第十一話 森の部族
簡単な物ですが、キャラクターのイメージを画像生成で載せています。
レンチ村を出て、逃げた“黒い龍”を追っていたライト、ユージ、ノイスの三人は気がつくと森の奥へと入っていた。
「……あれ? あいつが逃げたのって、こっちだったっけ?」
先頭を歩いていたライトが立ち止まり、首を傾げた。
「飛んでく方向なんてわかんなかったよー。追っていくって言うから、ライトは知ってるのかと思ったよ」
ノイスが苦笑いをする。
「まあ、なんとなくこっちな気がするんだ」
曖昧なライトに、ユージが呆れたように肩をすくめた。
「何だよそれ……あーあ、やっぱり街に戻れば良かったぜ」
「寂しくてついてきたくせに」
ノイスが笑顔でからかうと、ユージが素早くその頬をつねる。
「いてててて! ほんと素直じゃないなぁ!」
「へへっ、それがユージだ!」
「おい! お前らいい加減に……!」
言いかけたユージの前に、突然、角の発達した鹿型の魔族が姿を現した。
空気が張りつめる。
「この辺はカタドラ周辺よりも魔素が濃いみたいだね。こんな角の鹿型、見たことないよ」
ノイスが呟く。
「角が厄介だな!」ライトが剣を抜き、突進してきた魔族の攻撃を正面から受け止めた。
「《影斬り》!」
ユージから地を這うような黒い影が魔族を貫く。
鋭い一閃が閃き、鹿型の魔族は崩れ落ちた。
「ふぅ……」
ノイスが額の汗をぬぐう。
「あー、そろそろどっかの街で落ち着きたいね。野営ばっかで疲れたよ」
「確かにな。どっか近くに寄れるところないか?」
ユージが辺りを見渡す。
「この辺は木ばっかで視界も悪いし、人なんているのか?」
ライトが辺りを見回しながら呟いた。
三人はどんどん森の中へと入っていく。
「僕ら以外の人なんてどれくらい見かけてないんだろ……。何だかさっきから風景が同じでわかんなくなってきたよ」
「大丈夫だ! 真っ直ぐ進めばいつかどっかに出る!」
ライトが胸を張る。
「影で印をつけてるから、最悪戻れるしな」
ユージが頼もしく笑う。
「さすがユージだね!」
ノイスが嬉しそうに言ったその時――
「ほんとユージがいてくれてよかっ……あああああー!」
ノイスの体が、突如として上空へと引き上げられた。
「ノイス! いつから魔法で空飛べるようになったんだ!」ライトが叫ぶ。
「ちげぇよ! これは罠だ!」
ユージが構える。
「た、たすけて! 高いの怖いよー!」
ノイスが情けない悲鳴をあげる中、森の奥から何かが“シュッシュッ”と近づいてくる。
「敵か?」ユージが低く構えた。
「ありゃりゃー、魔族が掛かったと思ったら、もっと面白そうなのが引っかかってるよ!」
軽やかな声とともに、木の上から現れたのは猿のように身軽な女だった。
「あれは……猿型? いや、人だぞ!」
ライトが目を細める。
「ムキィー! 誰が猿型だって!?」
ぴょんぴょんと木の枝の蹴りながら罠に掛かったノイスに近付く。
「私は森の部族の戦士、セレナよ!」
「ふうぇえ、早く下ろしてよぉー!」
「はいはい。わかったわよ!」
ノイスが叫ぶと、セレナはあっさりと罠の紐を切った。
「うわぁーん、落ちる!!」
彼女は木を蹴って地面に先回りし、棍棒を木に突き刺してノイスのローブに引っ掛けて落下を寸前で止める。
「うわぁああ!」
「なんて早さだ……」
ユージが息をのむ。
「せっかくこの森の部族以外の人に会えたのに、どんな人かと思ったら、鈍くさいんだね」
セレナは棍棒を引き抜き、軽く笑った。
「あいた! もっと優しく下ろしてよー!」
ノイスが尻もちをつく。
「魔族用の罠に引っかかるのが悪いんでしょ!」
セレナが肩をすくめる。
「セレナって言ったか? 中々の動きだな。俺はライト。こっちがユージで、尻もちついたのがノイスだ」
ライトが自己紹介をする。
「ああ、よろしくな」
ユージも軽く会釈する。
「ねぇねぇ、あんたらどこから来たの?」
セレナは食い気味に聞いてくる。
「出身はリック村だけど、カタドラ通ってレンチ村から来たかな」
ノイスが答えた。
「へぇー! すごい! 旅してるって感じだね! しかもカタドラって冒険者の街じゃない!」
「そうだぜ! 俺たちも冒険者だ!」
ライトが胸を張る。
「冒険者ってもっとこう、イカしてる感じかと思ったけど、ちょっと思ってたのと違うかな……」
「なんか失礼なこと言われてる気がする……」
ノイスがぼやく。
「この森に外部から人が来るなんて珍しいから、いろいろ話聞かせてよ!」
「俺らも少し休憩できる場所が欲しかった。案内してくれないか?」
ユージが聞く。
「うーん。まあいいか! うちの集落に連れてってあげる!」
セレナに導かれ、三人はさらに森の奥へ進んだ。
「こんな罠まで仕掛けて、この森はそんなに魔族が多いのか?」
ユージが質問を投げかける。
「普段は魔族たちも大人しいんだけど、最近は今までにない魔族を見かけるようになって、みんな警戒してるんだ」
セレナの顔が少し曇る。
「……もしかしてそれは、あいつの仕業かもしれないな」
ライトが呟き、三人は顔を見合わせた。
「えっ! なんか知ってるの? 教えて!」
身を乗り出して聞いてくるセレナ。
「実は同じようなことがレンチ村でもあったんだ……」
ノイスがレンチ村での一件を説明し始めると、セレナの表情が引き締まる。
「この森で何か起きてると思ったけど、龍型なんて……」
「どうした? 怖くなったか?」
ユージが笑う。
「その逆だよ!! そんな強い魔族、見たこともない! ぜひ手合わせしたい!」
「怖い物知らずだね、セレナさんは」
「あはは!よく言われる。セレナでいいよ!ノイス!」
セレナが元気に笑った。
やがて、木々の上に建てられた独特な集落が見えてきた。
「ほら、あそこが私たちの集落だよ!」
「こんなとこがあるなんてな……」
ユージが感嘆の声を漏らす。
「急に部外者が来て平気かな〜?」
ノイスが不安げに呟くと、セレナが胸を張った。
「実は私のお父さんがここの部族の長なの!」
「おお、それなら歓迎されそうだな」
ライトも安心していた。
だが、すぐに低い声が響いた。
「セレナ! そいつらは誰だ!!」
体格の良い男が近づいてくる。
「お父さん!」
セレナが駆け寄る。
「三人はカタドラから来た冒険者だよ!」
「お邪魔します」
ノイスが丁寧に頭を下げた。
「即刻立ち去れ!」
「ふうぇ! 全然歓迎されてなかった!」
ノイスが半泣きになる。
「どうしてよ! 最近の魔族のこともあるし、協力してくれるかもしれないじゃん!」
「やはりそのつもりで招き入れたか。部外者に集落の場所を教えるなど、魔族の手先かもしれんぞ! バカ娘め!」
体格の良い男が怒鳴る。
「俺たちはそんなんじゃ――」
「部外者は黙っておれ!」
男の威圧に、ユージが一歩下がった。
「もう! お父さんはいつも私のやることに反対して!」
「この森では私の言うことがすべてだ。それが嫌なら、私を倒して部族長となれ」
「わかった! 戦士セレナはここに決闘を申し込む!」
急に大きな声で宣言する。
「またか…… 仕方のない。その申し出、部族長アレスとして承諾した!」
二人は武器を構える。
「おい! なんかいきなり始まったぞ! 面白ぇ親子だな」
ライトが笑う。
「まあ、俺らが原因ってのがなんとも言えないけどな」
ユージがため息をつく。
「その決闘、長老の私が見届けよう!」
長老が声を上げると、森の部族の人々が集まり始めた。
「まーたやってるよ、親子喧嘩」
「今日はセレナがどこまでやれるか楽しみだな」
「わ、わわ……どんどん人が集まってきたよ」
ノイスがそわそわする。
「アレスさんはセレナにだけはすげえ厳しいんだ」
近くの森の部族の男が教えてくれた。
「この決闘ってよくあるのか?」
ユージが尋ねる。
「この親子だけさ。部族長はこの森で一番強い戦士がなる。だから部族長に不服があれば、決闘を挑む。勝った方が部族長ってわけ。でもアレスさんに勝てる奴なんていないから挑戦する奴なんていないのさ……一人のバカを除いてな」
「では、はじめ!!」
長老の合図と同時に、セレナが飛び出した。
「今日こそお父さんを超える!」
彼女は木々を蹴って跳ね回り、枝のしなりを利用してスピードをどんどん上げる。
しかし、アレスは最初の位置から一歩も動かない。
「覚悟ーっ!」
その勢いのまま突撃するも、アレスは唸るように叫んだ。
「甘いっ!」
セレナの一撃を丸太のような棍棒で受け止め、力で押し返す。
「なんてパワーだ、あのおっさん……!」
ライトが呟く。
吹き飛ばされながらも、その勢いを利用して木の枝を掴み、体を回転させて再び突撃する。
「セレナもすごい身体能力だ!」
ノイスが驚く。
「いいぞー!」「うおおお!」
森の部族たちも盛り上がる。
「これなら!どうだ!!」
「学習しないな」
突っ込んでくるセレナにアレスが棍棒で振り払おうとする。
だがセレナは、棍棒が当たる寸前に地面を突いて軌道を変え、攻撃を避けた。
「へへっ、やるな!」
ライトが興奮しながら呟く。
セレナはそのままアレスの頭上へ。そして棍棒を振り下ろした。
「決まった!!!」
セレナは直撃を確信した。
しかしアレスは左腕でその一撃を手で掴み、そのままセレナを地面に叩きつける。
「ぐうはっ!」
「勝負ありだ」
棍棒をセレナの頭上に振り下ろすが、寸前で止めた。
「勝者、部族長アレス!」
長老の声が響く。
「かはー、アレスさんはやっぱ強ぇな」「セレナもそこそこやるんだけどな」「次はいつになるかな」
森の部族たちは口々に言いながら解散していった。
「ムキィー! あと少しなのに! 子供扱いして!!」
セレナが地面を叩く。
「では約束通り、出て行ってもらおう」
アレスが三人に詰め寄る。
「待ってくれ!」
ユージが前に出た。
「俺らはある魔族を追ってる。その影響で立ち寄った村が壊滅しかけたんだ。関係のないことがわかればすぐに出ていく。だから少しだけ滞在を許してほしい!」
「私からもお願い!」
セレナが声を上げる。
「部外者は――」
アレスが言いかけたとき、長老が静かに口を開いた。
「魔族の様子がおかしいのも事実じゃ。この者たちの話も気になる。どうか、滞在を許してやってはどうか」
アレスはしばらく沈黙し、やがて低く言った。
「……わかった。不審な行動があれば力ずくで追い出すからな。セレナ、よく見張っておけ!」
去っていく背中を見送りながら、セレナがため息をつく。
「長老ありがと。お父さんは、ほんと頭硬いんだからー!」
「部族長にも立場というものがあるのじゃ」
「わかってるよ、そんなの……」
少し寂しげに笑うセレナを見て、ライトたちは言葉を失った。
「それより、その追っている魔族について聞かせてくれんか?」
長老が促す。
「わかりました。できれば、この森のことも教えてください」
ユージが頷いた。
長老の家へ向かうユージの背を見送りながら、セレナがライトに声をかける。
「ねぇねぇ、ライトって戦士なの?」
「戦士? クラスは剣士だけど……まあ、そんなとこだ」
「ちょっと手合わせできないかな? この集落じゃお父さん以外、相手にならなくてさ!」
「おう! こっちもさっきの決闘見て、うずうずしてたとこだ!」
ライトが腕を回す。
二人はさらに森の奥へと進んでいく。
「ちょ、ちょっと! 僕を置いてかないでよー!」
ノイスの情けない声が、静かな森に響き渡った。




