第二十四話 因縁の相手
ルイたちのおかげで、ライトたち六人はついに魔族城の内部へと足を踏み入れた。
ノイスが不安げに呟く。
「……みんな、大丈夫かなぁ?」
ユージが冷静に答える。
「あの状況だ。長くはもたないかもしれない。早く“魔族が増える元”を断たないと」
グレンダが肩を鳴らす。
「よくわかんねぇけど――バーンッとその黒い龍とやらをぶっ飛ばせばいいんだろ?」
アヤが周囲を見渡す。
「それにしても、外はあれだけ魔族がいたのに……中は全然いないわね」
アリスが身をすくめた。
「……なんか、さむい……」
城内には魔族の気配がなく、広い玄関ホールは妙に整っていた。
ライトが前を見据える。
「階段の上に扉がある。――進むぞ!」
六人は駆け上がり、重厚な扉を押し開ける。
中はさらに薄暗く、白い霧が立ち込めていた。
ユージが眉をひそめる。
「……ここも魔族はいないのか?」
慎重に進む一行。
グレンダが霧の向こうを指差した。
「先に、もう一つ扉があるぜ!」
「……っ待って!」アリスが叫ぶ。
だがその声より早く、グレンダが扉に手を伸ばす。
その瞬間、霧が一斉に収束し、衝撃波がグレンダを吹き飛ばした。
「うわっ、なんだこれっ!?」
霧は渦を巻き、徐々に実体を成す。
やがて、黒い馬にまたがる“首のない騎士”が姿を現した。
アヤが短く呟く。
「……ボスご登場ってわけね」
ライトが剣を抜いた。
「《光の剣》!」
閃光とともに斬りかかるが、斬った箇所は霧となって消える。
「手応えがねえ!」
霧がまた魔族の形を作り、剣が横薙ぎに振るわれた。
――グウォン!
「ぐっ……!」
ライトが弾き飛ばされ、床を転がった。
「大丈夫か?ライト! 動きを止める!」
ユージが矢を放つが体をすり抜けた。
ノイスが青ざめる。
「デュ……デュラハンだ……!」
ユージが振り返る。
「なんだ、それは」
「本で見たんだ。馬に乗った首なしの騎士……まさか実在するなんて!」
グレンダが吠える。
「はあ? こいつを倒しゃ魔族の発生も止まるんじゃねぇのか!?」
ノイスは周囲を見回し、首を振る。
「ここには“魔素の塊”はないと思う。……きっともっと先だ」
ライトが歯を食いしばる。
「だけど、こいつを倒さなきゃ進めねぇぞ!」
攻撃が当たらない魔族を前に先へ進めないライトたち。
アリスがフルートを構えた。
「(フルートの音色)……《ファイヤー・キャット》!」
炎の魔法が走り、デュラハンに噛みつく。
ノイスが叫ぶ。
「当たった!? じゃあ――《ファイヤーボール》!」
放たれた火弾は、騎士の剣で斬り払われた。
ノイスが確信する。
「間違いない、魔法なら干渉できるんだ!」
ライトが叫ぶ。
「よし! 俺たちで足止めする! 魔法で仕留めてくれ!」
四人が同時に斬りかかるが、攻撃はすり抜け、デュラハンは一直線にノイスとアリスへ向かう。
「業火の盾よ! 僕を守って!《ファイヤー・シールド》!」
ノイスが咄嗟に詠唱する。
「(フルートの音)……《ファイヤー・タートル》」
アリスも続く。
二重の炎の盾が現れ、デュラハンの一撃を受け止めた。
ノイスが振り返らずに叫ぶ。
「ここは僕たちでなんとかする! みんなは先に行って!」
アリスが低く呟く。
「……近接意味ない……。いても邪魔……」
ユージが迷う。
「でも二人だけじゃ――」
「早く行ってよ! 急がないと外のみんなが危ない!」
ノイスの魔法がさらに炎を広げ、デュラハンを押し返した。
ライトが頷く。
「……行こう。ノイスならやれる」
グレンダが笑う。
「あの頼りねぇ魔法使いだけじゃねぇ。アリスもいるしな」
四人は扉へと駆ける。
それを追おうとするデュラハンの前に、ノイスが立ちはだかった。
「行かせないっ! 《ファイヤーボール》!」
炎が爆ぜ、道を塞ぐ。
ノイスが振り返る。
「僕たちが相手だ。――やるよ、アリスちゃん!」
アリスが冷たく言い返す。
「……馴れ馴れしい」
扉が閉まり、音が遠ざかる。
ライトの声が最後に響いた。
「頼んだぞ、ノイス! アリス!」
静寂の中、二人は顔を見合わせる。
ノイスが苦笑した。
「……言っちゃったね。伝説級の魔族相手に、二人だけでなんとかなるかなぁ」
デュラハンが剣を構え、ゆっくりと歩み寄る。
アリスが小さく呟く。
「……ムリかも」
二人は霧に包まれる中、ノイスは杖にアリスはフルートに魔素を伝達させる。
先へ進む四人。
ユージが肩越しに呟く。
「ノイスたちのためにも、早く“魔素の塊”を見つけて壊さないとな」
アヤが疑念を含めて返す。
「……本当にあるの?」
ユージは首を振る。
「……確証はない」
グレンダが大きく笑う。
「おいおい!テキトーなやつらだな!」
ライトが前を見据え、拳を握る。
「いや、必ずあるはずだ。ここで黒い龍も倒して、この依頼を終わらせる」
螺旋階段を上り切ると、見慣れない赤い囲いが視界に入った。
ライトが眉を寄せる。
「なんだ、これ」
ユージが近づいて確かめる。
「何かの入口に見えるが、中が真っ暗で何も見えない」
グレンダが首をすくめる。
「禍々しいな……ゾワッとするぜ」
アヤが声を潜めた。
「……鳥居だわ」
彼女の声には、どこか震えにも似た固さがあった。
「私の育った故郷にもあった。神を祀る場所の入口よ」
ライトがそっと尋ねる。
「そこに神様がいるってのか?」
アヤは冷たく吐き捨てるように言った。
「魔族の城の中に鳥居を立てるなんて、神への冒涜よ。許せないわ」
アヤは一歩、鳥居の中へ踏み込み、奥へ入っていく。
「あたしも行くぜ!」とグレンダが続く。
だが、入った瞬間にアヤとグレンダの姿がふっと消えた。視界から消えたのだ。
ユージが戸惑い声をあげる。
「入って大丈夫なのか?」
ライトは無言で頷いた。
「行くしかねぇだろ」
二人も鳥居をくぐると、そこは城内とは別世界の風景だった。
竹林が風に揺れ、小さな小屋が点在する異質で静かな景色。ライトが呟く。
「建物の中にまた建物だと……どうなってんだ?」
ユージも眉を寄せる。
「異様だ。これも“魔素の塊″の仕業なのか?」
辺りを警戒し見渡していると、視界のその先にも大きな鳥居があり、その上に異様な影が立っていた。
黒い翼を広げ、赤い顔に長い鼻。それは人とも鳥とも付かぬ姿でこちらを睨んでいる。
「なんだ?あいつは……っ」
ライトが身構えるよりも前に、その影は既に目前へと移動し、ライトとグレンダは吹き飛ばされていた。アヤとユージは辛うじて身を翻して避ける。
ユージが歯を食いしばる。
「こいつ……速い。影の動きを察知できなきゃ避けられなかった」
アヤの目が針のように光る。
「――やっと、見つけた」
ライトは息を荒げながら言う。
「いちちっ……早すぎて全然見えなかったぜ」
グレンダが地に立ち上がる。
「ったく。不意打ちかよ、やってくれたな」
アヤは忍者刀を抜き、血のように冷たい笑みを浮かべる。
「……ここは、私一人にやらせて」
ユージが慌てて制する。
「はあ?何言ってんだよ! 一人で勝てるのかよ!」
アヤの声に屈託はない。むしろ凄味が増している。
「忘れもしない。黒い翼に赤い顔、あの伸びた鼻――あいつが、私の故郷を壊滅させた。父も母も、優しい兄も――全部全部全部……あいつに!!」
アヤはユージの言葉を無視して一人で突っ込んでいく。
アヤは忍者刀を振るうが、魔族は軽々とかわす。アヤの忍者刀が空を切る。
「こいつを殺すために……私は生きてきた。腕を磨いてきた。こんな場所で会えるなんて、嬉しくてたまらないわ!!」
アヤは間髪入れずに猛攻を仕掛ける。
ユージは叫ぶ。
「無茶だ!! 一旦下がれ!!」
しかしアヤは聞く耳を持たない。
グレンダが苦笑交じりに言った。
「そういやアヤ、前に故郷を滅ぼした“天狗”って魔族を追ってるって言ってたな」
ユージが閃いたように言う。
「“天狗″……そいつがこの魔族の名か」
グレンダはゆっくりと立ち上がった。
「じゃ、先行くか」
あっさりと先へ進もうとするグレンダ。
ユージがグレンダの肩を掴む。
「仲間を見捨てるつもりなのか?」
グレンダは乱暴にユージの手を振り払う。
「これはアヤの戦いだ……手は出せねえ」
「それでいいのかよ!」
「アヤが一人でやりてぇって言ったんだ。どっちにしろ、あの魔族は空飛んでてあの速さだ。私がいても手出しできねぇ」
ライトは小さく笑った。
「信用してるんだな」
グレンダは真面目に答える。
「付き合い長えからな。だが、あんな怖え顔のアヤは初めて見たぜ」
「じゃあ、魔素の塊を先にどうにかするか。あの奥に扉があるぜ」
ライトが扉を指差した。
「……わかった。先に進もう」
ユージが答えると三人は奥の扉を目指した。
三人は扉の前まで来たその時。
――ズシャーーーン!
鈍い衝撃とともに、アヤが弾き飛ばされて床に叩きつけられた。
グレンダが振り返る。
「手ぇ貸すか?」
アヤは掠れた声で吐き捨てる。
「余計なことしたら許さないから……さっさと行きなさい! こいつだけは私の手で殺す!」
「あいよ」
グレンダは扉を開けて先へ進んだ。ライトとユージも続く。ユージだけが一拍ためらった。
アヤは地面から起き上がる。こちらを見下す天狗。その顔を見る度に胸の内は憎しみと堪えきれない悲しみで埋め尽くされる。
「お前が……私の全てを奪ったんだ!」
アヤが鋭く睨みつける。
天狗は獲物を狙うかのように滑空して接近してくる。アヤは転がるように攻撃を避けるが、天狗はそのまま折り返し、再度アヤを狙ってくる。
「っくぅ!!」
あまりの速さに避け切れずに天狗の爪が擦り、さらにその風圧で吹き飛ばされる。
「強い……それでもあんただけは!《対魔手裏剣•爆》!」
アヤの投げた手裏剣が天狗の前で爆発する。
「これなら、どう?」
土煙が広がる中、出てきたのは無傷の天狗。
「そ、そんな!!」
アヤは再び天狗へ接近する。
「《忍者刀•痺》!」
振り回した忍者刀は空を切り、天狗の発達した脚で脇腹を蹴られる。
――ズドォン!
「……っぐ!」
あまりの苦しさに息が止まる。視界がぼやける。
(くそ!くそ!!……運良く仇の天狗を見つけたのに……こいつを殺すためだけに今まで生きてきたのに……そのために辛い修行にも耐えてきたのに……倒れるわけにはいかない!)
気力で立ち上がるアヤ。
すると天狗がゆっくりと近付いてくる。
圧倒的な威圧感。禍々しい雰囲気に押し潰されそうになる。
「《対魔手裏剣》!《対魔手裏剣》!」
震える手で力なく手裏剣を投げつけるも、簡単に弾かれる。
あまりにも無力な自分が情け無くなり、涙が出てくる。
「だ、だめだ……ごめん、みんな……仇打てなかった」
迫る天狗に対して、何も出来ない自分があの夜の自分と重なる。
「……こわい……こわいよ……お兄ちゃん助けて」
目を瞑り、頭に浮かぶのは天狗に殺された兄の姿。
天狗がその鋭い爪を振りかぶるが、
――ビタッ!
ふと天狗の動きが止まった。アヤは息を呑む。
「ったく、見てられねぇんだよ!」
アヤが瞑った目を開くとユージが《影縫い》で天狗の影を杭のように縫い留めていた。
「なんで戻ってきたのよ! あんたも早く黒い龍を倒しに行きなさいよ!」
「それはライトたちに任せた。ライトは絶対に負けない。黒い龍も必ず倒してくれる」
アヤは怒鳴る。
「ふざけないで! これは私の復讐なのよ! 手出したら――」
「なら俺がこいつを止める! お前がトドメを刺せ! それならいいだろ!」
アヤは歯を食いしばり、涙を拭った。
「っふん!……勝手にしなさいよ。その代わり、足引っ張ったら許さないから!」
ユージが短く笑う。
「それはこっちのセリフだ!」
天狗が影の拘束を力で破り、翼を広げた。




