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第九十話【跡を辿る】


 運んできた日用品を工房へと運び込む手伝いをして、反対に工房から薬を馬車に積み込む手伝いもして。

 そして、魔術師先生の帰宅を待つために、俺達は店員さんことメーインさんが街へ戻るのを見送った。


「……てことは、帰りは歩きか……」


 見送ってから気づいてももう遅い。そんな事実に、ちょっとだけ落ち込んでしまいそうになる。

 でも、ここで待たなかったらどうせ会えなさそうだし、選択肢はほかになかったんだけど。


「すみません。日が暮れるまでには必ず戻るようにと言ってありますから、それまでお待ちください」


「ああ、いえいえ。こっちこそすみません、いきなり押しかけてしまって」


 さてと。そんなわけで、俺達はこの工房でしばらく待ちぼうけになるわけだが。

 そんな俺達に申し訳なさそうな顔を向けたのは、魔術師先生の助手だという少年だった。


 まあ、ただ待つにしても、こうして話を聞けそうな相手がいるならマシか……なんて、思ってたんだけど……


「……まあ、忙しいよね。ふたりでやってんだもん」


 すみません。すみません。と、何度も頭を下げたのちに、工房の奥のほう……たぶん、研究機材だとか、薬剤を調合する道具なんかがある部屋へこもってしまって、出てくる気配がない。


 まあ、冷静に考えたらそりゃそうなんだよな。

 俺達が来ることは予定になかったわけで、それようの準備なんてしてあるわけがない。

 それに、作っているものの重要度が高いんだ。ちょっとさぼって暇な俺達の相手をして……なんて、やっていいハズもない。

 少なくとも、決定権を持ってる先生ならいざ知らず、助手である彼にその選択肢はありえない。


 そんなわけだから、俺達は居住スペースであろう空間に、ふたりっきりで取り残されてしまった。


「……大変そうだな。せめて、手紙を渡して貰って、本当に来るのは次回にすべきだったかも」


 今までにこういうことはなかったから、配慮が足りてなかった。反省しよう。いつまでもその日そのときに突撃してたら、本当に怒られる日が来そうだ。


 それでも、こういうときにはマーリンがお手伝い出来たんだ。けど、今回はそうも言ってられない。

 やっぱり、今いるのが助手の人で、決定権を持っているわけじゃないから……ってのもある。でも、それは本質じゃない。


 マーリンはまだ、その能力を見せていない。もちろん、見せたらすぐに大丈夫ってわけじゃないけど。

 知識や経験、それに魔術の才能。あらゆるものを証明しないと、人命にかかわるような仕事を手伝わせては貰えないだろう。

 手伝いをするにも、それにふさわしいと認めて貰う必要がある。まあ……なんと言うか。現代風に言うところの、免許だとか資格がないからさ。


「しょうがない。今回はおとなしく待ってるしか……あ、いや、待てよ」


 手伝える雑用があれば回してって、言えば何かさせてくれるかな。勝手なことはさせられないって言われるかな。どうだろう。

 とりあえず聞いてみる価値はあるか。勝手に押しかけて、リビング占拠して、何もせずにぼけーっとしてるだけって、普通に印象悪いし。うん、何しに来たんだってなる。


「マーリン、何か手伝えることないか聞きに行こう。マーリンの実力を知れば、ちょっとした手伝いくらいは任せてくれるかも……ん? あれ、どうしたの? おーい」


 黙って待っててもしょうがない。と、意を決して動き出そうとしたんだけど。

 肝心要、手伝いの出来る魔術師ことマーリンが、なんだかそわそわきょろきょろと落ち着きがない。

 それに、俺が呼んでもこっちを見ないし、どことなく浮かれた様子で……


 はて、こんな子だっただろうか。

 そりゃあ、知らない人の家に来ればこうなるのも変じゃないけど。でも、今までにこんなリアクションを見せたことはなかった。

 じゃあ、ここが何か特別な場所……ってことだろうか。でも、魔術師の家に来るのだって、これが初めてなわけじゃないし……


「……デンスケ。ここだよ。ここにいるんだ」


「ここ……? ここに……」


 いる……って言うと? なんだか要領を得ない説明……説明にもなってない言葉をいくつか繋げて、マーリンは部屋の中をじーっと観察し続ける。


「……もしかして……っ! 湖の痕跡がここにも……」


 俺の言葉に、マーリンはこっちを振り返らないままこくんとうなずいた。その表情は、とても真剣なものだった。


「そっか、そっか……ああ、なるほど。じゃあ、あの助手さんが……」


 薬屋と街にあった痕跡はきっと先生のものだとして、じゃあほかの候補はあの少年しかいないだろう。

 ってことは、助手とは言うものの、彼もかなりの腕利き……ってことだろうか。いや、なまくらじゃ助手にもして貰えないと考えたら、当たり前なのか……?


「ううん、違うよ。さっきの子じゃない。さっきの子は、街にあった痕跡の魔術師だよ」


「えっ? 街にあった……でも、街に卸す薬を作ってるのは、先生のほうだって……」


 実は、薬を作ってるのは助手のほう……ってことだろうか。それとも、助手さんは魔術師先生が薬を作る魔術を真似出来て、先生はそれとはまた違う魔術も使える……とか……


「……こっち。こっちに続いてる。デンスケ、行こう」


「えっ、ちょっと、マーリン⁈ か、勝手に出歩くのは…………迷惑になるよ!」


 待ってるだけなら、外に出ても別に同じかな……とも思ったけど、俺達は魔術師先生に会いに来たお客って紹介されてるから。

 勝手にいなくなられたら、助手さんが探すかもしれない。それは迷惑過ぎる。


 でも、マーリンはものすごい勢いで工房を飛び出して、山のほうへ向かって走り出してしまった。

 ちょっ、速い! こういうところだけめちゃめちゃ野生児なの、あいかわらずギャップがすごいよ。


 しかし、その迷いなさ過ぎる足取りを見るに、この工房に到着した時点で、湖で見たのと似た痕跡を見つけていたんだろう。

 じゃあ、荷物の積み下ろしの間もずっと我慢してたのかな。見えてるゴールを後回しにして、待っててくれたんだ。


「……もう、しょうがないな。マーリン! ちょっとだけ待ってて! 書き置きだけ残して……残し…………字が書けねえよ、俺には……っ」


 しまった。どうしてか言葉が通じるから忘れてたけど、俺はこの世界の言葉なんて何も知らないんだ……っ。

 じゃあどうする、ドア越しに大声で言い残していくか。めっちゃ迷惑、めっちゃ邪魔なやつだな、それもそれで。じゃあ……うーん……


「……っ。すぐ戻るよ! ちょっと調べたらすぐ戻るからね! マーリン! 待って!」


 じゃあ……助手さんが部屋から出るまでには戻ろう。とりあえず、お客さんがいなくなった! 探さなきゃ! ってなる前には。


 そんな決めごとを、とても立ち止まって聞いては貰えなさそうだから、自分の中だけで定める。うん……出来れば聞いて欲しいけど、今はそれどころじゃなさそうだから。

 なんとかしてそれを守らせるぞって気合を入れて、俺もマーリンのあとを追って走り出した。

 走るの苦手じゃないけど、相手が悪過ぎる……っ。ちょっと出遅れたせいで、これっぽっちも近づいてく感じがしない……


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