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 幸せな人生を歩んできたと思います。

 強い父と優しい母。頼りになる兄に、慕ってくれる妹。絵に描いたような温かい家族に囲まれました。

 生活に苦しい時期もありましたが、常に幸せでした。父は、私が何をしても、常に味方でいてくれました。母は、私が何をしても、常に受け止め、包み込んでくれた。兄は、常に私の目標であり憧れであってくれた。妹は、常に私の背中を見ながら応援してくれた。

 学友はみな出世し、良き人と結ばれた友も多いです。私も良き人と結ばれることが出来ました。

 とても優しく、時に厳しかった。私には勿体ないほどの相手でした。

 私は小説家として生涯を全うしました。他の小説家と比べても早くに本が売れましたが、誰もが知る本を創る、そんな淡い夢が叶うことはありませんでした。

 しかし後悔はありません。私は私の世界を書き続けた。ファンレターというものももらったことがあります。数は多くないですが、私の世界を理解してくれた他人がいる。それがとても嬉しかった。

 それとは反対に、才能がないと言われたこともありました。売れる物語を書けと言われました。しかし私は自分の書きたいものを書き続けました。

 そんな私の本を、彼女は一番支持してくれました。私は書いたものを真っ先に彼女に読ませていました。いえ、読んでくれていたのでしょう。彼女にとってつまらないものも多くあったと思います。しかし、彼女はつまらないなどと一蹴することはなく、毎度面白いと言ってくれました。そして気になったところに線を引いてくれました。その中には線が細い箇所もありました。それは彼女からの、つまらないに代わるメッセージだと私は思っておりました。考えて書き直し、彼女に見せると、彼女は最初に見せたときよりも良い笑顔を見せてくれるのです。それがたまらなく嬉しかった。

 取材と称して、彼女と旅行することもありました。彼女は見たことない美しい景色を見ると、その景色を指さして私に微笑みました。私も同じ景色を見ていました。彼女には私よりも鮮やかに見えていたのでしょう。けれども私には、彼女より美しいものは見つけることが出来なかった。

 彼女と私の間には、二人の子どもがいます。

 子どもが出来たと知った時、私は彼女よりも喜びました。彼女は「私の方が…」と言うのかもしれませんが、私の方が喜んだと思います。一人目も二人目も、私が一番喜びました。これは譲れません。

 そんな子どもたちが独り立ちした時、彼女は人知れず涙を流しておりました。私も悲しかった。しかし私は、悲しみと同時に嬉しくも思っておりました。

 それは、彼女と二人きりで過ごす日々への喜び。

 子どもたちには悪いと思っておりますが、この喜びに比べたら、子どもたちが私と彼女の手から離れる悲しみは小さいものです。それに、独り立ちした子どもがいる、彼女と私の育てた子どもが独り立ちした、それら自体も嬉しいことですから。

 子どもが孫を連れてきました。それはもう嬉しく、誇らしく。親が子を産み、その子が親になって、親になった子が子を産む。そうやって命が紡がれていくことを改めて理解しました。

 半世紀以上、私とともに人生を歩んだ彼女は、先に旅立ちました。私が見送れた嬉しさと先に旅立たれた悲しさが入り乱れましたが、生あるものに死はつきものであることは理解しておりました。理解はしていましたけど、やはり悲しいものですね。

 私の人生は彼女で成り立っていたと言っても過言ではありません。それほど私の中の彼女の存在は大きかった。

 そんな彼女がいない世界で、私はとても長い時間生き長らえたと思います。彼女がこの時間を過ごさなかったと思うと、誇らしくも思えてきます。

 あともう少しであなたのところへ行けます。健康には自信があったのですが、年には勝てないものですね。

 あなたはどんな顔で待っているのでしょうか。また微笑んでくれるのでしょうか?魅力的なあなたですから、他の紳士な男に言い寄られているかもしれませんね。

 それでも再び私を選んでくれますか?

 選んで欲しいです。

 そう思える相手が、あなたで良かった。

 私は幸せ者です。

【次話投稿】

2024/7/26/20:10

【作者X(旧Twitter)】

https://x.com/tsuchi3_memo

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