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第七十八話【流れるものは、流れるままに】


 友達になりたい。マーリンが繰り返したその言葉の力によってか、魔術翁マグウェラは少しだけ心を開いてくれたらしい。


 魔術を極めるために、クリフィアを作った。けど、今のあの街はそういう場所ではなくなってしまいつつある。

 そんな話を教えてくれるくらいに、親しくなれたんだ。


 そんな魔術翁に、マーリンはまたもう一歩踏み込んで、もっと知りたい、理解したい。そして、友達になりたい。って、もう何回目かもわからないくらい繰り返して……


「……わしには、生まれながらに能力があった。マーリン。きっと、おぬしも同じじゃろう」


 魔術翁のおじいさんは、初めに感じた印象よりもずっとのんびりした口調で、自分の過去と、そして……たぶん、マーリンのこれからにかかわる話を始めてくれた。


「魔術とは、自然に起こる事象の再現である。そしてその規模、再現度の高さについてを、魔術の練度と呼ぶこともある。じゃが……わしは、それがすべてとは思っておらん」


 おじいさんの話は、正直なところ、俺にはあんまり理解出来ないものになるだろう。そんな気がしてる。

 でも、きっとマーリンにとっては大きな意味を持つ。だからこそ、話すつもりになってくれたんだろうから。


 そのことを理解しているのか、それとも無関係に興味を向けているのか。

 わかんないけど、マーリンは目をキラキラさせながらその人と向き合っていた。


「魔術とは、可能性じゃ。人間の持つ、無限に広がり得る可能性そのものなのじゃと、わしはそう思っておる。この世界に広がる大自然に存在するあらゆるものに、人間が手を届かせるための力なのじゃろう、と」


「……大自然に……えっと。それって、術の最奥……っていうやつ、だよね?」


 マーリンの問いに、おじいさんは目を細めてうなずいた。狼のような貌の鋭い眼光は、もうどこにも見当たらなかった。


「人間の想像力には限界がある。たとえば、時間を巻き戻せたならば……と、そう夢想することは容易い。しかしながら、その手段を模索し始めたならば、途端に足を止めるしかなくなるじゃろう」


 時間を……タイムマシン的な話かな。

 なるほど。と、俺が隣で納得していると、マーリンは首をかしげて、わかったの? と、言いたげな顔をこっちに向けてきた。


「えっと……わかったつもりになっただけだよ? そりゃそうだよな、って」


 そりゃそうだ……の、その意味はきっと、マーリンやおじいさんの考えるところとは違うんだろうけどさ。


 俺が知ってるタイムマシンは、青狸のネコ型ロボットの乗ってるアレのイメージだ。でも、それには理屈がない。そういう説明や描写が存在しない。


 けど、それ以外にも似たものを知っている。いや……俺が知ってる世界には、その理屈を考えたがる、この世界で言うところの魔術師みたいな変人がたくさんいるんだろう。


 光速を超えたならば、時間を超越出来るかもしれない。なんて、とっても有名な科学者の理論の中にも、そういう話は飛び出してくる。


 でも、おじいさんが言いたいのはそういうことじゃない。

 そういうことだけど……そういうことを思いついても、やっぱりその手段をどうするかがわからないって話だと思う。


「……時間を戻す方法を思いついても、その方法を実行する手段を実現する方法がわからない」

「また、その方法を思いついても、それを実行するにはどうしたらいいかって悩む必要がある。って、そんな話……ですよね?」


 光速を越えられないから、それは理論で止まってるんだ。

 おじいさんの言いたい想像力ってのは、最終的に何をどう実行するのかまでを含めた一連の処理を、頭の中に準備出来るのか……ってことだと思う。


「ふんむ。デンスケ、おぬしはそれなりに知識があるようじゃの。そして、その知識を知恵として活かすことも知っておる。奇妙なものじゃの、魔術師でも賢者でもなかろうに」


 その考えは正しかったらしくて、おじいさんはちょっとだけ関心そうに目を丸くして俺を見ていた。

 まあ……そうだよね。マーリンだったらいざ知らず、俺には魔術の痕跡とか、魔力とかもいっさいないわけだから。


「未明を明かせば、その先にはさらなる未明が待つ。これは絶対の真理じゃ。ゆえにこそ、魔術師は日々を研究に尽くし、わしもその例に漏れんかった。のじゃがな……」


 ふう。と、おじいさんはひとつため息をついて、それから視線をマーリンへと戻した。

 その表情は、どこかさみしそうな……心配そうな目をしているように見えた。


「……この国が今の形になるよりも前から、研究に明け暮れておった。そのことに不満などなかった。しかし……ふと、思うようになってしまったのじゃよ」

「もし……もしも。わしが魔術に触れることがなかったのならば、と」


「……おじいさんが、魔術師じゃなかったら……ってこと?」


 おじいさんの悩みに、マーリンは首をかしげた。そんなマーリンを見て、おじいさんは小さくうなずいた。


 どうしてそう思うの? と、マーリンは純粋な疑問を浮かべている。それはきっと、自身の過去に通ずるものがあるから……なのかな。


 もしも、自分が人間だったら。もしも人と違わなかったら。

 それは、俺が聞いたから考えたこと。俺が聞いてから、やっと考える必要があるとわかったことだった。


 魔術翁のおじいさんは、生まれながらに特別な能力があった……才能があったと言っていた。それは、マーリンと共通する部分だろう。

 魔術師としての能力についてもそう。そして、特殊な存在に生まれたことも。


 だからマーリンは、おじいさんの話に自分を照らし合わせてるんだ。

 そして、もしそうじゃなかったら……の、選択肢の先を生きている今を、知っているからこそ……


「魔術師でなければ、そもそもこの姿を隠すこともかなわぬじゃろう。すれば自然と、獣として暮らすことを余儀なくされる。しかし……」

「しかし、じゃ。そのことがどれだけ不便か、不条理かは、今のこの時にはまったくわからぬ」

「それでも、確実なことはある。そうなったわしは、クリフィアを作ることもなかったじゃろう」


 クリフィアを作ったことが、おじいさんにとっての後悔……なのかな。そんな言い方に聞こえた。

 でも、おじいさんが街を作らなかったとしても、その場所にはきっと、ほかの誰かが街を作ったハズだ。


 そんなことは、おじいさんならわかってるだろう。じゃあ……後悔は、街を作ったこと自体ではなくて……


「……わしの力は、あまりにも強過ぎた。デンスケよ、おぬしならば理解しておるかもしれんの。過ぎた力は、人々から希望を奪うのじゃ」


「……っ。それ……は……」


 後悔があるのは、クリフィアという街が、魔術師のための場所になってしまったこと。

 そして、その場所に集まる魔術師の気持ちを、魔術翁マグウェラ自ら折ってしまったこと……なんだな。


 その話は、そういう結末は、たしかに俺も理解して、予見して、少し危惧もしていた。

 オールドン先生のところにいたころに、マーリンの活躍をこの目で見たときから。


「わしがいなければ、この国の魔術師はもっとのびのびと成長出来たじゃろう。それを思うと、ひたすらに尽くした時間のすべてに、悔いを残した気持ちになってしまうのじゃよ」


 魔術翁はそう言うと、マーリンの頭をぽんぽんと撫でた。

 何度かそうされると、マーリンはそれが友達の証じゃないんだって気づいて、にこにこ笑顔をちょっとだけ曇らせた。さみしいの? と、そう尋ねながら。


「……そうなのかもしれんの。わしは、魔術師の未来が暗くなることがさみしいのじゃろう。ゆえに、わしの存在を排することが出来たならば……と、そんなくだらないことも考えてしまう」


 もっとも、それにはもう手遅れじゃがのう。と、おじいさんはうなだれてしまった。


 手遅れ……か。俺がその言葉をわかったつもりになるには、足りてないものが多過ぎる。魔術師ですらない身じゃ、肯定も否定もしてあげられない。


 今、このときから魔術翁マグウェラがいなくなったとして。

 それで、果たしてほかの魔術師達はやる気を取り戻すのか。その人が見せた地点を無視して、自分の足だけで前へ進めるのか。

 そんなの……俺が考えたところで、答えなんて出ないに決まってる。


「……おじいさん。でも、それじゃ僕がさみしいよ」


 俺には何も言ってあげられない。でも……


 どこか小さくなってしまった気がするおじいさんの背中を撫でて、マーリンはさみしそうな顔でその人の顔を覗き込んだ。

 そして、小さく首を横に振る。それは違うよ、と。


「おじいさんが魔術師だったから……とってもすごい、魔術師だったからなんだよ。僕がここへ来たのは。もし、魔術師じゃなかったら、僕はおじいさんに会えなかったんだ」


 会えなかったら、友達にもなれなかった。そんなのさみしいよ。

 彼女の口から語られたのは、きっと今の魔術師の総意……ではないんだろうな。


 だって、彼女もまた、人々の希望を摘む存在なんだ。それだけの能力があるからこその発言に過ぎない。


 でも……


「……そうじゃの、そういう視点もある」

「わしがクリフィアを作らねば、そして導かねば、あるいはこの国の魔術師は、今ほど成長せんかったじゃろう。五家と呼ばれる魔術師も、まだまだ未熟じゃしのう」


 ばっはっは。と、おじいさんはまた豪快に笑ってくれた。それを見て、マーリンもまた笑顔を取り戻した。


 マーリンが特別かどうかなんて、まったく関係ないんだ。いや……


 マーリンだけが特別だなんて、今決めつけることじゃない。そんなこと、おじいさんもわかってるから。


「……うんむ。やめじゃ、やめ。やはり、くだらぬ夢想に傾倒し過ぎるべきではないのじゃろう」


「……やめ? おじいさん、何かしてたの? 何をやめるの?」


 笑顔になって、元気になって、そしておじいさんは、やめにすると言った。

 それは……えっと、今やってる魔術の研究……を、中断するってこと……かな?


 でも、いったい何をしてたんだろう。

 あんな意味不明な光景を作るこの魔術翁マグウェラが、くだらない夢想とまで呼ぶ奇想天外な魔術……とは。


 マーリンはもちろん、俺もそれは気になるから。ふたりしておじいさんを問い詰める。

 何をしてたの、何をするつもりだったの、と。


「なに、単純な話じゃよ。時を戻し、かつてのわしをどこかへ連れ去ってしまおうと思っての」

「しかし……ばっはっは! またしばし待てば、マーリンのような術師が現れるやもしれぬ。それを見ずして立ち去るのは惜しかろう」


「…………時を……戻して…………っ⁉ な、何をしようとして――何をしでかそうとしてたんですか⁈」


 き――奇想天外を飛び越したことしようとしてるんじゃないよ! と言うか、さっきのはたとえ話じゃなくて…………っ⁉


 大慌てな俺と、俺とは別の理由でわたわたしてるマーリンとを見て、おじいさんはまた豪快に笑った。

 笑いごとじゃない! 全然笑いごとじゃないよ! それと! そんなことしたら友達になれないよ……なんて、小さい話でもないんだよ……マーリン……


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