きゅうり畑
昔、この村に人の味を覚えた獣がいた。
はじめは誰彼かまわずだった。
子供も、老人も、男も女も、区別なく喰われた。
だが日が経つにつれ、決まって狙われるのは女ばかりになった。
さらに時が経つと、獣は妊婦だけを選んで喰らうようになった。
切り裂かれた衣服以外、跡形も残さなかったという。
村人たちは怯え、「あれは味を覚え、好みを覚えたのだ」と噂した。
だが、ある夜を境に人の被害はぴたりと止んだ。
最後の被害者は、晩飯時に襲われたらしく、残されていたのは食べかけの器と、不自然に空っぽになった竹ざるだけだった。
安堵も束の間、今度は畑が荒らされる事件が起きた。
決まってひどく食い荒らされていたのは、日が暮れて水をまかれたきゅうり畑だった。
ついに討伐の目途がたち、若い猟師が夜通し見張りをする。
雲がなびき月の顔が見えた頃、薄暗い月明かりの下に姿をあらわした。
畑の真ん中にしゃがみこみ、きゅうりを夢中で貪る化け物。
水を含んだ青臭い実を、喉を鳴らしてむさぼっていた。
息をひそめた猟師は静かに銃を構え、狙いをつける。
バンッ!
大きな音が夜の畑に響き渡る。
獣はガサガサと草を圧しつぶす音を立て、地に伏せた。
警戒を解かず、猟師は素早く弾を込め、銃を構えなおす。
数刻の静寂が流れる。
倒れた獣はピクリとも動かない。
恐る恐る近づき確認すると、脳天から血を流し横たわっていた。
「仕留めた……」
安堵の声が漏れる。
辺りには、火薬で薄れた青臭い匂いと湿った土が残った。
村に静けさが戻ったあと、討伐を祝して村中に新鮮なきゅうりが届けられた。
届いたきゅうりは水で洗われ、そのままかじりつかれている。
その光景を見て、ひとりの村医者がつぶやいた。
「……ああ、そういう このみ だったのか」