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第十二話 森の危機

ユージは長老の住まいの奥、静かな一室に通された。厚い木戸の外には、部族の戦士が二人、交差するように槍を立てて見張りにつく。

長老が低く詫びるように言う。

「信用してないわけではないのだ。許してくれ」


ユージは落ち着いた声で返した。

「いきなり来た部外者なので、このくらい当たり前ですよ」

そこでユージは、数日前に遭遇した黒い龍の一件を端的に語る。さらに、その痕跡を追って森まで来たことも。


話を聞き終えると、長老は深く息を吐いた。

「黒い龍とな……そんな魔族までこの地域に来ていたとは……」


そして、少し姿勢を正し、話題を部族の歴史へと移した。

「今の状況もあるが、この部族の歴史についてまずは聞いて欲しい。」


ユージはゆっくりと頷いた。


長老は静かに語り出す。

「かつて、この森にはもともと人間は住んでいなかったのじゃ。だが、我々の先祖がこの森へ立ち入った時に資源やその環境を気に入り、住むことにしたそうな。当時は魔素の濃度も低く、弱い魔族しかおらんかった。そして、この森にいた魔族を追い出し、我々人間が“支配″する様になった」


ユージは眉を寄せ、やや現実的な調子で言った。

「“支配″って大袈裟な。ただそのまま生活してるってだけですよね?」


長老はわずかに首を振った。

「そうではあるが、魔族側にとってはどうかのう。今になって本来この森にはいない魔族を見かけるようになったのも魔族達がこの森を取り返しに来たのではないか、そう考えるようになった」


ユージは即座に反論する。

「まさか! そんな昔に取られた領地を取り返そうなんて、魔族にそこまでの意志があるとは思えません」


長老は目を閉じ、呟くように言葉を落とした。

「考え過ぎなら良いのじゃが……嫌な予感がするんじゃよ」


――同じ頃。

ライトはセレナに連れられて、木々の間を縫うように造られた練習場へ足を踏み入れていた。


セレナがわくわくした目でライトに向き直る。

「まずさ!ライトがどれだけ出来るのか。見たい!」


ライトは準備運動を始めた。

「何をすればいいんだ?」


セレナは顎に手を当て、危険に配慮する。

「うーん、剣だと危ないから同じくらいの木刀で模擬戦してみない?」


ライトは頷き、差し出された木刀を受け取る。

「ああ、わかったぜ!」


セレナは軽く構え、挑発めいた笑みを向けた。

「いつでもいいよ!かかって来て!」


ライトは低く息を吐き、地を蹴って踏み込む。

「それじゃ、いくぞ!」


木刀が唸り、セレナへ一直線に叩き込む。

セレナは身をひるがえし、軽やかに回避した。

「まあまあのスピードね。でもこれじゃあ、私には当たらないと思うけど!」

 

ライトは間髪入れず二撃目を叩き込む。

「これはどうだ!」


今度はセレナが棍棒で受けた。衝撃が腕から肩へ抜ける。

「ふーん。パワーはあるみたいね」


セレナは上手く後方へ間合いを切り、衝撃を分散。枝を蹴ってさらに加速していく。

ライトの口元が愉快そうに吊り上がった。

「へへっ、おもしれえ」


軽やかに枝を渡りながら、セレナは胸を張って誇らしげに叫ぶ。

「私は森の声を聞く事が出来るの!足で触れた木からどこに飛べばいいか教えてくれる!」


まるで空を飛ぶような軌道で、セレナは周囲の木々を踏み台に変えていく。

見学していたノイスが目を輝かせた。

「これが、セレナさんのスキル!すごい!!」


セレナが一気に畳みかける。

「いっくよー!」


ダンッ! ダンッ! ダンッ!――踏み鳴らす足音とともに連撃が襲う。

ライトはすべてを受け切れず、数撃をもらう。

セレナは軽く笑って釘を刺した。

「倒れる前にギブアップしてね!」


しかしライトの傷は瞬時に回復する。彼は平然と木刀を構え直した。

「俺のスキルは《自動回復》だ。遠慮はいらねーぞ!」


セレナは駆け、笑い声を弾ませる。

「アハハ!すごいね!でもこれじゃただのサンドバッグだけどね!」


セレナの速度はさらに上がり、攻防は熾烈を極める。

ノイスは冷静に分析して声を上げた。

「ライトは人との決闘に慣れてないから、やっぱり決闘慣れしてるセレナが一枚上手だ!」


ダンッ! ダンッ! ダンッ!

セレナは追撃の手を緩めない。

「もうギブアップかな?」


ライトは攻撃の合間、ぎりぎりのタイミングで木刀を振る。

セレナは紙一重で身をひねって避けた。

ライトは肩で息をしながらも、目の焦点を研ぎ澄ませる。

「これでもダメか……でもそろそろ目も慣れてきたぞ」


セレナは心の中で警鐘を鳴らす。

(まるで初心者かと思ったら、もう私の動きを捉え始めてる。そろそろ決めないとまずいかな)


次の瞬間、セレナは高く跳び上がり、棍棒を振りかぶった。

必殺の一撃を名乗り、落雷のように振り下ろす。

「《ガーディアンインパクト》!」


だが、刹那――衝突の直前で双方の攻撃が止まる。

見守っていたノイスが目を丸くした。

「あれ?どうしたんだろう?」


ライトの木刀は、セレナの喉元すれすれに。

セレナの棍棒は、ライトの頭上寸前でぴたりと静止していた。

汗に濡れた額で、セレナは素直に感嘆する。

「……やるね、ライト。このまま突っ込んでたら相打ちになってたよ」


ライトは口角を上げ、平然と冗談めかす。

「俺のダメージはすぐ回復するけどな」


セレナは笑顔になり、棍棒をくるりと回した。

「あははっ!ライトはまるで無敵だね!今回は引分って事で!」


ライトは木刀を収める。

「じゃあ、次はノイスの番か?」


ノイスは両手をぶんぶん振って後ずさる。

「僕は魔法使いだから、模擬戦なんて出来ないよぉ」


セレナは肩を竦め、しかし真顔で提案する。

「魔法使いだって、近接戦闘が出来ても無駄にならないんじゃないかな?」


――直後、乾いた衝撃音が重なる。

地面に吸い込まれるようにノイスは倒れ込んだ。

――KO!!


セレナが腰に手を当てて宣告する。

「ノイスはもっと体力つけなきゃ!」


ノイスは目をぐるぐるさせ、情けない声を漏らす。

「あわわわわわ……」


ライトが苦笑した。

「ダメだ。聞こえてねーぞ」


こうして、彼らは日課のように模擬戦と特訓を重ねる仲になっていった。


ある日の稽古の途中、ノイスが不思議そうに尋ねた。

「セレナは森の部族の人とは模擬戦とか特訓はしないの?」

 

セレナはあっけらかんと笑う。

「前にも言ったけど、私に勝てるのはこの集落じゃ、お父さんだけだからねー」


ライトは先日の決闘を思い出し、素直に感嘆する。

「あのおっさん強かったもんな」


セレナは少しだけ寂しげに目を伏せる。

「昔はよく稽古付けてくれたんだけど、最近は女には戦いは必要ない!とか言って相手にして貰えないの」


ノイスは納得したように頷いた。

「だから、この前も決闘を申し込んでたんだね」


セレナは拳を握り、胸の内を吐き出す。

「そうでもしないと相手にされなくてさ。それでも本気でなんか相手してくれた事はないんだよね。私はお父さんみたいに強くなりたいの!強くなっていつかお父さんに認めてもらって、そして、お父さんを支えたいの……」


ライトは少し首を傾げ、率直な疑問を投げる。

「おっさん強いから支える必要なんてあんのか?」


セレナは視線を森の奥へやり、静かに続けた。

「あはは。そう見えるよねー。でもね、お母さんがいなくなってから、この部族の全てを一人で背負う様になったの。みんながあまり特訓しないのも全てお父さんに任せてる部分もあると思うの。せめて私だけでもお父さんの力になれたら……」


ノイスはセレナを真っ直ぐに励ます。

「セレナの思いきっと伝わるよ!」


セレナは力強く頷き、木々の間へ駆け出した。

「その為にも、お父さんが認めざるを得ないくらい強くならないと!」


そう言って、また特訓が始まった。



その後はユージも加わり、一週間ほどの特訓が続いた。

夕暮れ、集落の高台で三人は情報を擦り合わせる。


ユージは腕を組んで周囲を見渡し、結論を口にする。

「一週間程いるが、黒い龍の情報はなしか」


ノイスは手元のメモを見て、森での目撃談を読み上げた。

「魔族は今まで見かけなかった、トカゲ型、コウモリ型、フクロウ型が出てるみたいだけど、森に出現してもおかしくないんだよね。気になるのは水や氷の属性攻撃をしてくるタイプもいるって事かな」


ユージは顎に手を当て、魔素の塊を思い出す。

「確かに森に出現するのは少し変だな。ノイスが前に言っていた魔素の塊が影響してるかもしれない」


ライトは果てしなく続く樹海を見回し、肩を落とした。

「でも、こんだけ広い森だとあんなの探しようがねえぞ」


ユージは両手を頭にやって天を仰ぐ。

「……お手上げだな」


そのとき、セレナが明るい声で割り込んだ。

「いっそさ!森に住まない?三人なら強い戦力になるし、大歓迎だよ!」


背後から、低い雷鳴のような声が飛ぶ。

「まだそんな事を言っているのか!」


セレナがはっと振り向く。

「お、お父さん!」


アレスは腕組みのまま、厳しい視線を三人へ向けた。

「戦力など必要ない。この様な修行ごっこで満足して、何が戦力か!」


ライトは一歩前に出て、言い返す。

「聞き捨てならねーな。これは遊びじゃねーぞ」


アレスは鼻で笑い、セレナへと命じる。

「ふ、笑わせるな。セレナ!もう部外者とは絡むな!」


セレナは堪えきれず、父を責める。

「そもそもお父さんが稽古つけてくれないからでしょ!この森じゃ、私と対等に修行できる強さの人はいないわ!」


アレスは平然と断じる。

「何度言ったらわかる? 魔族の相手は私一人で十分だ!お前はそもそも修行なんてしなくていいのだ」


セレナは胸の内を吐き、強く訴えた。

「私はお父さんのように強くなりたいの!なんでわからないの?」


アレスもまた、譲らない。

「わからんのはお前の方だ!」


ユージが間に入り、現実的に説く。

「戦うなら一人でも多い方がいいだろ」


アレスは鋭い目でユージを一瞥し、吐き捨てる。

「わからんのか?素人や弱者が戦場にいれば、足を引っ張られるのだ!森の部族の規則第一条!部族長の命令は絶対だ。即刻、立ち去れ!」


ライトは片眉を吊り上げ、挑むように問う。

「俺らが弱者だと?」


セレナは父を真っ向から見据え、宣言した。

「もういい!お父さん。私がお父さんに勝って部族長になる。そして、みんなと私の実力を認めさせる。それなら文句ないでしょ」


アレスは冷淡に言い放つ。

「またか……部外者と手合わせして変に自信をもったか。やるだけ無駄だ」


セレナは一歩踏み込み、森の掟を堂々と掲げた。

「……森の部族の規則第二条!部族長はいついかなる時でも挑戦を受けなければならない!」


言うが早いか、セレナはアレスへ飛びかかる。

棍棒と棍棒がぶつかり、乾いた音が森に響く。

アレスは受け止め、力で押し返した。

「口だけだな、我が娘よ!」


そこから激しい撃ち合いが始まる。砂埃が舞い、三人は息を呑む。

セレナは気迫を燃やし、叫ぶ。

「三人との修行無駄じゃなかったと証明してみせる!」


観覧していたユージが冷静に分析する。

「アレスの無駄のない動き、圧倒的パワー、さすが部族長様だ」


ライトは拳を握り、セレナに視線を送る。

「へへっ、セレナも負けてねえぜ。力の差はあるかもしんねえが、気持ちで押してる。」


ノイスは身を乗り出し、声を上ずらせた。

「わわ!前よりもすごい迫力!」


三人が見守る中、アレスの胸中にも驚きが生まれていた。

(以前より、力も速度も上がっている。いつの間にここまで……。そして、この力強い目。母親に似てきたということか。しかし、負けるわけにはいかん)

アレスは大きく薙ぎ払う。避けきれない一撃――そう見えた。

だがセレナは背面ぎりぎりで身をずらし、風だけを受け流す。

「まだまだぁ!」


空を切ったアレスの一閃。その一瞬の隙――

セレナの棍棒が鋭く潜り込み、アレスの脇を直撃。

――ズゴン!

ライトが歓声を上げる。

「へへっ、一発いいのが入ったぞ」


セレナは得意げに舌を出す。

「へへーん!どーだ」


アレスは短く誉め、すぐに突き放す。

「今のは中々に良い判断だ!だが、まだ浅い!」


胸の内では、先ほどとは違う種類の驚きが膨らんでいた。

(今の動き……これまでに無い動き。この三人との手合わせで何かを学んだのか?)

間髪入れずにセレナはさらに踏み込む

「こっからが本番だよ!」


セレナが飛びかかったその瞬間、アレスの背筋を冷たいものが走った。森が告げる。危険――。

セレナの背後、木々の向こうから“巨大な影”が迫る。


アレスは即座に怒鳴った。

「いかん!セレナ!伏せろ!」


セレナが戸惑い、振り返る。

「え?なに?」


アレスは娘を庇うように駆け出した。

そして、森全体が赤く爆ぜた。


――ドッガアアアアアアーーーン! 


爆風が広場を薙ぎ、炎が弾けて飛び散る。

森が吹き飛ぶ程の爆発が鳴り響いた。

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