第二十八話 攻略の余韻
魔族城の最上階で、ライトの放った《光の剣》が巨大な魔素の繭を切り裂いた瞬間――
外の庭で戦っていた魔族たちは次々と消滅し、あるいは力を失い、膝をついていった。
「こ、これは……!」
シルヴィが目を見開く。
「はぁーっ! もうあかんて! これ以上動けまへん!」リーオがその場に倒れ込む。
ルイーゼは天を仰ぎ、叫んだ。
「ライトたちがやってくれたのか! 我々の勝利だ!!」
ルイーゼの《カリスマ・ジ・オーラ》の光がふっと消え、皆の体を包んでいた力も収まっていく。
その代わりに、どっと疲労が押し寄せた。
「ルイ王子の力……すごいです。こんなに魔法を撃てたのは初めてです……」
エレキが膝をつきながら息を整える。
マリーナは微笑んで呟いた。
「従者でも国の所属でもない私たちまで恩恵を受けるなんて……」
レオンは静かに頷いた。
「よくは分からんが、皆の心が一つになったからこそ届いたのだろう」
「何を言ってるんですか。ルイ様のカリスマ性のなせる技です」
シルヴィが胸を張る。
「まずは報告だ」
ダリオが言い、戦場を見渡した。
禍々しさが抜けた城を前に、攻略組はつかの間の勝利をかみしめていた。
――その頃、城の中。
「あはは、アリスちゃん。疲れたのは分かるけどそんなにくっついちゃ歩きづらいよ」
魔素が回復してきたノイスはふらつきながらもアリスの肩を支えてライトとユージを追って歩いていた。
「ちゃんと責任取ってね……」
「ふ、ふうぇ!? な、何の責任!? って、うわっ!」
二人はよろめいた拍子に、廊下の奥にある壁が開き、埃っぽい部屋へと転がり込んだ。
「いててて……ここは?」
「……隠し部屋?」
そこは小さな書斎のような空間だった。
ノイスの目に、机の上に置かれた古びた日記が映る。
「これ……この城のことが書かれてるかもしれない」
アリスを制して日記を開くが、中の文字はまったく読めなかった。
「何の文字だろ? 全然わからないや……」
その時、城の奥から声が響く。
「おーい! ライト!! いるのか!?」
ルイの声だった。
「あっ、そうだ! みんな無事かな!」
ノイスとアリスは部屋を出て、ルイーゼとシルヴィに合流する。
一方その頃――。
ユージは、魔素の繭が消滅したことで変化した空間の中に立っていた。
竹林だった場所は、いつの間にか石造りの城のフロアへと変わっていた。
「場所が……変わった? いや、動いた感じはないな」
アヤは倒れたまま動かない。
「ライトたちがやったのか? そう考えれば、この空間自体が“魔素の塊”が作り出した幻だったのかもな」
独り言を漏らすユージの耳に、かすかな声が届いた。
「ユージ!」
「この声……ノイスか!」
遠くからノイスの声が聞こえてくる。
ユージとアヤもルイたちと合流した。
動けないアヤはシルヴィが背負い、全員で上階を目指す。
「ライトは一緒じゃないの?」
ノイスが尋ねる。
「こっちも魔族が出て、先に行ってもらったんだ」
「なら、早く迎えに行こう!」
ルイの掛け声に、六人は最上階へと駆け上がった。
――その頃、最上階。
「……あれ? あいつは? 魔素の繭はどうした?」
ライトがゆっくりと目を開けた。
「おっ、意識が戻ったか!」
隣にはグレンダが座っていた。
「お前の《光の剣》で、あいつと魔素の繭をまとめてぶっ壊したんだ! これで魔族ももう出てこねぇだろ」
「そっか……そうだったな。忘れてたぜ」
グレンダが笑い、顎で奥を指す。
「それよりよ、魔素の繭の後ろにある“あの絵”見てみろよ? 女の人が持ってる剣、ライトの《光の剣》に似てねぇか?」
ライトは顔を上げる。
魔素の繭が崩れた壁の奥、そこには赤い髪をした女の絵があった。
彼女の手にも、光を放つ剣が握られている。
「……似てるな」
「ライトのスキルって珍しいと思ってたけど、同じようなのを使う奴がいたんだな」
「ああ」
ライトは何故かその絵から目が離せなかった。
絵の下には古い文字でこう記されている。
――“聖剣の姫ヘレン”
その時、階段を駆け上がる足音が響いた。
「ライト!!!」
ルイたちが駆け込んでくる。
「ルイーゼ!それにみんな!無事だったみたいだな!」
「ああ、なんとかな」
ユージが息を整えながら言う。
「こいつは……黒い龍じゃ……ない?」
ノイスが倒れている魔族の遺骸を見つめた。
「こ、これは……サイクロプスだよ!」
ライトはうなずいた。
「こいつが魔素の繭を守っていやがった。そっちも魔族を倒したみたいだな」
「なんとかね」
「まあな」ユージが軽く笑う。
ルイは嬉しそうに微笑んだ。
「ライトが魔素の塊を壊した影響で、外の魔族たちは消滅、あるいは戦闘力を失った。我々の完全な勝利だ」
シルヴィが崩れた壁の奥を見て息を呑む。
「これが……魔素の塊。思っていたよりずっと大きいですね」
ノイスも頷いた。
「僕が前に見たのとはまるで違う。塊っていうより……大きな繭みたいだ」
ライトが答える。
「俺たちはこいつを魔素の繭、そう呼んでたぞ」
「魔素の繭か……」
ユージが呟いた。
「それよりアヤは大丈夫なのか?」
グレンダが心配そうに覗き込む。
「怪我はひどいですが、呼吸は安定しています。大丈夫です」
シルヴィが答え、グレンダは胸をなでおろした。
「そうか……無事ならいいか」
「あなたの怪我も大概ですけどね」
シルヴィが皮肉を言う。
「あたしは、体の作りが違うんだよ!」
勢いよく立ち上がるグレンダ。
「おい、あんま無茶すんなよ」
ライトが苦笑する。
「お、おう……き、気をつけるよ……ライト」
しおらしいグレンダに、全員が思わず顔を見合わせた。
その後、連盟の拠点へ報告があがり、負傷者の搬送には救護部隊が駆けつけた。
魔族城の攻略、そして占領地の奪還――噂は瞬く間に広がり、攻略組は一躍有名人となっていた。
報酬も支払われ、彼らはゲトラムの連盟施設で療養に入った。連盟は魔族城に立ち入り、魔素の“繭”の残骸を回収し、城内の安全確認を進めている。
そして、魔族城で激戦を繰り広げた六人は特に傷が深く、他の仲間たちよりも長く施設で療養することになった。
「しっかし、あの城はなんでああなったんだろな」
ライトが天井を見上げてつぶやく。
「僕もそれが気になってて……実は城にあった日記、持ってきちゃったんだ」
ノイスがそっと古びた冊子を取り出す。
「おいおい! 大丈夫かよ。城の物は持ち出し禁止って連盟の人が言ってたぞ」
ユージが目を剥く。
「どうしても気になるんだ。文字は分からないけど、調べれば読解できそうな気がするんだよ。ね? これ一冊だけ見逃して!」
「ったく……俺は見なかったことにする。報酬取り上げとか、洒落になんねぇからな!」
そう言いつつ、ユージの手には三人分の報酬袋。頬がゆるみっぱなしだ。
「ちょっと、俺も気になることがあってさ。“聖剣の姫ヘレン″って人なんだけど」
「ライトが“姫様”に興味? 頭でも打ったか?」
ユージがニヤつく。
「うーん……聞いたことないなぁ」
ノイスが首をかしげる。
「もし日記に書いてあったら、教えてくれ」
「うん、わかった」
「皆! 元気してるか?」
明るい声とともに、ルイが入ってくる。
「ルイーゼじゃねーか! 怪我は大丈夫か?」
「ライト、君がそれを言うのか」
ライトの傷はひどかったが、《自動回復》のおかげでピンピンしている。
「私よりも前衛を張ってくれた皆のほうが傷は多いさ。それでも日常生活は送れる程度まで回復した。冒険者というのは逞しいな、まったく」
「なぁ、ルイーゼ。“聖剣の姫ヘレン″って知ってるか?」
「……“聖剣の姫ヘレン″か。噂程度には知っているぞ」
「どんな人だ!」
食い気味に聞いてくるライトに、言葉が詰まるルイ。
「あ、ああ。 昔、父上から聞いたことがある。同世代に、魔族相手に破格の強さを誇る姫がいたと。魔族に襲われた地域や魔族の生息地へ単身で赴き、蹴散らした――その強さと美しさから、そう呼ばれるようになったそうだ」
「すごい人なんですね」
ノイスの瞳が丸くなる。
「い、今はどこにいるんだ!」
ライトが身を乗り出す。
「……“聖剣の姫″はもういない。魔族に“洗脳”されたらしいのだ」
「洗脳……」
ノイスはデュラハンの“幻覚”を思い出して唇を噛む。
「洗脳された“聖剣の姫″は魔族を率い、人を襲うようになった――そして捕らえられ、処刑された。父上も“実に惜しい”と語っていた」
「そ、そうか……」
ライトの肩がわずかに落ちる。
「どうかしたのか? その姫が」
ユージが様子をうかがう。
「いや……なんでもねぇ」
「すまない。面白くない話だったか」
「そういうわけじゃねぇさ。ありがとな、ルイーゼ」
「ライトたちは、しばらくこの街に?」
「まあな。くたびれたし、報酬も入った。しばらく休むさ」
ユージが袋を揺らす。
「そうしよ! 調べたいこともあるし!」
ノイスも賛成だ。
「そうか。私たちは国へ戻る。ゆっくりもしたいが、王子としての務めがあるからな」
「そうか! 元気でな!! ルイーゼなら、いい王様になれるぜ」
「ライトたちには何から何まで感謝している。ぜひ我が国にも遊びに来てくれ。歓迎するぞ、友よ」
がっちりと握手を交わす。
影で見ていたレオンが目頭を押さえた。
「ルイ様……立派になられて……」
そこへ、シルヴィも合流した。
「最初は――ルイ様に無礼を働く、ただの野蛮な冒険者だと思っていました。ですが、それは私の間違いでした。
その力をルイ様に捧げてくださるなら、相応の地位と報酬をお約束いたします」
シルヴィはそう言って、ライトたちにフルーレ王国への招待を持ちかけた。
ライトは少し笑い、首を振る。
「悪いな。俺は冒険者だ。……でも、ルイーゼが困ってたら、いつでも駆けつける。友達だからな!」
ルイは静かに笑みを浮かべた。
「やはり、冒険者の道を選ぶのだな。でも、その言葉、嬉しく思うぞ」
「そん時の報酬は弾んでくれよ」
ユージがすかさず口を挟む。
「感動の場面で水を差さないでください。それと、今回の分です」
シルヴィが包みを差し出す。
「こ、これは」
ノイスが目を丸くする。
「今回の我々の報酬の分です。 ルイ様の護衛の依頼金です」
「それは受け取れねえぞ!」
ライトが手を振るが、ルイは首を横に振った。
「友とはいえ、これは受け取ってくれ。もとより私は報酬が目当てではない。ゲトラムへ至るまでの旅路、そして魔族城の攻略――どちらも、ライトたちがいなければ成し遂げられなかったのだ」
拒否するライトの前にユージが出てくる。
「ライト! 何言ってんだ。あって困るもんじゃねぇ。すいませんね、ルイ様」
「手のひら返しがすごいよ、ユージ……」
ノイスが呆れ笑いする。
「ではライト。必ずまた顔を見せてくれ。――これは、その依頼の“前金”だ。また会おう!」
「おう! またな!」
ルイたちは街を後にした。
魔族城攻略のメンバーもいつもの生活へと戻っていった。
コン、ソウ、セツは報酬を携え、故郷へと帰った。
エレキ、マリーナ、ドルンは、ノイスを魔法国家へ誘いに訪れた。
だが、ノイスは静かに首を横に振った。
「……すごくありがたい話だけど、僕はまだ、三人でいたいんだ」
エレキが問いかける。
「三人でいるのは、魔法を学んでからでも遅くないんじゃないか?」
ノイスは少し考えるように視線を落とした。
「色々と考えたんだけど……三人が別々になるなんて、どうしても想像がつかなくて」
マリーナが微笑む。
「そっか……それなら無理には誘わないわ。気が向いたら、いつでも紹介状を書くから」
「また、どこかで」
「またね」
三人の魔法使いたちは、穏やかな笑顔を交わし、それぞれの旅路へと戻っていった。
リーオとダリオは、しばらくゲトラムで依頼を受けながら過ごすことにした。
――そしてその裏で。
グレンダ、アヤ、アリスの三人は、怪我で動けない間に“ある作戦”を練っていた。
「本当にやんのか?」
グレンダが眉を上げる。
「私は別にいいんだけど……二人がそこまで言うなら、その……やってもいいかなって」
アヤは珍しく頬を染め、目を逸らす。
「ふふふ。アヤちゃんが本当は一番乗り気なのに」
アリスが口元を隠して笑った。
三人の“秘密の作戦”は、決行されようとしていた。




