第十話 宿敵
簡単な物ですが、キャラクターのイメージを画像生成で載せています。
「なんだっ!! お前は!」
目の前に現れたのは、尖った翼、硬い鱗、鋭い尻尾――黒い龍。しかも片手には、つい先ほど掘り出した紫の塊を握っている。
「……ノイスに何しやがる! 不意打ちとは卑怯なやつだ!」
黒い龍が咆哮する。
「ヴォォォォン!」
「あ、あ、あれは龍型……。そんな……」
ヨーコは初めて見る龍型を前に、声を震わせた。
「わかったぞ。お前が黒幕だろ? 村をめちゃくちゃにしやがって。ノイスにも手を出しやがって……ゆるさねぇぞ!」
ライトは《光の剣》を顕現させ、黒い龍へ斬りかかる。だが寸前で躱される。
「っくそぅ!」
――ドクンッ。胸の奥で力が脈打つ。
「へへっ、ヨーコ、サンキュー!」
ヨーコの《応援》が全身を駆け巡り、ライトの身体に力が漲る。
「くらえぇ!」
再び光刃が唸る。黒い龍はまた躱そうと身をひねる――
「そうすると思ったぜ!」
ライトは反転し、軌道をひと呼吸で切り替えた。
「これなら!」
光刃が黒い龍を捉える――だが。
――ッキン!
「……嘘だろ!」
黒い龍の手から、禍々しい“黒い剣身”が伸び、光刃を受け止めていた。
「そんな……!」
ヨーコが息を呑む。
「こいつ……一目見て俺のスキルを真似たのか。これが龍型ってやつかよ」
ライトはめげずに斬りかかるが、その間に倒れていたノイスがうめき声を上げた。
「いててて……」
「ノイスさん! 大丈夫ですか!」
ヨーコが駆け寄る。
「ライトが寸前に声をかけてくれたおかげで、なんとか魔素を防御に回せたよ……そうでなかったら危なかった」
「ライトさんが! ライトさんが!!」
「落ち着いて、ヨーコちゃん。状況はだいたいわかった。龍型……まさか、こんな所で伝説級の魔族じゃないか!」
「ノイス! 意識あったのか! こいつは俺のスキルを真似した。他に何やってくるかわかんねーぞ!」
「見たスキルを真似るなんて、いくら伝説級でもやりすぎだよ!」
剣戟が続く。だが――
パワー、スピード、剣術の冴え、すべてが格上。
「このままだとライトは負ける……どうにかしなきゃ……うっ……」
ノイスがふらつく。
「ノイスさんも怪我人です。無理はしないでください!」
ヨーコが必死に支えた。
「一切の攻撃が通じねぇ。――くぅっ!」
黒い剣がライトの左腕をかすめる。
「へへっ、こんな傷、すぐに――」
だが、傷は塞がらない。
「《自動回復》が……発動してない? その闇の剣、呪いでもあるってのか……」
スキルを真似され、自然治癒すら封じられた。心が軋む。
黒い龍が吠える。
「ヴォヴォォァン!!」
闇の剣が唸り、逆に攻め込んできた。
「っちくしょー!」
鍔迫り合い――圧力に押し負け、ライトは地へ叩きつけられる。
「ぐはっ!」
「ライト!! 避けて!!」
ノイスの悲鳴が響く。黒い龍が剣を振り上げ、止めを刺そうとする。
「……くっ、避けられねえ……へへっ、お手上げだ」
ライトは地面に押さえつけられ、身動きが取れない。
「ああああああ! もうダメだ!!」
ノイスの声が震える。
――だが、黒い龍は動かない。
「なんだよ、やらねーのか?」
黒い龍「ギィギギィィ」
「――《影縫い》だ」
「こ、この声は!!?」
「ユージ!!!!」
「まったく、勝手にどっか行ったかと思ったら、こんな事になってるなんてな」
ユージが影の中から現れる。
「来てくれたんだねぇ!! ユージィー!」
半泣きのノイスに、ライトが苦笑する。
「よくわからねえが、わりぃ、助かった」
拘束が解け、ライトが跳ね起きる。
黒い龍「グワァァオン!!」
影の拘束を力任せに振り解き、ユージへ闇の剣を振るう。
「こんなにすぐ影を抜け出すなんて……こ、こいつ強いなっ! ライトが歯が立たないわけだ。それにその剣、まるで《光の剣》だな」
ユージは息を呑みながらも、即座に分析する。
「スキルを真似られたんだ。しかも闇の剣にも、スキルを封じる呪いみたいなのが掛かってる」
「龍型は……何でもありなのか!」
黒い龍の標的がユージへと移る。威圧感だけで足がすくむ。
ユージは距離を取り、小型クロスボウを構えた。
連射。だが、闇の剣が矢をすべて薙ぎ払う。
「接近されたら勝ち目がない!!」
距離を詰められる前に、黒い剣身に闇が濃く集う。
「なんだ……?」
次の瞬間、振り抜かれた一閃。黒い斬撃が真っ直ぐ飛んでくる。
「っくそ! そんな事まで!」
ユージは咄嗟にダガーで受けるも、衝撃で吹き飛ばされた。
黒い龍がさらに闇を纏わせるも火弾が飛んでくる。
ッバァン!
「ユージも来てくれたのに、休んでられないよね!」
ノイスの《ファイヤーボール》が直撃、黒い龍の動きを一瞬止める。
その隙を逃さず、ユージが影から叫ぶ。
「――《影斬り》!」
地を這うようにユージの影が伸び、黒い龍の脚へと喰らいつく。
ザシュッ! 鋭い音が響く。
黒い龍はたまらず空へ舞い上がる。そして、空中から闇の斬撃をユージに放った。
キィン!
ライトが《光の剣》で受け止める。
「助かった、ライト!」
「俺もあれ出来るかな?」
光を剣に纏わせ、大きく振りかぶる。
「――《光の斬撃》!!」
放たれた光の軌跡が黒い龍へ一直線に走る。
キィン! 闇の剣で受け止められる。
「へへっ、出来たぜ……!」
黒い龍の紅い瞳が、唸るようにライトを睨めつける。
「――よし、三人で応戦するぞ!」
ユージの声に二人が頷いた。
「おう!」
「うん!」
黒い龍は剣を掲げ、闇をさらに濃く纏わせる。
「来るぞ! 大技だ! こっちも全力でぶつけるぞ!」
「はあぁーっ!」
「燃え盛れ! 業火の大球!」
ライトは光を剣に凝縮。ノイスは杖に魔素を圧縮した。
黒い龍が放つ――闇の斬撃。
「今だ!! ぶつけるんだ!――《影斬り》!!!」
「《光の斬撃》!!!」
「《メガ・ファイヤーボール》!!!」
「みんな! 負けないで!!」
ヨーコの《応援》が三人を包み込む。
闇に光と影と炎が衝突、轟音が大地を揺らした。
互いの技で相殺された様に見えたが、光の斬撃の破片が黒い龍を掠め、黒鱗が幾枚も宙に舞う。
「……これでもダメか!!」
ユージが舌打ちする。
黒い龍は左手の“魔素の塊”に視線を向け、くるりと反転し、そのまま夜空へ、遠ざかっていった。
静寂。
三人はどっと力が抜け、地面に座り込む。
「やった……あいつ、逃げてったよ! 僕らの勝ちだ!!」
「……勝った気はしねーけどな」
「とんでもない魔族だったな……」
ノイスが顔を上げる。
「それよりユージ! なにさそのスキルは! 急にいなくなったと思ったら!」
「話せば長くなるんだけどな」
ユージが腰を下ろす。
「影使いなんて、かっこいいじゃねーか!」
ユージを見て安心するライト。
「……だろ? 実は冒険者のクラスも“盗賊”から“影の暗殺者”に変えてきたぜ」
自慢げに話すユージ。
「なにそれ! 聞いたことないよ!」
ノイスが突っ込む。
「クラスが盗賊なの、まだ気にしてたかよ!」
三人は久しぶりの再会に、息を切らしながらも笑い合った。
「話に聞いてた仲間の方ですよね? 私はヨーコっていいます。この村はお二人に救っていただきました」
「どうも…… そのことに関しては二人には色々と聞かなきゃいけないからな」
ユージの目が怖い。
「あはは、まあ宿を用意して貰ってるからそこでね」
「先に私の家に来てください! ノイスさんも怪我をしてるので手当しないと!」
ユージを連れてヨーコの家に向かった。
三人は“魔素の塊”と黒い龍のことを話した。
「そうですか、また助けられてしまいましたね。それにしても、この村は龍型に狙われているのでしょうか?」
ヨーコの父が心配そうに尋ねる。
「そこまではわかりません。何の目的でこんな事をしたのか……。あの“魔素の塊”が何なのかも不明です」
ノイスは手当を受けながら、答えた。
「すまねぇ。俺らが取り逃したせいだ」
「そんなことありません! ライトさんたちがいなかったら、私たちはもう……」
ライトの謝罪にヨーコが即座に否定した。
「本当に。できる限りのお礼はさせてもらいます!」
ヨーコの父もそれに続く。
「まずは宿に泊まって、身体を休めてください」
三人はヨーコに宿を案内された。
――レンチ村の宿。
「ユージが来てくれて何とかなったが、一人じゃてんで歯が立たなかった……」
悔しそうに拳を握るライト。
「気にするな。相手は龍型だ。あんな奴を一人でどうにかできる冒険者なんて、そうそういない。三人で“追い払えた”だけでも大金星だ」
落ち着いた声でユージが応じる。
「そうだよ、ライト。でも、あの魔素の塊……一体なんだったんだろ。持っていかれちゃったしなぁ」
ノイスが頷きながらも、傷を気にしていた。
「あーー! なんかスッキリしねぇんだよな」
ライトは頭をかきながら天井を見上げた。
ユージが腕を組み、呆れたように息を吐く。
「それより、オレのいない間に何て依頼受けてんだ。報酬とかちゃんと決めてるんだろーな」
「そ、それは……ヨーコちゃんが報酬? みたいな……」
ノイスが気まずそうに視線を泳がせる。
「はぁ? 何言ってんだよ!」ユージが椅子を鳴らして立ち上がる。
「集会所に戻ったら、二人がろくに報酬も提示できない少女についていったって聞いてな。レンチ村って言うから追いかけてきたんだ」
「困ってたら放っておけないだろ? 元々ユージがどっか行ったから、依頼を探したんだ」
ライトが少し強めに返した。
「いいか?」ユージは指を立てて言う。
「冒険者は“報酬をもらって仕事をする”。こんな人助けは冒険者の仕事じゃない!」
「俺はそんなことより、もっと強くなりてえんだ」
「依頼をこなしていけば、いずれ強くなる!」
ライトとユージの視線がぶつかる。
「……ちょっとトレーニングしてくる」
ライトはそう言い残し、乱暴にドアを開けて出ていった。
バタン。
静寂の中、ユージがぼやく。
「お金がなきゃ生活はできない! まずは安定した暮らしをだな……くそ、聞いちゃいねぇ」
「まあ、ライトも思うところがあるんだと思うよ」
ノイスが苦笑して肩をすくめた。
窓の外では、壊れた柵や家を村人たちが黙々と直している。
ノイスがその光景を見ながら小さく呟いた。
「もし依頼を受けなかったら……この人たち、今頃どうなってたかな」
ユージは無言のまま腕を組み、視線を外に向けた。
――翌日。
「何か復旧で手伝えること、あればやりたいです」
ノイスが遠慮がちに声をかける。村人たちは顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべた。
「身体動かしてないと鈍っちまうからな」
ライトも肩を回しながら手伝おうとする。
「助かりますが、何から何までお世話になるわけには……この状態では何もお出しできませんし」
ヨーコの父が申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、報酬は貰うからな」
ユージが即答した。
「ユージ! こんな状況で!」
ノイスがユージを止めようとする。
「そのために早く村を復旧させるぞ。報酬は“ツケ”でいい。必ず取りに来るからな」
ユージは淡々と告げ、復旧の手伝いを始めた。
「へへっ、やっぱユージはユージだなぁ!」
ライトがニッと笑う。
「……なんだよ、それ」
ユージは鼻で笑った。
「そうと決まれば、働くぞー!」
ノイスの掛け声に、皆が動き出した。
三人も汗を流し、復旧は目に見えて進んだ。
三人の活躍もあり、村は“生活できる”水準まで戻っていた。
「……俺は、旅に出ようと思う」
夕暮れ、荷車の影でライトが切り出した。
「急にだな。どうしたんだ?」
ユージが探るように見つめる。
「ずっと考えてた。俺は――魔族の被害にあってる人を助けに行く」
ライトの声は迷いがない。
「人助け? 本気で言ってるのか?」
ユージの眉がわずかに吊り上がる。
「ああ、本気だ。今回はたまたま依頼があったから、来られた。でも世の中には、助けを求められない場所、集会所すらない土地があるはずだ」
ライトは拳を握った。
「確かに、そうかもだけど……」
ノイスが不安そうに足元を見た。
「待てよ、ライト。依頼を受けなきゃ金にならねぇ。俺らは貧しい生活からおさらばして、人生変えるんじゃなかったのかよ!」
ユージが静かに食い下がる。
「俺はただ強くなりたかっただけだった。三人で依頼を受けて、魔族を倒して……でも、その先までは考えてなかった。今回の件で、困ってる人を自分の力で守りたいって――そう思うようになったんだ」
ライトはまっすぐに言い切った。
「……一人で決めちまうんだな」
ユージが小さく息を吐く。
「知らなかったんだ、魔族に苦しむ人がこんなにもいるって。だけど知っちまった。なら、知らないふりはできねぇ。俺は世の中をもっと知りたい。だから旅に出る」
ライトの視線は遠くへ向いている。
「……僕らも一緒だよね?」
ノイスが恐る恐る顔を上げた。
「これは俺の我儘だ。一緒に行こうとは言えない」
ライトは苦笑する。
「そ、そんな言い方……」
ノイスの肩が落ちる。
「三人で依頼受けて街で暮らすのも悪くなかった。だけどじっとしてられねぇ。あの黒い龍みたいな奴が、どっかでまた村を襲ってるかもしれねぇから」
ライトは拳を強く握る。
「お前、あいつに勝てなかったじゃねーか! 次現れたら負けるぞ」
ユージがすぐに釘刺す。
「そーだよ。次会ったら三人でも勝てるかわからないよ! そういうのは、上位冒険者のエルディオとかに任せてさ」
ノイスも思わず便乗する。
「もう負けて悔しい思いはしたくねえ。だからもっと強くなんなきゃいけねえんだ。」
ライトは迷いなく答えた。
「あぁ!もう! 知らねぇ。どこにでも行けばいいさ」
ユージは視線を外す。
「三人でずっと一緒にいられると思ってたのに……」
ノイスの呟きは風に溶けた。
「わりぃ。明日の朝には出る。ヨーコや村の人にも今日、話す」
ライトは立ち上がる。
――翌朝。
「今まで世話になったな」
ライトが荷を背負い、門の前に立つ。
「いえいえ、世話になったのはこちらです。このご恩は忘れません。あれ? お二方は一緒じゃないのですか?」
ヨーコの父が首をかしげる。
「二人はまだ村にいるかもしれないし、街に戻るかもしれない。ここからは、俺一人だ」
ライトは寂しげな表情をしていた。
「そうですか。皆さまのご無事をお祈りします」
村人たちは、深い礼をする。
「待ってよ〜ライト。魔法使いは準備する物が多いんだからね!」
背後から、慌てた足音。ノイスが息を切らして駆け寄る。
「ノイス……一緒に来てくれるのか?」
ライトが目を輝かせる。
「当たり前だよ! 三人で楽しく暮らすのが夢だからね! どこでもついてくよ!」
ノイスはにっこり笑い、くるりと振り返った。
「ユージもだよね?」
「ったく、ライトとノイスじゃ生きていけないだろ? 報酬決めないで依頼を受けちゃうもんな? お人好しじゃ飯は食えないぜ」
ユージが肩で笑う。
「ユージ……いいのか?」
ライトが顔を覗く。
「金を稼いで生きるにも、知名度は必要だからな。各地で名を売りたいと思ってたところだ」
ユージは淡々と答えた。
「“ライトについて行きたい! 一緒にいたい!”って素直に言えばいいのに」
ノイスがニヤけながら話す。
「な、な、何言ってんだ。三人の方が依頼受けるのも都合がいいってだけだよ」
ユージが慌てて目を逸らす。
「へへっ。お前ら二人が一緒なら、怖いもんなしだ! ――とりあえず、あの黒い龍が逃げた方角に向かうぞ。いいか?」
ライトの声に力が戻る。
「ひぇ〜……怖いけど、追ってくんだね」
ノイスが杖を握り直す。
「ライトの考えそうなことだよ、まったく。じゃ、行くか」
ユージが歩き出した。
「皆さま、本当にありがとうございます。おかげさまで村は立ち直れました。この村名産の肉の加工品と飲水をお持ちください! 近くを通った際は、ぜひお立ち寄りを。できる限りの歓迎をいたします」
ヨーコの父が包みを差し出す。
「サンキューな」
ライトが受け取る。
「これは私から」
ヨーコが小さなお守りを三つ、両手で差し出した。
「私のスキル《応援》を込めたお守りです。私が村から三人の無事を祈り、応援することで、直接ほどじゃないけど力が届きます。お三方、どうかご無事で!」
潤んだ瞳で頭を下げる。
「……パワーが漲るぜ」
ライトが掌でお守りを転がす。
「なるほど、そんな使い方があるんだな」
ユージが感心して頷く。
「ヨーコちゃん、ありがと!」
ノイスが笑顔でお辞儀した。
三人は村人に別れを告げ――
行き先のない旅へ、歩き出した。




