第二十六話 過去に囚われた心
簡単ではありますが、キャラクターのイメージを画像生成で載せています。
「……やめて……いや……近寄らないで……怖い……苦しいよ……」
アリスは霧の中で震えていた。
その瞳には、遠い昔の記憶が映っていた――。
――アリスは小さな村で育った。
村は魔族の影響もなく、穏やかで平和な場所だった。
「ねぇねぇ! この子、可愛いでしょ!」
幼いアリスが笑顔で見せたのは、炎魔法で作った小さな動く生き物。
「やめなさい、アリス!」
パシンッ――母親の手が頬を打つ。
アリスは幼いころから魔法適正があり、魔法を扱えた。
だが、その村には魔法を使える人などいなかった。
そして、アリスのスキル魔導操作で魔法を動かす様子は奇妙さに拍車をかけた。周りから見たアリスは異端の存在。母親は彼女の力を恐れ、村の人々も距離を置いていた。
気づいた頃にはアリスは、魔法で作った“動く生き物たち”と遊ぶようになった。
周囲からは「気味が悪い」と言われながらも、アリスにとっては唯一話し相手であった。
そんなある日――
「ねぇ、それ何してるの?」
声をかけてきたのは、同い年くらいの女の子だった。
最初、アリスは言葉が出なかった。
誰かに話しかけられることなどなかったから。
けれど、その子――サラは、何度も笑って話しかけてきた。
やがて、アリスも少しずつ心を開いていった。
「私はサラ! それ、名前あるの?」
サラが指差すのはアリスが炎魔法で作った生き物。
「……キャット。古い本に書いてあった。昔は、こういう可愛い生き物がいたんだって」
「ほんとだ、可愛いね!」
家族にすら疎まれていたアリスにとって、サラとの時間は唯一の救いだった。
しかし――その日、全てが変わった。
「パパとママがね、アリスちゃんは危ない子だって言うの」
「……えっ」
「そんなことないのにね」
心臓がぎゅっと縮まった。
サラまで離れてしまったら、もう本当にひとりになってしまう。
「今日はどの子?」
「……スパロー」
「ちっちゃくて可愛い!」
そこへ、サラの母親が駆け寄る。
「サラ! 何やってるの! こっちに来なさい!」
「ママ! アリスちゃんは危なくないよ! お友達なの!」
バチッ……バチバチッ!
アリスは動揺して魔法が不安定になる。
「サラ!その子には普通の子じゃないの。近寄ってはだめよ」
「ママのわからずや! アリスちゃんはすごいんだよ! 小さくて可愛い子を出せるんだ」
サラがアリスの魔法に手を伸ばす。
「……あ、あ、だ……め」
アリスはうまく言葉が出ない。
――ビシャァッ!!
雷鳴のような音が響き、サラが悲鳴を上げる。
「きゃあああっ!」
サラの手が焼けるように赤くなっていた。
「サラになんてことを! この化け物!!」
……化け物。
その言葉が、アリスの胸を突き刺した。
泣き出すサラ。
「ひどいよ、アリスちゃん……」
「ち、ちが……違うの……!」
そこへ騒ぎを聞きつけてアリスの母親が駆けつけた。
「アリス! とうとうやってくれたわね!」
「……こ、これは……その」
「なんであなたみたいな子が……その魔法も気持ちが悪くてずっと大っ嫌いだったわ!!」
その時、アリスは自分の全てを否定された感じがした。
(どうしてこんなスキルなの……どうして私だけ魔法なんかが使えるの?もうやだ……)
――アリスは蓋をしていた昔の光景を鮮明に思い出していた。
アリスは泣きながら叫んだ。
「……魔法なんか、嫌いっ!! 大っ嫌い!!! こんなのがあるせいで!!!」
「アリスちゃん!! 落ち着いて!!」
ノイスが彼女の肩を掴んで揺さぶる。
しかしアリスはうなされるように首を振り続けた。
「いや……いやだ! 触らないで! もう誰も傷つけたくないの!」
デュラハンが再び剣を構え、二人に迫る。
「業火の炎よ! 僕たちを守って!《ファイヤー・シールド》!!」
炎の盾が展開し、衝撃波を受け止める。
ノイスは必死に声を張り上げた。
「アリスちゃん! それは幻覚だ! 今見てるのは全部、あの魔族の術なんだ!」
だがアリスは耳を塞ぎ、涙を流しながら魔法を発動した。
「来ないで……来ないでぇ!!」
魔法が暴走して―《ファイヤー・キャット》と《サンダー・スパロー》が周囲を飛び回る。
ノイスは炎盾を維持したまま杖を握り直し、低く呟く。
「君たちは……アリスちゃんをずっと見守ってきたんだね」
ノイスがそっとアリスの魔法に手を伸ばす。
「やめて!!! それ以上近付いたら!!!」
暴れるアリス。しかしノイスは二体の魔法に触れる。
「僕は好きだよ。アリスちゃんの魔法。――すごく、あたたかい感じがする」
「えっ……?」
アリスの涙が止まった。
霧が、すうっと晴れていく。
ノイスは微笑んで言った。
「アリスちゃんの魔法はただ“動く”ってだけじゃない。すごくあたたかい感じがするんだ。だから僕はアリスちゃんの魔法……好きだな」
デュラハンが再び突進してくる。
「まずいっ!」
その瞬間、《ファイヤー・キャット》と《サンダー・スパロー》がデュラハンに向かっていく。
「アリスちゃんの魔法が勝手に……」
デュラハンに魔法が纏わりつき、動きが止まる。
「アリスちゃん!もう大丈夫なの?」
「……今がチャンス!」
「わかったよ!次の魔法に全てをかける!」
「業火の炎よ! 螺旋を巻き、全てを貫け!――《ファイヤー・スパイラル・ランス》!!」
「(フルートの音色)――《ファイヤー・ポニー》!!」
二つの魔法が融合する。
「「《インフェルノ・ユニコーン》ッ!!!」」
炎を纏った一角獣が咆哮し、デュラハンを霧ごと貫き、消し去っていく。
デュラハンの消滅と共に城内の霧が一気に晴れていく。
残されたのは、焦げた地面と、倒れ伏す二人だけ。
ノイスが膝をつき、笑いながら息を吐いた。
「はぁ……やったね、アリスちゃん。もう魔素切れだ。あとは……みんなに任せよう」
アリスが頬を染め、もじもじと視線を逸らす。
「こんな戦いの最中に愛の告白だなんて……ノイスってばどれだけ私のこと、好きなの……ぽっ」
動けないノイスの肩にそっと頭を寄せた。、
「……え?」
ノイスの頭上に、疑問符が浮かんでいた。
⸻
ユージとアヤは天狗に苦戦していた。
「くそっ! 影を捉えきれない!」
ユージは天狗を目で追うのがやっとだった。
アヤが竹の上に身を乗り出し、鋭く言い放つ。
「ほんと厄介ね! 少しでも動きを鈍らせないと当たらないわ!」
天狗は縦横無尽に空を舞い、竹林の間をすり抜ける。
アヤは竹を蹴り、しなりを利用して上空へ跳び上がった。
「――《忍者刀・痺》!」
天狗は硬い脚で受け止め、そのまま蹴り返す。アヤの体が弾き飛ばされた。
ユージは影を伝い、上空の背後を取る。
「《麻痺付与》!」
ダガーを構え、一閃。だが翼の風圧で斬撃が弾かれた。
「後ろからでもダメか!」
「一旦、距離を取りましょう!」
アヤの掛け声で二人は距離を取り、遠距離から仕掛ける。
「《影斬り》!」
「《対魔手裏剣・爆》!」
二人の攻撃は続けざまに放たれたが、天狗は羽ばたきで強風を起こし、影斬りを霧散させ、手裏剣を跳ね返した。
「やばっ!」
跳ね返った手裏剣が近くで爆発し、ユージが咳き込む。
「ゲホッ……おい!気をつけろ!」
「そっちだって影消されてたでしょ!」
「自爆よりマシだ!」
「大体あんたが動きを止めるって言ったんでしょ!」
二人の口論を、天狗が嘲るように笑って見下ろす。
ユージが睨みつけた。
「あいつ、笑いやがったな」
アヤの瞳に怒気が宿る。
「そうやってニヤつきながら、人を見下して、私の故郷だって……許せない!」
天狗を睨みつける二人。
アヤが再び突っ込んだ。
「《マキビシ・痺》!」
広範囲にマキビシが撒かれるが、天狗は容易く避けてみせる。
ユージが息を呑む。
「今の動き……まるで予知してるみたいだ。広範囲にばら撒かれたマキビシの隙間をギリギリで避けてる……普通ならいくつか刺さってもおかしくない」
マキビシを避けた天狗が蹴りでアヤを叩き落とす。
「危ない!」
落ちてきたアヤを受け止め、下敷きになるユージ。
「いたた……てかどこ触ってんのよ!」
急に落ちてきたアヤをなんとか受け止めたものの、すぐに振り払われる。
「せっかく助けてやったのに可愛くねぇな!」
「別に、あんたに“可愛い″だなんて思われたくないわよ! スケベ!」
「なっ……」
その瞬間、天狗の動きがわずかに止まった。
脚にマキビシが一つ刺さっていた。
アヤが目を見開く。
「一つ、当たってたのね……」
ユージの頭に、先ほどの光景がよぎる。
(撒いたマキビシは隙間を縫うように確かにすべて避けられた。散らばったマキビシは竹藪に……)
「そうか! 跳ね返ったマキビシには反応出来ていなかったんだな」
「たまたま跳ね返った攻撃は避けれないって事?」
「天狗に攻撃が当たらないのは速いだけじゃない。攻撃を読まれているような感覚があった。でも、あいつは未来を読んでるわけじゃない。目がいいだけだ。予備動作を見て、動き出しのタイミングですでに回避行動をとっているんだ」
「つまり、視界外や不規則な軌道なら避けきれないってことね」
「わからないが、試してみる価値はある!動きを読まれないように翻弄するぞ」
「それは忍者の十八番だわ」
ユージが正面から斬り込む。天狗は回避。
「本命はこっちだ。《影斬り•独行》」
ユージの影が遅れて視界外から襲いかかり、刃が天狗の脇腹を掠めた。
アヤが追撃する。
「これならどう! 《対魔手裏剣・爆》!」
天狗は身を翻して避けるが、アヤが指先を返す。
「戻れ!」
手裏剣が急旋回し、天狗の背後から爆ぜた。
「この糸はお手製で、いくら目が良くても視認出来ないのよ」
手裏剣には細い糸が通されていた。
二人はトリッキーな動きやフェイントを織り交ぜ、天狗を翻弄した。
「このまま畳み掛けるぞ!」
「言われなくてもわかってるわよ!」
これで勝負が決まったかのように見えたが、
「グワアアアァァァ!」
気付いた時には、二人は吹き飛ばされていた。
「……今の、何も見えなかったぞ」
何が起きたかわからなかったユージに天狗が迫る。
ユージはダガーを構える。
だが、天狗の攻撃が届く前に衝撃が走る。
「か、はっ……!」
まるで体の内側を殴られたようだった。
たまらず、ユージは竹の陰へ転がり込む。
アヤも同じく吹き飛ばされていた。
「……神通力よ。天狗の必殺。空気を操り、外から圧で内側を打つ技」
「そんなの……聞いてねぇぞ……」
「やっぱり使えるのね……。故郷が襲われた時は身を隠してたから、実際に見るのは初めてよ」
「……故郷をあいつに滅ぼされたんだってな。よく無事だったな」
息を潜めながら、アヤは語り出した。
「襲われたのはまだ私が幼い頃よ。自慢じゃないけどその地域でも名の通った忍者一族だったわ。忍者って言うのは諜報活動や暗殺を生業とする一族の事よ。あまり褒められたものじゃない仕事だったけど、家族がいて、みんながいて幸せだった。――あの日までは」
ユージが目を伏せる。
「あいつか」
「そう。天狗が現れたの。魔族相手に負けるわけないとそう思っていたわ。でも、熟練の忍者たちが次々に殺された。兄が私を地下に隠して……私は泣くことしかできなかった。静かになって外に出た時は、もう地獄だった。……そして、必ず復讐すると誓った。でも、みんなで勝てなかった相手に、私ひとりで勝てるわけないわよね……」
アヤはうずくまり、声を詰まらせた。
「ごめんね……みんな。私、弱くて……いつも泣いてばっかで……」
ユージが叫ぶ。
「弱気になるな! まだ終わってないだろ!」
アヤが顔を上げる。
「え……?」
「俺の故郷も、魔族にやられた。運良く俺だけ生き残った。家族もみんな死んだ」
「ユージ……」
「だから強くなった。もう何も奪わせないために。お前だって、あいつを倒すために今まで頑張ってきたんだろ!」
「でも、無意味だったかも……」
「無意味なもんか! 努力が無駄じゃなかったって事をここで証明するんだ!」
ユージの声に力がこもる。
「……でも無理なものは無理よ!」
「一人では無理かもしれない。でも今、アヤは一人じゃない。俺がいる!」
アヤの胸に、兄の言葉が蘇る。
――忍びの里。
幼い自分が木刀を振っていた。
「えいっ、えいっ!」
兄が笑いながら優しく声を掛けてくる。
「アヤは頑張り屋さんだな」
「早くみんなみたいに強くなるんだ!」
アヤの頭を撫でる兄。
「一人で頑張るのもいいけど、あまり抱え込むなよ」
「大丈夫だもん!」
「そうか、えらいなアヤは。 でも、もう頑張れないって時はいつでも言ってくれ。アヤは一人じゃない。俺がいる」
――ユージの言葉に優しくて大好きだった兄の面影を見た。
「もう……バカ……///」
涙を拭うアヤ。
「励ましてやったのに“バカ”はねぇだろ」
「そんだけ大口叩くからには、何か手はあるんでしょうね?」
「ああ」
ユージは作戦を手短に伝える。アヤは頷いた。
「……わかった。ユージを信じる」
天狗が気配に気づき、こちらへ向かってくる。
アヤが飛び出した。
「こっちよ!」
「これで全部――《マキビシ・閃》!」
マキビシが大量に撒かれる。狙いは外れたように見えたが、
次の瞬間、反射した光が竹林を照らし、白い閃光が走る。
「ピカァァン!」
その隙にユージが光でできた天狗の影に滑り込む。
「《影縫い――絶封・独行》!」
足元から独立した影が生まれ、天狗の影を貫いた。
「ウゥ……ググワア!」
天狗の体が硬直する。
ユージが続ける。
「自分と別の動きをする《独行》の技から、影だけに《影縫い》させることを思いついた。この技の利点は《影縫い》しながら俺が自由に動けることにある!《麻痺付与》!」
麻痺の刃が突き刺さり、天狗の動きが鈍る。
「今だ!!!」
アヤが逆側から踏み込む。
「はあああああ! 《忍者刀•痺》!!」
刃が閃き、電光が天狗の体を走った。
ユージが叫ぶ。
「過去にケリをつけろ!」
「――ええ!」
アヤは深く息を吸い、全身の力を手裏剣に込める。
「これが私の“今”の最大――《奥義・対魔秘伝手裏剣・豪爆》!!!」
巨大な手裏剣が天狗の顔に突き刺さる。
そして爆発する前にユージは影へと消える。
――ドゴゴゴゴゴォォォンッ!!!
爆炎が竹林を飲み込み、天狗の影が散った。
アヤは空を見上げ、震える声で呟いた。
「……やったの? 私……やったよ……みんな……お兄ちゃん……」
アヤも力が抜け、膝から崩れ落ちる。
すでに意識はなかった。
ユージはその場に崩れ、苦笑した。
「すげえ威力の技だ……」
ユージが最後の力で呟いた。
「……こっちは何とかなったぞ。ライト、ノイス……すまん……援護は……無理だ……」
言葉が途切れ、意識が遠のいていく。




