9クリストフ撃沈される
クリストフは夕食の前には騎士団に戻っていた。
キャサリンがソルのお見舞いに行くと言うのでそれに同行させてもらうことにした。
キャサリンがソルの部屋の扉をノックする。
「どなた?」
怯えたような声にクリストフの胸は痛む。
「ソル?キャサリンです。王女様からご様子を伺ってくるようにと言われました。ここを開けてもらえますか?」
キャサリンハさすがに侍女長だけあるとクリストフは思った。
(優しい声、寄り添うような温かい言葉。これならソルも…)
「ご心配ありがとうございます。私は大丈夫です。どうか王女様にご心配ないようにとお伝えください。お見舞いありがとうございます」
扉越しに聞こえたソルの声はわりと元気そうに聞こえた。
クリストフは息を詰めていたことに気づいてふぅと息を吐きだした。
「ソル。何も心配いりません。殿下の事は王女様も対処すると言われておりましたからあなたは何も心配せず休んで下さい。元気になったらまたメイドとして王女様の所で働いて下さいね。ここに新しいメイド服とお見舞いの品を置いて帰ります。では、ゆっくり休んでください」
キャサリンは服とお見舞いのお菓子や果物を扉の前に置いた。
そして帰ろうとするのでクリストフは焦ってソルに声をかけた。
ここに残っているのがためらわれたからだ。
「ソル。俺だ。クリストフだ。お前を送って行けばよかった。すまん。許してくれ…ソルは何も気にしなくていい。だからあんな事気にするな。いいか。ゆっくり休んで何かあったら…何でも俺に言ってくれ…頼むソル」
何でもないように言おうとしたのに思わず声が詰まる。
ソルははっと驚いた声を上げたが、その後は何もなかったかのように淡々としゃべった。
「クリストフもいたの?ううん、心配しないであなたのせいじゃないもの。心配しないで私は平気だから‥クリストフありがとう。じゃあ私休むから」
そう言ってソルは元気な声を聴かせてくれたがそれが何だか無理をしているようにも思えてクリストフの胸はまた痛んだ。
「ああ、ゆっくり休んで」
そう言うのがやっとだった。
翌日ソルは仕事を休んだ。当然だろう。
クリストフはあれから毎日夕食前にソルの部屋に声を掛けに行った。
もちろん扉は閉まったままで外から声を開けるだけだった。中に入ろうなんて考えは最初からない。
その際、ちょっとした菓子やハンカチ、花などを差し入れた。
クリストフには女性がどんな事を知たら喜ぶかなど分からなかったので、日ごろ王女が喜んでいるものをソルにも持って行った。
ソルは翌日お礼を言ってくれたのでクリストフは内心ガッツポーズしたのだった。
アンナ王女は皇王にブロスの一件を報告した。他にもあちこちから苦情が来ていたらしく婚約者マリエッタの父であるトラバット公爵がやって来て婚約はなかったことになった。
ブロス殿下は今後どうするかが決まるまで謹慎処分になった。
そこまでは良かった。
それから数日が過ぎてブロス殿下の事が公になってせいでソルがブロスに弄ばれていたとみんなにばれた。
その噂は騎士団の男達の耳にも入ることになった。
運悪くソルは王女様のメイドをやめて元の騎士団の調理場補助に戻ったばかりだった。
数日後。
ソルは今までと同じ調理場と配膳係をする。
当然騎士たちの注目の的で…
ソルが仕事を始めた日クリストフはそれをボリスから聞いてすぐに調理場に駆けつけた。
朝いちばんソルを見て声をかけた。もちろん周りには他の人がいるしソルは下を向いていて顔も見えないのだが…
「ソル?おはよう。あの…ほんとにもう大丈夫か?もし…」
ソルはちらりとクリストフを見た。
クリストフは少しやつれたソルを見て顔を歪めてしまった。
「クリストフおはよう。そんな傷ついた小鳥みたいを見るような目で見ないで。私はもう平気だから、王女様には悪いけど王宮の中に入るのはもう無理みたい。だからここで仕事をすることにしたの。だからもう放っておいて…わたしなんか相手にしたらあなたにも迷惑が掛かるし…」
ソルは野菜を切りながらクリストフとは視線を合わせようとはしない。
「ソル。迷惑だなんて!俺はそんな事!!」
「いいから、もう放っておいて。私は迷惑なの。そこ、邪魔だから…」
クリストフはそう言われてひどく落ち込んだ。
ソルの役に立ちたい。ソルの力になりたい。ソルの為に…ずっとそう思っていた。
なのにそんな事は余計な事だったと言わんばかりで、恋愛経験もないクリストフには言われた言葉がソルの気持ちとしか受け取れない。
「ごめん。俺はソルが元気になればと思ったから…もう、声はかけない。だから元気を出して…」
「もう、それが余計なことだって言ってるのよ。私を壊れたガラスみたいに扱うのはやめて!もっと普段通りでいいの。だから…ああ!」
ソルがすごい目でクリアウト不を見た。
その瞬間クリストフの心にぐさりと氷の短剣が突き刺さった。
(二度目の失恋確定だと…)
その日を境にクリストフはソルに声を掛けるのをやめた。
食堂で出会っても挨拶もしなくなった。