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第三話 初依頼

掲示板に並ぶ無数の依頼書。

三人は食い入るようにそれを眺めていた。


「初依頼だから、どでかい依頼がいいよな!」

ライトが胸を張る。


「えー、簡単なのがいいよー」

ノイスがすかさず弱音を漏らした。


「確実にこなせる依頼で、割のいいやつがいいな」

ユージが冷静に言う。

「装備を整えたり、宿を確保したり……何をするにも金がいるからな」


「これなんかどうだ! “緊急!畑を荒らすオオカミ型討伐”!」

ライトが依頼書を勢いよく指差す。


「オオカミ型の魔族か? リック村の近くにも出たよな」

ユージが詳細を見ていた。

「なになに……報酬は……500ゴールド!」


「ご、500ゴールドも!? そんなにもらえちゃうの?」

ノイスの目が輝く。


「オオカミ型なんて、そんな手こずる相手でもないのに」

「実は俺ら、冒険者の中でもやれる方なんじゃねえか!」

ライトのテンションが上がる。


「確かに、僕らはエルディオにも“筋がいい”って言われたもんね!」

「決めた! これにするぞ! 畑を荒らされて困ってるなら、なおさら急がねぇと!」


「おいおい、そんな調べもしないで勝手に決めたら――」


その時、背後から下卑た笑い声が聞こえた。


「へっへっへ! 笑っちゃうな。お前らみたいなのが、すぐ死ぬんだよなぁ」


「……なんだと?」

ライトが睨み返す。


「聞こえなかったか? 田舎もんの雑魚はすぐ死ぬって話よ!」


「てめぇ……」

飛び出しそうなライトをユージが止める。

「やめろ、話すだけ無駄だ」


「いるんだよなぁ〜、小さい村では強かったとか言って、自信満々で来る大したことねぇ雑魚が!」

「おいおい、かわいそうだろ。その辺にしとけよ」

「いや、これは忠告だ。親切心で言ってやってんだぜ? ガキは村に帰って母ちゃんにでも泣きついてろ!」


「あはは……僕たちには、いないんだけどね……」

ノイスがぽそりと呟く。


「さっきから俺らの実力も知らねぇで突っかかってきやがって……!」

ライトがユージを押し除け一歩前へ出る。


「生意気だな、てめぇ。おいみんな、賭けしねぇか? こいつらが初依頼で“死ぬか逃げ帰ってくるか”!」


「ガハハ! そいつは面白そうだな」

 

タチの悪い冒険者達は笑い、周囲の冒険者たちはざわついていた。

度が過ぎた挑発だが、誰も止めようとはしない。


「そうかそうか……で、いくら賭けるんだ?」

ユージが静かに笑った。


「……はぁ? 何言ってんだ?」

「俺らが“失敗する”のに、いくら賭けるんだって聞いてんだよ」


「……いくらでもいいぜ」

「よし!言ったな。俺は――俺らがこの依頼を成功させるのに、手持ちの300ゴールド賭ける」


「はあ? イカれてんのかお前……話になんねぇわ」

冒険者が吐き捨てて立ち去ろうとする。


「おいおい……自分から賭けの話をしといて逃げるのか? どっちが雑魚なんだか……」

ユージの声が低く響いた。


「……今ここで殺してやろうか?」

空気が一瞬にして張りつめる。


そのとき――。


「ふふふ、おもしろいですねぇ。その賭け、私が成立させましょう」


現れたのは、スーツを纏った男。


「私はこの集会所の管理者の一人、デンケルと申します」

デンケルは二人の間に割って入った。

「争い事かと思えば、なにやら面白そうな雰囲気ですね。――二人とも、賭けに乗りますか?」


「……のってやるよ」

「決まりだな」


デンケルは二人から300ゴールドずつ受け取り、ニヤリと笑う。


「フッフ、冒険者登録初日でその威勢。バカなのか……それとも――」

ユージの目を見据え、静かに言った。

「……ただ、あなた。いい目をしていますね」


「そりゃどーも」

ユージが肩をすくめる。


「フッフ、この依頼は容易ではないですよ。――まあ、頑張ってください」


「よくわかんねぇけど、話はついたか? さっさと出発しようぜ!」

ライトが依頼書を握りしめた。


三人はそのまま、現地へと向かった。


背後で、冒険者たちがひそひそと囁いた。


「あいつら、本当にあの依頼受けちゃったよ」

「知らないって、怖いねぇ」

「……あの依頼を受けた奴が、どうなったかも知らずにな」


依頼主は、街のはずれにある小さな村の村長。

三人はその村を目指して歩き出した。


「ねえ! ユージ!! どうすんの!? お金渡しちゃったから、僕たち一文無しだよぉ!」

「へへっ、ユージらしいや」


慌てるノイスと、ゲラゲラ笑うライト。


「僕たち、失敗したら生きていけないよ。おしまいだぁ……」

「落ち着けって! こんなとこでミスるようなら、冒険者としてもそこまでってことさ」

「そうだな! 何よりスッキリしたしな!」


ユージは口元を吊り上げる。

「この街の物価じゃ、300ゴールドじゃ装備だってロクなの買えない。依頼こなして帰れば、報酬で500ゴールドだ。俺らの賭けた分と相手の分で1100ゴールド! これなら装備を揃えてもお釣りがくる。」


「ほんと失敗した時のこと考えないんだから!」

「いいか? 失敗して命を落としたら金なんて意味ないし、俺らは依頼を投げ出したりしない。――これは、プラスにしかなんない賭けさ。舐められてるのも気に食わないしな」


「そうは言ってもさー……ねえ! ライトもなんか言ってよー」

「俺は金のことはてんでわからねぇ!」ライトが笑う。

「けど、こういうのはユージに任せときゃ間違いねぇんだ。それだけはわかる。俺も魔族には絶対負けねぇ。それでいいだろ?」


「ふうぇ、そんなぁ……でも、なんか根拠はないけど、二人に言われるとどうにかなりそうな気がしちゃうよ」


「忘れてるようだけど、依頼はオオカミ型だ」ユージが指を立てる。

「俺らは何度も狩ってきた相手だ。数が多かろうと、多少強かろうと問題ないはずだ」

「うんうん。確かにそうだね! 初依頼でビビっちゃったよ。僕らはあのエルディオに“筋がいい”って言われたくらいだからね!」

「そうそう! 大丈夫! 大丈夫さ……」


――そう言いながらも、ユージの胸には不穏な違和感が残っていた。


(オオカミ型討伐に500ゴールド……。そんな大金をかける価値があるのか?

オオカミ型にすら勝てないと思われている? いや、それにしても……)


賭けに乗った冒険者の自信。

管理者デンケルの「容易ではない」という言葉。


(――やはり、何かある)

そう感じながらも、ユージは笑って見せた。

(ま、俺たち三人なら、なんとかなるだろ)



「街も都市部から離れると、なんもねえんだな」

「地図で見ると合ってると思うんだけどなー。結構遠いね」

「遠くに見えるのは……畑か。もうすぐかもな」


夕暮れの風に揺れる麦畑を横切りながら、三人は歩き続けた。


「つ、ついたー……もうクタクタだよ」

「いい運動になったな! うん、ウォーミングアップは十分だぜ!」

「ライトは相変わらず体力バケモンだな……」


村に入ると、農作業の手を止めた人々がちらりと彼らを見て、すぐに目を逸らした。

「なんか、あんま歓迎されてない感じだな」

「おーい! 魔族ぶっ倒しにきたぞ! 依頼くれたやつはどいつだ!」


「き、君たちは……冒険者か?」

声をかけてきたのは、白髪の老人だった。


「まさか、今回依頼を受けたのは君たちか? 私は村長のダンドだ。悪いことは言わん、すぐにキャンセルしてくれ。他の冒険者――エルディオみたいな方を呼んできておくれ」


「おいおい、いきなり失礼なじいさんだな!」

「まあ、まだ装備も揃えてないしね。僕たち、初依頼なんです」

ノイスがボロ服に目を落としながら答える。


「……あ、は、初依頼……? すぐに帰ってくれ!」


「こんなんだけど、腕は結構たつんだぜ。話、聞かせてくれよ」

「これは意地悪で言っているのではない。危険だと言っているのだ」

「まあまあ、話をしてからでも遅くないでしょ?」

ユージが宥めると、ダンドは腕を組んで唸った。


「うーむ……話を聞いたら帰ってくれるか?」

「なんだよー。オオカミ型なんて、ちょちょいのちょいだぜ」


「ナメてたら痛い目見るぞ!」

ダンドの声が強くなる。

「ここに最近出るオオカミ型は異常だ! 街の外で見かける個体とは別物。見た目は大きく、凶暴で……手がつけられん。

前に来た冒険者も自信ありげだったが、手に負えず引き返した。その時の怪我で引退した者もおる。――冒険者レポートにも書かれておったはずだ」


「なるほどな。集会所にいた柄の悪い連中が妙に自信あったのは、それを読んでたからか。……冒険者レポートなんてあるの、知らなかった。完全にやられたな」

「まあ初依頼だから、わかんねーのは当たり前じゃねえか? 全部のことがわかってたら、面白くねえしな!」

「ひぇ〜……戻ろうよ! 村長さんの言う通りにさ! 今なら謝れば、賭け金も返してくれるかもしれないし!」


「おい、ノイス。……今さら引き下がれると思うか?」

ユージが真剣な眼差しで言う。

「俺ら冒険者に保証された日常なんてねぇ。一か八かだ。俺らは元々なんも持ってない。身体張って命かけて、ようやく普通の生活ができるんだ。こんなとこで引き返したら、この先なにも手に入らない。……わかってるよな?」


「そ、そうだけど……」

「ノイス、心配すんな! ぶっ倒せばいいだけだろ? なぁ、じいさん!」

「むむ……すごい余裕だな。余程自信があるのだろう」


ダンドは深いため息をつき、三人を見つめた。

「……まあ、他に受けてくれる冒険者もおらん。君たちに賭けてみるか」

そう言って、正式に依頼を任せる決断をする。


「正式に依頼する。こちらでも出来る限りサポートはしよう。あいつらをどうにかしてくれ」

「ありがとうございます!」

ユージが礼を言った。


「日が暮れる頃じゃ。でないと奴らは現れん。それまではわしの家で休んでいくといい」

「やったね! 正直クタクタだったから助かりますよー!」



ダンドの家に案内され、三人は腰を下ろした。


「冒険者レポートを読んでいないようだから、現状をざっくり説明するぞ」

ダンドは静かに語り出す。


「奴らは日が暮れる頃に現れる。数は正確にはわからんが、二十体ほど確認されておる。そして――その体格。人の二倍近くの大きさなのだ」


「ひ、人の二倍だって!? オオカミ型なんて、大きく成長した個体でも人と同じくらいだろ? そんなの、もはや別種じゃないか! そんな化け物が来てるってのに、よく無事でいられたな……」

ユージが息を呑む。


「そこが不思議なところだ。奴らは育った作物だけを選んで取っていくが、人には手を出さん。

畑も襲われてはおるが、荒れているわけでもない。収穫期のものだけ、きれいに持っていく。

村人が追い払おうとすれば襲ってくるが、無抵抗なら攻撃してこないのだ」


「そんな……魔族にそんな知能があるなんて!」

ノイスが目を見開く。

「じゃが、事実そうなっとる」


ユージが腕を組み、低く呟く。

「なるほどな……その話が本当なら、思ったより苦戦しそうだな」

「へへっ、大きいオオカミ型だとしても、ぶっ飛ばせば同じだろ」ライトが肩を鳴らす。


「いや、オオカミ型の行動には知性を感じる。

作物の収穫時期を理解し、他は荒らさずに狙いを絞っている。……無闇に村人を殺さないのも、村人が作物を管理していると理解してるみたいだ」

ユージは状況を組み立てていく。


「そんな……まさか……ね?」

「お前ら、何弱気になってんだよ! やってみりゃわかることじゃねえか!」

ライトは日課の筋トレをしながら言い放った。


「……今さらガタガタ言ってもしょうがないか」

ユージは深呼吸し、作戦をまとめる。

「情報を踏まえて準備を整えるぞ。こちらから先手を打とう」


ユージは二人に大まかな戦術を伝え、装備の手入れや罠の準備をしていた。

ノイスは疲れからか、寝室でいつの間にか居眠りしていた。



――そして日が沈む。

三人は、オオカミ型が現れるという山の麓で、息を潜めて待機していた。


夜風が冷たく吹き抜ける中、

三人の鼓動だけが、静かな闇に響いていた。

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