第五十六話【建物の主】
キリエの街のはずれの小高い丘の、その上にある建物。俺達はそこで情報を仕入れることに決めた。
どうしてそこにしたのか……については、なんとなくの直感でしかない。
オールドン先生がいた検査所も、街のはずれのほうにあったな……とか。魔術の特性上、生活圏からは離れたほうが都合がよさそうだよな、とか。
そんな理由も一応あるけど、所詮はあとづけに過ぎない。なんとなく、そこが面白そうだと思った。それ以上のものはどこにもなかった。
でも、それで間違ったって困りはしないんだから。
俺もマーリンも、意気揚々と……ここでも必要として貰えたらいいなとか、友達が出来たらうれしいなとか、のんきなことを考えながら、その建物を訪れた。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいませんか」
で……その建物のドアを叩いて、こんにちはとあいさつをした。
建物は遠目に見たときよりも大きく見えて、それが荷物置き場の小屋ではないことくらいは保証してくれる。
あとは、ここが今は使われてないとか、使われてるけど今日のこの時間は留守とか、そんなことがないといいけど……
「誰だい、こんなところに。なんの用事だい」
不安と呼ぶほどではないちょっとした気がかりをはねのけるように、返事はすぐに返ってきた。
聞こえたのは男の人の、老人の声だった。ただ……ちょっとだけぎくりとしたのは、それがなんだか不機嫌そうな声色だったことだ。
「突然すみません。私達は旅のものでして。人探しをしているのですが、話を聞いては貰えませんか」
不機嫌なのは、いきなり知らないやつが押しかけてきたから……だけならいいけど。
それなら当たり前の反応だ。当たり前だから、こっちの対応次第で関係を改善出来る。
でも、もともとがそういう性格の人が住んでた……ひねくれてるから、こうして変なとこに住んでたんだとしたら……厄介極まりない。
めっちゃ失礼なこと考えてるけど、そうだったらめんどくさいのは事実で……
そんなわけだから、最初の印象は絶対に悪く出来ないぞと気合も入る。そして、そのドアが開かれる瞬間を待って……
「なんだいなんだい、若いのがふたりも。人探しでどうしてこんなところへ来る必要があるんだい」
「うっ……そ、それはですね……」
気合を入れておいてよかったと思ってしまうくらい、渋い顔をしたおじいさんに出迎えられてしまった。
いきなりでごめんなさい。それと……そうだね。人探しが目的って言い訳は、こんなとこにわざわざ来る理由としては弱いよね……
「実は、探しているのは魔術師なんです。それで……」
それで……魔術師だったら、こういう辺鄙なところに住んでそうだと思ったから……なんて、そんなこと言ったらもう関係がこじれにこじれるだけだ。
はてさて、困った。と、今更になって準備不足が露呈した気分だ。いや、気分じゃなくて事実なんだけど。
魔術師を探している……から、ここへ来た……は、理由としてはあまりにも弱い。繋がらない。じゃあ……えっと……
魔術師を探していて、ほかのところでももう話を聞いて、それでも見つからないからここへ来た……ならどうだろう。
それでも不自然は不自然だけど、理屈は通らなくもない。よし、じゃあこれで……
「……魔術師を探している……はん、そうかい。それでわざわざこんなとこまで。よほど重要なやつなんだろうな、そいつは」
「え、えっと……はい。そう……なんですよ」
じゃあこの言い訳を……って、思ってたところへ、おじいさんはなんとなく納得の表情を見せてくれた。先に。言い訳よりも、ちょっとだけ先に。
その反応はありがたいものだ。だって、言い訳を増やせば増やしただけ、ボロが出る可能性も上がる。だから、嘘は出来るだけ減らしたいものだ。
でも……まったく想定してない反応だった。最初のイメージを勝手に悪く持ち過ぎてた……のかな。案外すんなり受け入れて貰ったと言うか……
「デンスケ。このおじいさんも、魔術師だよ」
「この人も……? そっか、それで……」
な、なんと。そんな偶然が味方してたのか。
でも、この建物の前に立った時点では、ここが魔術師の家だとか、魔術の痕跡があるだとか、そんな反応を見せなかった。
それは……マーリンがそれを言う必要のないことだと思ってたから……じゃないんだろう
多分、この家とその周りには、痕跡がないんだ。このおじいさんは魔術師だけど、この場所では魔術を使っていない……って、そういうこと……かな?
「……そんなとこで立ってられても邪魔だよ。さっさと入りな」
「あ、ありがとうございます。お邪魔します」
事情はまだわからない。でも、ドア越しに受けた印象に比べたら、ずいぶんと……その……優しいって言うと、どんだけ嫌なイメージを勝手に持ってたんだって話になるな。ごめんなさい。
でも、おじいさんは俺達を家の中へと招き入れてくれて、どうやら話を聞いてくれる気がありそうな――
「――っ! デンスケあぶない!」
「え――どわっ⁈」
話を聞いてくれる気がありそうだ。安心安心……なんて考えてる俺を、マーリンが思い切り引っ張った。引き倒したって言うほうが正しいくらい思い切り。
それで……俺がさっきまで立ってたところには、代わりに大きな銅像が倒れこんでて……
「――わしをひっ捕らえようなんぞ百年早いわい! 小僧ども、ここへ来たからには無事には帰さんぞ!」
「え、えっ、え――どえええっ⁉」
その像には糸が括り付けられていて、罠として――俺に対する明確な攻撃意思として倒されたものだとすぐにわかった。
そして、それを理解する必要なんてないくらい、目の前のおじいさんが……もしかしたら優しいのかもなと思ってた偏屈な爺さんが、血走った目で俺達を睨みつけている。
ま、待って! 話が早い! 悪い方向に!
「ま、待ってください! 俺達は何も……捕えようと……? えっと……おじいさんを捕まえようなんて気はなくて!」
いや、捕まるようなことしたの……? さっきの一発目の殺意高過ぎるから、ほんとにしてそうだなって思ってしまう。
とまあ、今はこのおじいさんの素性について考えてる場合じゃない。
考える暇があったら、とにかく誤解を解いて……俺達は警察でも憲兵でもなんでもないよって、ちゃんと理解して貰わないと……
「黙らっしゃい! お前達もクリフィアの……あの偏屈村の差し金じゃろう! わしはもうあそこへは戻らん! 何をされても戻る気はないんじゃ!」
「お、落ち着いてください。俺達は警察でも憲兵でも、ましてやクリフィアの差し金でも…………クリフィア? おじいさん、クリフィアを知ってるんですか⁈」
もしかして、本当にここで情報が手に入るかもしれないんですかな⁉ 出来ればさっさと退散したかったんですけど、そういうわけにはいかない確定イベントだったりしますかな⁉
おじいさんはまだまだこっちを警戒したまま、誤解したままで、その手にはテーブルの上から取り上げた一本のナイフが……短刀って意味じゃなくて、食事用の小さいナイフが握られている。
でも、あんなんでも投げつけられたら痛いし怖い。ケガも十分にする。だから、早いとこ落ち着いて貰わないといけないんだけど……
落ち着かせるには……どうしたらいい? 劇では暴漢を制圧するシーンくらい何回かやってるけど、本当に暴れてるおじいさんを、制圧じゃなくて説得する方法なんてわかんないでござるよ。
でも、やるしかないならやるしかない。とにかく、俺達の素性を知って貰う……誤解されてる部分を無理矢理でも剥ぎ取るしかない。
差し当たって、クリフィアの差し金って部分を勘違いだとわかって貰う……には、クリフィアから来た人間じゃない……クリフィアを知らないんだって主張するしか……
「……っ。おじいさん、クリフィアについて話を聞かせて貰えませんか。俺達が探してる人も、そこにいるかもしれないんで――」
ぶん! と、俺の話を遮るように、風切り音が響く。それは、おじいさんがナイフをこっち目がけて思い切り投げつける音だった。
あぶねえ! って、つい声も出しつつ、俺はそれを横っ飛びで回避する。回避出来た。危なかったでござる! 反射神経悪い系男子だったらどうするつもりだったんですかな!
で、そのナイフが壁にぶつかるのを見て――マーリンにも危害が加えられてないのを確認してから、もう一度おじいさんと正対して説得を試みる。
「誤解です! 俺達はクリフィアから来たんじゃありません! 用事があって、これからクリフィアを目指す……かもしれなくて」
少なくとも、クリフィア出身らしいこのじいさんがこんな感じだから、もしかすると……と、すでに今から気が引けてますな。
全員が全員こうだとは思わないけど、オールドン先生の言葉を思い返せば、魔術師は人より魔術にばっかり興味がある……つまりは、やや社会性に欠けた人が多いってことだから……
「だから、今のうちに知れることは知っておきたくて! おじいさん、クリフィアにいたことがあるんですよね? なら、ちょっとだけ話を聞かせて貰え――」
「やかましいわい――っ! そんな化け物じみた魔術師が、あの村以外から生まれるわけもなかろう! 騙そうというのなら、もうちっとましな準備してこい!」
化け物じみた魔術師……? と、その言葉におじいさんの視線を追えば…………なるほど。そういう話でしたか。
魔術師には魔術の痕跡が見える。だから、魔術師は魔術師を見分けられる。で……
オールドン先生からも言われてたっけ。マーリンはとてもすごい魔術師で、だから……クリフィアの出身だと思った……って…………
「――た、退散――っ! マーリン! 逃げよう! ひとまず逃げよう! 全速力で逃げるよ!」
「えっ? えっ? でも、おじいさん……お話……」
どう見てもお話出来る状況じゃないでしょうが! さっきは危機感あったのに、どうしてここへきて消失してしまうんですかな!
俺はまだ混乱してるマーリンの手を取って、大慌てで建物を飛び出した。
後ろから……何が飛んできてもおかしくはないよな……っ。と、戦々恐々としながら、あとは必死に走り続けた。丘の上にあったおかげで、逃げるぶんには大変じゃなくていい。
そうして走り続けて、繁華街の目前まで逃げて、そして……やっと振り返った先には、おじいさんの姿はなかった。に、逃げ切った……追ってこなかった……のかな?




