嘘
今日も疲れた。
張り付いた笑顔、聞き取りやすい声、過剰な反応。
そんな嘘の世界に僕は身を置いている。
僕は真面目で優しい。誰にでも平等に接し、決して他人を責めるようなことや、後ろ向きなことは言わない。話している相手の目を見て、常に背筋を伸ばして、堂々と、そして、相手を尊重することを忘れずに。
今日も収録があった。
生放送のワイドショー。時間は正午過ぎ。この時間の視聴者は主婦層が多い。
当たり障りのない言葉を意識して、なるべく誰の気持ちも逆撫でしないような態度を続ける。
作曲家の女性が亡くなったニュースが入ってきた。
特別親しい交流はないが、現場で見かけたら挨拶はする、その程度の仲だった。
過激なファンによる殺人。昨日の夜、コンビニ帰りに刺されて亡くなった。計画的な犯行だろう。
彼女は容姿が良かった。それでいて、恋愛的な歌詞をよく書いていた。タレントとしても活躍しており、業界の注目度はとても高かった。人に恨まれるようなことはしない人だったとは思うが、その容姿と才能は妬まれることは多かったと思う。
正直興味はない。唯一あるとすれば、彼女事務所の損害は大きいことぐらいだ。
でも、僕は悲しい。僕は彼女と挨拶する程度の仲だったけど、彼女の才能は国の宝だと思っていた。僕も彼女の曲は好きだったから。
そんな才能を潰した犯人は、どんな理由があるにせよ、殺人は許せるものではない。
こんなものかな。めんどくさい。
俺は人より目立つのが好きだった。だから、色々な人を参考にして、人から好かれる存在に変われるように努力した。
今も俺は努力し続けている。自分の出た番組は毎回チェックし、SNSで視聴者の意見を気にし続けている。編集から見える業界からの評価や映り方、視聴者からの評価、そして僕自身の手応え。
それらの相違を分析し、次はどうすれば良いのかを考え続けている。
僕のイメージを壊さないように、プライベートでも俺は隠れ続けている。期待されている僕になりきるために。
その努力が実を結び、今では人気タレントの一人になった。複数のレギュラー番組を持ち、収入も安定している。
僕を知る人は多い。けど、俺を知っている人はほぼいない。覚えている人も少ないだろう。
俺は僕の中に生きていると思う。被り物の僕は、いつの間にか俺を喰らい、俺は僕の奥底に沈められた。
注目され始めた時、僕はまだ俺だった。俺のままでも十分だと思っていた。でも、期待されているのは僕だった。だから、俺は僕になった。
最初はぎこちない僕だったけど、今では自然な僕になった。
俺はいらない。必要とされているのは僕だけだ。
僕は僕であり、俺はいらない。
たまに俺が出てくる。けど、僕は俺を表に出すことはない。俺は必要じゃない。必要なのは僕だけ。
俺は誰だ?
俺が演じていた僕は、いつの間にか僕が俺を封じ込めている。
俺はどこにいればいい?
俺はどこにも必要ない。
僕がいればいい。
疲れた。
僕と俺は正反対だ。
俺は優しくない。と言うよりも、人に興味がない。俺は俺がいれば目立てばなんでも良い。
僕は、僕以外が幸せならなんでも良い。僕が目立つよりも、人が目立ちたいならそれを優先する。
道を開けろと言われれば、挑発的な口調で「開けてみろ。」と言いたい。
僕が言われれば、「どうぞ。」と優しい笑顔と口調で言うだろう。
僕は僕でいいんだよね。
僕に俺は必要ない。
そうか、俺はいらないのか。
だったら、死のう。
死ねば俺はいなくなる。
俺がいなくなれば、僕は完璧な僕となれる。
僕は俺を殺す。
俺もそれを受け入れる。
僕のために、僕は俺を消す。
消すためには、俺は死ななきゃいけない。
僕は俺を殺さなきゃいけない。
俺がいなくなれば、僕は僕として残る。
さようなら。
【次話投稿】
2024/7/29/20:10
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