1女たらし
ソルはカプリコット皇国の王宮で下働きをしている19歳の女性だ。
元々は子爵家のひとり娘だったが15歳の時に両親を亡くして家は没落、あっという間に屋敷は人手に渡り働かなくてはならなくなった。
幸い人づてに王宮での仕事を紹介されて以来、王宮の下働きとして日々を過ごしている。
なんの楽しみもないような暮らしだが、王宮にはたくさんの王族や貴族が出入りしてその人たちの姿を眺めるのは楽しかったがある意味羨ましくもあった。
そんな中で第3皇太子のブロス殿下に出会った。
彼の母親は平民の出だったが一度は側妃として王宮に入ったものの、別の男と結婚したいと皇王と別れた。
その代わり皇太子であるブロス殿下は王宮に残すという条件だったらしい。
ブロスは母親からは捨てられたように思い皇王からも3番目の男子と言うことで蔑ろにされてきた。
そんな訳でブロス様は大層自分本位な男に育ったらしい。
それでも、母親の見目麗しいお顔立ちや輝きを放つ銀髪、吸い込まれそうな翡翠色の瞳を引き継いだおかげか女性との噂は後を絶つ事がなかった。
それも離婚した貴族の女性やそれなりに遊び慣れた階級の高い暇な貴族女性を相手にしているらしく女遊びをしていても揉めた話は聞いた事がなかった。
まあ、周囲はそんなブロスに眉をひそめていることは確かだったが…
⁂⁂⁂
そんなある日ソルは寝坊した。
慌てて支度をして調理場に急ぐ。そして料理長に叱られて、外庭の水場で昼食用の野菜を洗っている時だった。
「お前。名は?」
はっと顔を上げるとブロス殿下だった。きっといつもの暇つぶしなのだろう。彼は王宮内をあちこち見て回るのが好きらしいと聞いていた。
でも、聞かれれば答えないわけにはいかない。相手は皇太子なのだから。
ソルはビシッと立ち上がって答えた。
「はい、ソルと言います」
「ソル、こちらに」
手招きされてソルは濡れた手をエプロンで拭きながら近づいた。
「これをやろう」
そう言って差し出されたのは、貴族しか食べられない菓子だった。
ふわふわしたその菓子はたっぷり卵が使われているのだろう。まっ黄色の艶やかな色でとてもおいしそうだった。
「こんなもの…いただけません」
ソルは急いで一歩下がる。
「たまたま通りかかっただけだ。私は甘いものは好まん。お前になら菓子も喜ぶと思う。だから…さあ」
「で、でも…」
そう言っている間に菓子を押し付けられた。このままでは菓子がつぶれてしまう。そんな心配が脳をよぎり思わず菓子を受け取った。
「それでいい。さあ、食ってみろ」
「はい…お、おいし~…あっ、とても美味しいです」思わずほっぺたが落ちそうになるほどその菓子は美味しかった。
二度と食べれないような菓子をすぐには飲みこめなくて何度も咀嚼していると「喉が詰まるか?」心配そうに翡翠色の瞳が揺れた。
ソルはそんなブロスに一目で恋に落ちた。女たらしの男と知っていながら…
受け取ったのがそもそもの間違いだった。
その日を境にブロスは毎日のようにソルの所にやって来ては珍しい菓子だとか、土産を貰ったなどと言ってあれこれソルにものを持って来てくれるようになった。
それはきれいな櫛であったり、しおりやきれいなリボン、レースであったりした。
彼にした見れば大したものではないこともわかっていた。
王族からしてみればほんの捨ててもいいような品物だ。金額で言ってもほんとに微々たる事だろう。
でも、貧しいソルからすれば、そんな品々は宝物のようなものばかりだった。
そしてある日ソルは身体を求められる。ブロスは返事は聞かずに去った。
夕暮れの外庭にはもう誰もやっては来ない。夕食の支度や準備で忙しいし仕事の終わった他の使用人はみんな家に帰る時間だからだ。
こっそりと外庭の奥まった木陰でソルはブロスが訪れるのを待った。
「ソル?」
ブロスが小さな声でソルを呼んだ。
「ここです」
ソルも小さな声で彼を呼ぶ。
「待たせた。さあ後ろを向いて」
そんな事をする話はついているせいかブロスは急かす様にソルの仕事着のスカートをめくり上げた。
「い、いきなり?そんな…」
「でも、いつだれが来るかわからない。今日ここに来た目的はわかってるんだろう?だったら…」
ブロスの手はすでにソルの太腿を撫ぜ上げている。
ソルは処女だったが、そんな事をあえて言うつもりもなかった。
それにそんな事を言ったら手慣れたブロスに嫌われると思った。
「さあ、もっと気を楽にして…」
後ろからすり寄られ温かな体温が背中にかぶさる。耳元に唇を寄せられ生暖かい吐息が吹きかけられると身体中の力が一気に抜けた。
そして一気にブロスのものが…
事が終わるとブロスはさっさと去ってしまった。
それからもちょくちょく誘われて断れないまま今日まで来た。
ブロスは相変わらず他の女性ともよろしくやっているらしく、ソルは度々廊下やお茶の時間などにブロスが女性と仲良くしているところを目撃した。
一時の気まぐれだけの相手と分かっていた。それでも時々ブロスに甘えたかった。
だから時々ブロスに甘い菓子や小さな小物をねだった。
ブロスは気前よくとても綺麗な小物入れや甘いチョコレートなどを持って来てくれた。
そしてそのお返しにまた身体を許した。
そんな事意味のない事だと分かっていたけどブロスに嫌われたくない一心だった。
ばかだってわかっていた。
そんな関係が3か月たった頃、ブロスに婚約者が決まった。
相手は公爵家のご令嬢でマリエッタと言うとても綺麗な女性だった。
ソルは、もうはっきりと悟った。
こんな関係をずるずる続けていてはいけないと。
ある日思い切ってブロスに関係を終わらせたいと言った。
「そうか。仕方ない。婚約者も決まった事だしちょうどいい頃合いか。いいぞソル。お前には楽しませてもらったからな。さあ。今日で終わりだ。たっぷり可愛がってやろう」
「あっ!そんなぁ…はぁん…」
ブロスに脚を割入れられるとすぐにはしたない声が漏れ出た。
それが最後だった。
ブロスにとってソルはそれだけの相手。
わかっていたはずなのにソルはブロスが忘れられなかった。
(ばかみたい…)