対罪霊監視局3
いつもの如く短いです。
※この話は加筆修正済の為、一部内容に変更があります。(2025/3/6)
「わあ。」
あれからボクと神野君は最上階から順にビルの中を歩き回っていた。
建物の中には神野君の権限では入れない部屋も複数あった。
まぁここの職員である神野君が使わないような部屋ならボクが使う用途はないだろう。
それよりもだ。ボクは目の前にある個室に感動していた。
なんとなんとボク専用の部屋が用意されていたのである。
「村雨さんもボクの扱い分かってきてるじゃないですかぁ。」
村雨さんの割に粋な計らいをしてくれるなんて感動である。
早速部屋に入ろうとしたボクだったが、あることに気づいて足を止めた。
なんと探索の最初に手を繋いだボク達は、その後離すことなくずっと手を繋いでいたのだ。
そして今も尚二人の手は繋がれたままである。
(…人間と馴れ合いなんかしちゃって何してんだか。)
思っていたよりこの状況に順応してきている自分自身に思わず顔が引き攣り、「なはは」と変な笑いが溢れ落ちた。
「あ。 なんか手繋ぎっぱなしでしたね。」
えへえへと笑いながら「すみませんね。ほんと。」なんて思っても無いことを口にし、ボクは繋いでいた手の力をするりと抜いた。
しかし未だに2人の手は繋がったままだ。
理由は明確。神野君が手を離してくれないからである。
「……。」
首を傾げて見せるボクに神野君は隣の部屋を指さした。
「……? あっもしかしてお隣さんだったりします? 」
「……。」
ボクの質問に神野君はこくりと頷く。
…正直、ボクは誰が隣でも構わない。
構わないが契約しているとはいえ仮にも悪魔を職員の隣の部屋にするのは如何なものなのか。
(後で村雨さんに言っとかなきゃ。)
ここはリスク管理が出来ていない村雨に年配者のボクが教えてやるのが筋というものだろう。
(あとで村雨さんの執務室に突撃しちゃおっと。)
ボクは突然の訪問に驚く村雨の姿を想像してるんるんと浮かれながら自分の部屋の扉を開けた。
ちなみにこの扉。顔認証なる奇術が使われているらしいのだ。
先程神野君に登録して貰ったのだがこれがとても素晴らしい。
ボクが部屋の前に立つと開くのに神野君が扉の前に立つとまるで故障したかのように一切動こうとしないのだ。
ボクは改めて神野君にお礼を伝えた。
それくらい今は気分が良いのだ。
「えーと。じゃあ今日のところは解散って感じですよね? 」
「……。」
「またね。神野さん。」
ボクがそう告げると神野君も無言でこくりと頷いた。
神野君は握っていた手を離し、そのまま隣にある自室へと帰っていく。
「さてさて。なにしよっかなぁ。」
神野君が部屋に帰っていくのを確認したボクは部屋の中に入り、ぐるりと部屋中を見回す。
部屋は程々に広く、家具家電は完全装備されている。
ボクはあちこち見ながらも、真っ先にキッチンへ向かいガラリと冷蔵庫を開けた。
「あり? 何もなしか…。」
冷蔵庫の中はスッカラカンで飲み物のひとつも入っていない。
それどころか冷たくない。
「……? 壊れてるのかな。」
先程見た村雨の執務室にはひんやりと冷えきった冷蔵庫が設置されていた。
それに中には色とりどりのアイス達が常備されていたのだ。
しかし何故かボクの部屋にある冷蔵庫は室内と同じ温度で何も入っていない。
(…ボクも甘いもの食べたい。)
人間とは違いボクに食欲なるものは備わっていない。
だがボクは甘いものが好きだ。特に今は完全にアイスの口になっている。
取り敢えず、壊れているものは仕方ない。
仕方がないので村雨の所へ行って何か恵んで貰うことにしたボクは、たった今入ったばかりの自室を出た。
ボクの部屋から村雨の執務室に行くにはこの廊下の先にあるエレベーターに乗り、今いる地下2階から5階に上がらなくてはならない。
それで神野君の部屋の前を通ろうとしたその時、突然扉が音もなく開いた。
開いた部屋の扉から神野君がヒョコリと顔を出す。
「わぁっ!! …って神野さん!? もう! 突然出てきたら危ないじゃないですか。」
「……。」
(びびびっくりしたぁ〜……!! )
驚いてしまったことが少し恥ずかしくなったボクは照れを隠す為に腰に手をあてて怒ってますよー、とアピールする。
まぁ神野君は相も変わらず無表情のままだったから隠せているかは分からなかったけれど。
「……。」
不意に神野君がボクの手をくいっと引っ張った。
驚いて神野君の顔を見ると彼はボクの目の前に光る文字を映し出す。
「わわっ! ん?何これ。」
神野君は光る板を操作して文字を宙に映し出した。
仕組みは分からないが正直とてもカッコいい。
ボクが光る文字と板を見比べ感心していると、神野君の口角が一瞬ふわりと上がった。
ボクは視界の端に映った一瞬の光景に驚き、チラリと気づかれないように神野君の顔を確認する。
しかし彼の表情はいつもと変わらず無のままであった。
(見間違い…だったかな。)
「……。」
ボクの意識が光る文字から離れたのが分かったのか、神野君はボクに文字を読むように視線で訴えかけてくる。
「はいはい。ええと…『その悪魔は家具家電の扱いに大変疎い』 わ…失礼な奴。『その為順応するまでの間悪魔を神野の管理下で請け負うこと。』」
「……。」
「『具体的には家具家電の使い方を教える又は』 ……『一緒に暮らすこと』? え? やだ。」
神野君に促され読み上げた文はとても短かった。
しかしそこに書かれていたのは納得できない言葉である。
家電の使い方を教えてくれることは有難いが、せっかく自分の部屋があるのに何故二人で一緒にくらさなければならないのだろう。
しかも、だ。神野君からしたって迷惑だろうに。
「……任せてください神野さん。ボクが村雨さんに直接訴えてきます。」
ボクは両腕の袖を捲る。やる気はバッチリだ。
そのまま村雨の執務室へ乗り込もうと息巻くボクの手をガッシリと誰かが掴む。
「何ですか?! 」
勢いよく振り返ったボクの目に入ってきたのは冷めた目をした神野君の顔だった。
「……。」
神野君から村雨に迷惑をかけるな、といったような圧を感じる。
「……あ、えと。」
「……。」
「あの。別にボクのワガママとかじゃなくて。あ! ほら神野さんに迷惑かけちゃうな、って。」
(うぅ。何でボクそんな悪いこと言ったかなぁ。)
小学生の圧にタジタジになりながらも精一杯反抗を試みる。
「……。」
そんなボクを見た神野君は先程までの冷たい目をいつもの無表情に戻した。
ほっとしたのも束の間。神野君はボクの手を引いて部屋に引き入れた。
「あ、はい。お世話になります。」
かくしてボク史上初めての一人暮らしは初日から取り消しとなり、神野君との二人暮しが始まるのであった。
実は主人公が村雨の部屋に乗り込もうとしなければ夢の一人暮らしをする事が出来ました。
また神野君が持っていた光る板はスマートフォンのことです。
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