第八十六話【魔術師として】
ガラガダを目指してアーヴィンを出発してからすぐのこと。
街からそれなりに離れたから……なのか、さっそく魔獣の群れと遭遇してしまっていた。
「デンスケ、さがっててね。燃え盛る紫陽花」
遭遇して……そして、ものの数秒ですべてが焼き尽くされるのを見届ける。
「うーん……なんと言うか、かんと言うか。マーリンが頼もし過ぎて、ちょっとだけ危機感を失いつつある気がする。もうちょっとくらい心配させてくれてもいいのに」
心配……最初のころはちょっとはあったんだけどね。
でも、今となってはそれもどこへやら。あまりにも強過ぎるマーリンの魔術を前には、どうしても緊張感を保てない。
「はあ。こんなことなら、フリードをもっと急かしておけばよかった。早く実戦で使える技を教えてくれ、って」
そんな恨み言がこぼれるのは、腰に提げた剣がすっかり気にならなくなって、なんだったらちょっと忘れかけるときがあるから……かな。
きらびやかな装飾の施された、抜くことの出来ない剣。これは、いつかフリードから借り受けたものだ。
剣術を学ぶことも大切だけど、旅をするのなら、それを持っている重さに慣れるのが先だろう、と。そんなことを言われて。
そのときは納得したけど、冷静になって考えれば、あれはフリードなりの気遣いだったのかもしれない。
戦うには向いていない、そういう経験も覚悟もない俺を、少しでも危険から遠ざけるための方便だったのかも。
「……としたら、俺がもっとしっかりしてるとこを見せるべきだった……のかな。でも……うーん」
マーリンがいる状態で、どうして戦いの素質を披露出来るだろう。
それに、フリードもフリードでよくわからないくらい強かった。なんだったら、彼がいた間はマーリンすら戦っていないんだ。まあ、魔獣が出なかったことが一番の要因なんだけど。
「デンスケ、大丈夫? ケガしてない? あっ、もしかして熱かった? ごめんね、いっぱい手加減したんだけど……」
と、悩んでいる俺に、マーリンが心配そうな顔を向けた。いかんいかん、変な誤解と罪悪感を発生させてる。しょんぼりしないで。
「ううん、大丈夫。これっぽっちも熱くないし、ケガもしてないし、怖ささえなかった。うん……怖くもなかったのがね、ちょっと問題だなー……って」
俺の言葉に、マーリンは首をかしげてしまった。怖いほうがいいの……? とでも尋ねられそうだ。
うん。そう。怖いほうがまだマシ。怖さを忘れて、今みたいにぼけーっとしてしまうことが一番危ないんだから。
「マーリンに頼りっきりだとさ、魔獣に対して警戒心を持てなくなりそうだから。だからって、手加減して倒さないようにして……なんて言うのも違うけど。でも……そうだなぁ」
たまには俺が戦うよ……って、そう言えたらどれだけ楽か。
今の俺には、きっと小型の魔獣を倒す力もないだろう。
ケージの中にいるウサギが相手ならいざ知らず、野生の動物……それも、うりぼうなんかよりよっぽど危険なやつなんて、素人が退治出来るわけもない。
「……そうだ。マーリン、魔術で身体を強くすることは出来ないのかな。ほら、俺がケガをしない……しないわけじゃないか。してもすぐ治るのは、魔術の力なんだろ?」
じゃあ、人間の肉体に付与する魔術……つまるところ、エンチャント的なものは存在するハズだ。
マグルも姿を隠ぺいする魔術を使っていた。じゃあ、肉体に付与しつつ、任意のタイミングで効果を望める術ってのも、理屈の上では可能なんじゃないだろうか。
「…………身体を……うーん。出来る……のかな。やったことないから……」
「そっか……いや、そりゃそうだよね。マーリンにはまったく必要ないものだし」
あれだけ強くて、それにかつては空も飛べたわけだから、身体能力を強化したい場面なんてそうそうないよね。
マーリンは首をかしげて、頭を抱えて、目をギューッとつむって思案に暮れている。そ、そこまで悩まなくても大丈夫だよ……
「……やってるのを見たら、出来るかもしれない。オールドン先生の魔術も、見るまで出来なかったから」
見れば……実例を知りさえすれば、組み立てることは可能……か。なるほど、それはたしかにマーリンらしいかもしれない。
彼女には優れた能力がある。才能も申し分ない。
ただ、知識が偏っている――人間の魔術師のように、研究をする機会に恵まれなかった。
だから、マーリンはオールドン先生がやったような魔術さえ、見て知るまでは出来なかった。
当たり前のことだけど、ここに至ってそれはとても大きな真理かもしれない。
「魔術師の知り合いが増えたら増えただけ、マーリンは使える魔術が増える……ってことでもあるのか。この旅は友達探しの旅のつもりだったけど……」
魔術師の友達を増やすことは、奇しくもそのままレベルアップの最短経路にもなっていた、と。
なら、この先にそういう魔術を使う人が現れれば、俺もそのときには……って、勝手に希望を抱く俺に、マーリンはちょっとだけ申し訳なさそうな顔を向ける。ど、どうしたの……?
「……僕は、魔術が得意……だと、思ってたんだけど。でも……世界は広い……だね。マグルの魔術は、見ても……真似出来なかった。神殿の痕跡も、それがどんな魔術か全然わからなくて……」
おや、これは……もしかして、自信喪失中だろうか。
頼りにされるのがうれしい。頼られたい。そのためには、魔術が一番手っ取り早い。
と、そうなるような経験を積み重ねてきたマーリンだったけど、ここへきてその魔術絡みで挫折しかかってるのかな。
「……じゃあ、まだまだこれから成長出来るね。マグルの魔術がわかんないなら、今度会ったときに教えて貰えばいい。教えられないって言われたら、いろいろ試して真似してみればいいんだよ」
この挫折は、マーリンの魔術師としての成長に欠かせないものになるだろう。そういう意味では、早いうちにマグルと出会えてよかったのかな。
きっと以前の彼女は、必要な工程を魔術で代行するばかりで、魔術でならどんなことが出来るかと夢想することはなかったんだろう。
足でドアを閉めようとはしつつも、手では空を飛べないと諦めてるのと同じ。あくまでも、手足と道具の代わりがマーリンの魔術だったんだ。
それが今、変わり始めている。どうすれば空を飛ぶ道具を作れるだろうと、そういう思考回路が生まれつつあるんだ。いや、空は飛べたな、そもそも。くそう、ややこしい。
「……よし、じゃあこうしよう。この旅の間、俺の身体を強くする魔術を考えて欲しい。誰かがやってるのを見て真似るんじゃなくて、マーリンが自分で考えて、形にするんだ」
「……僕が考えて、デンスケを強くする……?」
まあ、その魔術じゃなくてもいいんだけど。
でも、明確にこれが欲しいと想像出来ているもののほうが、いくらか取り組みやすいハズだ。欲しがってるのは俺だけかもしれないけどもさ。
「うん、マーリンが自分で考えるんだ。マーリンにしか出来ない魔術を作るんだよ。そのために、毎日でも実験してくれていいからさ」
俺のための魔術を開発してくれって話だから、実験台になるのは当たり前として。
マグルが言ってた言葉を思い出す。人間相手の実験をせずに、どうして効果を保証出来るのか、と。
俺が使う魔術なんだから、俺で実験して、俺の感想をもとに開発を進めるのが一番効率的なハズ。それと、一番周りに迷惑がかからない気がする。
「……うん、やってみたい。やってみる。がんばるね」
マーリンは俺の提案を聞いて、目をぎらつかせて力強くうなずいた。うんうん、頼もしい限り。
これでいつか、俺がマーリンよりも前に出て戦う日が来れば……なんて考えつつ、ガラガダまでの道中に現れる魔獣が、マーリンの魔術で焼き払われるさまを眺め続けた。
うん……俺で実験するのが、一番……周りに、迷惑がかからない。周りに……周りに……周りに、は……うん。




