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第六十五話【輝かしきかな悪の道】


 キリエを出発した馬車は、それからほどなく魔獣の群れと遭遇した。


 言葉なんて通じない相手に行く先を塞がれてしまっては、逃げて迂回するか、戦って退ける以外に道はない。

 そして、逃げれば追われる相手なのだから、ここにはひとつの選択肢しか残されていなかった。


 サイモンが不出来な武器を取り出したのを見て、確信した。

 この馬車には、魔獣と戦うための戦力なんて揃ってない。誰も彼もが訓練なんて積んでない、兵士ではない一般人だ。

 そんな人達が、ありあわせで作られた武器を手に取って、危険極まりない生き物を退けるしかない。


 戦わせたくないと思った。どうせ、俺達が乗るまでは――降りたあとには、彼らが戦わなくちゃならない。もしかすると、このたった一度切りの安全しか渡せないかもしれない。


 それでも、戦わせたくないと思ったし、その理想を叶えてくれる頼もしい友達がいることもわかってたから。


 だから。やろう、って。そう言ったんだ。そう言って、また任せた。任せて……


「――デンスケ。終わったよ。みんな大丈夫?」


 彼女は涼しい顔でそれを成し遂げた。成し遂げて……成し遂げるのに、ちょっと……だいぶ……かなり……過剰な力を振るって見せたんだ。


「……いやぁ……あ、あいかわらずの火力ですなぁ……」


 これは……もしかして、まずいか? もしかしなくても、全員に怯えられるパターンなのか?

 内心はそんな考えでびくびくしっぱなしで、それでも顔に出すわけにはいかなくて、戻ってきたマーリンを出来る限りの笑顔で出迎える。

 これが普通、これが当たり前、これで俺達は人を守った実績があるんだぞ、って。そういう顔で。


「……マーリンちゃん……? 今の……今のってさ……」


「――っ! サイモンさん、その……俺達は……」


 でも……誰も、俺の顔なんて見てないから。


 馬車に乗ってたサイモンとほかの男達……いや。ほかの馬車に乗ってた男達も、馬車の外に出てた男達も、全員だ。全員が、あどけない顔で笑うマーリンを見てる。

 彼女だけに目を向けて、彼女だけを気にして、彼女がやったことだけを忘れられないで……


「す――凄過ぎるでしょ――っ⁈ な、何今の! 魔術師とかなんとか言ってたけど、どっからそんな炎出したの⁉」


 その偉業を、歓喜の声で称えた。


「おいおい……おいおいおい! こりゃとんでもないな! お前ら喜べ! 今回はかなり安全な移動になるぞ!」


 サイモンの音頭をきっかけに、男達は地面が鳴るくらいの大声で応えた。


「あのじいさん、とんでもないのを寄越しやがったな。こんなのあるなら、最初から言えってのに」


 歓喜……そう、歓喜だ。みんな喜んでる。


 みんながマーリンの力を見て、その頼もしさに心から喜んで、うれしさのあまりに声を上げている。


 マーリン本人も、その反応がうれしかったのか、いつもどおりだらしない笑顔を浮かべてる。

 でも……ちょっとだけ恥ずかしいのか、すぐに俺のそばまで来て、背中に隠れてしまった。


「デンスケ、マーリンちゃん。ちょっと事情は変わった気もするけど、変わらず歓迎するよ。荷物持ちなんてやらなくていい。俺達は君達に、護衛として同行して貰いたい。目的地まででいいからさ」


「え、えっと……はい。俺達でよければ……」


 サイモンはあの剣だか槍だかわからない武器なんてとっくに捨てて、俺達に……マーリンに頭を下げて、そう頼んだ。クリフィアまで、この馬車を守ってくれ、って。


 その申し出は、俺達としても望ましいものだ。それでお金が貰えるわけじゃない……乗せて貰う代わりだから、荷運びの仕事が変わっただけ……だけど。でも……


 マーリンにとって、誰かを守れたという経験は大きなものだ。自信に繋がる。


 それに……このあとの俺達の資金繰りにも影響してくるハズだから。


「おっし。そうと決まれば、さっさと再出発だ。お前ら、準備しろ」


 サイモンの合図で馬車はまた動き出す。何ごとも起きなかったかのように……は、ちょっと難しい。

 懸念通り、砂が乾き過ぎて車輪が滑ってるのと、さっきの炎で馬がびっくりしてるから。ちょっとだけ手間取って、それからゆっくりと出発した。


 さて……うん。この状況、この反応は、俺達にとってとても有意義なものだ。いや……実は、この恩恵はもう手に入れてるハズのものではあるんだけど。


「……あの、サイモンさん。ちょっといいです?」


 マーリンの力は、やっぱり人を守る、救う、助けるために有効なものだ。それはつまるところ、誰かのために戦うことで生きていけるってことでもある。


 最初に訪れた街で、俺達はその道を一度は掴みかけた。

 力を認められ、魔獣を倒す戦力として頼られて、それを仕事として請け負う。そして、その在り方を保証された。


 もう今では遠い場所ばかりだけど、あの街の領主からは紹介状を貰っていた。魔獣の被害に困っている、俺達を魔獣退治の専門家として雇ってくれそうな街への紹介状だ。


 俺はそれを、ここでも手に入れられる……と、そう考えたんだ。


「マーリンには、ああやって人を守る力があります。そして……そうすることに喜びを見い出せる、優しい心も」

「だから……じゃないですけど。俺達に、ほかのところも紹介して貰えませんか。魔獣に困らされてる、マーリンの力を必要としてる人達を」


「……なるほど、な。お前達そのものを商品にして、魔獣を倒す力として、ほかの行商や街に売り込んで欲しい……って話か」


 さすがに商売人。話が早くて助かる。


 結局のところ、俺達はまだ安定して生活出来るほど稼げていない。オールドン先生のところではそれなりに働けたけど、キリエでは一銭もお金を貰ってない。


 これじゃダメだ。これじゃあ、マーリンがどれだけ頑張ったって、うれしいだけで終わってしまう。

 うれしいって感情だけじゃ、マーリンの生活は豊かにならない。いつまで経っても生活を変えられない。

 それでも生きていけるからって、いつまでも野宿じゃ人の生活に馴染めっこないんだから。


「……デンスケ、お前意外と悪党だな。妹を売り込んで、それを仕事にしようなんて。でも……」


 悪党にならなきゃ使い捨てられるだけだ。と、サイモンはちょっとだけ悪い顔をして、俺の頭をぐりぐりと撫でた。

 認めてくれた……のかな、俺のこと。その……ちょっと悪い意味で。


「マーリンちゃんは見ての通りだもんな、兄貴がしっかりしないと。そこんとこをちゃんと理解して、ビジネスとしてやりくりしようって発想に至ったのは偉いぞ。でなくちゃ、ふたり揃って路頭に迷う羽目になる」


 あはは……耳が痛い話だ、そりゃ。路頭には迷ってないけど、そこよりさらに外にはじき出されてたわけだから。


「よし、任せろ。そういうことならいくらでもアテがある。今のこの国には、魔獣を倒して貰えない街が多くある。国軍の手じゃ届かないところに、いくらでもな」


「……国じゃ守ってあげられないものを、俺達が守る……ですか。それは……」


 俺達と同じだな。と、サイモンはまた悪い顔で笑った。

 きっと……だけど、その顔が素顔なんだろう。悪だくみをしてる顔じゃなくて、法的には悪いことでも、それを正義だと信じてる男の顔だ。


 サイモンはそれからすぐに地図を引っ張り出して、候補となる街を教えてくれた。

 クリフィアから南へ、そしてそこから東へ。魔獣を倒しながら進めるように、国の外端をなぞるみたいに。


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