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第十七話 それぞれの思い

外が暗くなり始め、川面だけがほの白い。腰に手を当てて周囲を見回し、ルイーゼが指示を飛ばした。

「ここで野営にしよう。暗闇の中、これ以上進めば道を外しかねない」

その言葉を受けて、レオンが素早く頷き動き出す。

「すぐに準備致します」


見る間に立派なテントが張られていった。

ノイスが思わず口をぽかんと開ける。


「す、すごい僕らとは大違いだよ」


三人はそれぞれくたびれた寝袋を取り出す。シルヴィが立ち上がり、微笑を浮かべた。

「調理はお任せください」


ルイーゼが頷く。

「シルヴィは料理が得意なんだ。今日は三人のおかげで魔族の食材も多くとれたし、一緒に頂かないか?」


ノイスが嬉しそうに声を上げる。

「良いんですか! 僕ら調味料とかもろくに持ち歩かないから、野営の時なんかその辺の草と魔族の肉を焼いて食べるくらいだったよ」


シルヴィが手際よく支度を始めると、ノイスも慌てて手伝いに回る。

その様子を眺めながら、ライトが隣にいた剣士へ話しかけた。


「なあ、剣士のええと……」


鋭い眼差しの男が短く返す。

「レオンだ」


「そうそう。レオンは面白い剣術を使うよな。少し手合せしねえか?」


レオンの口角がわずかに吊り上がる。

「ッフ!私に剣で手合せしよう等と笑わせる。身の程を教えてやろう」


ふたりは剣を構え、夜風の中に鋼の音を響かせた。

ルイーゼが遠くから見守る。

「レオンは剣の腕がかなり立つぞ。二人の手合せか……楽しみだな」


ライトとレオンの視線が交差する中、ライトが距離を詰め先手を取る。

「こっちから行くぜえ!」

剣と剣が火花を散らす。

しかし、勢いそのままに繰り出したライトの連撃は、すべて受け止められる。

レオンが口を開く。

「フッ、中々のスピードとパワーだ。しかしまるで基礎がなっていない。まるで魔族と戦っている気分だぞ」

ライトの剣をしっかりと受け止め、押し返すレオン。


ライトが笑いながら返す。

「へへっ。でも、その決まった様な動きは読みやすいぜ」


ぶつかり合う金属音が続く。

動き回るライトの剣に対して最低限の動きでどっしりと構えるレオンの剣。

レオンが軽く息を吐いた。

「これでは勝負にならん。お前の《光の剣》とやら見せてみろ?」


ライトがにやりと笑う。

「いいのか? そっちの剣がぶっ壊れても知らねえぞ!――《光の剣》!」


剣が眩い光に包まれた。

ルイーゼが息を呑む。

「分かってはいたが……この迫力。すごいスキルだ」


焚き火の傍で、ユージが腕を組みながら説明する。

「ライトのスキルは《自動回復》なんだ。剣が折れてからあの《光の剣》が出る様になったんだ」


「それは誠か!?スキルの進化にも無限の可能性があるのだな!実に羨ましい……」

ルイーゼの目が輝く。


「俺も影のスキルを使うが、状態異常スキルの応用版なんだ。ある人に教えて貰ってさ」

ユージが小さい影を動かしてルイーゼに見せる。


「ユージは良い師匠に出会えたのだな」

ルイーゼが微笑んだ。


ライトが《光の剣》を振る。

「うりゃあああ!」


同じようにレオンが受け止めるが、衝撃で地面を抉る。

「んぐっ、なんて速さとパワーだ!」

言葉とは裏腹に《光の剣》はそのまま受け流される。


ライトが息を荒げる。

「どんな剣術か知らねーが、全然捉えられねえ」


レオンは誇らしげに言い放った。

「ッフ、良い勘をしている。公平のために言っておこう。私のスキルは《サイレント•ブレード》だ。相手の攻撃の流れを読み、力を受け流す剣。いくら速さとスピードがあっても無駄だ!」


レオンの振り払った剣が擦り、ライトの腕に血がにじむ。

レオンが焦って声を上げた。

「すまぬ! 避けれると思った!」


「安心してくれ」

ライトは笑って腕を見せる。


見る間に傷が塞がっていく。

「へへっ、公平のために言っておくが、俺のスキルは《自動回復》だ」


「ッフ、面白い」

レオンが短く笑った。


二人の手合せは白熱していた。

ルイーゼが呟く。

「……レオンもあんなに楽しそうに剣を振るうのだな」


「ルイーゼはレオンと手合せはしないのか?」

ユージは言ってから気まずい質問をしたと後悔した。


一瞬、ルイーゼが表情を曇らせる。

「勿論レオンとの手合せをした事があるが、レオンが本気を出してくれた事なんてないさ。私には本気になる価値もないのだろう……」


「それって……」

ユージが言いかけたところで、ルイーゼが遮る。

「すまない。忘れてくれ。レオンは手を抜く癖があるのだ。それだけさ」

ライトとレオンの手合せは中々決着がつかない。

戦いの音の中、食事の香りが漂う。

シルヴィとノイスが料理を並べていた。


「まったく……男性というのは、血の気が多くて困ります。もういいですか? 料理が出来ましたので」


キリッとした視線を向けたシルヴィの圧に、二人は思わず手を止めた。


「すんげぇ!外でこんだけの飯が作れるなんてよ!」

ライトが驚く。


「あなたたち庶民では、一生味わうことの出来ない一流の料理ですから、ありがたく頂きなさい」

シルヴィが少し誇らしげに言う。


「ほら! そんな事言わないの。シルヴィは口は悪いけど料理は一流だから、是非召し上がってくれ」

ルイーゼが笑いながら促す。


「すげーぞ!この肉柔らけぇ!」

ライトがかぶりつく。


「熊肉は硬いですから、塩で揉んだ後お酒に付けて、香草と一緒に煮詰めました。」

シルヴィが淡々と答える。


「シルヴィさんは手際も良くて、すごい料理上手なんだよ! 僕も作れるようになりたいな」

ノイスが感心していた。


食後、ルイーゼが全体に声をかけた。

「ご飯も頂いたし、これからは順番に休もう!明日に疲れを残しては魔族たちにやられるかもしれない。三人のうち一人を見張りにしてお互いパーティで一人ずつ二人組で見張ろう。時間は……三時間交代にしよう。二人で対処できる魔物は対処し、必要であれば、他の者を起こす。それで良いか?」


ユージが目を丸くする。

「この的確な指示とリーダーシップ……感心するな」


「当たり前です」

シルヴィが胸を張る。


こうして見張りの順番が決まった。

最初はノイスとレオンになった。

他の四人は眠りについた。



「ルイーゼさんってしっかりしてて、すごいですね。僕達は全員寝てたり全員起きてたりするから」

ノイスは小声で話しかける。


「よくそれで成り立っていたな。夜に活動する魔族もいるんだぞ」

レオンが呆れたように答える。


ノイスが焚き火越しに問いかけた。

「あはは、ルイーゼさんは昔からこうなんですか?」


レオンは少しだけ目を細め、遠い昔を思い出すように答えた。

「――ああ、ルイ様は賢い。そして周りが見えている。誰にでも優しく、器が大きい」


「すごく尊敬してるんですね!」

ノイスが笑顔を向ける。


「当たり前だ!この剣はルイ様の為にある!」


ノイスが首を傾げながら問いかけた。

「どうしてそこまでルイーゼさんを慕っているんですか?」

少しの間、レオンは焚き火の炎を見つめて黙っていたが、静かに口を開く。

 

「……私はルイ様のおかげで変われたんだ。私は代々、王族に仕える剣士の家系に生まれてな」


ノイスは内心思った。

(レオンさん、ルイーゼさんが王子だって隠す気あるのかな……?)


「歳も近いことから、幼き頃からルイ様の護衛を務めるよう親に言われていた。光栄な話だが……当時の私は、他の子供のように自由に生きられないことが不満でな。次第にその苛立ちは、周囲を見下す傲慢さへと変わっていった」


ノイスは何も言わず、静かに耳を傾けた。

「……あの頃は酷かった。気に入らない奴がいれば、すぐに手が出た。そんな私を変えてくださったのが、ルイ様だった」


「今のレオンさんからは想像出来ないですよ」

ノイスが驚きの声を漏らす。


「『どんな状況であろうと、守るべき民に手を出すなど私は許さない!』――そう叱ってくださってな。そして、ルイ様はそんなどうしようもない私に友のように接してくださった。いつしか、ルイ様の隣にいる事が、私の誇りになっていた」


言葉を終えた後、レオンはふっと視線を落とした。

自分でも話し過ぎたと思ったのか、少し照れくさそうに笑う。


「……なんてな。今の話は忘れてくれ」


「あはは、そこまで言っといてまだ誤魔化すんだ」

ノイスが笑うと、レオンも苦笑を返した。



次の見張りはユージとシルヴィ。

シルヴィが挑発的に笑みを浮かべる。

「こんな夜中に私と二人きりになれて、嬉しそうですね」


「な!勝手に言ってろ!」

ユージが顔を背ける。


「冗談ですよ」

シルヴィは冷めた目をしていた。


暫しの沈黙のあと、焚き火の火がパチリと弾けた。

その音に紛れるように、ユージがふと口を開く。


「……ルイーゼは王様になれるのか?」


問いに、シルヴィはわずかに表情を曇らせ、それでも即座に答えた。

「現状、厳しくなりました。ルイ様には二人の兄君がいます。そして、現王ルシウス様には歳の離れた弟もいます」


「そもそもその状況で王様を狙うのは無理なんじゃないか?」


「いえ。王族としての仕事ぶりや、民からもっとも信頼があるのはルイ様です。他の王子達は好き勝手やっていますから。このままいけばルイ様が王になるのは必然――皆そう考えていました」


ユージは腕を組み、焚き火越しに彼女の瞳を見つめた。

「なるほど。そこで今回の“魔族討伐の実績”か……」


「はい……現王も何を考えているのか。『魔族の討伐実績で王を決める』その言葉を真に受けた王子達は、急にやる気を出し始めました」

シルヴィは悔しそうに唇を噛み、拳を握り締める。

「国の未来を考えれば、ルイ様以外ありえないのですが……」


「実績を作るだけなら、強い冒険者を雇ったり、パーティに入れてもらうなり、いくらでもやり方はあるだろ。パーティに制限でもあるのか?」


ユージの現実的な指摘に、シルヴィがすぐさま切り返す。

「そんなことは最初に誰でも思い付きます。現に他の王子達は、強い冒険者達を集めるのに必死です。ですがルイ様は――それでは現王の意志に背くと考え、昔馴染みの私達だけに声を掛けたのです。王位継承権を持つ中には、自身は戦わずに実績を作ろうとする者もいます」


ユージは鼻を鳴らした。

「立派な王子様だな、まったく」


「それがルイ様の良いところですから」

シルヴィは迷いなく即答した。


ユージは少しの間、焚き火を見つめ、そして低く言った。

「良いも悪いも、ルイーゼにスキルも何もないんじゃ、魔族とは戦えないぞ」


「そのために私達がいるんです。必ずルイ様に実績を作り、次期国王になって頂きます」


簡単に言うシルヴィをユージは睨みつける。

「魔族退治を甘く見ているのなら、痛い目を見るぞ……使えない王子を守りながらなんて、強い魔族には通用しない。いくらあんたとあの剣士が強かろうとな」

ユージの声に、焚き火の音さえ止まったように思えた。


それでも、シルヴィは視線を逸らさずに言い返す。

「……それでも引き下がれないのです」


「ルイーゼにもしものことがあったら、どうするつもりだ

?」


「ルイ様に攻撃が及ぶとしたら、それは私の盾と――この体を貫いた攻撃のみです」


その瞳は、炎を映して揺るがない光を宿していた。

ユージは言葉を失い、ただその横顔を見つめるしかなかった。



最後の見張りは、ライトとルイーゼだった。

夜の森は静かで、焚き火の音だけが響いている。


「なあ、ライトはどうして冒険者をやってるんだ?」

ルイーゼがふいに口を開いた。


「強くなりてえんだ。ただそれだけだ」


「……もう十分強いじゃないか」


「いや、俺はまだまだ弱え。この間もある魔族に歯が立たなかった」


ルイーゼは目を伏せ、焚き火を見つめる。

「……ライトが? そんな魔族が来たら、私は一溜りもないのだろうな」


「いや、ルイーゼならいい線いくと思うけどな」


「……ライトまで、そんなことを言うか」

ルイーゼが苦笑し、火の粉が夜空へ消えていった。


しばしの沈黙のあと、ルイーゼがぽつりとこぼす。

「シルヴィから事情は聞いたのだろう? 私は……自分の無力さをわかっている。レオンも、シルヴィも嘘をつくのが下手だ。気付かない方がおかしい」

本音を話すルイーゼ。


「分かってて知らないふりをしてたんか?」


「ああ、そうだ。私はスキルがないと認めるわけにはいかなかったのだ。力がないと知れたら――お父上に見放される」


ライトは焚き火をつつく。

「ルイーゼは……そんなに王になりてえのか?」


「なりたいと言うわけではない。ならなければならないのだ。お父上は強く、正しい。だが、強さの裏で弱者が切り捨てられている。このままでは民はついてこれない。だからこそ、力無き者の気持ちが分かる私が国を変えなければならないのだ!強い者が支配する……そしたら弱い者は一生従えと言うのか!」


「そんなん強くなりゃいいんじゃねえのか?」


「そんな簡単に言うな!!」

ルイーゼの声が強く響く。

「ライトみたいな強いスキル持ちにはわからないのさ! 足掻いてもどうにもならない苦しさが!」


言葉が止まり、焚き火のはぜる音が二人の間を埋める。


やがてルイーゼが小さく息を吐いた。

「……すまない。この遠征で、もしかしたらスキルに目覚めるかもしれないと思っていたが、結局何も得られなかった。ライトたちにも迷惑かけて……もう潮時かもしれないな」


ライトが眉をひそめ、低く吐き捨てた。

「……勝手に諦めんなよ」


「……ライト?」

ルイーゼが顔を上げる。


「俺には王子とか王族とかよくわかんねえ。けど、お前ら三人はやっぱ変だ!」

ライトは思わず声を荒げた。

「一緒にいるのにどこか遠慮してる。なんで思った事をちゃんと言わねえんだ!」


「……言っただろう? 王族には色々とあるのだ。 何も背負わず、気ままに生きるライトには分からない!」


ライトは立ち上がり、ルイーゼを見下ろした。

「わかんねぇさ! 苦しいなら苦しいって言えよ! 二人だってそれを待っていたはずだ!」


「言えるわけがないだろ! 気軽に弱音を吐ける立場ではないのだ。二人の事は分かっているつもりだ!」

「分かったつもりでいるだけだろ! 仲間にくらい弱音を吐けよ……中途半端に格好つけてんじゃねぇ!」

ライトの声が夜を裂く。

「……ライト」

その瞬間――森の奥で、枝が弾けた。


低い唸りが闇を裂き、巨大な影が姿を現す。


「……こんな時に出やがったか!! 《光の剣》!!」


ライトが叫び、剣を構える。光が刀身を包む。


「ヴォヴォーン!!」


現れたのは、巨大な熊型の魔族だった。

発達した腕が振り下ろされ、光の剣ごとライトを吹き飛ばす。


「ライト!!!」


「へへっ、こいつは結構やるぜ……!」


「みんなを起こしてくる!」


ルイーゼは仲間のいるテントへと駆け出した。

――夜明けの森に、戦いの火が灯る。

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