第七話 名前
ともかく一カ月はナキウサギ暮らしで、その後エルフ、普通に耳が尖って長いエルフか、耳の長くないエルフ、それとも何かになるかを選べるようになるってことだ。
それとオレのレベルが上限に到達しちまっているから、エルフと言っても灰エルフとかになる可能性があるらしい。
「灰エルフ?」
その言葉に即座に灰色のトラックが思い浮かんだ。
おいおい、お次は車かよ。とうとう生き物ですらなくなっちまうのかよ。と思ったが、そうじゃねえ。
あれだ、リクエストしたエルフはトラックの方じゃねえ、ファンタジー世界のエルフだ。
確か封建時代のジェントリ階級らしきホビットとその使用人、ニコチン中毒の仲間とかが、呪われた指輪を捨てに魔境を旅するみたいな話に出てくる方だ。
映画にもなってたようだが見たことがねえ。
しかしなんだよ灰色なのかよ? 髪の色ならロマンスグレーとか言うんだろうが、まさか皮膚の色じゃねえだろうな?
それならせめて黒か白か、どっちかにして貰いてえもんだぜ。とオレは思う。
女神の奴からは人間への復元だと、異世界最重要指名手配犯の元の顔に戻ってしまうということでお薦めはされなかった。
あとは獣人とかドワーフとかを選べるらしいが、脳や臓器、神経細胞なんかの記憶容量の問題から小供の身体に着替えると後々問題が起きちまうらしい。
え? 記憶って脳じゃねえのか? そう思っていると、オレの疑問を察したらしい女神の奴からの説明があった。
心臓とか腎臓なんかにも記憶能力があるんだそうだ。
眉唾な話だが、ホルマリン漬けの夏目漱石の脳みそを見せて貰った時に、脳の重量と体重は知力と冪乗で相関関係にあるって話を聞いたから、脳とかがあんまり小せえと色々無理があるんだろう。
いや、今のオレはナキウサギだ。身体も小せえから当然脳も小さい。多分同じような大きさのクマネズミなんかと同じ二グラムくらいなはずだ。
女神のヤツはそんなオレの思考をまたも読んで、
「だからバカなんじゃない。」とか言う。
なんだか納得は出来ねえが、確かネズミは単純に脳の重量を体重で割った値だと人間様よりも高いってのもあったはずだから、そういうことにしておこうとオレは思った。
その後女神の奴から、黒ナキウサギとなったバカドラゴンに、
「元の姿、元のレベルに戻りたいんなら一カ月、このバカの面倒をみなさい。」との命令があり、バカドラゴンは不承不承といった感じで、オレを見てイヤそうに頷いていた。
そんなわけで、魔の森での元ドラゴンの黒ナキウサギとの共同生活が始まった。
とはいってもナキウサギだ。何をするってわけでもねえ。
日が昇ると起き出して森を探索し、草やベリー、苔なんかを食べて日陰で昼寝だ。
そうして起きたらまた食事をして、眠くなったらまた寝るだけだ。
時折、黒いのが視界に入り、ちょっとムカつくことがあるくらいで、以前のような平和な日々だ。これぞスローライフってやつだろう。
そんなある日、黒いのがちょこちょこと歩いて近づいて来て、オレの前にちょこんと立つ。
そしてオレの頭の中に直接話し掛けてきた。
その言葉は「おいバカ」だった。
いきなりバカはねえだろう、三枚におろすぞこの野郎、と思うと、「待てバカ、何を怒っておる。お前はバカなんじゃろう?」と頭の中に声が響く。
バカにバカと言われて頭に来たオレは、毛が逆立った。
スキルを使わないまでも、ぶん殴ってやろうと身構えると、「ん? お前はバカではないのか?」と頭の中の声が言った。
違えよ。誰がバカだよ。バカはお前だろ? と思うと、「イヤ、我の名前はバカではないぞ。」とその声が続けた。
あ、名前ね、女神の奴がオレのことをバカと言ったから、バカドラゴンの野郎はオレの名前がバカだと思ったわけだ。
名前、名前ね……
これでもオレにはご立派な名前があるにはあるんだが、そもそも世界が違うんだ。
名前や誕生日が大切なものだと小供の頃から擦り込まれてきたが、それはオレ個人のためというよりは社会のためのものだ。
「我思う、故に我在り」であって、「ルネ※思う、故にルネ在り」じゃあねえからな。
もういいや、こっちじゃバカにしよう。とオレは思った。
「すまん、おれはバカだ。ちょっと混乱していた。いろいろすまんな。」
そう頭の中で念じると、どうやら通じたようだ。
「なんじゃ、やっぱりバカではないか。」との返事に、やっぱりやめときゃ良かったかと思ったが、まあいいや。はいバカだよーと思った瞬間、聞き覚えのない声が頭の中に響いた。
女神「・・・・・・」より与えられた名がエンシェントドラゴン「・・・・・」によって追認され、本人確認も取れました。バカはナキウサギ型のネームドモンスター化します。との声だ。
そしてオレは気を失った。
エルフはいすゞ自動車の主力販売商品である小型、中型トラックの愛称です。
ルネはデカルトの名前です。