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ヒゴヒゴ様と俺達の夏

作者: 恵京玖

 セミが鳴く快晴の下の田んぼ道を三十分かけて歩いてコンビニよりも小さなお店について、俺、シンジと弟のジュンはドアの前でじっと立っていた。


「……このドア、開かないね」

「壊れているのか? ……あ、このドア、自分で開けるタイプだ」


 そう言いながら俺がカラカラのドアを開けるとジュンは信じられないと言った目をしていた。俺達の街は決して都会と言われる場所ではないけど、さすがに知っているお店は自動ドアが当たり前だ。

 何はともあれ、お店に入るとすぐさまアイス売り場へと向かった。クーラーが効いた店内の空気とアイスの冷凍庫の冷たい空気は汗だくの俺達を一気に冷やしてくれて気持ちよかった。

 だがすぐにジュンは不満そうな声をあげる。


「兄ちゃん、ガリガリ君がない。知らないアイスばっかり」

「しょうがないだろ。ここはコンビニじゃ無いんだから」

 

 不満げにジュンは「最悪」と呟く。

 俺もジュンの気持ちはよく分かる。アイスの種類があまりにも少なすぎる。軽く失望しつつも、俺達は棒が付いたかき氷アイスを手に取る。


 ジュンはキョロキョロしながら「この店、狭いね」など大きな声でクレームを言うので、俺は「あまりそういう事を言うな」と注意する。だけど棚を見るとそこまで商品がないなと思った。というかお客さんは来るのだろうか?

 レジのおばさんに「これください」と言ってかき氷アイスを出す。スイカで払おうとしたら、「うちは出来ない」と言われてしまった。仕方がないので小銭を出す。


「あんたら、見ない子だね。どこの子?」

「えーっと、俺達はリュウゲンさんの孫です」


 俺がそう答えるとレジのおばさんは首を傾げて口を開く。


「え? リュウゲンさんの所ってミズハちゃんの子供はまだ小さいはずだし、スイト君はまだ結婚していないし……」

「俺達の父さんはマコトって名前です」

「あー、マコト君の子供らか……。マコト君ね、懐かしいな」


 レジのおばさんはようやく分かって嬉しそうな顔になった。俺達は会計を済ませてかき氷アイスを手に取って店を出た。

 店を出た瞬間、茹だるような暑さと喧しい蝉の鳴き声が聞こえてきた。

 ジュンが「アイス、食べようよ」と言ってアイスの袋を見せた。そうだな、行儀が悪いけど家に帰ったら絶対に溶ける。今、食べた方がいいと思い、俺は「食べるか」と言ってジュンのアイスの袋を開けてあげた。

 パアッと輝くような笑みを浮かべてジュンはアイスにかぶりつく。イチゴのかき氷アイスで中に練乳が入っているから甘くて美味しいだろう。ちなみに俺はメロン味だ。口の中いっぱいに冷たさとメロンの味が広がる。うん、美味しい。

 アイスを食べながら来た道を戻っていく。太い杉の林に囲まれた神社があり、隣には公衆電話がポツンとある。


「兄ちゃん、ここの人って公衆電話を使っているのかな?」

「さすがにスマホを持っているだろ。あまり馬鹿にするなよ、田舎を」


 そんな会話をしながら通り過ぎると田んぼ道に入る。車一台分くらいしか通れないくらい狭い道幅だ。店に行く時、よく車同士がすれ違う場面を見たのだけど、擦るんじゃないかってヒヤヒヤするくらいギリギリですれ違っていた。

 田んぼの稲穂は鮮やかな緑色になっていて、近くの小山も黄緑色や深い緑色の葉が付いた木々が生えていた。こんなにいっぱいの緑を見るのって、あんまりないな。自然公園に行った時くらいだ。

 ちょっと感動しているとジュンが「うわ!」と驚く声が聞こえてきた。


「兄ちゃん、トンボが俺の顔に向かって飛んできた!」

「お前のアイスを狙ったんだな」


 俺がそう言うとジュンは飛んでいるトンボを睨む。その姿にちょっと笑ってしまった。こんなに緑がいっぱいなら昆虫もいっぱいだろうな。

 車の音が聞こえないから、耳を澄ますといろんな音が聞こえる気がした。風の音、カエルの声、蝉の声……。


『マコトの秘密を知っているな?』


 耳もとで変な声に俺は思わず「うわ!」と声をあげて驚いた。その声にジュンも「どうしたの?」と心配そうに顔を覗かせた。

 キョロキョロと辺りを見回すが、誰もいない。じゃあ、あの声はきっと空耳だったんだなと思った。でも、ものすごく、はっきりした声だった。


「あ、兄ちゃん。アイス」


 ジュンに言われて棒に付いていた食べかけのアイスが無かった。地面を見るとアスファルトの道に落ちてしまっていた。




 夏休みに入って母ちゃんが病気になった。病状は死ぬようなものではないらしいけど、入院は必要らしい。母ちゃんが入院中、俺達はいつもお盆の時に行っている母ちゃんの実家でお世話になるつもりだった。

 ところが突然、父ちゃんの妹が我が家にやってきた。


「聞いたよ! お兄さん、奥さんが入院したって」

「……どこで聞いたんだよ、マミの入院」

「奥さんの入院している病院に私の友達が働いているんだ。そこでお兄さんがいるって教えてくれたの」

「個人情報が流出しているんだけど」


 ちなみにマミは俺達の母ちゃんの名前だ。

 俺達は父ちゃんの実家に行ったことないどころか、妹がいるなんて知らなかった。父ちゃんはあまり自分の家族について話したことが無いのだ。

 だから突然現れた父ちゃんの妹のミズハさんに驚いていた。


「お兄さんの子、うちの実家で面倒見てもらおうよ」

「いいよ、ミズハ。マミの実家に預けるつもりだから」

「ねえ、お兄さん。家を出てずっと帰っていないじゃん。しかも事後報告で結婚して、婿になって、子供もいるのに見せに来ないし。お父さんもお母さんも心配しているよ」

「……関心無いだろ、俺の事」

「とにかくお父さんたちには連絡して、この子達を預かってって言ってあるから!」


 突然の決定に父ちゃんどころか俺とジュンも「はあ?」と声が出た。

 こうして俺達は父ちゃんの実家で過ごすことになった。




 お父さんの実家はとても大きな家だった。そこでお父さんのお母さん、つまり俺達のお婆さんが近所の人と話していた。


「ただいま、お婆さん」

「あら、見かけない子ね」


 お婆さんの話しを中断して近所の人は興味津々で俺達を見る。俺達が喋ろうとした瞬間、お婆さんは「マコトの子」と一言だけ言って、手で追い払う仕草をした。さっさと離れろって事だろう。俺達もさっさとその場を離れる。

 ミズハさんは俺達を預かってくれるって言っていたけど、お爺さんとお婆さんは歓迎していない気がした。

 そもそも俺達は大きな家の隣にあるプレハブ小屋で一日を過ごしている。さすがにお風呂は無いけど、トイレや古いけどクーラーも完備されていている。広いし、ゲームや漫画もたくさんあって快適だけど、ご飯もまさかプレハブ小屋で食べるとは思わなかった。ご飯の時間になるとお婆ちゃんがお盆で俺達の分を持ってくるのだ。お母さんの実家では絶対にそんな事は無かった。そもそもプレハブ小屋なんて無かったのだけど。

 それとお爺さんとお婆さんはあまり話さない。連れてきたミズハさんは、近くに住んでいるだけで一緒に住んでるわけではなく、俺達を置いてさっさと帰ってしまった。


 連れて来られた次の日に父ちゃんがやってきて、俺達の荷物を持ってきた時、プレハブ小屋に入った。


「うわ、懐かし。出て行った時のままだ」

「え? ここで過ごしていたの? 父ちゃんって」

「うん。風呂以外はここで過ごしていた。シンジの位の年から」


 普通の口調で話す父ちゃんに俺は衝撃を受けた。俺もジュンと一緒の子供部屋なんて狭くて嫌だけど、ここが今日から過ごせと言われたら嫌だなって思う。そもそもあんな大きな家なら開いている部屋くらいあるだろう。


「うお! ロクヨンがある。懐かしい! テレビつけてやってみようぜ!」


 黒いゲーム機を嬉しそうに出してきた父さん。箱型のテレビに付いていた三色のコードをつけたり、コンセントを入れて、なんか準備が大変そうだった。ちなみにこのテレビはゲーム画面しか映せず、チャンネルを回しても砂嵐になってしまう。

 ようやく準備が出来てすごく大きなゲームのカセットの接続部分をフウフウ吹いて、ゲーム機にセットした。


「なんで息をかけたの?」

「そうしないとつかない場合があるんだ」


 ジュンの質問に得意げに父ちゃんは答えた。息をかけたからか、ゲームはちゃんと起動した。古いゲームだから面白くないだろと思っていたけど、スイッチと同じゲームがあったり、面白そうなゲームも結構あった。


「うちの家族、ちょっと変わっているから色々とびっくりすると思うけど、数日だけだから。あと変な事が起こったら連絡してくれ」


 そんな事を言いながら父ちゃんはゲームで俺達をボコボコにして勝っていった。なんで父ちゃんはこんなにゲームがうまいのか分かった気がした。

 そして父ちゃんのミスで俺達のゲーム機のスイッチとスマホを忘れてしまったので、このロクヨンのゲーム機はこのプレハブ小屋生活でかなり重宝している。



 アイスを買って帰ってきた後、俺達はゲームをやったり漫画を読んだり、ダラダラしていた。外で遊ぶと言う発想は一切ない。


「父ちゃん、電話来ないね」


 ゲームをしながらジュンは言う。俺達のスマホを忘れたって事に気が付いた父ちゃんは「実家に電話して、代わってもらうから」と言っていたけど、まだ来ない。

 ホームシックにはなっていないけど、そろそろ母ちゃんと父ちゃんのいる生活が懐かしくなる。

 パラパラと漫画を読んでいるとウトウトしてきた。そんな時、パラッと漫画の中から一枚の紙が落ちてきた。

 何だこれ? と思って見ると荒々しい文字で【ヒゴヒゴ、ムカつく】と書かれてあった。

 多分、父ちゃんが書いたものだろうか? ちょっと首を傾げているとジュンが「うわ!」と叫んだ。


「どうしたんだよ」

「外に何かいる!」


 ジュンに言われて窓を見るとスルスルッと黒い影のような物がササッと走って逃げた。多分、大きさは大人くらいの大きさだった。


「……何、あれ」


 窓を開けて黒い影を追うが、夕焼け空と林だけが広がっていた。




 次の日の午前、再びお店に行ってアイスを買いに行く。

 昨日の奇妙は影についてよく分からないけど、こんなに陽が高い時なら現れないだろう。と言う事で、怖がるジュンを引っ張って外に出たのだ。


そんな時、「ねえ、兄ちゃん」と言って俺の腕にしがみついてきた。暑くてウザいけど、「どうした?」と聞いた。


「あの人、おかしくない?」


 そう言って振り向くと、見たことないお爺さんがのんびりと歩いていた。ぱっと俺達が振り向くとお爺さんは立ち止まった。そしてニヤアッと口が裂けたような気持ち悪い笑みだった。

 「ヒイイ」と言ってしがみついたジュンを引っ張って、俺は走り出した。

 お店の近くまで走って、もう大丈夫だろうと思った瞬間、ポンと肩を叩かれた。

 まさか……と思い振り向くと、ニヤアッと笑っていたお爺さんだった。そいつは口を開いて、こう言った。


『ヒゴヒゴ様にまだ教えていないよね』


 俺達は恐怖で叫べず、ただ固まっていた。お爺さんはそれだけ言って満足したのか、スタスタと俺とジュンの横を通り過ぎた。

 

 ヒゴヒゴ様って何だよ!

 呆然とする俺の目の端で、黒い影がスッと動いた。パッと振り向くとやっぱりいなかった。



 アイスは買わずに引き返してプレハブ小屋に戻って、お婆さんにその事を伝えた。


「ああ、そう」

「え? だから変なお爺さんに『ヒゴヒゴ様』とか、何とか、言われて」

「ふうん」


 この反応に変なお爺さんに会った時と同じくらい衝撃的だった。

 変な人、危ない人と会ったって話しをしたら、大概の大人はびっくりして根掘り葉掘り聞いたり、ものすごく心配するはずだ。

 だけどお婆さんは興味なさそうに聞いて去って行った。

 ジュンの顔を見ると真っ青になっていて、同じく俺を見ていた。そして同じことを考えているはず。


 父ちゃんの実家ってヤベエ所なんじゃないかって……。




 午前中にこんな大事件が起こったので、もうプレハブ小屋から出ないとジュンと決めていた。だが午後から予想外の来客がやってきた。


「こんにちは」


 愛想のいい笑みと挨拶をする女の子がやってきたのだ。

 隣にはお婆ちゃんと女の子の親らしい人が立っていた。女の子はココロちゃんと言う名前で、俺と一歳年下の五年生だ。


「リュウゲンさんのお孫さんが来ているって話しを聞いたから、一緒に遊んでもらおうって思ったの」


 ココロちゃんの親がお婆さんにそう話す。俺達はニコニコと笑うココロちゃんにどうしたらいいか分からず、黙っていた。ちなみにお婆さんは「ふうん」と興味なさそうに相打ちしている。

 するとココロちゃんは「お名前、教えて」と言われたので、「シンジ」「ジュン」とぶっきらぼうに答えた。


「何して遊んでいるの?」

「俺達、スイッチ持ってきて無いんだ。だけど、父ちゃんのロクヨンってゲーム機があるからそれで遊んでいる。結構、面白いよ。古いけどマリオカートとかカービィとかもあるし」

「そんな事よりもさ、外で遊ぼうよ」


 何を言っているんだ? と思っているとココロちゃんは笑って更に言う。


「神社で遊ぼうよ」

「え? あそこ、遠いじゃん」

「自転車だったら、すぐだよ!」


 そう言ってココロちゃんは自分の自転車を指差した。いや、俺らは持ってないんだけど……。


「あのね、神社の裏にある井戸に面白いものがあるの! 一緒に行こう!」


 そう言ってココロちゃんは自転車を走らせて行ってしまった。そしてココロちゃんのお母さんは「ふふふ、もうココロが勝手でごめんなさいねー」みたいな事を言われた。

 チラッとお婆さんを見ると顎で「早く、追っていけ」とジェスチャーをした。えー、行くのかよ……。

 仕方がないので俺達は神社に向かった。もちろん、徒歩だ。


 あの変なお爺さんに警戒しながら、素早く神社へと向かった。神社の前にはココロちゃんの自転車が置いていたが肝心のココロちゃんは見当たらなかった。


「おーい! こっちだよー!」


 ココロちゃんの声のする方を見るとお店の入り口で手を振っていた。


「ごめんねー、二人とも自転車を持っていなかったんだね。あ、これあげる」


 そう言ってパピコをココロちゃんは出してきた。どうやら、奢ってくれるようだ。有難くもらおうと思って受け取るとココロちゃんは「じゃあ、レジで払ってきてね」と言った。

 お店の物をレジで払わないで外に持って行ったら、万引きになっちゃうよ! と俺が言う前にココロちゃんはパタパタと神社の方に行ってしまった。俺は仕方がないのでパピコを持って店に入ってレジでちゃんと払った。

 お店のばさんに怒られるかもと思ったが、特に何も言われなかった。


 ちゃんとパピコを買ってお店を出るとココロちゃんは神社の前の階段で涼んでいた。しかも持ってきたであろうペットボトル飲料を優雅に飲んでいる。

 すっかり彼女に振り回され、不服な俺とジュンは彼女が座っている階段の二段下で座った。パピコをパキッと二つに割って、一つをジュンに渡す。チューチューと吸って食べると、冷たくてちょっとほろ苦いコーヒーの味がした。うん、美味しい。


「ねえ、シンジ君ってどこに住んでいるの?」

「○○県。お母さんが入院したから、こっちに来たの」

「ふうん。そうなんだ」

「ココロちゃんって、ここら辺に住んでいるの?」

「うん、そうだね」

「……不便じゃね?」

「まあね」


 こんな感じでスムーズにココロちゃんと話した。

 ココロちゃん曰く、コンビニは自転車で数十分、イオンモールが車で二十分くらい走らせればあるらしい。うーん、遠い。

 それからここの小学校は一クラス二十人以下で、学年によっては十人も満たないらしい。


「少ないね」

「少子化って奴だねー」

「そうなんだ。うちのクラスは三十人くらいかな?」

「うわあ、多いね。パパが言っていたけど、これからの時代はみんな都市部に行って、こういう田舎みたいな所に人は住まなくなるって言っていた。例え、スローライフって奴が流行っていたとしても、みんな栄えている所に行っちゃうだろうって」


 俺とココロちゃんの話しにジュンはついていけなくて「難しいんだけど」と不満げに言った。

 するとココロちゃんは「じゃあ、違う話をしようか」と切り出して、こういった。


「ヒゴヒゴ様って知っている?」


 ココロちゃんの言葉に背筋がヒヤッとした。青い顔になっているジュンは「名前しか知らない」と答えた。


「そうなんだ。あのね、ヒゴヒゴ様は噂を集める神様なんだよ」

「え? 噂を集める神様?」

「そう。この神社の裏にある井戸に居るんだ」


 そう言ってココロちゃんは立ち上がって、階段を登り始めた。俺達もアイスを食べながら彼女の後についていった。

 神社の周りは背の高い杉の林になっていた。だから他の所より涼しく、そして暗い。突然変な声が聞こえたり、変なお爺さんが迫ってきたらと思うとちょっと不安になった。

 古い神社の社の裏へ歩いていくと彼女の言う通り、井戸があった。そしてその向こうを覗くと急な斜面になっていた。


「お婆ちゃんが言うには、昔からここの人達は噂話をしていたんだって。ほら、人目に付きにくいでしょ、ここ」

「まあ、そうだね」

「そうして井戸の中に噂を集めるヒゴヒゴ様が生まれたんだって」


 ……なんか、突拍子もなく生まれてないか? と思っているとココロちゃんは「それじゃ、話して」と言った。


「シンジ君、ジュン君が内緒にしている事を」

「え? なんで?」

「だって噂が好きなんだから、内緒にしている話しを井戸の中にするの。そうすればヒゴヒゴ様は満足するよ」


 満足するよって言われてもね……。数時間しか会っていない女の子の前で内緒にしている事を言うのは……。と躊躇っているとジュンが井戸の中を覗いて、大きな声で言った。


「兄ちゃんに黙ってポケモンのゲームを勝手に遊びました」

「ジュン! やっぱりお前だったのか!」

「だって、言うと怒られるじゃん……。あと父ちゃんも遊んでいたよ」


 母親が元気だった頃、俺が遊んでいたポケモンのゲームがなぜか先に進んでいたり、取っていないアイテムがあったりと不思議な現象があったが、それがジュンと父ちゃんの仕業だったとは! 今じゃ無かったら、もっと怒っていただろう。でもそれどころじゃないので怒るのは後にしよう。

 こんな感じの秘密だったら、俺にもたくさんあるな。


「ジュンが小さいの頃、泥団子をあげるとパクパクと食べていました」

「ちょっと何それ!」

「お前には秘密にしていたけど、まだ一歳くらいの時に泥団子をあげるとよく食べていたから、たくさんあげていたんだ。お母さんにバレて怒られたからやめた」

「最悪!」


 怒るジュンに俺はちょっと笑い、ふっとココロちゃんを見る。だが彼女は能面みたいな顔をして俺達を見ていたので、ゾッとした。

 恐る恐る「こんな秘密でいいかな?」と聞くと『……そんなんじゃない』と井戸の底から声が聞こえてきた。


『そんなつまらない秘密じゃない』

『マコトの秘密、知らないの?』

『ねえ、秘密を知らないの?』


 様々な声が様々な声が聞こえてきて、恐ろしくなった。ゾワワワッと鳥肌が立っているのが分かる。なるべく井戸から離れようと思って後ずさりをする。

 その時だった。俺の耳元で息は吹きかかる感触と一緒に声が聞こえた。


『本当は知っているんだろ? マコトの秘密』


 俺は神社に響き渡るくらい叫んで、飛びあがるくらい驚いた。パニックになっていると俺の体がバランスを崩す。

 ジュンが「兄ちゃん!」と言うのが見えて、俺は井戸の後ろの斜面に転がって行った。




「兄ちゃん! 大丈夫?」


 ジュンの声にハッと気づいた。斜面に転がって俺は湿った林の地面で倒れていた。キョロキョロと見渡すと除夜で鳴らすような大きな鐘が横倒しになっているのが見えた。まるで打ち捨てられたようだ。

立ち上がって服に着いた土を払って、ジュンに「大丈夫!」と伝えた。ちょっと恥ずかしいな……と思いながら、俺は斜面を登り始めた。急ではあるけど、登れないって程ではない斜面だった。

 登りきるとジュンしかおらず、ココロちゃんは居なくなっていた。


「ココロちゃんは?」

「分からない。どこかに行っちゃった」

「ふうん」


 ココロちゃんの怖くなって逃げちゃったのかな? と思いながら俺は「ジュン、帰ろう」って言った。

 神社から出ると、すでに日が落ちようとしていた。


「ねえ、父ちゃんの秘密を知りたがっていたね。ヒゴヒゴ様」

「やっぱり聞こえたよな。あの声」

「うん」


 泣きそうな声でジュンは頷く。


「父ちゃんと秘密について聞ければいいけど、父ちゃんスマホを忘れちゃったからな」


 俺の言葉にジュンは「あ!」と言って、自分の財布から小さく折り畳んだ紙を見せた。


「あのね、スマホを無くしたらこれ使ってって母ちゃんがテレフォンカードと父ちゃんと母ちゃんの携帯電話の番号を書いてお財布に入れていたんだ」

「マジで! じゃあ、これで父ちゃんに連絡できるじゃん」


 しかも丁度、公衆電話がある。早速、電話ボックスに入って受話器を取った。


「……えーっと、カードを入れて、番号を打って……」


 いつもスマホで電話していたので、こう言った公衆電話を使った事は無かったから戸惑ってしまった。だけど『トゥルルルル』という着信音が聞こえてきたので、ちょっと安心した。

 だけどちゃんと出てくれるかなって不安になって思っていると、『もしもし!』と勢いよく父ちゃんの声が聞こえてきた。


『シンジ? ジュンか?』

「父ちゃん、シンジだよ。ジュンもいるよ」


 そう言ってジュンに受話器を渡すと、「もしもし、父ちゃん」と言っていた。しばらく話していると「うん、兄ちゃんに代わる」と言ってジュンから受話器を渡された。


『ごめんな。父ちゃん、スマホを入れ忘れちゃったな。この電話は実家からかけているのか?』

「ううん、公衆電話。あのね、外に出ると秘密を話せって近所のみんなが言うんだ」


 俺が話し出すと父ちゃんは怖い声で『マジか』と聞いてきた。


「えっと、変な声が聞こえたり、朝、おじさんに追いかけられたり、クラスのみんなから神社の裏にある井戸に秘密にしている事を言えって言われたり」

『神社の裏にある井戸に秘密を言ったのか?』

「言ったよ。ジュンが無断でポケモンのゲームをしていた事とかジュンの小さい頃、俺が作った泥団子を食べた事とか」


 俺が答えると父ちゃんは『しょうもない秘密だな』と言ってくすくすと笑った。


『でもこの程度の秘密だったら、あいつらは満足しなかっただろ。というか俺の秘密を知りたがっていただろ?』

「うん、みんな聞いてきた」

『だよな』

「ねえ、父ちゃん。父ちゃんの秘密って何?」


 俺が聞くと父ちゃんは申し訳なさそうに『俺にも分からないんだ』と辛そうに呟いた。


『ごめんな。ここに住んでから、ずっと言われて来ているんだ。お前の秘密を教えろって。だけど俺も分からないんだ。分からないとか、適当な秘密を言っても全然許してもらえなくて、いつしか街の人達どころか家族から全員嫌われちゃって……』

「そうなんだ」

『それから、黒い影のような奴は出てきているか?』

「うん、出てきている」

『そいつか出てくると厄介だ。秘密を言った井戸の向こうの斜面に大きな鐘がある。それを鳴らせば黒い影は消えて、秘密を教えろってが言う人は居なくなるから』

「分かった」

『俺もすぐに迎えに行くから、鐘を鳴らして待っていろ!』

「うん」


 父ちゃんはもう一度、『すぐに迎えに行くから待ってろ!』と言って電話を切った。すると公衆電話からテレフォンカードが出てきて、カードの隅に穴が開いていた。どうやら使って行くうちに穴が開いていく仕組みのようだ。

 その時、ジュンの「うわ!」と言う声が聞こえてきた。パッと振り向くと黒い影のような物がスウッと俺達に近づいて来た。


『……お前の秘密を話せ』『どんな秘密だ』『……マコトの秘密を話せ』『マコトの秘密……』『秘密を話さないと……』


 飛び交う虫の羽音のような声が聞こえてきて、背筋が凍った。狭い電話ボックスの中でジュンと俺は耳を塞いでしゃがみ込んだ。

 早く居なくなれ! 居なくなれ! 居なくなれ! と俺は念じて、黒い影が居なくなるのを待っていた。


「ちょっと、あんた達、何してんの?」


 さっきとは違う声が聞こえたので顔をあげると黒い影は居なくなって、お店のおばさんが立っていた。

 すぐに俺達はホッとして電話ボックスから出た。


「電話ボックスを使う人はあまりいないけど、ここでは遊ばないでね」

「あ、はい。ごめんなさい」


 素直に謝って神社に行こうとした。その時、ポンッと俺の肩に手を置かれた。嫌な予感がするが振り向く。

 そこにいたのはお店のおばさんじゃ無かった。黒い影だった。


『マコトの秘密を知っているんだろ』

「ウギャアアアアア!」


 俺達は叫びながらも神社へ走って行った。

 神社は、日が落ちている時間でもかなりの暗さだった。しかもずっと鳴いている虫やカエルの泣き声さえも闇の中に溶けてしまった感じの静けさもあった。そしてかなりひんやりとした空気があった。

 階段を登り切って振り向くと黒い影は居なくなっていた。

ジュンがウンザリした口調で「兄ちゃん、まだあの井戸に用があるの?」と聞いてきたので、俺は「いや、違う」と答えた。


「父ちゃんが井戸の向こうにある斜面に鐘があるから、それを鳴らせば元通りになるって」

「じゃあ、さっさと鳴らそう」


 俺達は井戸から大きく離れて斜面を降りる。するとすぐに鐘が目に入った。これを鳴らせばいいんだと思い、俺は近づく。

 だがすぐにどうしようと思った。鐘を鳴らす道具がない。除夜の鐘だと太い丸太で叩くんだけど、そんな物はない。


「なあ、ジュン。でっかい木の棒とか探してくれない?」


 俺が頼むがジュンの声が聞こえない。もう一度、「ジュン?」と言って振り向いた。異様に静かなジュンは俺を見上げていた。その姿にゾッとしたが、「どうした?」と聞いた。するとジュンは口を開いた。


『秘密を教えろ!』


 嘘だろ! ジュンに取り付きやがった! 『秘密を教えろ』と連呼して俺にしがみつくジュンにビビり、パニックになった。だがすぐに鐘を鳴らすものを探す。


 鐘を鳴らせば、ジュンも元に戻る! 辺りをキョロキョロと見渡すと金槌が見えた。すぐにそれを手に取って、大きく振り被って鐘を叩く。


 カーアアアン


 除夜の鐘よりも高い音であまり響かなかった。だけど『秘密を教えろ』と迫るジュンは動きを止めて、「あれ?」と首を傾げていた。

 良かった。これで大丈夫だ……と思うと腰が抜けて地面に尻をつけた。




 夕焼けの赤い光が徐々に消えかかって一番星と月が輝きだしている夜空の下で、俺達は神社の階段で父ちゃんを待っていた。何となくプレハブ小屋に帰りたくなかったのだ。ぼんやりとしているといつの間にかジュンが俺を肩に持たれて眠ってしまった。

 鐘を鳴らした後、秘密に執着しない普通のジュンに戻っていた。そしてあの時の事は全く覚えていなかった。

 蚊に食われた足をポリポリとかいていると見慣れた車が走ってきた。あ、父ちゃんの車だ。急いでジュンを叩き起こして、立ち上がった。


「シンジ! ジュン!」


 車が車道の隅で停めるとすぐに父ちゃんは俺達を呼んで駆け寄ってきた。俺達も駆け寄って抱き着く。


「ごめんなー、怖かっただろう」


 俺達の頭を撫でながら父ちゃんはそう言った。父ちゃんを見て、ものすごくホッとして涙が出そうだった。でもすでにイオンは泣きしているので、俺は涙を我慢している。

 しばらく抱きしめてくれた後、父ちゃんに「もう帰ろう」と俺は言った。だが父ちゃんは「ごめん、もうちょっと待って」と言った。


「ヒゴヒゴ様に俺の秘密を教えないといけない」

「え? 分からないって……」

「ごめんな。あれ、嘘なんだ」


 申し訳なさそうにそう言って、父ちゃんは神社の裏にある井戸に向かった。行きたくなかったが俺達も一緒に来た。

 父ちゃんは神様にお願いするように手を合わせて口を開いた。


「ヒゴヒゴ様、俺は、リュウゲン家の人間ではありません」


 俺達は「え?」と声を出した。



 父ちゃん曰く、ヒゴヒゴ様と言うのは噂の真相を知りたい妖怪みたいな物らしい。ヒゴヒゴ様のヒゴは【飛語】。それは噂やデマと言う意味だと言う。父ちゃんのお爺さん、つまり俺達にとってはひいお爺さんが教えてくれた。


 ヒゴヒゴ様の井戸を後にしてプレハブ小屋に帰ってきて父ちゃんと一緒にふろに入ってご飯を食べた後、布団に入った時に話してくれた。

 父ちゃんは「修学旅行みたいだな」と言った。


「田舎って昔から娯楽が無いんだ。そうなると暇になって噂話が楽しみになっていったんだよ。そうした怨念のような物が井戸に集まって、生まれたのがヒゴヒゴ様。噂の真相が知りたくて、知りたくて、人に取り付いて聞き出そうとしたり、姿を現して脅かして聞こうとするんだ」


 俺は「ものすごく迷惑な奴」と言うと父ちゃんも「全くだ」と軽く笑って言った。そしてジュンは「暇ならスマホを使えばいいのに」と的外れな事を言っている。


「父ちゃんは、リュウゲン家の親戚の子なんだ。俺が生まれた頃、生まれたばかりの赤ちゃんが亡くなっちゃって、母さんの心が弱り切っちゃったんだ。それで亡くなった赤ちゃんの代わりに俺が来たわけ。まあでも数年後、弟と妹が出てきて俺はここに住むことになっちゃったけど。それで赤ちゃんが死んだのに突然、俺が来たから本当は親戚の子じゃ無いんだろって怪しむ人もいたんだ。それでヒゴヒゴ様が気になって、俺に真実を聞き出そうと思って付きまとってきたんだ」

「なんか、父ちゃん、可哀そう」

「まあね。さっさと井戸の中に真実を言えば良かったんだけど、俺は真実を言いたくなかったんだよ。言葉にしたら、自分は一人ぼっちと認める事になるから。そうしたら街の人に取り付いたり、脅されたり……。爺さんに『鐘を鳴らせば、すぐに収まる』と言われていたから大丈夫だった」

「でも言いたくない事を言えって言うなんて、酷いと思う」

「父さんも嫌じゃ無かった?」


 父ちゃんは「まあな」と遠い目をして言い、俺とジュンを撫でた。


「だけど、お前らは怖かったな。俺じゃないから大丈夫だと思っていたけど、まさかヒゴヒゴ様が俺の秘密を知っていると思ってお前らを追い回したから」

「別に怖くなかったし」

「平気だったよ」

「ほんとかよ。まあ、秘密を教えたんだからヒゴヒゴ様も俺達を追いかけまわさないだろうよ」


 俺の強がりに父ちゃんは笑って、「もう寝よう」と言った。


「明日、朝すぐに帰ろうな。それで母ちゃんのお見舞いに行こう。もうすぐ退院、出来るってお医者さんが言っていたぞ」

「本当に!」

「やった!」


 久しぶりに俺達は安心して眠りについた。




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