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トイレに潜むもの

よろしくお願いします!



炎天下の中、大勢の日本人が汗水を垂らし学校や職場へと向かう通りを少し外れた小路の奥。

ひっそりと建っているのは老朽化が進み、何処か寂しい雰囲気を漂わせるこじんまりとした個人スーパーマーケットである。


会社員 山川英二は小走りでスーパーへと向かっていた。

見た目が古臭く、お化けが出ても不思議ではない雰囲気を醸し出しているこのスーパーを山川はできれば利用したくはなかった。

しかしそんなことを言ってる余裕は今の彼にはない。

ぎっ、と股を握りしめる左手に思わず力が籠る。

電車に乗る前に飲んだ緑茶が腹の中で暴れてる…。そんな幻覚が見えるほど彼の尿意は限界まで押し寄せていた。


このスーパーで客が利用できるトイレは店の横に建つプレハブ小屋の中にある。

店にピッタリと寄り添うように立てられた店と同じ色のプレハブは錆び付いているせいか店よりも更に古びているように思えた。

その不気味さから山川の一瞬足が止まりかける。

しかし、用を足さないという選択肢は今の彼には残されてはいない。

ギギギ、と嫌な音を立ててトイレの扉が開く。

真っ暗な中、手探りで電気のスイッチをパチリと押すと今にも切れそうな蛍光灯がチカチカと辺りを照らした。

トイレの床は掃除をしたばかりなのか、てらてらと濡れており歩く度にぴちゃぴちゃと水が跳ねた。

山川はスーツの裾が少しばかり濡れるのも構わず目の前にある個室へと飛び込む。

鍵を閉めずにカチャカチャとベルトを緩め素早くチャックを降ろすと同時に勢い良く尿が放出されていった。


「……はぁぁ。」


間一髪の危機を乗り越え、漏らさなかったことに対する安堵と放尿による心地良さから思わずため息を着いた。

尿を出し切った山川は自身が鍵をかけずにいたことに気づいて思わず苦笑いになる。

(いい歳した大人が何やってんだか)

用を出し終えた山川はチャックを上げ、ベルトを閉め直そうとした。

しかしその瞬間、腹がギュルルルルと物凄い音を立て唸り始めたのである。


「…………ッ?!」


あまりの痛みに思わず便座の蓋に手をつき耐える。

今上げたばかりのチャックをすぐさま下ろすと便座に少し浅めに座り頭を抱える。

(なんなんだ一体?!)

下腹部に感じる急激な便意による痛みはまるで下剤を飲んだ時のようであった。


三分後。

無事痛みから開放された山川は尻を拭くためトイレットペーパーに手を伸ばした。


「……最悪。」


指先に当たるトイレットペーパーはカラカラと虚しく音を立てるのみで紙なんて何処にもない。

(……明日からポケットティッシュ持ち歩こう…。)

遠い目をした山川がそう決意した時。


「紙あげましょうか? おにーさん。」

「……は?」


絶望した彼の耳に突然少女のような、声変わり前の少年のような若い人間の声が聞こえてきたのである。

(他の個室に誰か居たのか…?)

山川は一瞬そう思った。

しかしここのトイレには個室は一つしか無かったことを思い出す。

それにトイレ内はかなり狭く個室の他には手洗い場と個室よりも細い扉(恐らく掃除用具入れだと思われる)しか無かったはずだ。

その為もし他に人が居たのであれば、いくら自分が慌ててたとはいえすぐに気づくはずである。

(ま、まさか幽霊、とか…?)

いやいや流石にないだろう、と首を横に振り自身の考えを否定した。

それに、この歳にもなって幽霊が怖くてトイレで震えてるなんて同期の田中にでも知られたら次の合コンで話のネタにされること間違いなしだ。

山川は脳内に憎たらしく笑う田中の顔を召喚し、どうにか心を落ち着かせる。

(大丈夫大丈夫今のは幻聴だ。紙を求めすぎたあまり聞こえてしまった俺の想像なんだ。)


「ふぅ……。」


山川は一息吐くとトイレの天井を見上げた。

(…家に帰ったらお風呂入ろう)

こんなところに長時間居るよりパンツ1枚無駄にした方がまだマシである。

山川はパンツを一枚無駄にする覚悟を決めた。


「あのー! ボクの声聞こえてます?」

「うわっ?!」


そんな山川の耳に再びあの声が飛び込んでくる。

山川は驚きのあまり、身体をビクリと大きく揺らした。


「わっ!もうそんなに驚かないで下さいよ!こっちがびっくりするじゃないですか」


(な、なんで俺怒られてんの…。)

理不尽に怒られたことに対してげんなりすると同時にあることにあることに気づく。

(声後ろから聞こえてる……?)

慌てて後ろを見るとタンクの上には古めかしい小瓶が置かれていた。

(こんな物さっきまであったか…?)

不審に思う山川の目の前で黒いアンティーク調の小瓶はカタカタと揺れた。


「ねね! 紙が無くて困ってるんでしょ? この瓶の蓋を開けてくれたらボクが助けてあげますよ!」


カタカタと揺れながら話しかけてくる小瓶は異様だ。

しかし可愛らしい声に瓶のフォルムが合わさったことによって先程まで感じていた恐怖心が徐々に薄れていくのを感じる。


「…紙をくれるのかい?」


そう思わず瓶に問いかけると、瓶は嬉しそうにピョコンと跳ねる。


「勿論です!しかも今なら特別サービスしてポケットティッシュまでプレゼントしますよ!」


どうです?と尋ねてくる小瓶はまるで山川の心を読んだかのような提案をしてきた。

(あ、明らかに怪しい…!)

早く早く、と急かしてくる目の前の小瓶は怪しさ満点であり何か裏があることは確実に思える。

しかしトイレットペーパーが無ければ困るのも事実である。

それに山川の脳内では、パンツを汚さずに済むのならばそれでいいのではないかと先程の決意を揺らがせるような考えが既に浮かんでいた。

(まぁ悪い奴ではない、のか…?)

山川は悩んだ末に提案を飲むことに決め、恐る恐る喋る小瓶に手を伸ばす。


「……わかっ 」


山川が小瓶に了承を伝えようとしたその時。プレハブが壊れるのではないかというほどの衝撃が小屋全体を揺らした。

それと同時に外からの冷たい外気がトイレ内に流れ込んでくる。


「……は?」

「……げっ。」


山川の声と小瓶の声が重なる。

何が何だか分からず混乱する山川の目の前で個室の扉がギィと開いた。

開いた扉の先に立っていたのは自分と同い年程のスーツを着た男である。

先程の大きな音の原因であろう男は、眉間に深い皺を寄せると持っていた鞄からトイレットペーパーを取り出した。


「紙ならここにありますよ。」

「…………は? 」


男はそう言うと山川の手にトイレットペーパーをポンと乗せる。

山川は暫く黙り込み、目線を手に乗せられたトイレットペーパーと男の顔の間で何度も往復した後。


「……あ、ありがとうございます。」


と素直に受け取った。


「それでは私は個室の外におりますので。」

「は…はぁ。」


もう何が何だか分からないが、取り敢えず尻を拭けることに越したことはない。

男に個室から出て貰い、尻を拭こうとした時後ろにいる小瓶のことを思い出した。


「あ、あの。」

「……。」

「すみませんが。」

「…………(しーー! バレちゃうでしょ!)。」

「…! (頭の中に声が…! じゃなくて俺お尻拭くから出ていって欲しくて)」

「それは確かに…。何なら普通にボクも見たくないし」

「…あのさ話しかけたこっちが悪いんだろうけど君声出てるよ。」

「……ぁ。」


(阿呆なんだな、この瓶。)

小瓶は一瞬ビクリと揺れるとそのまま音を立てずにスーーっと浮かび上がる。

尻を拭きながら目で追っていると、浮かぶ小瓶は破壊された扉の上までたどり着いたところで伸びてきたスーツの腕に捕まった。


「うわっ! い、いやぁ、その、ボクただのお喋りな瓶で、全然怪しい物じゃなくって。」

「……。」

「うぅ…。逃げようなんてもう全然思ってなくてぇ。」

「…………。」

「……ほんと、その何か喋って欲しいっていうか。あまり強く握らないで欲しいっていうか…。」


(なんか可哀想になるな。)

個室の外では無言な男に対し小瓶が必死に弁明しているようだが、聞いていて可哀想になるほど意味を成していないようであった。

尻を拭き流し終えて個室から出ると未だに無言で掴まれている小瓶がぴえぴえと泣き声をあげている。


「山川さぁん、助けて下さいよぉ…。」


(何故俺の名前を知っているんだよ…。)

驚きすぎて疲れたせいか冷静になってきた山川にスーツの男が話しかけてきた。


「お腹の調子はいかがですか?」

「えっ!この人喋れるの?!」

小瓶が驚きビクリと跳ねようとしたが、男の握力に適わなかったのか少し振動しただけであった。

男は未だに山川のほうを見つめている。


「は、はい。あっ、紙ありがとうございました…。」

「いえ構いませんよ。」

「あの、この状況は一体…? それにこの瓶は何なんですか?」


山川が尋ねるのが分かっていたのか、男は先程と同じ拍子で答える。


「こいつはただの悪魔です。そして私は特殊政府機管対罪霊監視局に所属する監視官の村雨と申します。」

「あ、あくま…?た、たいざいれいって…?」

「まぁ簡単に言うならば幽霊を対象とした政府所属の祓い屋です。」


「……へ? 」

「ちょっとアンタ! 悪魔祓いじゃないのかよ!」


小瓶も何やら驚いたようで男の手の中でキャンキャンと吠えている。

それを気にすることなく、驚いている山川にスーツの男は名刺を取り出した。

ハッとして山川も名刺を取り出し交換する。

名刺には『村雨忠之(ムラサメ タダユキ)』と記されていた。


「驚くのも無理はありません。私達は政府所属とは言いましたが表向きには公表されてはおりませんので。」

「はぁ…。」

「ねぇボクの話聞こえてる……?」

「今回私がここに来たのはとある調査依頼があったからです。」

「それは一体どんな……?」


山川は思わず唾をゴクリと飲み込む。

表向きには公表されていない政府の組織に依頼された調査…とてつもなく気になるワードではないか。

男はチラリと瓶を見る。


「このスーパーのトイレには夕方になると子供のお化けがでる…と。」

「……はぁ。」


なんだそれは…と言いたくなるのを口を塞いで堪える。

まるで小学生の頃に聞いたくだらない七不思議のようだ。


「依頼を受けたからには確認にくるのが我々の仕事ですから。」

「……大変なんですね。」

「仕事ですので。」


思わず労いの言葉をかけるが、男は淡々とそう答えた。


「それに、我々の元まで話がくる場合は本当にに『居る』ケースが多いのです。現にココに居ますからね。」

「だぁからっ! ボクは悪魔なの! アンタが探してるお化けとは別なんじゃないの?!」

「た、確かに…!」


先程この小瓶のことを悪魔だと言っていたのは村雨さんであったことを思い出す。


「高貴なボクをお化けなんかと間違えちゃってさ! もう!」


プンスカと怒りながら抗議する小瓶、もとい悪魔に目もくれず村雨さんは何やら書類を取り出す。


「……? なにそれ。」

「3か月程前、こちらのスーパーでトイレを利用した男からこのスーパーに苦情が入りました。何やら個室に入った途端に急激な腹痛に苛まれ、収まったと思ったら誰も居ないはずのトイレで子供の様な声に話しかけられた、とのことです。」

「…………。」

「当初店主はイタズラだと思い気に止めていなかったそうですが、その男がネットに体験談を書き込んだところ他にも同じ目にあった方が新たに7名ほど書き込んだらしく、オカルト板で少し話題になっていたらしいですよ。」

「……被害にあった方意外と多かったんですね。」

「犯人は貴方でしょう? トイレの悪魔さん?」


2人分の視線が小瓶に注がれる。


「え、えへへっ。」


可愛らしい声が響くトイレ内は非常に重苦しい空気が漂ったのであった。





感想、誤字報告等あればよろしくお願いします!

週1ペースで投稿します。

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