第二十九話 秘密の作戦
――事の始まりは、魔族城攻略のすぐあとに遡る。
グレンダ、アヤ、アリスは攻略組の中でも特に怪我がひどく、目を覚ました時にはすでに連盟の療養施設のベッドにいた。
「はあ~、よく寝たぜ。体の具合も悪くねぇ」
グレンダは大きく伸びをしながら、肩を回す。
「丈夫な作りの体で羨ましいわ」
包帯だらけのアヤがぼそりと呟く。
「……ノイスは別の部屋なの?」
アリスが辺りを見回す。
「なんだ、アリス。あの細っちいのが気になるのか?」
グレンダが笑いながら水を一口飲む。
「気になるというか……告白されちゃったから……ぽっ」
「ぶっ!!?」
水を盛大に吹き出すグレンダ。
「え、本気で言ってるの? ノイスって意外と手が早いのね」
アヤが目を丸くする。
「それでよ! 何て言われたんだ!」
グレンダが身を乗り出す。
「『アリスちゃんのことが好きで好きでたまらない』って……」
「うわ、まだ会って間もないのに大胆なのね」
アヤが呆れながらもニヤつく。
「……アヤちゃんはどうなの?」
アリスに急に話を振られたアヤの顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「ど、ど、どうなのって……そりゃあユージには助けられて感謝もしてるし、頼りになるし、頭も切れて、かっこいいなって思ったりなんかもしたりして……。
でも、そういう“告白”とかは、もうちょっと仲良くなってからっていうか……。でも“俺を頼れ”とか言われて、その……ちょっと、それっぽいことを――」
アヤは早口で、ごにょごにょと喋った。
「誰もユージの話だなんて言ってねぇぞ」
「……っ!! だ、騙したわね!」
「別に騙してない」
アリスは平然と答えた。
「じゃあ、グレンダはどうなのよ? ライトの前だとやけにしおらしいじゃない」
アヤが自分のことを誤魔化すようにグレンダに話を振る。
「あ、あたしは……いいよ。あたしみたいなデカくて可愛げのない女、誰も相手になんかしないさ」
グレンダは視線を落とし、少し寂しげに笑った。
「大事なのは、自分の気持ちだよ……グレちゃん」
アリスが静かに言う。
「そうよ! ライトのこと、どう思ってるの?」
アヤがさらに突っ込む。
少しの沈黙のあと、グレンダがゆっくり口を開いた。
「ライトは強ぇ。戦いもそうだけど、心もだ。
……あたしみたいなデカくてガサツな女を、身を挺して守ってくれた。か、“可愛い”なんて言われたときは……正直、ドキッとしちまってさ。でも……あたしが女として魅力がねぇのは、自分が一番わかってる」
アリスが即座に反論する。
「そんなことないよ!グレちゃんは背も高くて、スタイルもいいし」
続けてアヤもフォローする。
「そうそう! 確かに粗暴で乱暴でガサツだけど、見た目は全然イケてるわよ!」
「散々言われてるような気がするが、あたしが色恋沙汰ってのはどうもな」
グレンダが苦笑する。
「……でもね、グレちゃん。女としてもっと自信持たなきゃダメ」
アリスはグレンダの目をしっかりと捉えたまま言い切った。
「そうよ! まずは見た目から女の子らしくしてみるのってどう?」
アヤが力強く頷く。
「……見た目から?」
「……そう。 そして――デートに誘うの!」
アリスがにっこり笑った。
こうして三人の“デート大作戦”は始まった。
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三人の怪我もすっかり癒え、外出できるようになって間もなく――作戦は決行された。
「まずは女の子らしく、オシャレしなきゃ!」
アヤが勢いよくグレンダを連れ出す。
「オシャレな服なんて、どうせ似合わねぇよ……」
グレンダは渋い顔で腕を組む。
「何言ってるのよ! 報酬も入ったし――またライトに“可愛い”って言われたいんでしょ?」
アヤの言葉に、グレンダの動きがピタリと止まった。
「か、可愛いって……変なこと思い出させんな!」
あのときライトに“可愛い”と言われた瞬間が、頭に浮かぶ。
グレンダは顔を真っ赤にして、ぶっきらぼうにそっぽを向いた。
「……大丈夫。私たちが一緒に見てあげる」
アリスが優しく微笑み、そっとグレンダの手を引く。
こうして三人は、ゲトラムの繁華街へと繰り出した。
通りには華やかな店が立ち並び、カラフルな看板が目を引く。
「ゲトラムは賑やかな街だけど……ここら辺はまた違う雰囲気だな。やっぱりあたしはこっちの方が……」
グレンダは武器屋や防具屋が並ぶ方へと行こうとする。
「ここまで来て何言ってんのよ!こっちよ!」
すかさずアヤが腕を引いた。
「けどよ、落ち着かねぇんだよ。あたしみたいな場違いが来るとこじゃ――」
「……自虐するの禁止」
グレンダの言葉を遮り、アヤとアリスはグレンダを引っ張っていく。
お店に入ると、壁一面に可愛い服が並び、三人は思わず圧倒された。
「あんまりこういうこと来ないから、落ち着かないわね……」
アヤが視線を泳がせながら呟く。
「実は、私もわからない……」
アリスも戸惑った様子で、棚に並ぶ服を見つめる。
「まあ、そうだと思ったけどよ」
グレンダが苦笑いを浮かべた。
するとアヤとアリスが、さっそくグレンダに似合いそうな服を選び始める。
「なあ? もう出ようぜ? 居づらくて敵わないぜ……」
どうしていいかわからず、グレンダは落ち着かない様子で腕を組む。
「男なんて、露出が多い服が好きに決まってるわ!」
アヤが勢いよく、セクシー系の服を取り出した。
「ええ!? ま、まさか……これを、私が着るのか?」
「黙って試着!」
アリスが無言でグレンダを更衣室へ押し込む。
カーテンの奥から声が響く。
「こんなんほぼ裸じゃねえか!!」
アリスがカーテンを開けた。
「……なんかえろい」
アリスが淡々とつぶやく。
「あはは……ちょっとやりすぎかも」
アヤが苦笑いする。
アリスがふりふりの服を差し出す。
「次は、こっち……」
グレンダが更衣室から出てくると――
「おい! なんか子どもっぽくねぇか?」
「ちょっとグレンダにしては、可愛すぎるわね」
「……アンバランス」
「お前ら、私で遊んでないか?」
グレンダが半眼で睨む。
「オシャレしようとか言ったけど、私たちもグレンダと大差なかったわ」
「……お手上げ」
アリスも静かに頷く。
そのやりとりを見ていた店員が、そっと近づいてきた。
「お悩みでしたら、こちらでお選びしましょうか?」
「お願いします!」
アヤが即答する。
「お客様は背も高く、スタイルもよろしいので――大人っぽい服がお似合いになると思います。こちらなど、いかがでしょう?」
グレンダは渡された服を受け取り、しぶしぶ試着室へと戻っていった。
数分後――。
「照れくせぇな……ど、どうだ?」
カーテンが開く。
「うおおおっ、すごい!モデルさんみたい!」
アヤが目を輝かせる。
「素敵……本当に似合ってる」
アリスの頬も緩む。
「ほ、ほんとか? ちょっと張り切りすぎてねぇか?」
「そんなことありません! この服をここまで着こなせる方、滅多にいらっしゃいませんよ」
店員が笑顔で褒める。
「最初から店員さんにお願いすればよかったわね」
アヤが笑う。
「うんうん」
アリスもうなずく。
「二人も服、見てもらえよ」
グレンダがニヤリとする。
「私はいいってば!」
アヤが手をぶんぶん振る。
「その方がユージが喜ぶぞ?」
「べ、別にユージに喜んでもらっても嬉しくなんか……でも、“可愛い”って思われるのは……悪くないというか……」
「すみませーん! こいつのも選んでやってくれー!」
グレンダが声を張る。
「かしこまりました」
店員がにこやかに応じ、さっそく服を選び始める。
その間、グレンダの視線はアリスへと向けられた。
「……私は、魔法服が好きだから」
アリスが小さくつぶやく。
「一人だけ逃げようなんて、そうはいかねぇぞ」
「……あわあわ……」
やがて、アヤが試着室のカーテンをそっと開けて出てきた。
頬をわずかに赤くしながら言う。
「……あんまり見ないでよ。恥ずかしいんだから」
グレンダが思わず目を丸くする。
「いや、見違えたぞ! なんか……お姫様みたいだ!」
アリスも柔らかく微笑んだ。
「アヤちゃん、本当に可愛い。すごく似合ってるよ」
アヤは戸惑い気味に鏡へ視線を向け、そっと自分の姿を確かめる。
「そ、そう……かしら……?」
小さく揺れる声には、嬉しさと照れが混ざっていた。
「次はアリスだな」
アリスも服を手に、静かに試着室へ入っていった。
しばらくして、そっとカーテンを開ける。
「……変じゃない?」
「アリスってば、お人形さんみたい!」
「可愛いじゃねぇか、アリス!」
褒められて、アリスの頬がほんのり赤く染まった。
――そして。
「ありがとうございました」
会計を済ませ、三人は店を後にする。
「なあ?勢いで買っちまったけどよ……」
「そうね……」
「少し……着るの、恥ずかしい……」
三人は買い物袋を抱えながら、互いに顔を見合わせて笑い合った。
アヤが腕を組んで言った。
「ここまで来たなら、あとは誘うだけよ」
「そうだな!」
グレンダが頷く。
「で、どうやって? 何に誘うんだ?」
「……」
アヤが言葉に詰まる。
「アリス、どうすりゃいい?」
「……知るわけない」
アリスは淡々と返す。
グレンダが頭を抱えた。
「デートするって言ってたけど、デートって一体なんなんだ?」
アヤは得意げに答える。
「そりゃ、男女が二人でお出かけして、ショッピングしたり美味しいもの食べたり……そういう感じでしょ」
「そ、そんなもんが楽しいのか?」
グレンダが思わず聞き返した。
「た、多分……」
アヤは顔を小さい声で答えた。
「はぁ〜、余計わかんなくなってきたぜ。魔族ぶっ倒すほうがよっぽど簡単だ!」
グレンダが頭をかきながら嘆く。
「アリスはもう告白されたんだから、誘うのなんて簡単でしょ!」
アヤが身を乗り出して言う。
「……何も考えてなかった」
アリスは静かに答えた。
「普通に、“明日、二人で出かけない?”って言えばいいのよ!」
アヤが少し考えたあと、投げやりに言い放つ。
「そ、そんな急に言ったら、不自然じゃねぇか?」
グレンダが心配そうに眉をひそめる。
「……口実を作ればいい」
アリスがぽつりと呟いた。
「口実?」
グレンダが聞き返す。
「グレンダなら、武器とか防具を探したいって言えばいい。前衛同士だし、ライトに相談するのも自然……」
アリスの言葉に、グレンダは目を輝かせた。
「おお、ナイスだ! それなら言いやすいな!」
「じゃあ、私は?」
アヤが身を乗り出す。
「そ、装飾品とかどうだ? ユージ、そういうの詳しそうだし」
グレンダが提案する。
「……確かに。私たち、戦い方も似てるし――罠とか装飾品を見たいって言えば、自然かもね」
アヤが小さく頷いた。
「……私は、本屋さんで魔法関連の本探したいって言ってみようかな……」
アリスが小さく呟く。
「おう!悪くねえ。それで決まりだな!」
グレンダが拳を握る。
三人は顔を見合わせ、頷き合うと、
ライトたちのいる場所を探しに向かった。




