神野少年の憂鬱
※加筆修正済(2025/3/8)
ぴぴぴぴ、と電子音が部屋に響き始める。
現在の時刻は朝の6時50分
ボクの横では神野君がスヤスヤと穏やかに眠っている。
昨日 神野君の部屋に引きずり込まれたボクは一通り家電の使い方を教わった。
それなのにボクがまだここにいる理由は隣で寝ているこの子供のせいである。
(まぁ神野君のせいって言うかほぼ村雨さんのせいだけど)
なんでもまだ家具家電を壊してしま可能性が高いからやはり暫くは一緒に生活するように、と追加で指示が村雨からきたらしい。
又は、なんて書いていたのは誰だったのか。
最初から一緒に住まわせる気だった癖に意地悪な伝え方をする男である。
「あ神野さんおはようございます。」
「……。」
隣で眠っていた神野君が目を覚ましたことに気づき声を掛ける。
ボクの声に神野君はこくりと頷くと、先程から鳴り響いていた目覚ましの音を止めて、むくりと布団から出てきた。
どうやら寝起きは良い方らしい彼が、ゆっくりと朝の支度を始めるのをボクは宙に浮かびながらじぃーっと観察する。
神野君は冷蔵庫の中からオムライスを取り出し電子レンジの中に入れると、ピッと温めのスイッチを押した。
そのままレンジの中でクルクルと回るオムライスを神野君はじっと見つめている。
オムライスを見つめる神野君をさらにボクが見ていると、レンジのガラス越しに神野君と目が合った。
「神野さんはオムライスが好きなんですか? 」
「……。」
(まぁそうだよねぇ。)
相変わらず反応が無い神野君にこれからどうしたもんかなぁ、とボクはぷかぷか浮きながら考える。
何事にも無言な神野君とコミュニケーションを取るのが苦な訳では無いが、話してくれる方が手っ取り早いと思わなくもない。
(……村雨さんから指示がくれば教えてくれるだろうしこのままでも大丈夫なのかなぁ。)
ボクはぷかぷかゴロゴロしながらうぅんと唸った。
「……好き、なの?」
「え? 」
「……。」
そんなボクをじっと見つめていた神野君が小さく口を動かした。
何気に初めて聞いたかもしれない神野君の声。
ボクは緊張して思わず尻尾をピーンと伸ばした。
(すきって…え何が? ボクが? )
ボクは混乱しながらも言葉を慎重に選びながら口を開く。
「…ええと、もしかしてそのオムライスが、ですか? 」
「…………うん。」
「うーんどうでしょう。食べたことないので好きなのかはわからないです。…あ!でもでも美味しそうだなぁとは思いますよ。」
「………………食べる?」
「ぅえ?! はぁあー……でもそれ神野く…さんの朝ごはんですよね。」
「…………うん。……僕の。」
「じゃあ貰えませんよ。神野さんが食べてください。」
「……。」
神野君がフルフルと首を横に振る。
(…昨日から思ってたけどこの子意外と強情だな。)
何故かボクに食べさせたい様子の神野君は引く気配を見せない。
「やっぱり神野さんが食べてください。」
「………………。」
「お、お腹空いちゃいますよ。」
「……………………。」
「うぅ…あ! ほら今日仕事ですし、明日は学校もあるんですよね? なら食べないと! 」
「…………。」
ボクがそう言った瞬間神野君の顔があからさまに曇る。
(なんだ……?)
神野君は先程までの勢いをスンと消して静かになってしまった。
(いや最初から静かではあったんだけども。)
なんと言うか一気に元気が無くなってしまったのである。
まぁ確かに仕事をした次の日に学校に行くなんて小学生に何やらせてるんだ、と言う感じではある。
大人っぽい神野君だって小学生だ。
意外と遊びたい盛りなのだろう。
ボクは1人でウンウンと頷くと神野君を慰めるように彼の隣へひょいと移動してぽんと頭を撫でてみる。
「まぁ仕事なんて軽くチャチャッと終わらせちゃいましょ! ねっ! 」
レンジの前で2人並びになり、ボクなりになるべく優しく声を掛けた。
しかし神野君の顔はやっぱり曇ったまま晴れずにいる。
温めが終了するまで残り24秒。
神野君はゆっくりと口を開いた。
「……ちがう。」
神野君は辛そうに顔を歪めて静かに言葉を零した。
「…………。」
言葉が出てこないのか、もしくは言いたくないのか。神野君はそのままギュッと口を閉ざしてしまった。
(違う…つまり嫌なのは仕事じゃないってことか?)
先程ボクが神野君に言ったことは主に2つ。
1つは仕事のこと、そしてもう1つは学校のことだ。
(ということは、つまるところ…。)
「もしかして学校に行きたくないとか? 」
「……………。」
神野君は静かに首を縦に振った。
そのまま下を向く彼の顔は、前髪の影に隠れ見えなくなってしまう。
「あーなるほど。うーん。あ、じゃあ明日はボクも一緒に学校通います。」
「……え。」
神野君が目を大きく開いてボクを見た。
その目には驚愕の色と、いつも通りのボクの顔が映し出されている。
「あ! なんか神野さんとボク表情がいつもと逆ですね。」
えへへ、とへにょへにょ笑いながらボクがそう声をかけても神野君は言葉を発さない。
気まづくなりそうな気配を感じてちょっとだけ焦りを感じていると、丁度良いタイミングでレンジが温め終了を知らせた。
(お、らっきー。)
「ほらほら。鳴りましたよー。」
ボクは中のオムライスを取り出す為にレンジをガチャリと開ける。
そうして未だにポカンとした表情をしている神野君にニコリと微笑んだ
「大丈夫。ボクに任せて、ね。」
レンジのガラスに反射した悪魔の顔はうっすらと歪んでいた。
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