トイレの悪魔 2
村雨視点です。
手中の瓶に悪魔が居る。
まさかこんなに簡単に悪魔を手に入れることが出来るとは思わなかった。
(先人には感謝してもしきれないな。)
先程までキャンキャンと騒がしかった瓶が今は何故か大人しい。
何を考えているのか分からない姿に村雨は気味の悪さを感じた。
(やはり怒らせてでも何か喋らせておくべきか
…? )
未知とは恐怖である。
払い屋になって幾度となくそれを実感させられた。
(だが……。)
目の前にいるのは間違いなく悪魔なのだ。
例え阿呆な雰囲気を醸し出していたとしても、人間より遥かに凶悪な存在であることは変わらない。
契約が済んでいない以上下手な手を取るべきではない。
そう思い直し、村雨は慎重に蓋に手をかける。
「では行きます。」
「はぁい。」
気の抜けるような返事をする悪魔に対し、自身の瓶を持つ手は無意識のうちに強くなった。
(……ようやく手に入る。)
村雨はこの機会をずっと待ち望んでいた。
先程山川には仕事だと説明したが、本来であれば対罪霊監視局にこの程度の調査依頼は持ち込まれない。
仮に調査が行われたとしても自分ではなく他の者が担当するだろう。
しかし村雨は悪魔が自身の監視区域に現れたその日からというもの、悪魔を手に入れる機会を静かに伺っていた。
そうして手を回した甲斐もあり、待ち望んでいたこの時が遂に訪れたのである。
正直悪魔から漂うポンコツの気配は懸念すべき点ではあるが、悪魔の能力が情報通りならば性格なんてどうでもいい。
そんなものは契約さえしてしまえばどうとでもなる。
「私の願いは、貴方が人の味方であり続けることです。その一環として貴方の力を組織の為に使いなさい。」
願いというより命令のようになったソレを唱えた瞬間。光と共に焔の小瓶が静かに開いた。
(……ッ?! )
溢れ出した眩い光は一瞬で村雨の身体を包み込んでいく。
その強烈な眩しさは村雨の眼の奥を熱くし、視界をぐらぐらと揺らした。
明らかに普通では無い光に思わず瞼を瞑りそうになるが、寸前のところで耐えると無理やりに目を開いた。
どうしても村雨はこの契約の成功を見届けねばならなかったのだ。
「あーあ…目を瞑らないと眩しいでしょ。
アンタ意外と負けず嫌いなの? 」
そんな彼の視界が白い手によって優しく塞がれる。
やがて溢れんばかりの光が消え、代わりに現れたのは可愛らしい容姿をした少女のようなナニカであった。
(人…? いや違うな。)
顎まで伸びた銀色の髪が風に靡いてふわりと宙を揺蕩う姿は紛れもなく少女だ。
しかしその頭にはちょこんと角が生えており背には姿に似つかわしくない大きく強硬な翼が生えている。
少女に似通った悪魔は村雨の瞳へ伸ばしていた手を引っ込めると気取ったように傅いた。
「契約に則りその望み叶えてあげる。
よろしくね村雨さん。」
悪魔は村雨の黒い目を捕らえてニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべる。
まるで先程の意地悪返しのような仕草をする悪魔に呆れを含んだ視線を向けた。
「あ! 見惚れてもいいけどボク男ですよ。」
「都合の良い解釈はやめなさい。阿呆だと思っただけです。」
「やっぱキミ可愛くないよね。」
「三十路の男に可愛さを求めるのはどうかと思いますよ。」
「あのねぇ…ボクがしてるのは見た目の話じゃなくて中身の話なの。見た目はどうにもならないとしても中身くらいどうにかできないわけ? 」
「それだと貴方も可愛くないことになりますが。」
「そういうところですよ! 」
悪魔は羽をしまい地面に着地すると村雨をじとりと睨みつけた。
(随分小さいな……。)
また騒ぎ出す可能性が高い為声には出さなかったが、予想より悪魔が小さいことに驚く。
自身より遥かに下に見える頭をじっと見ていると、悪魔は何を勘違いしたのか角を隠してしまった。
「心配しなくても角とか尻尾は羽と同じように隠せますから。」
「へぇ便利な仕組みですね。」
「ふふん、いいでしょ……。じゃなくて! これからどうするんですか? 」
「本拠地である対罪霊監視局支部に向かいます。」
「おお…! 何かカッコイイですね。」
本部という言葉に余程惹かれたのか悪魔は目をキラキラと輝かせながら村雨の後についてくる。
まるで本当に幼い人間のような姿と言動に私は不快感を覚えた。
悪魔と人間は根本的に違う存在である。
命の期限を持たない彼らは人の命に全く興味が無い。だから人の命を軽々しく弄び、必死に何かを望む人間を愚かだと馬鹿にする。
懸命に生にしがみつき生きる人間を理解出来ないのだ。
(……私はあの男とは違う。)
私はこの悪魔を人間の為に使う。
…何より“あの子達の命”を守る為にこの悪魔と契約したのだ。
(守るべきは人間……。それを忘れるな。)
村雨が車に乗り込むと隣に銀色頭がヒョイと乗り込んだ。
「後部座席に座って下さい。」
「…親子じゃないんですから。それにもう座っちゃいました。」
「……そうですか。」
膨れる悪魔を見て少し気分が落ち着いた。
(ムキになってどうする。)
自身の幼さにゲンナリする。
これでは隣の阿呆の方がよっぽど大人ではないか。
「失礼しました。では動きますよ。」
「…はぁい。」
契約は成立した。
後はこの契約が吉と出るか凶と出るのかだが、そこはあまり心配していない。
(…私はどこまでも“運が良い”からな)
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