第一話 転移
本作の序盤は、R15の名に恥じぬ出血量で始まります。不可抗力とは言え主人公は大量殺人犯になってしまいますので、苦手な方はご注意下さい。一話は流血なしですが、二話三話を飛ばして第四話からと言うのもアリだと思います。
「」の台詞が「。」で終わったり、終わらなかったりするのは誤字ではなく、そういう仕様です。
自称とはいえ博愛主義者だったもんで、異世界への転移の際に女神の奴から貰ったスキル「半殺し」は、相手を無力化して継戦能力をなくすだけのもの。
「俺最強」じゃあないけれど、こっちの世界でトラブルに巻き込まれても、このスキルを使えば逃げられるってなもんだと思っていた。
女神の奴もイチオシなレアスキルだと言っていたので、これに決めたわけだ。
スキルの使用も至って簡単って話だった。
魔物などの対象を見て特定し心の中で「半殺し」と唱えるだけ。
魔力が要らないし呪文の詠唱も必要がない。発動までのタイムラグもない。
「成長するスキルってのもポイントね。何度か使って発動に慣れれば相手が複数でも使えるようになるはずよ。あと『ようこそ異世界!乗り換えキャンペーン』中だから、一カ月間はスキルがブーストされているわ。『ジャイアント・キリング』は相手が強い程効果があるはずだから、ばんばん活用してね。」
女神の奴にはそう言われていたのだ。
そんなわけで、貰った地図を片手に教えられた通り太陽を右手に見つつ小道を歩き、まずは近くの街へと向かった。
辺り一帯は金色に輝く小麦畑で、アメリカ中西部のタンブルウィードが転がるだけの荒涼とした原野じゃねえし、頬に当たる風も爽やかな涼風だ。
鳥の啼く声なんかもして、空は高く空気は澄んでいる。
腕時計をチラリと見ると、現在九時三十二分だ。
一日が何時間なのか聞くのを忘れていたんで、この相棒が使えるもんなのかは分からねえが、今の時間としては合っているような気がする。
遠目に赤い花が群生しているのも見える。まるでモネの風景画のような情景だ。
こっちの世界には魔物が居るって話だったが、辺りには怪しい気配は微塵もねえ。
残念ながらスマホも財布もねえ着の身着のままな転移だが、なかなか住み心地の良さそうな世界に思える。
そんな場所をピクニック気分で歩いて行くと、二車線くらいの幅のある街道にぶつかる。
それを左に折れて更に歩いて行くと、遠目に見えてきたのは城郭都市ってやつらしい。
高い塔なんかはねえが、灰白色の石作りの城壁に街ごと囲まれているらしく、相当なデカさで横に広がっている。
城壁はおそらく魔物対策なんだろう。高さは四、五メートルくらいでそれ程高くはねえ。
まさか中世ヨーロッパのような「毎日戦争、時々平和で戦争準備」な時代じゃねえと思う。
その傍証になるのかは分からねえが城壁の上に人影なんかはねえし、象やキリンでも楽々通れそうな高さの城門は来訪者を歓迎でもするように左右に大きく開かれている。
門の脇にはつば付きで半帽型の鉄兜に革のエプロンみてえな鎧を着て、短槍を持った衛兵らしいのが二人、居るには居るが、締まりのねえ顔をして壁に凭れている。
少なくともこの街は平和なんだろう。
出入りする荷馬車や旅人らしいのはそんな衛兵たちに挨拶をするでもなく素通りしていて、特にチェックなんかはされていねえようだし、通行に際してカネを取られるわけでもねえみたいだ。
周囲の奴らと比べると、ちょっとばかりオレの格好がフォーマル過ぎる気もするが、半裸や全裸ってわけじゃねえからな。
なんで格好は気にしないことにして、何食わぬ態度で歩いて城門を潜り抜け、街へと入った。
街へと入るとまずは広場があった。
広場ではバザール、常設市が開かれているらしく、天幕の下には農産物や日用雑貨、小間物なんかを売る出店がズラリと並んでいる。
色取り取りの野菜やら果物なんかを売る店が多くて、結構な賑わいだ。
服装としてはゆったりとした長袖のシャツに男は太めの黒ズボン、女は踝まで隠れるロングスカートってのが定番らしい。
シンプルな装いで、シャツは白と言うよりはベージュに近い生成りの白だが、スカートやスカーフなんかは赤や青に染められていて色鮮やかだ。
よく見るとボロを着た連中以外は全員が帽子やそれに類するもの被っているようだ。
街の住人らしき男連中はベレー帽のようなつばのないタイプ、農民らしき連中はつばが広く大きな麦わら帽子、女のほうはどっちもスカーフだ。
コーカソイドっぽい顔立ちの奴らが多いみてえだが、売る側、買う側、どちらの表情も明るいし、食材が充実してるってのは良い兆候だと思う。
しかし残念なことにカネがねえからな。
瑞々《みずみず》しく美味そうな異世界フルーツは日銭を稼ぐまではお預けだ。
広場を抜けるとメインストリートがあって、通りを挟んで三階建ての煉瓦造りの建物が並んでいた。
そんな建物のひとつが冒険者ギルドらしい。
通りがかった住人に聞いたところ、少し怪訝な顔をされつつ指差された建物には、二頭の黒犬に挟まれるように剣の描かれた紋章っぽいタペストリーがぶら下がっている。
見ていると革鎧を着たそれっぽいのが出入りしているから間違いねえと思う。
オレはこっちの世界で冒険者として自由気ままに、四十年代のアメリカの波止場人足とか季節労働者のように暮らしていく予定だ。
ウエスタンなスイングドアを押し開けてギルトへと入ると、銭湯の暖簾を潜ったらカラフルなバックプリントの団体さんが居た感じとでも言えば良いのか、ギルドには冒険者というよりは愚連隊みてえな目付きの悪い野郎供が四、五十人居た。
冒険者と言えば革鎧かと思っていたんだが、革鎧を着ているのは突っ立っている若手の十人くらいで、残りのベテラン勢らしき連中は襟無しで長袖のネルシャツのようなもんを着ていて、耳付きニット帽の革バージョンみてえな帽子を被っている。
酒場も併設されているらしく、昼前だってのにテーブルを囲んで飲んでいるのが大半だ。
連中の何人かはオレのほうをチラチラと窺うように見たりしているが、ナヨッとした野郎は見当たらねえ。
染色体的にはFimailっぽいのも居ないわけじゃあねえが、髭でも生えていたほうが自然に思える中々の面魂をしている。
場違い感が半端ねえが、とにかく当座のカネを稼ぐ必要があるからな。
奥にカウンターがあって、ギルドの職員らしきねーちゃんがそんな一人と話をしているんでその後ろに並んだ。
「なんだアイツ?」みたいな声もあったが気にしねえ。
横入りされたわけじゃあねえから、いちいち目くじらを立てるようなもんでもねえだろう。
何しろこちとら博愛主義者だからな。平常心スキルが仕事をするんだぜ。
そうして暫く待っているとオレの順番になった。
そこで受付のねーちゃんに新規登録をしたいと申し出ると、まずは指先を針でチクりと刺されてプレパラートのようなガラス板に血液を採取された。
それを箱形の装置にセットすると「ええと、未登録人族、犯罪歴無しでレベルは1ですね。」などと、呑んでいる連中に聞こえるような大声を張り上げる。
その声に背後から笑いが起きた。
「おいおい、レベル1って赤ちゃんかよ」
「ぷっ、ゴブリン以下じゃねえか」
なんてえ声が聞こえてくる。
どうやらレベルがある世界のようだ。普通はどれくらいあれば良いものなのかは分からねえが、さすがにレベル1ってのは低いんだろう。
まあこっちの世界初日だしな。笑っているコイツらだって初めはレベル1だったんだろうから気にしても無駄だ。
しかし次に「名前と保証人の名前、もしくは保証金として金貨五枚、あとは宿泊している宿をこの紙に記入して下さい。」と言われちまったわけだ。
残念ながら保証人どころか、こっちの世界に知り合いの一人だって居ねえ。
異世界人、本物のアウトサイダーだからな。
「天上天下唯一人」ってやつになるんだろう。
いや、天上には居るか……
敢えて名前を挙げるとしたら女神の奴くらいなもんだ。
しかし奴の名前は聞き取れなかったし、単なる知り合いの名前を出しても仕方がねえだろう。
もちろんカネもねえし宿もねえからそう言うと、「無宿人は見習いでの登録も出来ないし、存在が違法です。通報します。」って話になっちまった。
聞いた話とは全然違う、江戸時代みてえじゃねえか。
石川島あたり送られて人足寄場で強制的に働かされるのかよ? とオレは思う。
そのまま切り取れば絵画になるような風景とは裏腹に、実際はなかなかハードな世界らしい。
女神の奴に連絡して文句の一つでも言ってやろうと、オレが逃げるようにギルドを出て行こうとしたところで一人の餓鬼に絡まれた。
「おっさん、衛兵ンとこに行くんだろ? 俺が案内してやるよ。」
そう言ってオレの右腕を掴んできたのは可愛げのねえ顔の餓鬼だ。
おそらく、無宿人を突き出すとカネが貰えるって話なんだろう。
がっちりと掴んだ手を離そうともせずに小生意気な目付きでオレを見ているが、線が細いしちびっこい、おまけに裸足で他の連中と違って薄手のシャツを着ているだけだ。
誰かの舎弟か、ギルドの使いっ走りのような立ち位置なんだろう。
歳はせいぜい十代の前半ってとこだ。
それにしては力が強え。オレの右腕を掴む力は普通の男並だ。
転移初日でいきなり自由じゃなくなるってのは勘弁して貰いてえもんだ。
そう思って、「坊主、悪いがほっといてくれよ」と餓鬼に言うが、餓鬼からは薄ら笑いが返ってきただけだ。
ふと気が付けば酒場の喧噪が消えちまっている。
オレと餓鬼の一幕に注目が集まっているらしい。
それを感じ取ったのか、売り出し中の餓鬼の顔が邪悪に歪んだ。
コーカソイド(Caucasoid)は、(優生学的な)身体的特徴に基づく歴史的人種分類概念の一つで、現代でも便宜的に用いられることはあるようですが、科学的に有効な概念とは見なされていないようです。
波止場人足(はとばにんそく、米語:roustabout)は沖仲士とも言われていました。船から陸への荷揚げ、荷下ろしをする荷役労働者のことで、クレーンなどで機械化されていない頃は腕っ節自慢の仕事であったこともあり、現代では差別用語扱いとなって「港湾労働者」と置き換えられたようです。
耳付きニット帽の革バージョンみたいな帽子は、コイフと呼ばれる耳までぴったり包む頭巾のような帽子です。