神野君の憂鬱 9
久しぶりの村雨さんです。
プカプカと宙を浮いているとタルトが食べたくなる。
悪魔に空腹はないし、食べなくても存在し続けることはできる。
しかし今はなんだか無性に甘い物が食べたい気分なのだ。
甘い物を求めて冷蔵庫へと手を伸ばす。
が、その手は無情にも眼鏡を掛けた男によって叩き落とされてしまった。
「…なにするんですか。」
ボクの手を叩き落とした張本人である村雨は、デスクにあるパソコンに向き合いながら大きくため息をついた。
「面倒なので機嫌が悪い時は来ないでくれます? 」
パソコンから目を離さず、邪険に扱う村雨の態度にボクは頬を膨らませた。
「別に悪くないし。」
「これは失礼しました。年下に振られて拗ねているだけですね。」
「別に拗ねてないし。定期的に報告しろって言ったのは村雨さんでしょ。ボクはただ来てあげてるだけです。」
「…そんなこと言った覚えはありませんが。」
「でも、報告させるつもりだったでしょ? ボク賢いからなんとなーくわかっちゃうんだよね。」
「賢いかはさておき、あとできちんと説明しなさい。それより今神野君は? 」
「…もう寝た。」
「そうですか。」
「……。」
神野君の話題が出たことでボクは思わず口を噤んだ。
明らかに話さなくなるボクを見た村雨は非常に面倒そうな顔になると、再び大きくため息をついてボクの方へと向き直った。
どうやらようやく話を聞く気になったらしい。
「それで貴方は何が不満なんです。
人間と無駄に縁を結ばずに済んだんですから、少なくとも貴方にとっては好都合だったのでしょうに。」
村雨はデスクに肘をつけながら宙を漂うボクを目で追いかける。
ボクは宙に寝っ転がりながら村雨の言葉を頭の中で反芻させた。
(…その通りのはずなんだけど。)
腹立たしいことに村雨の言った通りだった。
本来なら無駄に人間に関わることは避けるべきで、そして神野君との縁を結ぶことを避けることができたのだ。
これは僕にとって非常に良いことである。
それに。
(ボクが神野君に家族になろうって言ったのはきっと小瓶のせいだ。)
そう。家族になる提案をしたのは小瓶によってねじ曲げられた人間にとっても都合の良い人格のせい。
あの時、小瓶の力が働いていたことはボクも分かっていたし、そこは悔しいけど仕方がない。
問題はその後だ。
小瓶の力は感じないのにも関わらず、ボクは神野君が寝てしまってからというもの、このことを不満に感じずっと考え込んでしまっている。
これではまるで、まるでボクが神野君と家族になりたかったみたいじゃないか。
(いやいやいやいや。)
慌てて考えを否定する。
そんなのボク的にありえない。
(だってボク人間そんな好きじゃないし。確かに神野君はタルト買ってくれるけど、喋んないし何考えてるかわかんないし、人形不気味だし。)
しかし、だとすればこの思考はなんだ。一体どうしてこんなことを考えているのだろう。
もしや、何らかの力がボクに干渉して、
「いい加減落ち着きなさい。鬱陶しい。」
突如、頭をスパンと叩かれ「ぐえっ。」と口から空気が漏れた。
思わず後頭部を抑えて顔を上げると、村雨さんが顔を顰めている。
「もう! 突然何するんですか!! 」
「いい加減落ち着きなさい。鬱陶しい。」
「それはさっきも聞きましたよ!! 」
わざと同じセリフを吐く村雨が大変腹立たしい。
ボクは村雨の目の前で胡座をかくと、真正面をギロリと睨みつけた。
「急に叩くなんてどうかしてます! ボクじゃなかったら怪我してますよ! 」
「心配いりません。貴方にしかしないので。」
(こいつ……。)
「で、どうするのですか? 」
「…何が。」
「名前です。学校に行くのなら無いと不便でしょうよ。」
(そういえば、名前神野君に決めて貰う気になってたから何も考えてないや。)
明日、神野君と学校に行くのだ。
勿論断られる可能性もあるけど、悪魔は約束を破らない。
だから神野君が嫌がらない限り約束は守る。そのためにも何か名前がないと不便だろう。
しかし神野君に断られた今、それは自分で考えなければいけなくて。
(…なんか、本当に振られたみたいな気持ちになってきちゃったな。)
「……。」
「なんなら私が付けて差し上げましょうか。例えば…そうですねトモノリ君、とか。」
「絶対嫌。」
しゅんとなるボクを見て空気を読まずに。
いや、読んだ上でボケてくるこの男はボクが頭を悩ませているこの状況を楽しんでいるのだろう。
「冗談です。」
そういって村雨は小さく笑っていた。
その顔がひどく不快だったボクは村雨に背を向ける。
「もう!今日は帰ります!」
「そうですか。お力になれず申し訳ありません。」
微塵も思っていないだろうに、彼はそう言ってヒラヒラと手を振った。
「せいぜい良い夢でも見てヨダレ垂らして寝てください! 」
そう怒鳴ったボクは振り返らずに村雨の執務室をあとにしたのだった。
本作は全国のトモノリさんを貶している訳では決してありません。
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