偶
つまらない人生だと思う。
仕事は単調、趣味は地味、友達は少ない、恋人なんて出来たことない。
休日は寝て過ごすことが多い。仕事で疲れているわけではなく、ただやることがないだけだ。
趣味と言えるのは、ペットの亀の世話だけだ。毎日餌をやり、週に一度、多い時は二度水槽を洗うぐらい。
物心ついた時から一人でいることが多かった。
幼稚園のときは、園庭でよく蟻を見ていた。蟻には友達がたくさんいて良いな。そんなことを考えていたと思う。
小学生のときは、休み時間はずっと図書室にいた。読みたい本があったわけじゃない。ただ一人で教室にいるのが嫌だった。それだけ。
中学生のときも、休み時間はずっと図書室にいた。いるだけも暇だったから、ある人の小説をずっと読んでいた。
高校の入学祝いで、ポータブル音楽プレイヤーを買ってもらった。音楽が特別好きという訳ではなかったけど、休み時間はずっと音楽を聴いていた。
流行りの邦楽。同年代に人気らしい恋愛系の歌。
忘れられない恋なんてしたことないけど、こんな恋ができたら良いな。なんて、馬鹿げた理想を考えながら聴いていた。
勉強は好きじゃなかったけど、家でやることもなかったから、毎日授業の復習や予習をしていた。そのおかげで、世間一般的にも良い大学に合格した。
良い大学に入れば何か変わると思っていた。
何も変わらなかった。
相変わらず友達はできなかったし、休み時間は一人だった。唯一良かったのは、大学は一人で過ごす人がある程度いること。
就活はなんとかなった。大企業じゃないけど、良い会社だ。定時で帰れて、残業もほとんどない。
相変わらず一人だ。
社会人二年目のとき、なんとなく一人暮らしを始めた。一人暮らししたら何か変わるかと思っていたけど、また何も変わらなかった。
自炊はしているけど、料理が趣味と言えるほどハマることはなかった。凝った料理を作るほど、準備や後片付けがめんどくさい。
だから亀を飼った。世話も簡単だし、亀がいれば一人じゃない気がしたから。
暇だからテレビをつけてみると、ニュースがやっていた。人気タレントが自殺したらしい。私でも名前は知っているくらいの有名人。
私が死んでも誰も気付かないだろうな。
あ、両親は悲しむか。
それに亀の世話もあるし。
まだ死んだらダメだな。
仕事で頼りにされているわけじゃないけど、私のせいで他の人に仕事が回されるのは可哀想だし。
そう考えれば私は意外と、価値のある人間かもしれない。
でも、このタレントは私なんかには想像も出来ないほどの価値を持った人間だっただろう。
自殺の理由について、ネットで様々な憶測が飛び交っていた。
芸能人は有名になればなるほど、何かあった時に批判的な言葉が飛ぶことが多い…気がする。
でもこの人は皆に好かれていたようだ。皆に見られて、皆に好かれる。
こんな人が自殺するなんて、世の中何があるかわからないな。
少なくとも、私には理由が想像できない。
絵に描いたような順風満帆な人生だっただろうに。それを若いうちに自分で終わらせるなんて。
若いと言っても私より年上だが。
私のつまらない人生でも、死にたくない理由はいくつも思い浮かぶ。
だって死ぬのは怖いし。
想像のつかないものほど、底知れぬ怖さがある。これは生き物の本能だろう。
お腹空いたけど、冷蔵庫は空だ。買い物に行かなくちゃ。
アパートを出て少し歩くと大通りがある。道路を挟んで反対側に大きなスーパー。私はここで買い物を済ませることが多い。家具は揃わないけど、生活に必要なものは大体揃う。
問題があるとすれば、信号が変わるのが遅いことだ。でも信号無視は良くない。小さいときに習ったそれは、今も破ったことがない。誰の責任になろうが、死んだら元も子もない。だから、死なないためのルールは守るようにしている。
信号が青に変わった。早く渡ろう。早くスーパーに行って、早く買い物を終わらせて、早く帰ろう。
突然、真横から車のクラクションの音が聞こえた。
【次話投稿】
未定
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