5. こんな俺にもチート能力はありますか?
"それ、早く言えよおおおおおッ!"
さっきまでの、しとやかで清楚な彼女は何処へ言ってしまったのだろう。
彼女の口からは溢れ出す雄々しい怒声は洞窟内を駆け巡った。
「あのー、エルナさん。キャラ、今回こそ間違えてますよ……」
「んな事知るかぁ! 何で今まで黙ってた!」
んな事知るかって、読者困惑しちゃうだろ。
俺ですら困惑してんだから。
——なんて、戯けてる場合ではない。
前方からはこちらの事情などお構い無しに、エザフォネスが突進してきている。
俺とエレナは、それぞれ左右に横跳びで躱す。
「どうせ言っても信じて貰えないものだと……」
「アホか、この世界ではなあ、お前みたいな異世界人がたっくさん居るんです」
あ、語尾だけ戻った。てか、そうなの!?
エザフォネスはエレナへ身体を向き直り、口元からブレス攻撃を乱発し出す。
エレナは自分の前方に幾何学模様をした防御壁を展開した。
「そしてその異世界人と呼ばれる奴らはですね、例外なく強力な能力やステータスを持っているのです」
うんうん。なるほど、なるほど……、ん?
「……何です、そんなカエルみたいな顔して」
"それ、早く言えよおおおおおッ!"
「だから、スグルがもっと早く言ってくれれば!」
「だあああ、何やってんだ俺ぇえええ」
嘆く俺たちを他所に、エザフォネスは防御壁の突破が困難と悟ったのか、照準をエレナから俺へ向ける。
デタラメで頭の悪いブレス攻撃。
それを俺は喚き散らしながら回避し、エレナの展開している防御壁に滑り込む。
「ッはぁはぁ、死ぬかと思った……」
「へばってる場合じゃないです、『ステータスオープン!』と叫んでください!」
「……何それ恥ずかし」
「今は恥とか気にしてる場合じゃないです! 早く言ってください!」
「てか、その『!』も再現しないとダメ?」
「早く言えっつってんだろおおお!!」
「はいッ、言います! 言わせて頂きます!『ステータスオープン!』」
俺がそう高らかに宣言すると、俺の目の前に青白く光るウィンドウが表示された。
俺はそこに書かれている内容を目を大きく見開き、食い入るように読む。
「おお、これが……」
「スグル、そこには何と」
「まぁ、これを読んでみろよ」
俺はキメ顔でウィンドウをエレナに向ける。
◇『じゅんび中! ちょっとまってね!!』
「「ふざけんなあああああぁぁぁあ!!!」」
奇遇にもエレナと怒声が共鳴する。
俺は行き場のない怒りをウィンドウにぶつけるべく、拳を振るう。
が、悲しいかな、残念ながら俺の拳は全てすり抜けていった。
対してエレナは、呆れたと言わんばかりの大きなため息を吐いた。
「仕方ないですね、異世界人(笑)がダメな以上、私が戦わないと……」
「言っとくけど俺悪くないからな、悪いのは俺をこの世界に送った奴だからな」
エレナは体勢を低くし、クラウチングスタートの構えを取る。
「この際、どっちでもいいです!」
その一言と共にエレナの前方に展開されていた防御壁は消え去り、彼女は弾けるようにしてエザフォネスへ走り出した。
流石エルフ族、流石B級冒険者。飛んでくるエザフォネスの攻撃を左右にステップを踏みながら、軽々躱していく。
そのあまりの素早さに、俺だけでなくエザフォネスも上手く捕捉出来ていないようだ。
ただ、その状況を俺は手放しに喜べなかった。
何故なら、
"カキンッ!"
彼女の怒涛の魔法を交えたラッシュは、エザフォネスの硬い鱗に全て弾かれていた。
これではいくら、かく乱しても意味がない。
消耗戦になれば押し負けるのエレナである。
(クソ、何か俺にもできる事はないのか)
このままエレナがやられるのをただ黙って見ているなんて事は、まっぴらごめんである。
だが、何の魔法も力もないただの人間である俺では、この戦いに参加できるはずがない。できた所で、それはただの足手まといだ。
「マジで、何が準備中だよ、ああッ!」
愚痴を吐き出しながら、縋る気持ちで俺はウィンドウをスマホの画面のようにスクロールできないか試してみる。
すると奇跡的にも、俺が人差し指を上は弾くとウィンドウは下へスライドしていった。
「何でもいい、何かないのか…、——これは?」
俺の思いが通じたのか、限界まで下にスライドするとウィンドウの下部に小さく「お問い合わせはこちら」という文字が書かれていた。
俺はそれを震える指でタップする。
「お問い合わせありがとうございます。此方は、異世界転移部でございます。ご用件は何でしょう?」
俺が画面をタップしてすぐに、元いた世界でよく聞いた電話の定型文がスラスラと聞こえてきた。
俺は反射的にかしこまった態度で受け答えをする。
「あの、異世界に飛ばされたのは良いんですけど(良くない)、ウィンドウが準備中みたいで……。結構、今ピンチで、すぐに何とかして欲しいんですけど、何とかなったりしませんかね?」
「左様でございましたか。でしたら担当の者に繋ぎますので、少々お待ちください」
そう告げられると、明らかに今の状況に合ってない、気の抜けた保留音が画面から流れ始めた。
「え、えと、お待たせしました! 担当のイーナで御座います!」
「あ、諸悪の根源」
「初対面で酷くないですか……」
「まだ顔は合わせてないから初対面ではないけどな。——じゃなくって、準備中って何だよ!」
悪質クレーマーみたいで凄い嫌な感じだが、そんな事を気にしてはいられない。
今は一刻を争うのだ。
「あ、えーと、それは……」
「時間が無いんだ早くしてくれ」
少し圧を感じさせる俺の声の後、数秒の沈黙が訪れた。と、思えば画面から唐突に、耳を塞いでも突き抜け聞こえるくらいの大きな声が発せられた。
「ご、ごめんなさい!!!」
「……えと、何が?」
「はい、簡単に言いますと異世界転移の準備の途中にも関わらず、寝ぼけてまして、、、そのせいで間違えて転移させてしまいまして、それで、、それで……」
呆れ過ぎてもう怒鳴る気力も湧いてこない。
一通り聞き終えると、俺は淡々と言葉を紡いだ。
「なるほど、それで能力の付与ってもうできるのか?」
「それがですね、転送に半日はかかりそうでして……」
「そこを何とか出来ないのか? 中途半端でもいいから送れる分だけ送ったりさ」
「そもそも能力の転送にはタイムラグがありまして、直ぐに送れないんです……」
なるほど、容量の問題ではないのか。
なんて納得してる場合じゃねぇ!
俺は下唇を強く噛んだ。
クソッ、どうすれば……
何て考えてる時間は俺に残されていなかった。
俺はエルナがとてつもない速さで吹き飛ばされる場面を、この目で確かに目撃してしまう。
俺は慌ててエレナの元へ駆け寄った。
「エレナ、大丈夫か!!」
「だ、大丈夫です……」
そうは言っているが、打ち付けられた壁から身を剥がしたエレナは小刻み震えており、立っているのがやっとのように見える。
時間をかけ過ぎた。
もっと冷静になり、頭を働かせればこんな醜態を晒さずに済んだのかも知れない。
いや、元を辿れば俺がそもそもあの休憩しようと思わなければ……
後悔の念が頭にいくつも思い浮かんでくる。
が、それを後悔する時間はない。
したところで何にもならない。むしろマイナスだ。
だから今、俺がすべき事は
「マジで何とかしてくれ!」
こうして頭を下げ続ける事だ。
「何とかと言われましても……」
「罰でも何でも受けるから、どんな手を使ってでも良いから、——ここでエレナを死なせたくないんだ!」
「ど、どんな手でも、ですか?」
「ああ、どんな手でもだ!」
「……分かりました」
その声を最後にウィンドウはプツリと閉じた。
その代わりに、俺の目の前に魔法陣が浮かび上がり、そこから巨大な光の柱が立ち昇り始める。
「スグル、これは?」
「分からない。……でも、何とかなりそうって事だけは分かる」
その突然の出来事に固まったのは俺達だけでなく、エザフォネスも同様に呆然と光の柱を眺めていた。
そしてしばらくすると、光の柱は徐々に細くなっていき、その中心から人影が現れた。
「し、新米女神、イーナの登場です! 以後お見知りおきを!」
「「……え?」」