第二十二話 魔族城の脅威
――魔族城攻略、当日。
灰色の雲が垂れ込める朝。
冒険者たちは連盟施設の前に集結していた。
連盟職員が声を張り上げる。
「これより――魔族城の攻略に向かってもらいます」
最低限の物資が手渡される。
「冒険者レポートによれば、魔族城周辺には多種多様な魔族が潜んでいるとのこと。くれぐれも油断なきよう」
ルイが一歩前に出る。
「了解した。私もこの魔族城を攻略せねばならぬ理由がある。それぞれ目的は違えど、成すべきことは同じだ!
……今集まった顔ぶれを見れば、魔族なんぞに負けない。そう心から思える最強のチームだ。全員無事でまたここへ戻ってくるぞ!」
「おおおおおっ!!」
歓声が響く。
レオンが感極まった声で言う。
「ルイ様……なんと立派なお姿……!」
ユージが口元を緩める。
「相変わらずルイーゼはすげぇな」
シルヴィが誇らしげに頷く。
「当然です。スキルの発現以来、ご自身にも自信を持たれるようになりました。まさに王の器です」
ルイが苦笑する。
「褒めすぎではないか?」
ライトが親指を立てる。
「いや、俺らもルイーゼがいてくれると心強いぜ!」
ルイはわずかに頬を染め、口元に笑みを浮かべる。
「ははは……ライトにそこまで言われると、私も奮い立つな。――頼りにしているぞ、ライト」
「何だかライトさんの言葉だけ嬉しそうで嫉妬しちゃいますね」
シルヴィが頬を膨らませる。
「皆の言葉ひとつひとつが力になる。ライトの言葉は忖度がない分、特に響くのだ」
⸻
一行は、連盟が用意した大型のパキラたちに台車を引かせ、その周囲を守るように隊列を組みながら進軍していた。
ゲトラムの街を出てしばらく進むと、次第に緑が薄れ、やがて大地は乾ききったひび割れの岩肌へと姿を変えていく。
道中では小型の魔族が散発的に現れたが、どれも敵ではない。
グレンダが大斧を振り抜き、唸るように叫ぶ。
「手応えねぇやつばっかだな!」
ルイが笑って応じる。
「助かるよ!グレンダ。この調子で魔族城の時も頼むぞ」
「あいよ!」
その後も一行は順調に進軍を続けた。
交代で台車に乗り込み、休息を取りながら少しずつ魔族城へと距離を詰めていく。
だが、進むにつれて空気は重く淀み、風も冷たくなっていった。
その不穏な気配に、魔族城攻略チームの面々の表情からは自然と笑みが消え、張りつめた緊張が広がっていく。
やがて、遠くに黒くそびえる魔族城の姿が視界に入った。
連盟職員が制止の手を上げる。
「ここから先は我々では足手まといになる。ここを拠点とし、戦闘不能時の避難所とする。ただし、戻りがなければ――全滅と判断し、撤退する」
アヤが眉をひそめる。
「魔族城に着く前に、縁起でもないこと言うわね!」
ルイが静かに頷いた。
「いや、正しい判断だ。撤退拠点を設けてくれるだけでも感謝すべきだろう」
ライトが鼻を鳴らす。
「それにしても、近づくほど嫌な空気だな……」
ノイスが腕をさする。
「うん、なんか寒気がするよ」
リーオが辺りを見回した。
「何もない場所ほど不気味なもんはありませんわ」
ダリオが低く呟く。
「魔族城の外にも多数の魔族がいる」
「うわっ! ダリオはん、そこにいたんかい! 脅かさんといて!」リーオが飛び跳ねた。
「この距離から見えるのか?」ユージが尋ねる。
「……目がいいんだ」とダリオは淡々と答えた。
⸻
拠点を離れ、さらに進軍を続けると、やがて巨大な魔族城の影が見え始めた。
その周囲には、無数の魔族が群れを成して城を取り囲んでいる。
「……なんて数だ」
ユージが息を呑む。
ルイが全員の前に進み出て、力強く声を張り上げた。
「これより――魔族城の攻略を開始する!」
緊張が一気に高まる中、ルイは前線へと指示を飛ばす。
「前衛七名――グレンダ、ライト、レオン、コン、ソウ、セツ、リーオ! お前たちは奇襲隊として先陣を切れ!」
「任せとけ!」グレンダが斧を担ぐ。
「続いて、私とシルヴィ、ユージ、アヤの四名が中衛。前衛の援護と後衛の護衛に当たる」
「いつもの立ち位置だな」ユージが頷く。
「後衛はノイス、アリス、エレキ、マリーナ、ドルン、ダリオ! 後方支援と魔法砲撃を頼む!」
「魔法使い組だね!よろしくね、アリスちゃん!」
ノイスが顔を覗き込む。
「……馴れ馴れしい」
「あはは、相変わらずだね」
ルイが最後に剣を掲げた。
「後は各自の判断に任せる!まずは城外の魔族を一掃し、内部へ突入する!――ゆくぞ!」
「おおおおおっ!!!」
号令と共に、冒険者たちは一斉に駆け出した。
そして、前衛部隊は魔族の群れへと突撃していく。
「オラオラオラオラァッ!」
グレンダが豪快に咆哮し、巨大なアックスを振り回して魔族たちをまとめて薙ぎ払った。
「《光の剣》!」
ライトが続き、眩い刃で魔族を両断する。
「《サイレント・ブレード》」
レオンの剣閃は音すら立てず、影のように滑り込み魔族の首を刈り取っていく。
「すごいなぁ! 半端やないで!」
リーオが軽い足取りで跳ねるように前へ出て、両手の剣で魔族を切り裂いた。
その視線の先に、岩のように硬質な体をした魔族が数体、壁を作るように立ちふさがる。
「あの魔族、やたら硬そーやで!」
「我らにお任せを!」
コンが一歩前へ進み、低く息を整える。
「――《気功集中》!」
瞬間、コン・ソウ・セツの三人の武器に白い気のオーラが纏った。
「はあっ!」
コンの棍が振り抜かれ、衝撃波と共に岩魔族が粉砕される。
「フンッ!」
「はい、はい、はぁいな!」
続くソウとセツもそれぞれの武具を振るい、次々と硬質な魔族を打ち倒していく。
「すげぇ……! あんな硬そうなのが一撃かよ!」
ライトが目を見開く。
コンは短く説明した。
「我々の“気功武具”のスキル――体内の気を武器へ流し、攻撃の瞬間、一点に集中させるのです」
「そんなん説明しとる場合やないで!」
リーオが叫ぶ。
その先から、さらに見たこともないほどの魔族の大群が押し寄せてくる。
「ははっ! こりゃ退屈しなさそうだねぇ!」
グレンダが笑い、再び斧を構えた。
前線の激戦を見つめながら、ルイが即座に判断を下す。
「前衛が足止めを食っている! 後衛部隊、遠距離攻撃を開始する!」
「こんな魔族の数、見たことがねぇ……」
ユージが低く呟く。
「さすがに引くわね……」
アヤが息をのむ。
後衛の魔法部隊が一斉に魔力を練り始める。
エレキが指先に電流を走らせながら、にやりと笑った。
「やっと僕たちの出番だね」
マリーナが両手を広げる。
「少し待ちくたびれちゃったわ」
「天を裂く雷よ! 槍となり貫け!――《ライトニング・ジャベリン》!」
エレキが詠唱と同時に雷の槍を放つ。
ゴゴッ――ズバンッ!!
稲妻が一直線に走り、遠くの魔族を貫いた。
「は、速いっ! 詠唱終わりとほぼ同時に命中してる!」
ノイスが驚嘆の声を上げる。
続いてマリーナが両手を掲げた。
「清き水聖よ。花を咲かせて――《アクア・フラワー》!」
水の花が魔族たちの中で次々咲き誇る。
「《スプリンクラー》!」
その花が回転を始め、水の刃を四方に撒き散らす。
スパスパスパン――!
水流が鋭く魔族たちの身体を切り裂いた。
「地面が水浸しになると……少しやりづらいな」
ドルンが苦笑しながら詠唱する。
「大地よ……壁となり行手を阻め《ストーン・ウォール》!」
ズゴンッ!!
地面を突き破って現れた巨大な石壁が、魔族たちを吹き飛ばした。
「土魔法は守りだけではない。こういう使い方もある」
ドルンが淡々と言う。
「みんな、すごい魔法だ! 僕も負けてられない!」
ノイスが詠唱を重ねる。
「《ファイヤーボール》! 《ファイヤーボール》!」
立て続けに火球を放ち、爆炎が魔族の列を焼き払う。
エレキが目を丸くした。
「その詠唱速度……羨ましいよ!」
一方、静かにフルートを構え、アリスの音色を奏でる。
「(フルートの音色)……《サンダー・スパロー》」
放たれた雷の小鳥が高速で飛び回り、魔族たちを次々に感電させていく。
「彼女は……かなり特殊な魔法使いみたいだね」
エレキが感嘆の声を漏らした。
「詠唱の代わりに音を奏でるなんて聞いたことない。前回の時は、急な事だったから気付かなかったよ」ノイスも驚く。
後衛の連携魔法により、戦況は一気に変わっていく。
押されていた前線が再び息を吹き返し、魔族たちは次々と地に伏していった――。
ライトが剣を振り抜き、声を上げた。
「ノイスたちの魔法だ! かなり数を減らしたぞ!」
「一気に攻めるぞ!」
グレンダが大斧を構え、前衛組が一斉に駆け出す。
だが空から新たな脅威が舞い降りた。
――バード型の魔族が滑空してくる。
アリスが素早く音色を奏でる。
「(フルートの音)……《サンダー•スパロー》!」
雷を帯びた小鳥がバード型を追うが、速くて追いつけない。
「……っ、速すぎる……」アリスが悔しげに呟く。
「こっちに来る!!」ノイスが叫んだ。
――バンッ!
飛びかかる前に撃墜される。
「俺には止まって見えるぜ」
冷静な声でダリオが言う。
ノイスが振り返る。
「すごい……あの速さの魔族に正確に当ててる!」
ダリオは筒状の武器を構え、淡々と答えた。
「俺のスキルは《ロックオン》。一度照準に入れた魔族は逃さない」
弾を込め、照準を合わせると――砲口から弾が放たれた。
――バンッ!
かなりのスピードで飛び回る魔族の急所を確実に捉えていく。
「僕たちの魔法では、あのスピードは捉え切れない……ダリオさんがいてくれ良かった」
エレキが呟く。
ユージが戦況を見ながら低く呟く。
「後衛部隊が狙われ始めた!」
アヤもすぐに気付く。
「遠距離攻撃に反応して、潰しに来てるのね」
「二人とも、さすがだな」ルイが短く称える。
地上からも前衛組を無視して、魔法使いたちを狙う魔族が出てきた。
ユージとアヤはその後衛を狙う足の速い魔族を迎え撃つ。
「《影斬り》!」
「《退魔手裏剣・爆》!」
黒い影と爆ぜる手裏剣が前線を駆け抜け、敵を薙ぎ払った。
シルヴィは盾を展開し、ルイの前に立ちはだかった。
「お下がりください、ルイ様!」
ルイは剣を振るいながら応じる。
「わかっている! だが、ここを抜かれれば後衛が崩れる!後衛が倒れれば、前衛への魔法支援も絶たれる……ライトたちが押し上げられなくなる!」
戦況は厳しかった。ジリジリと中衛組が魔法組を守る為に後退していた。前衛は魔族の群に囲まれて城に近付けない。
「皆が善戦してくれているが……どうにも数が多すぎる。これではキリがない!」
ルイは手がないか考えていた。
一体一体は大して強くない。
だが、倒しても倒しても、次から次へと現れる。
――前衛。魔族城の手前。
「くそ!まったく、終わりがねぇ!」
グレンダが大斧を振り抜く。
「はいな! はい! ……おっとっと!」セツがヌンチャクで魔族を倒すも足を滑らせる。
「セツ! 大丈夫か!」コンが支えた。
「転びそうになっただけある!問題ないある!」
「いつまでこの猛攻が続くんだ……」ソウが息を荒げる。
「……ルイ様」
続々と出てくる魔族たちを、一度も止まることなく、倒していくが、前衛組もかなり疲弊していた。
ユージが歯を食いしばった。
「おかしい……いくら数が多いって言っても、こんな大群、どこに隠れてたんだ?」
「いや、隠れてるんじゃない」
ダリオが照準を城へ向ける。
「……あの城から“湧き出て”いる。まるで増殖してるようだ」
「それは誠か? ダリオ」ルイが問う。
「ああ。魔族の群れで見えづらいが――城自体が“生み出してる”ように見える」
エレキが驚きの声を上げた。
「魔族城が、魔族を作り出してるってことかい?」
マリーナが顔をしかめる。
「それじゃ、いくら戦っても終わらないじゃないの!」
ドルンも汗を流す。
「そんな……この地域に魔素が豊富であっても短時間に魔族が発生するなんて、ありえないぞ」
ノイスがハッとしたように呟く。
「もしかして……魔素の塊……?」
「……ノイス、それは以前話していた“黒い龍”が持っていたというものか?」ルイが問う。
「わからないけど、もしあるなら……魔族に何らかの影響を与えてるのは間違いないよ」
「つまり、その“魔素の塊”を破壊しない限り、無限に魔族が湧くってことね」アヤが言い切る。
「如何いたしますか、ルイ様?」シルヴィが問う。
ルイは剣を握り直し、周囲を見渡す。
前衛は疲弊し、魔法使いたちの魔力も無限ではない。
このままでは押し潰される。
「……ここはノイスの勘を信じる!」
ルイが声を張った。
「作戦変更だ! 一部部隊で城へ先行突入する!残りは道を切り開き、先行組を支援しろ!城の内部を確認し、“魔素の塊”と思われる源を破壊する!発生源を絶たねば勝機はない!」
ユージがすぐに応じる。
「了解! 突入組は誰が行く?」
「魔素の塊を実際に見たことがある――ライト、ノイス、ユージ。そして、機動力と対応力を考えて、グレンダ、アヤ、アリス。……この六人で行ってもらう!」
「任せろ!」ユージが短く答え、ダガーを構える。
「もう、しょうがないわね!」アヤも手裏剣を握り直す。
「城の外でこの有様だ……。城の中がどうなっているか、検討もつかない。もし厳しそうなら、迷わず撤退してくれ。退路は確保する。――六人には大役を押し付けてしまい、すまない」
ルイは悔しげに唇を噛み、剣の柄を強く握りしめた。
「ちょっと怖いけど……なんとかなるよ!」
ノイスが笑って、ルイの肩に手を置く。
ルイは力強く頷いた。
「ユージ、先に前衛組に作戦を伝えてくれ。アヤはノイス、アリスと共に前衛と合流し、城内へ突入だ!――道は私たちで必ず切り開く!」
「あいよ!」
ユージは短く返し、影の中へと沈んでいった。
その姿はすぐに影に溶け、前衛へと向かって駆ける。
ルイの全身から光が放たれる。
「《カリスマ・ジ・オーラ》!!」
その瞬間、レオンとシルヴィがオーラで包まれる。
「この感覚……ルイ様が何かを決断されたか」
レオンは魔族を斬り倒しながら、後ろを振り返る。
「この力……堪りませんね」
シルヴィは盾を握る手に力が籠る。
そして、誰もが理解していた。
ここからが魔族城攻略の本番なのだと……




