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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「鼻捩じ(となりの桜)」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2025/04/28


落語声劇「鼻捩(はなね)じ(となりの桜)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約25分


必要演者数:4名

      (0:0:4)

      (4:0:0)【性別準拠人数比率】

      (3:1:0)

      (2:2:0)

      (1:3:0)

      (0:4:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


定吉:商家(しょうか)の丁稚(でっち)。

   口は達者(たっしゃ)だが、教えられた口上(こうじょう)を覚えられなかったりと、

   物覚えの良くない部分も。


大旦那:商家(しょうか)の旦那(だんな)様。

    自分の庭の桜の枝が、隣の家の学者に折られているのに腹を立て

    、丁稚(でっち)の定吉(さだきち)に文句を言いにやらせる。


学者:商家(しょうか)の隣に居(きょ)を構えて、漢学を教えている。

   頭はいいようだが、それにありがちな態度をとる。


番頭:商家(しょうか)の番頭(ばんとう)。忠義者(ちゅうぎもの)で旦那の仇(かたき)を討つべく策を巡らせる。


芸者:番頭(ばんとう)が商家(しょうか)に招いた行きつけの店の芸者。


生徒:学者の生徒。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


定吉・生徒:

大旦那・学者:

番頭:

枕・語り・芸者:




枕:皆さんは花見は好きでっしゃろか。

  桜の木の下で敷物(しきもの)を広げ、弁当を広げ、話の輪ぁ広げる。

  昭和の昔からコロナ禍(か)が訪れるまでの間、毎年当たり前のように

  見られた光景やったもんで。

  企業ともなると、ええ場所を確保するために新人社員を派遣して

  場所取り…なんて光景もよう見られたもんでございます。

  せやけど、桜の周りに座れる人数ちゅうものは当然ながら限界がある

  わけで、なんとしてもええ場所を確保するべく、二週間も前から

  おっきなブルーシートを二枚も敷いて公共の迷惑になったちゅう、

  そんな問題も起こったもんで。

  対して自宅に咲いてる桜やったら、誰に遠慮する事ものうて、

  堂々と花見が楽しめるわけでっけど、

  まあこれも、全ての家に桜が咲いてるわけでは無し、

  ましてや庭すらあれへん家も多々あるんやわけで。

  そもそも花見なんか興味あれへん…ともなったら、こら花も実も、

  ついでに言うと蓋(ふた)もあれへんなんて事になる。

  とまあ、そんなわけで自宅に桜があるんやったら、場所取りの必要は

  のうなるわけでっけど、これが家と家の境界線上に桜が植(う)わってると

  、新たな問題が生じて来るようで。


大旦那:これ定吉(さだきち)…。

    定吉(さだきち)はおりまへんかな?

    定吉(さだきち)っ!


定吉:またや、またやまた呼んでんがな…。

   まぁここの家(うち)ほど人使いの荒い家(うち)はあらへんで。

   朝から晩まで定吉(さだきち)、定吉(さだきち)て…。

   丁稚(でっち)は使わな損する思(おも)てるんやな。

   人間やさかい、もってんねんで。

   すりこぎやったらだいぶすり減ってしもたぁるし、

   雑巾やったらとうにボロボロやで。


大旦那:定吉(さだきち)はおらんのか?


定吉:まぁだ呼んでんがな…あ、そぉや。

   今日はいっぺん、何べん呼ぶか勘定(かんじょう)しといたろ。


大旦那:定吉(さだきち)…!


定吉:これで五へん目や…。


大旦那:定吉(さだきち)ィッッ!!


定吉:【走りながら返事】

   ひぇぇぇぇいッッ、ぺぃっ。


大旦那:なんちゅう返事をするんや。

    最前から人が声を枯らして百ぺんから呼んでんのに、

    なんですぐに返事をせえへんのや。


定吉:へへ、旦(だん)さんあの、噓つきは盗人(ぬすっと)の始まりでんな。


大旦那:せや、噓つきは盗人(ぬすっと)の始まりや。

    それがどないした。


定吉:ほな旦(だん)さんも、ちょっと盗人(ぬすっと)の気(け)がおますなぁ。


大旦那:なに言うとんねん。

    わしのどこが盗人(ぬすっと)や。


定吉:旦(だん)さんさっき、最前から声枯らして百ぺんから呼んでる言うてまし

   たな。

   まだ六ぺんまでしか呼んでまへんで。


大旦那:数ぅ勘定(かんじょう)していくさるわこいつは。

    ホンマにしかたの無いやっちゃ。

    だんだんだんだん体(から)ばっかり大きくなりくさって。


定吉:なに言うてるんやろか。

   だんだんだんだん大(おお)きなるさかいに、大人(おとな)なりまんねやがな。

   だんだんだんだん小(ちい)そなったら、しまいにはなくなってしまいまん

   ねん。

   それともだんだん小(ちい)そなるんがお好きやったら、

   ろうそくに火ぃ灯(とも)してご覧になったら、だんだん小(ちい)そなりますさか

   いにーー


大旦那:【↑の語尾に喰い気味に】

    ~~ほんまに理屈だけは一人前やな!


定吉:飯(めし)は二人前じゃ!


大旦那:どつくで!


定吉:逃げるで!


大旦那:~~まるで掛け合いやなホンマに…。

    あーこれからな、隣に使いに行ってきて欲しいちゅうわけや。


定吉:お使い…またですか?


大旦那:また?

    またと言うやつがあるか。

    丁稚(でっち)と言うもんは使われて大(おお)きなるんや。


定吉:そうそう、丁稚(でっち)は使われて大(おお)きなりますのや。

   お金は使(つ)こたら減りまんねやな。

   旦(だん)さん経済家(けいざいか)やさかい、もう使(つ)こたら減るお金はちょっとも

   使わんと、丁稚(でっち)ばっかり使いやがる。


大旦那:使いやがるとはどないじゃホンマにもう…。

    これからな、東隣(ひがしどなり)へ行ってきなはれ。


定吉:東隣(ひがしどなり)言うたら、漢学(かんがく)の学問のセンセんとこでんな?


大旦那:何がセンセじゃあんなん。

    わしゃあもう、ムカムカ腹が立って腹が立ってしゃあない。


定吉:そらまた、なんでです?


大旦那:今朝がたな、裏庭へぽっと出てみると、昨日今日(きのうきょう)咲き初(そ)めた桜がな

    パラパラ散り始めてるんや。

    こらおかしいな、散るにはまだ早いはずや思(おも)てよう見るとな、

    あの隣の学者、裏の高塀(たかべい)へ梯子(はしご)を掛けて、うちの大事な桜の枝を

    ボキボキボキボキ折ってくさる。

    

    ひと言文句を言うてやろ思(おも)て行きかけるとな、

    スーッと降りてまいよったんや。

    せやからお前が、今から談判に行くんや。

    ところが相手は学者やさかいな、

    揚(あ)げ足を取られんように、じゅうぶん言葉に気いつけて

    言うねんで。


定吉:はぁ、どない言いますのん?


大旦那:「こんにちわ、結構なお天気さんでございます。

    わたくしは隣家(りんか)の大橋(おおはし)から参りました。

    罪咎(つみとが)のない桜、なぜお折りになりました?

    ご入用(いりよう)なれば隣家(りんか)様のことゆえ、根引(ねび)きにでもして差し上げます

    。

    無沙汰(ぶさた)で折るとはその意(い)を得ません。

    落花狼藉(らっかろうぜき)でございます。

    あなた様も「子(し)のたまわく」の一つもお学びになった方に似合わぬ

    仕儀(しぎ)でございます。

    ご返事を頂戴(ちょうだい)して参ります。」

    …と、これだけ言うてきなはれ。


定吉:それ、誰が言いまんのや?


大旦那:誰が言いまんのやて、お前が言うんや。


定吉:今日じゅうに?


大旦那:当たり前や、こんなもん何日もかけて言うてどないするんや。


定吉:いやぁとてもやないけど、よう言いまへんで。


大旦那:他人事(ひとごと)みたいに言うてんな、ホンマにもう…。

    しゃあない、分かった。

    ほなら、口移しにしよか。


定吉:な、何でございます?


大旦那:お前とわしとで、口移しにするんや。


定吉:へ?旦(だん)さんと、わたいが、今ここで、口移し……?

   す、助平(すけべい)やなぁ…!

   け、けどしゃあない。

   【両手を広げて目を閉じて】

   …どうぞ。


大旦那:なに考えてるんや。

    わしの言うとおり真似(まね)をして、そのあいだに覚える。

    それが口移しや。


定吉:あぁ、わたいもういよいよ操(みさお)が守られへんのかと、

   一時はどないなるかなぁ思(おも)て、ドキドキしとった。

   ほな、旦(だん)さんのおっしゃるとおり言うたらよろしいねんなぁ?


大旦那:そういうことや。


定吉:せやったら、おっしゃっとくれへん。


大旦那:「こんにちわ、結構なお天気さんでございます」と。


定吉:ここ、こんにちわ、結構なお天気さんでございますう、と。


大旦那:いやいや、そんなとこに「と」は要(い)らんねん。


定吉:いやいや、そんなとこに「と」は要(い)らんねん。


大旦那:違うがな。


定吉:違うがな。


大旦那:わしゃ、こなたに口上(こうじょう)を教えてんねんで。


定吉:わしゃ、こなたに口上(こうじょう)を教えてんねんで。


大旦那:教えてんのんわしやがな。


定吉:教えてんのんわしやがな。


大旦那:ははぁ、さては主人をなぶる気やな?


定吉:ははぁ、さては主人をなぶる気やな?


大旦那:なぶってんのんお前じゃ。


定吉:なぶってんのんお前じゃ。


大旦那:しまいにボーンといかれるで。


定吉:しまいにボーンといかれるで。


大旦那:主人に向かっていかれるとは何事じゃ。


定吉:主人に向かっていかれるとは何事じゃ。


大旦那:えぇいホンマ腹の立つ!

    このガキ!【叩くSEあれば】


定吉:えぇいホンマ腹の立つ!

   このガキ!【叩くSEあれば】


大旦那:痛ぁッ!

    何すんのじゃ!


定吉:旦(だん)さん、口移してなおもろいもんでんなぁ。

   しまいに頭のどつき合いでっか?


大旦那:んなアホな事があるか!痛たぁ~っ…。

    お前いったい、何でどつきよったんじゃ?


定吉:いや、旦(だん)さんキセルでボ~ンと来(き)はりましたやろ。

   わたいキセルおまへんさかい、ここにあった火箸(ひばし)で。


大旦那:火箸(ひばし)!?無茶しくさんなぁ。

    もっぺん初めからやり直しじゃ、えぇか?

    「こんにちわ、結構なお天気さんでございます。」


定吉:こ、こんにちわ、結構なお天気さんでございます。


大旦那:そうや、それでええねん。


定吉:そうや、それでええねん。


大旦那:それを言うさかい、ややこしなるんや。

    口上(こうじょう)だけ言うたらええねん。

    「わたくしは、隣家(りんか)の大橋(おおはし)から参りました。」


定吉:わたくしは悋気(りんき)のーー


大旦那:いや、悋気(りんき)やない、隣家(りんか)や。


定吉:隣家(りんか)て、何でございます?


大旦那:隣りのうちやさかい隣家(りんか)やな。


定吉:それやったら、初めから隣りのうちでよろしいですやん。


大旦那:ところが相手は学者やさかいな、

    ちょい捻(ひね)ったんねん。


定吉:捻(ひね)ったったら痛がります?


大旦那:ホンマに捻(ひね)んねやないわい、言葉の上で捻(ひね)んのや。

    「わたくしは、隣家(りんか)の大橋(おおはし)から参りました。」


定吉:わたくしは、隣家(りんか)の大橋(おおはし)さんから参りました。


大旦那:ちゃうちゃう。

    「大橋(おおはし)から、参りました。」


定吉:大橋(おおはし)さんから、参りました。


大旦那:お前はアホか?

    何でそんなとこに「さん」を付けるんや。

    隣へ行ってな、先(さき)さんの前で我が主人にさん付けして言うたら

    失礼や。

    大橋(おおはし)と、呼び捨てにしなはれ。


定吉:そやかて、奉公してる店のご主人つかまえて「大橋(おおはし)」やなんて

   呼び捨てにしたら、罰(ばち)が当たって口がゆがむ。


大旦那:そないなこと、今まで言うたことあれへんやろ。

    いや、今日はかまわんのや。


定吉:え、せやったら今日は、大橋(おおはし)で、よろしいでんな?


大旦那:おかしな念を押したな…。

    そうや、今日は大橋(おおはし)でええ。


定吉:へへへそうかいなぁ、大橋(おおはし)。


大旦那:何が大橋(おおはし)や。


定吉:せやさかい、わたいが大橋(おおはし)言うたらいかんちゅうてるのに、

   大橋(おおはし)が大橋(おおはし)言うてもええ言うたさかい、大橋(おおはし)言うたんでっせ。

   それを大橋(おおはし)が怒ったらあかんがな大橋(おおはし)。

   せやろ?なぁ大橋(おおはし)。

   大橋(おおはし)もこのごろ頭が薄(うす)なってきたなぁ。

   大橋(おおはし)、ちょい喉が渇(かわ)いた、茶ぁ煎(い)れてくれ。

   おい、大橋(おおはし)。


大旦那:やかましいわ、何べん大橋(おおはし)言うんや。

    ここで言わんでええ、向こう行って言うんや。

    「わたくしは隣家(りんか)の大橋(おおはし)から参りました。」


定吉:わたくしは隣家(りんか)の大橋(おおはし)から参りました。


大旦那:「罪咎(つみとが)のない桜、なぜお折りになりました?」


定吉:罪咎(つみとが)のない桜、なぜお折りになりました?


大旦那:「ご入用(いりよう)なれば隣家(りんか)様のことゆえ、根引(ねび)きにでもして差し上げま

    す。」


定吉:ご入用(いりよう)なれば隣家(りんか)様のことゆえ、根引(ねび)きにでもして差し上げます。


大旦那:「無沙汰(ぶさた)で折るとはその意(い)を得ません。

    落花狼藉(らっかろうぜき)でございます。」


定吉:無沙汰(ぶさた)で折るとはその意(い)を得ません。

   パッパ唐人(とうじん)でございます。


大旦那:何やその、パッパ唐人(とうじん)てな?

    落花狼藉(らっかろうぜき)や。


定吉:ら、らら、ら…らっかろうぜき、て何です?


大旦那:まぁ早い話が

    「桜の枝折りくさって、このド盗人(ぬすっと)め」

    てなもんや。


定吉:ほな初めから、桜の枝折りくさって、このド盗人(ぬすっと)め、

   と言うたったらよろしいがな。


大旦那:ところが相手が学者やさかいな、ちょっと捻(ひね)ってやるのじゃ。


定吉:よう捻(ひね)りまんねやなぁ。


大旦那:「あなた様も「子(し)のたまわく」のひとつもお学びになっ

    た方に似合わぬ仕儀(しぎ)にございます。」


定吉:あなた様も、火の玉転がしたお方に似合わぬーー


大旦那:そんな危ない人どこにいんねやがな。

    火の玉転がしてどないすんや。

    「しのたまわく」や。


定吉:し、しし、のたまわく、って何でんねん、それ?


大旦那:こらぁな、漢学(かんがく)の学問じゃ。


定吉:それやったら初めから「漢学(かんがく)の学問」言うたらよろしいがな。


大旦那:ところが相手が学者やさかいーー


定吉:ちょっと捻(ひね)ってやりますか?


大旦那:お前が言うてどないすんねん、ホンマにもう…。

    はよう先方(せんぽう)行って、返事もろてきなはれ。


定吉:へ~~いっ。


   【二拍】


   とうとう怒りやがんねんなぁ。

   わたいが物覚えが悪いところへもってきて、

   旦(だん)さんがイラチときてるさかいなぁ。

   しまいに頭から湯気(ゆげ)出して怒ってたがな。

   せやさかい皆が、ヤカン言うてんねんなぁ。

   ……ボチボチ着いたがな、ここやな。


   えぇこんちわぁ~っ。


学者:どぉ~れ……。

   おぉ、誰か思(おも)たら、隣家(りんか)の丁稚(でっち)やないか!


定吉:え~こんちわぁ、結構なお天気さんでございます。


学者:あぁいかにも、誠に良い天気やの!


定吉:え~、え~…、この分やと明日もええ天気でっしゃろ。


学者:うむ、天気は何日続いてもええもんや!


定吉:けど明後日あたりは危ない。


学者:何の話じゃ、天気を報(しら)せに来たんか!?


定吉:ちゃいまんねん。

   あんたが大きな声でわーっと言うさかい、

   わたいドキンとして言う事忘れてしまいまんねん。

   ちょっと黙ってとくなはれ……。


   え~、わ、わたくしは隣家(りんか)の大橋(おおはし)から参りました。


学者:そないなことは分かっとる!


定吉:い、いや、だから、もぉ~、ちょっと静かにしとくなはれ。

   間違いまっさかい。


   【たどたどしく】

   ぇ~つ、つ、つ、罪咎(つみとが)のない桜、なぜお折りになりました?

   ご入用(いりよう)なれば隣家(りんか)様のことゆえ、根引(ねび)きにでもして差し上げます。

   無沙汰(ぶさた)で折るとはその意(い)を得ません。

   パッパ唐人(とうじん)でございます。

   あなた様も火の玉転がして、熱い熱い。


学者:何のことや、お前の言うてる事さっぱり分からへんな。


定吉:分かりまへん?分かりまへんな?やっぱり?

   そら分からんわ、あんただいぶ捻(ひね)られてるさかい。

   ほな分かりやすく言うてあげますな。

   つまりね、「桜の枝折りくさって、このド盗人(ぬすっと)め」と、

   こない言うてまんねん。


学者:何か思(おも)たらそないなことか。

   いや、帰ってお前の分からず屋の主(あるじ)にこう申さんかい。

   「裏の高塀(たかべい)は隣家(りんか)と拙宅(せったく)とのこれ境界線や。

   その境界線を無断で突破いたしたる桜の枝の処分については、

   当方(とうほう)の心任(こころまか)せ。」

   帰ってそないに申さんかい!


定吉:…あの、ご、ご返事を頂戴(ちょうだい)して参ります。


学者:今のが返事や。


定吉:えぇ?今のが返事?

   こっちがちょっと捻(ひね)ったら、ぎょうさん捻(ひね)り返しなはってんなぁ。

   また長すぎますわそれ。

   もうちょっとこう、短いのんおまへんか?


学者:紐(ひも)でも買うように言うねやないがな。

   主(あるじ)が主(あるじ)なら家来(けらい)も家来(けらい)や…。

   よし分かった、書いたるわ。

   手数(てすう)のかかる奴や……。


   【二拍】


   さ、これ持って帰れ。


定吉:これが受取…領収書でっか?


学者:受取と言う奴があるか!

   とっとと持って帰れッ!


定吉:へぇぇぇいっ!


   …あぁ段(だんだん)々おもろなってきたわ。

   こっちがちょい捻(ひね)ったら、ぎょうさん捻(ひね)り返して来よったなあ。

   向こうのほうがだいぶに上手(うわて)やなぁ。


   【二拍】


   旦(だん)さん、いま帰りました!


大旦那:おぉ定吉(さだきち)か、ご苦労ご苦労。

    こっちへ来い。


    どうじゃった?

    向こうもな、自分に落ち度があるもんやから、

    両手をついて、平謝(ひらあやま)りに謝りよったろ?


定吉:なかなか、謝るどころやおまへんで。

   えらい剣幕(けんまく)やった。


大旦那:えらい剣幕(けんまく)て…怒っとったのか?


定吉:怒ってましたでぇ…。

   言うてました。


   このごろ丁稚(でっち)使いが荒すぎる。

   何でそない定吉(さだきち)ばっかり使うねん?

   ほかに亀吉(かめきち)やとか留吉(とめきち)やとかいてるやないか。

   他の丁稚(でっち)も使ったらどうやねん!てね。


大旦那:そない言うてたんか?


定吉:えぇ言うてました。

   ほんでそれだけやあれへん、まだ言うてましたで。


   このごろオカズが悪すぎる。

   もうボチボチ竹の子も出てんねんさかいに、

   ワカメと煮(た)いて食べさしたったらえぇやないか!て。


大旦那:あの学者は、うちのおかずまで文句を言うてんのか?


定吉:そらわたいの分になってまんねん。


大旦那:お前のことはどうでもええ。

    学者はどない言うてたんや?


定吉:あ、それやったらね、これが領収書でんねん。


大旦那:領収書と言うやつがあるか。

    なるほど、相手は学者じゃなぁ。

    自分に落ち度があって、子供に手をついて謝るんはくやしいと

    いうので、謝り証文(しょうもん)でも書いてよこしよったんじゃろ。

    いやいや、それなれば許してやらんこともないが……、

    そうかそうか、こういうものを書いてよこしよったか。

    どれ、眼鏡(めがね)かけてじっくり読ましてもらおかな。

    なになに…、


    塀越(へいご)しに、隣りの庭へ出た花は、捻(ね)じょと手折(たお)ろとこちら任せ

    …?


    ッなんやこれは!

    謝り証文(しょうもん)どころか逆(さか)ねじやないかい!

    えぇい腹の立つ!

    すぐに番頭(ばんとう)呼びなはれ、番頭(ばんとう)を!


定吉:ひぇぇいっ、ただいまぁ!


   【二拍】


番頭:旦(だん)さん、お呼びで?


大旦那:おぉ番頭(ばんとう)さん、こっち入ってや入ってや。

    まぁ聞いとくれ。

    実はな……かくかくしかじかとらとらうまうま…。


番頭:へぇ、へぇ……、さようでございまっか。

   いや、そら旦(だん)さんお怒りになるのもご無理おまへん。


大旦那:そうじゃろ。

    もう腹が立って腹が立って…すぐにこの仕返しをしとくれ。


番頭:承知しました。

   もう明日とは言わず、今日じゅうに仕返ししてご覧に入れますが、

   しかしそれには、ちょっと…その、「こちら」のほうが……。


大旦那:あぁあぁ、金ならかかってもかまわん。


番頭:さよでございますか。

   それではさっそく。


大旦那:で、どないするつもりや?

    なんかええ方法があるか?


番頭:ええ、これから裏のお庭を拝借しまして、花見の宴(えん)を催します。

   ご親戚(しんせき)は申すに及ばず、ご近所の方、出入り先や得意先も、

   ぎょうさん客を呼びまして、ご馳走酒肴(ちそうしゅこう)をぎょうさん並べて、

   それから太鼓持ちや芸者衆(げいしゃしゅう)の五、六人も呼びましてな、

   もう賑(にぎ)やかに派手(はで)にどんちゃん騒ぎを、

   パ~ッと散財していただきます。

   そのあとは全てわたくしにお任せを。


大旦那:いやまぁ、そらそれでええんじゃが……弱ったなぁ。

    いや、わしゃどういうもんか、若い時分(じぶん)から商売一途(しょうばいいちず)で

    芸者(げいしゃ)遊びちゅうのをしたことあれへんさかいな。

    芸者(げいしゃ)をどないして呼んでええものやら分かれへんねん。


番頭:せやったらご心配には及びまへん。

   わたくしがいつも行ってるとこへちょいちょいと、

   手紙を一本書いたったらもうすぐにやって……ゴホン、

   いえ、万事(ばんじ)わたくしにお任せを。


大旦那:番頭(ばんとう)さんの事や、よろしゅう頼むで。


語り:もう全(すべ)て分かった番頭(ばんとう)、ぐっと呑(の)み込み胸をポンとひと叩き、

   すぐに準備に取り掛かる。

   「花見の宴(えん)を催すさかい、皆様がたお集まりを……」

   なんせご本家の言うことでございますから、

   親類縁者(しんるいえんじゃ)に取引先まで知らしたるちゅうと、皆がすぐにパ~ッと

   集まり、芸者衆(げいしゃしゅう)、太鼓持ちもやって参る。

   お盃(さかずき)がお席を一巡(いちじゅん)すると、だんだん和(なご)やかになって参るさかい、

   芸者衆(げいしゃしゅう)、腕によりかけて座を盛り上げる。

   その賑(にぎ)やかなこと賑(にぎ)やかなこと。


【笛太鼓のお囃子などのBGMがあれば】


番頭:まいど、今日は皆さんがたご苦労さんでございます。

   実は急遽(きゅうきょ)、花見を催(もよお)すことになりましてな。

   なるたけ賑(にぎ)やかにやってもろたら、うちの主(あるじ)も喜ぶんで。

   ちょい趣向(しゅこう)がございますさかい、なるたけ派手(はで)にやってもろたら

   結構(けっこう)でおます。

   【踊っている】

   あ、こりゃこりゃ、こりゃこりゃ…!


芸者:ちょっと番頭(ばんとう)はん、あんたこのごろどないなってまんねんな。

   ちょっとも店に顔出してくれへんですやん。

   たまには来とくなはれ。


番頭:【慌てて】

   分かってる、分かってるて。

   今日は旦(だん)さんがいてるさかい、

   あんまりへばりついたらあかん…!


芸者:そうかて、いつも来る言うて、

   ちょっとも来てくれへんやないの。

   どっかにええのができたんちゃうん?

   もう、腹の立つ……!


番頭:い、痛いがな。

   何をすんねんな。

   【踊っている】

   あっ、こりゃこりゃ、こりゃこりゃ…!


語り:番頭(ばんとう)さん、青(あお)なって一人で踊ってる。

   いっぽう、学者先生のほうはと申したら。


学者:子(し)のたまわく。

   学びて、時にこれを習う。

   また喜ばしからずや。

   友あり遠方より来たるあり、

   また楽しからずや。


【笛太鼓のお囃子のせいで講義ができない】


   し、しの、しのたま、わくま、ま……

   なんやこの騒ぎは。

   講義がでけへんやないか。

   これ、隣では何やっとるのじゃ?


生徒:あの、裏庭で宴会をやってるようでございます。


学者:なに、宴会?


生徒:へぇ、花見の宴をやってるようで。

   酒や肴(さかな)やどんちゃん騒ぎ、

   芸者衆(げいしゃしゅう)も繰(く)り込んで参りまして、賑(にぎ)やかにやっとります。


学者:なんでお前そんなんが分かる?


生徒:へぇ、実はあの、裏の高塀(たかべい)の節穴(ふしあな)からちょいと覗(のぞ)きました。


学者:なに考えとるんじゃ。

   学者の家に来て勉学に励(はげ)もうちゅう者が、

   隣を高塀(たかべい)の節穴(ふしあな)から覗(のぞ)く!?

   そないなこと……おもろそうやな。

   よし、わしも覗(のぞ)いたろ……。


語り:とまあおもろい学者先生があったもんで、

   庭下駄(にわげた)を突っかけますというと裏へまわり、

   高塀(たかべい)のところへ参ると節穴(ふしあな)を見つけ、さっそく目をあてがいます。


学者:おぉ~っ、ほんにほんに、皆やっとるやっとる。

   こらぁ賑(にぎ)やかじゃのぉ。

   楽しそうにやっとるわ。おもろいおもろい。


番頭:おっ、釣られて来よったな。

   定吉(さだきち)、手で穴を塞(ふさ)いだれ。


定吉:へぇぇ~いっ。


学者:ん?

   せっかく人が見てるのに何をするのじゃ?

   見せても減るもんでもなし、世智弁(せちべん)なことしよるわい。

   別に節穴(ふしあな)はここだけやない、ほかにもある。

   おぉ、これは……ん?また塞(ふさ)ぎよった!

   何すんねやな!


   えぇいこうなったら意地(いじ)や。

   梯子(はしご)掛けて上から見たるわ!


   さあここなら蓋(ふた)もできへんやろ!

   おぉ~っ、派手(はで)にやっとるなぁ。

   さあぁ皆、おおいにや~れやれやれ、やれ~ッ!


番頭:おい、こっちも梯子(はしご)掛けや梯子(はしご)。

   定吉(さだきち)、釘抜(くぎぬ)き持ってこんかい。


定吉:番頭(ばんとう)はん、持って来ましたわぁ!


番頭:おお、夢中になって見とるわ。

   主(あるじ)の仇討(あだう)ちや。

   学者先生の鼻先をこの釘抜(くぎぬ)きで…


   ええぇいッ!


学者:【↑の語尾に喰い気味に】

   ッッ痛たたたたたッ!!

   何するんや、何するんや!


番頭:へぇ先生(せんせ)、今朝がたのお返し、返歌(へんか)でございます。


学者:な、なに、返歌(へんか)やと?



番頭:へぇ、

   塀越(へいご)しに、隣りの庭へ出た鼻は、捻(ね)じょと手折(たお)ろと、こちら任せ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


林家染左

笑福亭鶴二



※用語解説


悋気(りんき):やきもち。男女間の嫉妬。


世智弁(せちべん):けちくさい。渋いこと。狭量な事。



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