11もぉ、死んじゃったかと!最終話
「失礼します。お茶より果実水がいいかと思ったけど…」
そう言いながら入って来たのはソルだった。
「ソル?どうして?」
「どうしてって?心配だからよ。決まってるでしょ。もう、ほんとに気を失ってるのを見た時は死んだのかと…」
ソルは少し涙目で言葉を詰まらせた。
クリストフにはソルが泣く理由も心配する理由もわからない。
「どうしてソルが泣くんだ?」
いつの間にかティムはいなくなっていて…
「だって、クリストフ死んじゃったのかと思ったら、もう我慢できなくなって…」
「えっ?何を?」
「私…あなたにひどい事を言ったわ。放っておいてってなんて。もぉ、あなたったらそれを真に受けるんだもの…そんなつもりはなかったのに。だた、あの時はいらいらしてて…八つ当たりしたの。それなのにあれから一切私の事知らん顔するんだもの。いつ仲直りしようかってずっと悩んでたのに…死んじゃったって思ったら…うっ、うっぐぅぅぅ…」
ソルは本格的に涙が止まらなくなってしまう。
「だって、ソルが嫌だって言うから…俺が本気でそんな事思うと?」
「私だっていろいろあったのよ。あんな男とかかわって男は信じれなくなるし、みんなから白い目で見られるし、でもあなたはいつも優しくて…私思い出したの。子供の頃一緒に過ごしたわね…あの頃は楽しかったわ」
クリストフは横向きで寝ているのでソルの顔や仕草が良く見えたが何が言いたいのかはちっともわからない。
ソルはなぜか少し赤い顔をしていてグラスをそっと持つとクリストフに近づいた。
「クリストフ起き上がれる?」
「ああ」
簡単な事だと返事を返すが…以外にも背中が痛すぎて身体は言うことをきいてくれない。
「あっ、ちょっと待ってくれ。今すぐに…」
クリストフが思っているより身体はかなりひどいらしく痛くて起き上がれない。
「ちょっと待ってて…はい、これで」
ソルは跪いて細長い茎をグラスに差し込みその先を俺の口に近づけた。
茎はソルの指で握られていて茎を口に含むとソルの手が頬に触れた。
俺の体温は一気に上がる。
好きなソルがこんな近くにいるなんて…心臓なんかもう破裂しそうなくらい怒涛の勢いでバウンドするし頬だけじゃなく耳まで熱い。
「もぉ、早く飲んで。ほら、喉乾いたでしょう」
クリストフは一気に果実水を吸い込む。
「どう?このオレンジ私が絞ったんだけど…」
「ゴホッゴホッ」
俺の為にソルが自らオレンジを…もっとゆっくりの飲めばよかった。
ソルの手が俺の背中を行ったり来たりして怪我をしている所には触れないように気遣っているのが分かる。
優しいソル。可愛いソル。俺の…じゃなかった。
ソルが突然声を上げた。
「あの熊のぬいぐるみって…」
クリストフの部屋に飾りらしいものはほとんどない。
唯一あるのは子供の頃ソルから貰った熊のぬいぐるみ。赤茶色の毛をした熊で瞳の色もクリストフと同じ薄い茶色のぬいぐるみ。
クリストフの脳裏にあの時ソルが言った言葉が昨日の事のように蘇る。
”ソルがお母さんと一緒に作ったのよ。目はクリストフと同じ色にしたの?どう可愛いでしょう?クリストフが大好きだからお揃いにしたのよ。”
そう言ってくれたぬいぐるみ。それはクリストフの宝物になった。
そして今でも大切な宝物だ。
「ソルがくれたぬいぐるみだ」
「まだ大切に?どうして…」
「どうしてってソルが好きだから…あの日ソルが言っただろう。俺が好きだって」
何故かそんな言葉が素直に出て来た。いつもはどんなに頑張っても言えなかった好きって言う言葉。
クリストフはソルを見つめる。
ソルもクリストフを見つめ返した。
思いつめたような顔をして見つめられると自分が言った事が間違いだったと胸がぞわりと疼いた。
そしたらソルが一回息を吸い込んでゆっくり話を始めた。
「私も…私もあなたがずっと好きだった。思い出したの。あのモルウェーで最後に会った翌年にあなたに告白しようって決めてたの。でも、両親が死んで何もかもが変わってしまって…私すっかりそんな事…あなたに出会った時一瞬そんな事を思った。でも振られたばっかりだったしこんな女じゃ貴方も私の事なんかって…」
「そんなのちっとも構わない。ソルはずっと俺の好きな女の子で、俺の初恋で、俺の想い人で、俺の心の恋人なんだ。ソルが好きだ」
「私も…私もクリストフが好き。ねぇ、知ってる。私の部屋にも同じぬいぐるみがいるのよ。私もずっと手放せなかったの。だってこの熊ほんとにクリストフを思い出すんだもの…寂しいときにいつもこのぬいぐるみを抱いて寝るの。そうすれば不思議と何だか落ち着いて眠りにつけるのよ…」
「ソル。確かに俺は髭ずらで…あっ、ひげ剃るから。それに、これからはもう寂しい思いなんかさせないから、約束するから…」
クリストフは訳の分からに事を口走る。
ふたりの心はやっとひとつになった。
クリストフは横になったままで跪くソルを抱きしめた。
「ソル。お別れ前提なんてなし。もう絶対離さないからな」
クリストフが耳元で囁いた。
「やっぱり?そんなの最初からわかってるから…」
ソルはクリストフの首にぎゅっと抱きつくとそう言って小さく笑った。
もちろんブロスの妊娠騒動は嘘だと分かってソルはこれ以上の追及をされることはなかった。
~おわり~




