6つべこべ言わないで!
ソルはクリストフとふたりで王女の部屋に出向いた。
王女の部屋には専属の侍女が控えていた。
「失礼します」ソルはきちんとお辞儀をして部屋に入った。続いてクリストフも入室似た。
「あなたがソル?私はアンナよ」
「はい、ソルと言います。よろしくお願いいたします」
「あら、挨拶もきちんと出来るじゃない。合格ね。キャサリン」
王女は侍女長の方に顔を向ける。
「ですがアンナ様、挨拶だけではとても…」
「そう?あのねソル。今日はあなたにお願いがあって来てもらったのよ。急にメイドが足りなくなって困ってるの。聞けばあなたは子爵のご令嬢だったとか、今から私のメイドとして務まるかここにいる侍女長がテストするから言われたことをやってみて頂戴」
「いえ、私。王女様のメイドなんてとても務まるとは思えません。どうかご勘弁下さい」
「あら、でもさっきのお辞儀の仕方すごく良かったわ。あれだけでもあなたがきちんとした家のご令嬢だったってわかるわ。いいから、私の命令よ。キャサリン」
例え15歳と言え王女としての風格がある。
有無を言わさない態度にソルは覚悟を決める。
そして侍女長から入るところから始めてお茶を煎れるように言われる。
ソルは一度廊下に出てワゴンを押して部屋に入るところからやるように言われてその通りにワゴンを押して部屋に入る。
扉のノックの仕方。声のかけ方。部屋への入り方。お辞儀をもう一度きちんとすると王女に声をかける。
「王女様、お茶はどのようなものを?」
「アンナでいいわ。そうね…今日のお茶は何があるの?」
そんな質問にもソルはそつなく答える。
部屋に片隅に待機しているクリストフはその様子をまさに固唾をのんで見守る。
自分がお茶を煎れるわけでもないくせに手の平には汗がたまり喉がカラカラに渇いて来る。
ソルはワゴンのお茶の種類をすぐに見て取ると王女に伝える。
「そう‥じゃあ、モルウェー産のお茶を頂こうかしら…」
「はい、わかりました」
「そう言えば、あなたもあの当りの出身よね?」
「はい、モルウェーはアセトンの避暑地として有名でした。茶葉も香りのよいふくよかなものが獲れるからと母が好んで良く飲んでいました。アンナ様もお好きですか?」
「ええ、モルウェー産のお茶は良くいただくわ。良かったらソル。あなたも飲みなさい」
「とんでもありません。私のようなものが…」
ソルの手は震えていた。母との楽しい思い出が脳裏によみがえる、とても楽しかったあの頃が…
ティポットに茶葉を入れお湯をゆっくり注ぐ。
それを待つ間に手を休めることなく茶菓子のクッキーなどが入った皿をテーブルに置いていく。
動きを止めると感傷的になってしまいそうで恐かった。
それでもティポットを持つ手が震えた。ソルはもう片方の手も添えてカップにお茶を注ぐ。
そしてソーサーにカップを乗せてゆっくりと王女の座る目の前のテーブルにそれを置いた。
ゆっくり手を引いて一歩後ろに下がる。
「どうぞ、お召し上がりください」
「ありがとう。とても綺麗な所作だわ」
王女は満足そうにカップを口に運ぶ。
「う~ん。いつ飲んでもほんとにほっとする味わいよ。ソル。いいから少し茶葉を持って帰りなさい。さあ。キャサリン」
キャサリンはさっとエプロンから紙を取り出すと茶葉を少しその紙に移してソルに手渡してくれた。
「アンナ様ありがとうございます」
「どういたしまして…それでキャサリンどう?ソルは…」
「はい、礼儀作法も言葉使いも問題ないようです」
「そう、では明日から私のメイドとして働いてもらうから、いいわねソル」
「ですが…騎士団に就職したばかりで私…その、住むところもないですし…」
クリストフが差し出がましいがと口をはさむ。
「王女様、もしよければ住むところは私が騎士団にこのまま住まわせてもらうようにしてもらっても…」
「だそうよ。ソル。これで問題ないかしら?」
「でも仕事が…」
「それも私が話をします。一応夫婦ものが入りましたので人では足りているはずですので」
ソルはクリストフをじろりと見る。
「これで決まりね。ソルもう心配ないわ。あなた真面目なのね…フフフ。じゃあクリストフ。ソルを送ってあげて。ソル明日からよろしくね」
王女はにこやかにほほ笑んでいる。
ソルの耳には、王女がいいからつべこべ言わないでとし言っているとしか思えない。
一瞬言葉が出なかった。
「はい、承知しました。では、失礼します。ソル行くぞ」
クリストフは嬉しそうな笑みを浮かべてソルを見た。
「はい、よろしくお願いします。失礼します」ソルはやっと挨拶をした。
廊下にふたりで出るとまた騎士団に戻り始める。
「クリストフったら、もう。どうしてあんなこと言ったのよ?」
ソルは口を尖らせた。
「あんな事って?俺何かいけないことを言ったか?」
「だって…王女様のメイドなんて出来るわけないのに…」
「そんな事ないさ。だってきちんと出来てたじゃないか。俺なんかさすが子爵家のご令嬢だって思ったぞ。子供の頃からの習慣って言うのはいくつになっても…それにソルだって下働きよりメイドの方がずっといいんじゃないのか?」
「もう、クリストフったら…どうするのよ明日から…」
「俺が一緒に連れて行く。何があっても俺がそばにいる。何かあったら俺に言えばいい。俺は王女の護衛騎士なんだからな。心配するな」
「もう…クリストフ。わかってるの?あなたは王女の護衛騎士なのよ」
「ああ、わかってるって」
クリストフは思う。
(これで毎日ソルと一緒にいられる。なんて幸せなんだ。王女様余計なことをしてと思ったけど取り消します。王女様ありがとうございます)
この時クリストフは心から王女に感謝した。
ソルはもやもやした気持ちのまま結局引き受けるしか手がないとその日の夕食前にクリストフと一緒にボリスに話をしに行った。
ボリスは王女様の命令じゃ仕方がないと言ってくれた。住むところも快くこのままいたらいいと言ってくれた。
ソルは少し安心してその夜はもらった茶葉でお茶を煎れて久しぶりに故郷の味を楽しんだ。
そして両親との楽しかった思い出に涙したが翌朝はすっきりした気分で目が覚めた。