
一方その頃――。
アヤは広場で腕を組み、落ち着かない様子で周囲を見回していた。
「ユージったら……遅いじゃない!」
実際は、夜ほとんど眠れず、早朝から来ていたのだ。
「アヤ!」
ユージが息を切らせて駆け寄ってくる。
「待ったか?」
「い、今来たところよ! 全然待ってなんかいないんだから!」
「そうか、良かった。午前中ってだけで言われたから、時間が曖昧でさ」
走ってきたのか息を切らしているユージ。
「はあ? なにそれ、私の言い方が悪かったってこと?」
悪態をついてユージを睨む。
(あっ、違うのに……あぁもう……なんでこうなるのよ! ユージの前ではもっと可愛くいたいのに!)
アヤは口に出してから落ち込んでいた。
「そ、そんなことより、なんか今日はいつもと雰囲気が違うな。見違えたよ……」
ユージはアヤの服装を見て目をそらしたまま、ぽつりと呟いた。
不意に言われて、アヤの顔が一気に熱くなる。
「ゆ、ユージのために着てあげたんだから、感謝しなさいよ!」
「お、俺のために……か」
頬を赤くして視線を逸らすユージ。
「ち、違っ、それは……えっと……」
言葉が空回りして、アヤも視線を逸らす。
気まずい空気の中、ユージは小さく笑って、手をポケットに突っ込む。
「とりあえず、行こうか」
「……っ」
アヤは俯きながら頷いた。
二人は少し距離を空けて並び、広場を歩き出した。
⸻
そして――本屋の前。
「……本屋さんに着いたけど、ノイス……来てくれるかな」
アリスは胸の前で両手をぎゅっと握り、通りを見つめていた。
昨夜、何度も確かめた服を身にまとい、帽子の先を指で摘む。
「アリスちゃん!」
声の方を見ると、ノイスが笑顔で駆けてくる。
「昨日、“明日もここに来る”って急に言うからびっくりしちゃったよ」
息を整えながら、ノイスはアリスを見て目を丸くした。
「それに今日は魔法服じゃないんだ。……可愛いね」
「……っ」
恥ずかしさで顔が熱くなり、アリスは帽子を深く被った。
「どうしたの? アリスちゃん」
「……女たらし」
「ふ、ふうぇっ!?」
ノイスが慌てる一方で、
帽子の下のアリスはこっそり笑みを浮かべていた。




