8. 冒険者ギルド!
"ギギィ……"
手前に引かれた木製の正面扉が耳障りな音を奏でる。
それはまるで、初めてのギルドに緊張で張り裂けそうな俺の心の叫びみたいだ。
緊張でドアの使い方すら忘れた俺は、僅かに開いたドアの隙間から身体をぬるっと差し込む。
「た、たのもー……」
「スグル、道場破りじゃないんですよ……」
「はっ……、失礼します!」
「面接会場でもないですよ……」
エレナは心底呆れたであろう、大きな溜め息を吐いた。
「さっきまでの余裕はどこへ行ったんです?」
「だって、ギルドってなんか治安悪そうじゃん……」
俺が元いた世界のアニメや漫画で登場するギルドといえば、酒呑み達がどんちゃん騒ぎしてたり、ゴロツキが絡んできたり、とにかく、俺みたいな人種が生きるには中々に厳しい環境であった。
そりゃあ、画面で見てる分には楽しいよ。でも実際にやるのは違うじゃん。
「…… スグル、周りをよく見て下さい」
そう言われて俺は、辺りをぐるっと見渡す。
「……あれ?」
俺の口から、すっとんきょうな声が漏れ出した。
それもそのはず、堅牢であんなに迫力のある外観をしていたギルドの中には人が殆ど居なかった。比較的、朝早くとはいえ流石に少な過ぎる。
「どういう事だ、酒呑みもゴロツキも普通の冒険者も全然居ないぞ!」
「——平和過ぎるんです」
「そりゃ、誰でもこの光景を見たら平和って思うだろ」
「いえ、このギルドがではなく、この街がです」
「この街が……?」
俺が復唱すると、エレナはコクリと頷いた。
「この街近辺のモンスターは低級ばかりで生息数が少ないんです。加えて、珍しい素材や目立ったダンジョンもありません。——まさに平和の極み。冒険者が仕事をするには最悪な環境です」
なるほど、平和ゆえの弊害という奴か。そういった事とは無縁だった転移前の俺では、知り得なかった現実だ。
それはともかく、、、
「——良かったぁ。俺はてっきり入った瞬間ゴロツキとかに絡まれるくらい無秩序なのかと……」
「どんな偏見ですか…… そんな人が居たとしたら、一発で冒険者ライセンス剥奪です」
「ふーん、その辺はしっかりしてるんだな」
「まあ、そんな人あまり居ませんけどね」
「けっこう冒険者って常識、しっかり——」
"バゴーン!!!"
してなそうっすね。
壊れんばかりの豪快な音と共に開け放たれた正面扉の向こうには、黒い忍装束を身に纏い、口元を黒い布で隠した女が立っていた。
「我は、セツナ。歳は十八。好きな食べ物は握り飯。我と共に冒険をしてくれる者は居ないだろうか」
よく見ると背中には、鞘にしまわれた日本刀のような物が見える。が、そんな事はどうでも良い。
俺はそれすら霞ませてしまう変人ポテンシャルを秘める、目の前の女から目が離せなかった。
「……ん? もしや、其方」
あっ、やべ、目合っちゃった。
俺は反射的に身体を翻す。
が、もう遅い。
背後から、ササッと地面をする音が近づいてくる。
「わ、私はエザフォネスについて報告に行ってきますから、スグルはその間に冒険者登録をしておいて下さい」
「あっ、エレナ——」
"我と共に冒険する気はないか?"
捕まったぁ。
この変人とサシで喋るのキツイよ……
『私もいますよ!』
「頼むからこれ以上、俺の憂鬱を増やさないでくれ……」
『あっ、ちょっ——』
俺はウィンドウを強制的に閉じた。
「……誰かと話しているのか?」
「いや、別にそういう訳じゃ……」
俺は肩を窄めてゆっくりと振り返る。
「そうか…… では問おう、名はなんと申す?」
「スグル。まだ冒険者じゃない、ただのスグルだ」
「そうか……、では、今から冒険者登録という訳か」
「まぁ、そういう事だな……」
「それなら、あそこのカウンターに行くと良いだろう」
セツナはそう言うと、俺の右斜め後ろを指差した。
「あぁ、あの受付みたいなところか」
「そうだ」
「ありがとうな」
「れ、礼には及ばない」
彼女の目元が緩んだような気がした。
きっと、気のせいだろう。
俺はセツナの教え通り、受付の席に腰をかけた。
「すみません、冒険者登録したいんですけど」
「でしたら、先ずはこちらの紙にサインをして下さい……って、何でセツナさんも居るんです?」
受付嬢は目線を俺ではなくセツナに向けながら、びっしりと文字の書かれた紙とペンを俺の手元に差し出した。
「仲間探しだ」
「はあ、それは構わないんですけど、入る時にドアを乱暴に開けないでください。壊れちゃいます」
「むっ、すまぬ……」
「それと、入っていきなり自己紹介しても皆さん困惑してしまいますから、やめた方が良いと思いますよ」
「……そうか」
セツナの声がみるみる小さくなっていく。
あの登場の仕方、結構気に入ってたんだろうな……
心なしか、セツナの体躯がさっきと比べて、一回り小さくなった気がする。
「因みに、文字の読み書きは大丈夫でしょうか? 難しい場合には、私が読み上げる事も可能ですが」
「えと……」
大丈夫だな……
疑問には思っていたのだが、異世界に来たというのに俺は問題なくエレナと喋れる。
そして謎であった文字の読み書きに関しても、問題ない事が判明した。何故か読めるし、何故か書ける。
「問題ないです」
「かしこまりました。では、引き続きお願いします」
俺はクソ長い同意文を一瞬で読み終えると(視界に入れただけ)、すぐに下の記入欄にサインを書いた。
「はい、承りました。では、冒険者ライセンスを発行致しますので、その間に冒険者について簡単に説明してもよろしいでしょうか」
「もちろん、お願いします」
受付嬢は笑顔を浮かべコクリと頷く。
「では最初に冒険者の階級についてご説明します。階級はG〜A、そして最高階級のSを含んだ八階級で構成されております」
元いた世界でもよく見聞きする、スタンダードな階級設定である。
……昔から気になっていたのだが、こういうランクを表す時に最高ランクがSなのは何故なのだろう。
普通にAが最高で良くない?
「ここで注意して頂きたいのが、依頼にも階級が指定されている事です。依頼ランクが高いものほど、報酬金は高くなりますが危険度も高い傾向にありますのでご注意を。また、ご自身の階級より上の依頼は受ける事が出来ません」
「つまり、Gランクの我ではSランクの依頼は受けられないという事だな」
「そういう事になります」
ふむふむ。
「……って、お前その風格でGなのかよ!?」
「我は昨日、登録したのだ」
「依頼経験は?」
「まだない」
「…………」
「えーと、続きを話しても大丈夫ですか?」
「すみません。お願いします」
受付嬢は女性らしい、控えめな咳払いをすると再び口を動かした。
「階級を上げたい際は、自身の階級と同じ依頼を一定数こなした後、各ギルド主催の昇級試験に参加して下さい。そこで合格すれば晴れて昇級となります」
「スグル、どちらが早く昇級できるか勝負しようではないか……」
「しねーよ、俺は昇級したくない巷で話題のZ世代だぞ」
「Z……、まさかSより上の階級があったとは」
「そうじゃねえって!」
凄い天然ボケの連続攻撃だ。
これはイーナを超える逸材かも知れない……
頼む、越えないでくれ。
「そ、それでは、これにて説明は以上となります。最初の階級はGとなりますので是非、頑張ってください」
終始、俺達に振り回されながらも、何とか説明を終えた受付嬢は(お疲れ様です……)、羊皮紙製の俺の名前と魔法陣の様な不可思議な紋章が刻まれたライセンス証を俺に手渡した。
これで俺も晴れて冒険者の仲間入りか。紙にサインしただけだから、全く実感湧かないな……
「あ、終わりましたかスグル?」
まさにジャストタイミング。
俺が振り向くとそこには、エザフォネスの報告が終わったであろうエレナの姿があった。
「あぁ、一応はな……」
歯切れ悪い俺の言い方に、エレナは苦笑した。
……お前が逃げたせいだからな?
「それで、エレナはどうだったんだ」
「はい、簡単な状況説明こそしましたが、これといった証拠や詳細な情報も無いので、そこまで本気にはされませんでした……」
そりゃそうか。実害が出ない限りは動かない。ここら辺は元いた世界に限らず、どの世界でも共通なのだろう。
「それよりスグル、この後ですが早速、依頼に出かけましょう」
「いきなりマジですか……」
「だってスグル、お金ないでしょう」
「っ……、痛いとこつくな」
だがそれを差し引いても、剣も魔法も使った事がない俺がいきなり依頼はちと無理があるのでは?
「少しでも危険と判断したら撤退しますから」
「まぁ、それなら良いか……」
俺は納得というか、説得された。
そのすぐ横で、セツナは身体をクネクネさせていた。
「依頼……、我も同行して良いか?」
「えぇ、仲間が増えるのは大歓迎です!」
よく言うよ。さっきは、そそくさと逃げてった癖に。
「何ですかスグル? 何か文句でもありますか?」
「イエ、アリマセン」
「スグルも問題無いみたいなので大丈夫ですよ」
「で、では、本当に着いて行っていいのか!?」
「勿論です。よろしくお願いします、セツナさん!」
「う、うん!!」
セツナは濡れた目元を腕で擦ると、首を何度も縦に振った。
"次回 はじめてのいらい!"