神野君の憂鬱 8
神野君視点onlyです。
「あ! なら神野さんがボクの名付け親になってくれませんか。 」
「え。」
タルトを口いっぱいに頬張りながら、目の前の彼はそう言った。
あの後、運転手さんに車を飛ばしてもらい彼が行きたがっていたタルト専門店に辿り着いた。
閉店時刻には間に合ったものの流石は人気店である。店内は人で溢れていた。
その為持ち帰って僕の部屋で食べることにしたのだが、隣に座る彼は待ちきれなかったのかすでに車内でタルトを食べ始めている。
そして冒頭の会話だ。
「どうですか?」
「……どうって、急すぎて意味がわからないよ。」
何を言っているのか理解出来ずに首を傾げると、ぱくりといちごを食べながら彼は何食わぬ顔で話し始めた。
「ほら神野さん家族が欲しいって言ってたじゃないですか。だからボクずっと考えていたんですよ。」
(考えていてくれたんだ……。)
てっきり頭の中がタルトに侵食されていると思っていたのだが、彼なりに僕のことを考えてくれていたのだと分かり心が暖かくなる。
「……でも、なんで名前? 」
「それは、んぐ。…ボクずっと神野さんにピッタリな悪魔について考えていたんです。だけど紹介できそうな奴は思いつかなくて。」
彼は他のピースに乗っていた苺を口に入れた。
(あ、それ運転手さんが食べたそうにしてた巨大苺だ。)
チラリと前を見るととても悔しそうな顔をしている運転手さんが目に映る。
「ほら、さっきタルト屋さんで親子がいたでしょう? それ見たときにボク思いついちゃったんですよね。今すぐに家族を作る方法を! 」
「すぐに、家族を、……? 」
「そうです! 」
「…それがどうして名前の話に、繋がるわけ?」
彼は「ふふん。」と得意げな顔になる。
僕は多少嫌な予感を感じ始めていた。
「人間にとって名前は大切なモノなんでしょ?
名前付けるだけで親って呼ばれるくらいに、ね。
だからボクに名前をつけてください。」
悪魔はにっこりと笑ってそう言った。
「名前をつけてくれたらボク達の間には繋がりが出来るでしょう?
そしたら、ほらボク達家族にだってなれますよ! 」
「……。」
「名案でしょ?」と笑う彼は大変上機嫌だ。
僕はこの子が言ったことを頭の中で反芻させる。
(…家族。この子と家族に、なれる。)
名前をつけるだけ。それだけで本当に家族になれるのだろうか。
今まで見た家族を思い出す。
楽しそうに手を繋いで家へと向かう姿を。
怒られても、喧嘩しても最後にはお互いのことを想いあっていたあの姿を。
今まで僕が羨んで見ていたあの子たちはどうなのだろう。
例え血が繋がって居なくても、あんな風に笑っているのだろうか。
「神野さん? 」
「……家族って、そんなに簡単になれるモノ、なの? 」
「それは、気持ち次第なんじゃないですか。
それとも血が繋がっている家族を貴方は望みます? 」
「……キミはそれでいいの? 」
「良くなきゃ提案しませんよ。
ですけど、この約束はあくまで口約束。
契約ではありません。だからもっと違う形を神野さんが望むのなら。その時はまた考えます。」
僕は言葉に詰まり何も返せなかった。
この子と家族になれたら、って確かにそう思っていたはずなのに。
こんなにも簡単に叶ってしまうのに。
やっと家族が出来るのに。
それなのに、…なんで「うん」って言えないんだろう。
「あとはキミが頷いてくれるだけ。それだけでボク達は家族になります。…それとも、やっぱり悪魔との口約束は信用出来ない? 」
「……ほんとに、ほんとの本当に家族になってくれるの?」
「はい。なりますよ。」
「……僕は、…ずっと、ずっと家族が、欲しかった。…もちろん今も。」
僕が、この子と家族になれたらって思ったのはなんでなんだろう。
隣りに座る悪魔を見る。
彼はまた新たなピースへと手を伸ばしていた。このペースでは、きっと家に着く前に苺のタルトは無くなってしまうだろう。
(この子と一緒に居られたら、きっと楽しいだろうなって思った。)
だから、僕はこの子と一緒にいたいから家族になって欲しかった。
家族になったら、他の子供達がして貰っているように可愛がって、抱きしめて、手を繋いで、愛してくれる。
目の前にいる、この明るくて可愛くて目が離せなくて、とっても綺麗なこの子が僕を見てくれる。そんな未来が欲しかった。だから、家族になりたかった。
(…でも、きっと。)
「……キミは、ボクの1番にはならないでしょ。」
この子の1番は僕じゃない。
村雨さんだ。
僕はこの子と例え家族になっても村雨さんを超えることは出来ないし、僕だけをこの子が見てくれる未来は、きっとないのだ。
前に調べた本には、契約した悪魔と人間は特別な絆で繋がると書いてあった。
その特別を、たかが口約束の家族が超えるなんてことは、きっと出来やしないだろう。
「僕、は。」
目の前がぐるぐると回る。
具合が悪くなってきた。
(…僕は、どうしたら。)
「…もう! 落ち着いてください。」
急にふわりと良い匂いのする何かに抱きしめられた。
上を見ると彼が、とても困った顔をして僕のことを見ている。
僕の姿だけが、彼の瞳に映っている。、
「ごめんなさい。そんな顔をさせるつもりはなかったんです。」
僕を抱きしめた彼は、背中を優しく撫でてくれた。
先程まで冷たく、グラグラと揺れていた僕の心はそれだけでとても温かくなる。
(あったかい…。)
彼の腕の中は暖かくて気持ち良い。
(…すき、だな。)
この子と一緒に居たい。
例え1番に優先されるのが僕でなくても。
家族になれるなら、それで。
「……あのね。」
(…僕は、キミの……。)
そう言い終える前に。
僕の意識は温かくて気持ちの良い世界へとゆっくり堕ちていった。
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