第二十七話 本当の気持ち
簡単ではありますが、キャラクターのイメージを画像生成で載せています。
一つ目の魔族の放った光線が直撃し、ライトとグレンダは大きな損傷を負った。
だが、それ以上に――あの威力の光を放つ敵と対峙しているという現実が、戦場の空気を一層張りつめさせた。
「くそっ! 距離を取ったらこれかよ! 接近戦のほうがまだマシだぜ!」
グレンダは叫び、距離を詰めると、勢いよく斧を振り回した。
「おらよっ!」
しかし攻撃は簡単に受け止められる。
「まだだ!」
何度も斧を振り下ろすが、火花を散らすだけで通らない。
次の瞬間、魔族の左手が唸り、グレンダを張り飛ばす。
「ぐあっ!」
体格差もあり、軽々と吹き飛ばされた。
ライトの傷は再生され、再び《光の剣》を構える。
「《光の剣》!」
勢いよく斬りつけるが、弾かれてしまう。
魔族が右手の刃を振り回す。
ライトは背面ジャンプでギリギリかわし、体勢を立て直して斬り返した。
「へへっ、どうだ!」
斬撃が右腕を掠め、傷をつける。
「グフゥグガアアアア!」
魔族が咆哮を上げる。
「怒ってるのか?」
グレンダがニヤリとするが、
キュウウウイイイィーーン――と、不気味な音が響いた。
ライトが目を細める。
「この音は……」
「さっきのレーザーだ!」
二人は距離を取り、左右に跳び退く。
直後、赤い閃光が走り、床を抉り取った。
グレンダが斧を構え直す。
「ただでさえ強ぇのに、レーザーまで持ってるなんて無敵じゃねえか!」
ライトは冷静に魔族の動きを見ていた。
「攻撃は防がれるが……やつの動きは大振りだ。レーザーも発射までの予備動作が長い。ちゃんと見ていれば避けられるはずだ」
グレンダが鼻を鳴らす。
「性に合わねぇが――動きがデカい奴にはカウンターだな。攻撃を誘って、その隙にドーンと叩き込む……そんなとこか?」
ライトが頷く。
「気をつけろよ。あの大振りの攻撃、まともに食らったら終わりだ」
「誰に言ってんだ? こっちも丈夫さなら自信あるんだよ!」
グレンダは笑みを浮かべ、斧を担ぎ直した。
二人は再び魔族へと突っ込む。
魔族がグレンダへ右手を振り下ろす。
グレンダはしゃがんでかわし、斧で反撃。
――バシュッ!
ライトも横から斬りつけようとするが、魔族は左手を振り回す。
空中で身をひねり、避けざまに一撃を入れた。
――スパッ!
攻撃を続けてもダメージは浅く、相手はほとんど怯まない。
グレンダが舌打ちする。
「見た目通りタフだぜ……回避からの一撃じゃこっちも踏み込めねぇな!」
ライトも唇を噛む。
「あの巨体からすりゃ擦り傷も同然だ。何とかしねぇと……」
一方こちらは、一撃でももらえば致命傷。
ライトは焦っていた。
(何か手を考えねぇと……)
(ユージがいれば策を思いつく。ノイスがいれば時間稼ぎで魔法に繋げられる。……でも、今は俺とグレンダだけだ)
(早くあの魔素の繭をどうにかしねぇと、外のみんなが危ねぇ!こんな時……ユージなら)
ライトが叫ぶ。
「グレンダ! 俺があいつの攻撃を受け止める! 何とか動きを止めるから、お前が一撃をぶち込め!」
グレンダが眉をひそめる。
「できんのか?」
ライトは口の端を上げた。
「まあ、最悪スキルで回復できる」
グレンダが豪快に笑う。
「その覚悟、気に入った!」
ライトが短く息を吸い込み、視線を前に戻す。
「合図したら――フルパワーでいけ!」
「任せな!」
グレンダは斧を肩に担ぎ、構えを取った。
ライトがタイミングを計る。
「3……2……1――今だ!!」
ライトは一つ目の魔族の大振りを避けず、正面から光の剣で受け止めた。
――バコォン!
「ぐっ……なんてパワーだ……!」
足が地面にめり込み、全身がきしむ。
「ま、負けねぇぞ!」
ライトは気合で押し返した。
「グウォ!」
魔族がバランスを崩す。
「今だ!!」
「十分すぎるぜ、ライト! ――《轟斧・天地割り》ッ!!」
渾身の斧が頭上に振り下ろされる。
だが――
――キュイン。
魔族の目が再び光る。
(あのレーザー……!)
グレンダの脳裏には先ほど鎧を焼き切り、床を抉った閃光が蘇る。
一瞬、体がすくむ。
そして、怯んだ彼女の一撃は浅く、斧は魔族の左肩にわずかに食い込むに留まる。
「……っ浅い!」
致命傷を避けた魔族は食い込んだ斧を振り落とすとライトを蹴り飛ばす。
「ぐはっ!」
「ライト!」
さらにグレンダの体を左手で掴み上げる。
「ぐああああああ!」
強く握られ、骨が軋む音が響いた。
「あのレーザーには予備動作が必要だってわかっていたのに、ついビビっちまった……」
巨大な一つ目が、彼女を直視する。
「ちくしょう……ライトがチャンス作ったのに……私が怯んだせいだ……ライト、みんな……すまねぇ……」
グレンダは魔族に握られて、自分が恐怖していることに気付く。震えが止まらない。
軋む骨の音。早まる鼓動。
それら全てが、今までの自分を否定する音に聞こえた。
「……あたしにこんな感情があったなんて」
「グウウウオオォォ!」
グレンダを見つめるその大きい目が血走っている。
「ぐああああ! や……やめろ……苦しい……。あたし死ぬのか?」
頬から涙がこぼれる。
「あたしが悪かった……お願い……助けて……」
魔族は容赦なく握る力を強めた。
「ぐ……息が……」
視界が暗くなり、意識が途切れる。
――死の淵で、グレンダの記憶がよみがえる。
グレンダは、生まれた時からスキル《剛装備》が発動していた。
手にした武器や防具の重さを感じない。
そして――“武器”と認識したものなら、すべてにその効果が及ぶ。それが、彼女のスキルだった。
赤子の頃から木材や椅子を軽々と振り回し、人々は驚いた。
「すごい怪力だ!」「将来が楽しみだ!」
その言葉に応えるように、グレンダは強く成長していった。
七、八歳になる頃には村でも評判になっていた。
成人男性でも持てない大きな石を持ち上げ、倒木を運ぶ。
事あるごとに頼られたが、皆が褒めてくれるのが嬉しくて、村の手伝いに励んだ。
十三を過ぎた頃には体格も良くなり、さらに力も増した。
親からは「グレンダなら心配いらない」と言われ、
村の人からは「何かあったら、周りの子を守ってあげてね」と声を掛けられるようになった。
――私だって、普通の女の子なのに。
可愛い服を着て、リボンで髪を結んでもらってはしゃぐ友達。
母親に「危ないから」と手をつながれて歩く女の子。
そんな姿を、羨ましそうに見つめていた。
自分の手は荷運びでゴツゴツし、体も大きく、服装は男物ばかり。
「みんなを守るため」と言われて、動きやすい服を着せられていた。
「私だって……誰かに守られたいって思うこと、あるのにな」
その小さな呟きは、誰にも届かなかった。
十五を過ぎる頃には、体は成人男性を凌ぎ、誰にも止められない乱暴娘になっていた。
「怪力女!」「デカ女!」
そんな言葉を吐いたやつは、全員叩きのめした。
集団で喧嘩を売られることもあったが、返り討ちにした。
母親からも「昔は良い子だったのに……」と言われ、
グレンダは思わず怒鳴り返した。
「ぶっ飛ばすぞ、ババア!」
――そんなことまで言うようになっていた。
誰もが手をつけられない存在。
いつしか、頼られる存在から、恐れられる存在へと変わっていった。
「あたしのことを人として、ましてや女としても見ちゃいねぇ」
そして、グレンダは村を出る決意をした。
「出ていくから!」
そう言って机を叩いた時、両親は震えて何も言わなかった。
本当は――止めてほしかったのに。
その日を境に、グレンダは自身のスキルを活かして冒険者となった。
……気づけば、巨大な手の中で目を覚ましていた。
「あたしは……本当は弱かったんだ。怯えて、震えて……。誰もそれを見てくれなかった。みんな口を揃えて言う。“グレンダなら大丈夫”“グレンダは強い”って……
あたしの何を知ってるって言うんだよ! おい!!」
怒鳴っても、もう力は入らない。
「……流石にもう、限界だ……」
視界が滲み、意識が遠のく……
その時、光が横切る。
――ザシュッ!
「すまん! 待たせた!」
《光の剣》が閃き、魔族の指が切り落とされた。
「グウォオオオ!」
ライトがグレンダを抱きかかえ、距離を取る。
「大丈夫か!? おい!まだ意識はあるか!?」
「……ライト、か……」
か細い声。
ライトは彼女を寝かせ、魔族に向き直る。
――キュウウウイイイィーーン。
魔族がレーザーを溜め始めた。
ライトはグレンダの前に《光の剣》を構えて立つ。
「無茶だ……直撃したら骨も残らねぇ。さっさと避けろ」
グレンダが囁く。だがライトは微動だにしない。
「おい! 聞こえてんのか!? お前一人なら逃げられるだろ!」
「いいから黙って俺の後ろにいろ!!」
「えっ……」
「《光の剣》でさっき指を斬った時、今までより大きくなった。知らなかったが、力の込め方で出力が変わるんだ。やったことはねぇが、レーザーを相殺できるかもしれねぇ」
「そんな、本番一発勝負で……!」
「やんなきゃ勝てねぇ! いいから、俺に守られてろ!!」
――キュウウウイイイィーーン
ビューーーン!!
「《光の剣•最大出力》!!!」
レーザーと《光の剣》がぶつかり、世界が白く染まる。
「いやあぁぁぁぁっ!!」
グレンダが悲鳴を上げ、目を開けると――
そこには、彼女の前に立つライトの姿があった。
「……へへっ、大丈夫だって言ったろ?」
ライトの体は焼け焦げ、煙を上げていたが、一歩も退いていなかった。
「ラ、ライト……やりやがった……」
「へへっ、それにしても、グレンダがあんな声出すなんて可愛いとこあるじゃねえか」
「な、な、な、なに言ってんだよ! 気のせいだろ! 気のせい!」
顔を真っ赤にして叫ぶグレンダを見て、ライトはふっと笑う。
「……大分、あいつも疲弊してる」
魔族の呼吸は荒く、斬られた左手から黒い体液が流れていた。
「ここで仕掛ける!」
ボロボロの体で、ライトが再び駆け出す。
グレンダはその背中を見つめ、ゆっくりと立ち上がった。
「すげえ男だ……あんな状態で、まだ戦えるなんて」
――何度でも立ち上がるライトを見て、グレンダの中で何かが熱く揺れた。
「それに……“可愛い”だなんて……」
頬が熱くなる。胸の奥が、痛いほど熱くなる。
今まで誰にも見てもらえなかった“女の自分”を、初めて見てもらえた気がした。
そんな彼女にとって――身を挺して自分を守ったライトの姿は、胸に強く焼きついた。
その瞬間、グレンダの中でライトは“仲間”ではなく、“男”として意識され始めていた。
ライトは魔族の懐に入った。
「くそっ、相手も消耗してるが、決め手に欠ける……せめて《光の剣》を溜める時間があれば……」
グレンダは走って斧を取りに行く。
「その役目、あたしがやる! 時間稼ぐから、ライトが決めな!」
「わかった。頼んだぞ!」
ライトは《光の剣》に力を注ぎ始める。
白光が段々と膨れ上がる。
「ここまで男見せられたら、黙ってらんないね! さっきはよくもやってくれたな、クソ野郎!!」
戦意喪失していたはずのグレンダが叫びと共に斧を振り下ろす。
「へへっ、やるじゃねぇか!」
ライトの剣の輝きがさらに増した。
「これで……終わりだ!!!」
ライトが叫び、《光の剣》を振る。
魔族は避けようとした。
「ここで避けるなんて、男じゃないね! ライトの方がよっぽど男前だったよ!!」
グレンダの斧が魔族の脚を打ち、巨体が崩れた。
「頼む!!」
「《光の剣・最大出力》ッ!!!」
「グウォオオオオオォォォ!!」
魔族の咆哮が轟く。
《光の剣》を押し返そう魔族が両腕で受け止めるが、その背後の魔素の繭を飲み込み、押し潰すように貫いた。
「いっけえええええぇぇぇぇぇ!!!」
グレンダの声が響く。
魔族の体が裂かれ、繭のような塊が崩壊する。
眩い光が収まり、静寂が訪れた。
「へへっ……終わった、ぜ……」
ライトの体が力なく倒れる。
「ライト!」
グレンダが支えた。
「まったく……無茶苦茶な野郎だ……」
ライトはすでに気を失っていた。
「……って、聞いてないか……」
ライトの意識がないのを確認して、グレンダは小さく囁く。
「ありがと、ライト。……すげぇカッコよかった」
頬が熱くなる。
グレンダは今まで自分になかった感情にどうしていいかわからなかった。




