序章[3] 勇者オルヒデア
4/1 序章を連続で投稿します。
クラスター爆弾という名の兵器がある。
親爆弾と呼ばれるひとつの大きな容器の中に、数百の野球ボール大の子爆弾が詰め込まれたものであり、空中で親爆弾が開かれると子爆弾が地上に広範囲にばらまかれる……という特殊な爆弾である。
瓶詰された飴玉を想像すると良いだろう、瓶が親爆弾で飴玉のひとつひとつが子爆弾だ。
この兵器には無差別な大量破壊をもたらす効果があった。
ソウイチロウの頭上で鳴った花火のような音は、同様の対人兵器の親爆弾が破裂した際のものであり、彼が目にした降り注ぐ無数の光球とは、親爆弾から飛び出した子爆弾であった。
ソウイチロウはクラスター爆弾という兵器の存在は知らなかったのだが、自分に向かって真っすぐに降り注ぐ無数の光球を目撃して、
(今度は自分がヤバい数の爆発に囲まれる!)
ということを瞬時に理解できていた。
「私から離れないで!」
ハナコが叫ぶが、ソウイチロウはひとつの事に気づいてしまった。
広場にいたミツボが、空から降り注ぐ光球をポカンと見上げていたのだ。
このままでは、ミツボは間違いなく激しい爆撃に晒されるだろう。
ソウイチロウは無意識のうちにミツボに駆け寄っていた。
「わっ、なになに!?」
驚いた様子を見せるミツボを抱きかかえてから、自分の体をミツボの体の上に覆い被せるようにして身を伏せた。
身を挺してミツボの体を守ろうというのだ。
(俺は今、何やってんの!?)
自分のとった行動に自分で驚いたソウイチロウだったが、
(これじゃ俺の方は死んじゃうじゃんか!)
気が付いた時にはもう手遅れだった。
次の瞬間には、それは始まっていたのだ。
爆竹とは比べ物にならないほどの大きな破裂音が何度も何度も周囲で鳴り響き始め、ソウイチロウはたまらず目を閉じた。
焼けた空気が背中に叩きつけられた感覚があった。
「死んだ! これ絶対、俺、死んだ!」
恐怖がソウイチロウを絶叫させる。
爆撃が続いた時間は、おおよそ十秒ほどのものだったが、爆撃の只中にいるソウイチロウにとっては、永遠とも思える長さに感じられるものであった。
爆発音が収まってもソウイチロウは目を開けることが出来なかった。
腕が折れているかもしれない、足が千切れているかもしれない、背中が焼けただれているかもしれない。
自分の体がどうなってしまったのか、知ってしまうのが怖かったのだ。
「生きてる? 俺、ちゃんと生きてる!?」
誰にというわけでもなく、ソウイチロウは叫んだ。
「いきてるよー!」
抱きかかえていたミツボが元気な声をソウイチロウに返した。
そしてもう一人、
「――うむ、大事ない」
やや耳障りに感じるほどに高く、それでいて落ち着きを感じさせる堂々した女性の声が、ソウイチロウの頭の上から聞こえて来た。
(誰かがすぐ側にいる!?)
ソウイチロウは恐る恐る目を開けると、そこにはブーツを履いた二本の細い脚があった。
「この場は我が魔法の障壁によって守られた。心配いらぬ」
このような恰好を地雷系女子というのだろうか?
フリルが目立つ黒とピンクのドレスに身を包み、左手には開いた日傘を、右手には食べかけのソフトクリームを持った少女が立っていた。
元々の顔が分からないほどの濃いメイクは、少女を酷く病的に見せている。
真っ赤な瞳はカラーコンタクトによるものだろうか。
身長はソウイチロウと変わらず、年齢も同じぐらいであろう。
想像の斜め上を行く人物像であったことで、ソウイチロウは面食らった。
(魔法? 今、魔法って言ったよな、この人――)
「少年よ。自らの犠牲を厭わず幼子を守ろうというそなたの行い、真に天晴なり」
いちいち仰々しい喋り方は少女の恰好に全く似つかわしくないのだが、この堂々たる人物なら魔法ぐらいは使えてしまいそう……といった、妙な説得力があった。
「オルヒデア! 一人でどこに行っていたの!?」
ハナコがソウイチロウ達の元へ駆け寄ってきた。
どうやら、ハナコが探していたのは、この少女だったようだ。
「我こそが勇者オルヒデア。勇者の行くところ、必ず世界の難と禍が待ち構えるものなれば、おのずと……」
「また、難しい言葉でごまかそうとする。その手にもっているソフトクリームを買いに行ってただけでしょ?」
勇者を自称する少女は、オルヒデアという名前のようだ。
オルヒデアはハナコの言葉が聞こえていない風を装って、手にもったソフトクリームを舐めてみせた。
「――!?」
かと思えば、口から勢いよくソフトクリームを噴き出した。
ソフトクリームの表面は埃や煤に塗れていていたのだ。
「……おのれ魔王、許すまじ!」
オルヒデアはソフトクリームを投げ捨てた。
「あの……スンマセン。ちょっといいっスか」
立ち上がったソウイチロウは、ハナコとオルヒデアの顔を交互に見比べながら口を開いた。
「魔法や魔王がどうこうと先ほどから宣ってますけども。もしかしてこの騒ぎって、なにかのアトラクションやパレードの一部……っスか?」
場所が場所だけに、ハイクオリティ過ぎる演出のひとつであると、混乱したソウイチロウの頭は納得を試みていたのだ。
オルヒデアがソウイチロウに答える。
「否、此は無情の魔王がもたらした災厄なり。そして我こそが勇者。魔王がもたらす災厄の数々から、世界を救いし者なり」
「はぁ……」
どうやら、この世界には悪の魔王とやらが実在して、オルヒデアは魔王の対になる正義の存在である……ということを言いたいらしい。
「そもそも魔王とは、この世界『ラートゥム界』とは空間を異にする別世界『アルカーナ界』が生み出した、世界を恐怖と絶望で支配することのみを生き甲斐とする邪悪なる存在。その始まりは祖勇者ハルストフの時代に遡り――」
「一度の情報量が多すぎるって、オルヒデア……。信じられないのも無理はないけど、この子が言ってることは本当だよ。魔王と呼ばれる悪者が長年の封印から目覚めて、世界を支配しようと動き始めたんだ」
口を開けたままのソウイチロウに向かって、大真面目な顔でハナコが言う。
「えーっと、なにをどこから理解すれば良いものか……」
大変な事が起こっているのは先ほどから痛感している。
しかし、あまりにも非現実的な単語が飛び交い続けるせいで、ソウイチロウの思考は完全にフリーズしてしまった。
「てきだ! てきがきたんだよ!」
ソウイチロウの足にしがみついていたミツボが叫んだ。
「て、敵?」
またも日常生活の中では聞きなれない単語に、ソウイチロウは戸惑う。
「みんながたのしくあそんでいるところに、ばくだんをなげてくるやつなんて、みんなのてきだよ!」
言われてみればその通りである。
自分は今、敵と呼べる存在に命を脅かされているのは間違いない。
改めてあたりを見回してみると、ほんの少し前は誰もが笑顔になっていたはずの場所が、瓦礫と黒煙の中に悲鳴と怒号が飛び交う場所になっていた。
傷つき倒れた者達の無残な姿が幾つも転がっていた。
「ママー!」
ミツボと同い年ぐらいの子供が、倒れたまま動かないでいる女性の体を揺らしている。
(コッチは何も悪いことをしていないのに、敵が一方的に突っ掛かってきたんだ!)
不意に、ソウイチロウの心に怒りが沸き立った。
「今の俺に、何か出来ることはないっスか!? 詳しい話は良くわかってないけども、二人は事情を知ってるんスよね!?」
ソウイチロウの迷いのない強く真っすぐな眼差しに、オルヒデアは「ほう……?」と息を漏らした。
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