1. さようなら元いた世界
俺こと『遠林傑』の人生をもし誰かが見ているとするならば、見た人はみな口を揃えて「つまらない人生だ」と、いうだろう。
けれど俺はそれに対して別に怒ったりはしない。
だって、つまらない人生だという事は他の誰よりも、俺自身が身を持って実感しているからだ。
毎朝7時に起きて、ニュースを見ながら朝食を食べ、学校へ行き、そこで特に生産性のない時間を過ごし、家に帰り、寝る。
そこには何のドラマもないし、俺にはこれといって魅力がない。
言ってしまえば、俺という存在はどこにでもいるような、趣味も何もない、言わば無キャという奴だ。
いてもいなくても、世界にほとんど影響がないような奴の退屈な人生。
そんな、アリの巣に水を入れていた方が楽しいであろう『遠林傑の人生』は唐突に終わりを告げた。
「……ここは?」
俺が自室のベッドで眠りにつき、次に目を覚ますとそこは辺り一面、木々が茂った森の中だった。
俺はその場から徐に立ち上がり、そこかしこの木や岩をベタベタと触ってみたり、匂いを嗅ぐ。
すると、木や岩は本物のような質感と温度感を手に残していき、土の匂いが鼻腔を刺激した。
……どうやら夢という訳でもなさそうだ。
人は驚きすぎると一周回って冷静になるのだろうか。今の俺の脳内には驚きや焦り、恐怖という類の感情は少しも湧いていない。そんな自分に、自分ながらに関心してしまう。
と、謎の余裕に浸っているが、俯瞰してみると言うまでもないが事態は結構ヤバい。状況を改めて整理すると、俺こと遠林傑は、脈絡もなしに、どこか知らない森に何も持たずに一人の状態で放り出されたのだ。
え、ヤバいじゃん。
ここでようやく、俺は事の重さに気付く。
胃がキリキリするし、別に暑くないのに全身の穴から汗が噴き出てきた。
どどどどど、どうしよう! 助けて、ド○えもーん!
俺は慌てふためき、秘密道具が見つからないド○えもんみたいにその場を意味もなくグルグルする。
と、とりあえず、日がまだあるうちに行動すべきだよな。よく分からないけど、こういう時は川を探すのが定石のはずだよな。うん、ツイッターで見たぞ。
そうと決まると、俺は普段歩き慣れた舗装された道路と違う不安定な地面を凝視しながら慎重に歩いていった。
〜〜〜〜
歩き始めてからどれほどの時間が経ったのだろう。やや東側にあった太陽が今は南中しているのから推測するに、一時間は経ったのだろう。
一時間と聞くと凄いと思うかもしれないが、俺個人の体感としてはすでに半日が過ぎていてもおかしくなかった。
やはり、不安や緊張感を抱えた状態で慣れない不安定な地面を歩き続けるのは想像以上に疲れる。日本生まれ日本育ちの俺には中々に厳しいものだ。まあ、ここも日本なのだろうが、そんな事はどうでもいい。
俺は額にびっしりとかいた汗を腕で拭う。
一時間歩いたのに、川はおろか、未だ何の成果も得られていない。
食べられそうな植物も、生き物も何も見つからない。(運が良いのか、悪いのか)
その事実に、正常を取り戻しつつある俺の心は焦燥感を覚える。
ダメだダメだ。焦るな、俺。こういう時こそ落ち着くんだ。
そう、心の中で反芻しても俺の体は意志と反して震えが止まらなかった。俺はその場で力なく息を吐いた。
……とりあえず、このまま闇雲に歩き続けても体力を消費するだけだ。どこかで休むのも兼ねて作戦会議(一人)をしよう。
そう結論づけると、俺は偶然にも、目線の先に腰掛けるのに適してそうな大岩を見つける。俺はヘロヘロになりながらも、その岩の腰掛けた体制で座り込んだ。
ふぅ。
座ってみると足に溜まっていた疲れがどっと出てきたようで、途端に足全体が重くなった気がした。
疲れ感じるくらいならいっそ休憩しないほうが良かったのではと、一瞬、頭に過ったが、やってしまった以上どうしようもない。問題は過去でなく未来だ。
俺の当初の予定では、川を見つけたら、そのまま川沿いを歩き、下流にあるであろう町まで降りるつもりだった。がしかし、そんな運よく、すぐに川が見つかるとも限らない。だから、今の俺はこの状況で生き抜く備えが必要である。
そこでまず、真っ先に問題として挙げたいのが食料問題だ。
俺は神でもサイボーグでもない。食べなければ死ぬ。人間、水は三日、食事は一週間取らないと死んでしまうらしい。(ツイッター情報より真偽不明)
つまり死活問題という奴だ。飯が無ければ死ぬ。言い換えれば、飯があれば生きれる。さらに言い加えると、生存時間が長くなれば、川を見つけれる確率も上がるという事だ。
単純明快。けれど俺は、この森から出る事を考えるあまり、こんな初歩的な事が欠落してしまっていた。やはり行き詰まった時は初心を思い出すのが効果的だ。なんて教訓じみた事を言ってみたりしたが、十六歳の高校生にこんな事を言う資格があるのかは、甚だ疑問である。
ともかくだ、まずは動物でも植物でも昆虫でも、食料になりそうなものを片っ端から探していくぞ。
俺はその場から勢いよく立ち上がり、勢いそのままガッツポーズを決めてみたりしてみた。
ゴゴゴゴ…………
ん? 今、地面が揺れたような。
地面を凝視する。気のせいでもなく、地面は確かに小刻みに揺れていた。
なんだ、地震か?
なんて、呑気に考えていた数秒前の自分に俺は全力右ストレートをいれたい。
その揺れの正体は背後から鳴り響く、耳障りな叫び声と共に明らかになった。
”——グギャアアアアァァァッ!”