第五十四話【きれいな街】
長い徒歩の旅を超えて、膨らみに膨らんだ期待に胸を躍らせて、美しい景色に喜びを爆発させる。
でも、それはあくまでも前フリみたいなもの。まあ、マーリンは湖が目的だった気もするけど。俺はそうじゃない。俺は……って言うか、俺達の旅は。
「……わぁ。街もきれいだね、デンスケ」
旅の目的は、このキリエの街からクリフィアへと向かう馬車を見つけること……と、その答えもまた生き急ぎ過ぎている。
俺達の目的は、あくまでも友達を作ること。つまるところは、この旅を楽しいものにすることだ。
となったら、この街がいいところかどうかは最重要ポイントと言える。そして、その重要なポイントについて、俺とマーリンが出した答えは……
「ボルツみたいに活気がある街じゃない……のは、ここが産業のための場所じゃないから、なのかな。でも、だからこそ……」
この街は――この観光地は、俺達にとってすごくいい思い出になりそうだ。
まだ壁をくぐって数メートルも歩いてないのに、そんな結論を出してしまえるくらい、きれいな街並みだった。
これまでに立ち寄った街、遠目に見た景色の中には、灰色かクリーム色の建物が多かった。
これはきっと、この世界の……この国の基本的な建築資材なんだろう。たぶん、コンクリートだと思う。
けれどこの街は、この街に並ぶ多くの建物は、やや黄色がかった赤褐色のレンガを、真っ白なコンクリートで接着しながら積み上げたものだ。
そして、屋根はそれぞれがカラフルに彩られていて、海抜の低い地点を見下ろすと、それだけでモザイク画のようにさえ思えてしまう。
「使うことが目的じゃないからこそ、機能性より芸術性を追い求めた……ってところなのかな?」
イメージとしては、京都の古都のような趣とか、映画に出てくるパリの歴史ある街並みとか、そんなところか。それそのものって意味じゃなくて、統一感があるって意味で。
けれどここは、この街は、この世界は、それが現在の出来事なんだ。ここは今、美しい街として成長し続けている。
もっとも、これは俺から見える景色……もっともっと先の時代を生きて、歴史として過去の出来事を習った人間だからこその視点だ。
この街と同じ今を生きるマーリンは、他では見たことのないものとして、この景色を楽しんでいる。
何に例えることも出来ないで、ただただうれしそうに。
「……さてと。マーリン、そろそろ移動しよう。感動も歓喜も大切なことだけど、先にやるべきことをやっちゃわないと」
いや、もうちょっとゆっくり感動してからでもいいとは思うけどさ。
ただ……一応、これはただの観光旅じゃないから。目的が別にある以上、そっちを確実に進めておかないと。
「オールドン先生がいた検査所みたいなところを探そうか。で……そうなると、だ。マーリン、頼めるかな?」
「……? うん、わかった。何をするの?」
何をするのか理解してから了承して欲しいところだけど……まあ、今はいいや。もったいつけた俺が悪いとこあるし。
「ほら、魔術の痕跡を辿ったら、検査所はすぐに見つけられるだろ?」
「たとえ検査所じゃなかったとしても、魔術を使う必要のある建物なら、そこで魔術師としての仕事を貰える可能性がある」
まずは足元をしっかりさせよう。馬車次第ではこの街をすぐに出ることになるかもしれないけど、出られない場合に生活出来るような準備は必要だ。
それに、乗る予定なのは荷馬車……つまり、お金を払えば絶対に乗せて貰えると約束されたものじゃない。
それなりに信用を得ないと、不審人物を商品と一緒には乗せないと言われかねない。
情報を集めるにも、信用を得るにも、それに宿を探すことだって、誰かと親しくなってからのほうが簡単だから。
マーリンは俺の説明に納得してくれて……しなかったとしても同じだろうけど、素直にうなずいて周りをきょろきょろ見回し始める。
素直に……従順に、なんだろうな、実際のところは。
「……それも、ちゃんと直してかないと……なんだけどな」
でも、それは今じゃない。出来るなら今すぐにでも直して、対等な関係がなんなのかを理解して貰いたい……けど。残念ながら、それはまだ不可能だろう。
マーリンがもっともっとわがままになれるようになってから、だ。
「……あっち。あっちのほうにね、魔術の痕跡があるよ。でも……」
でも……と、マーリンはちょっとだけ困った顔をして、それを言うべきかどうか悩んでる様子だった。
言わないほうがいいかもしれないって、配慮出来るのはいいことだ。それに、なんでもかんでも聞かれたから答える……じゃ、対等な友達って感じじゃないし。
でも……まだ、マーリンはそういうのは出来ない気がする。じゃあ……どうして悩んでいるのかと言えば……
「……もしかして、あんまり大きな痕跡じゃないの? オールドン先生のところみたいに、魔術で仕事をしているような場所じゃない……とか」
俺の問いに、マーリンはしょんぼりした顔でうなずいた。
それはたぶん、落胆……とても単純な思考回路からくる、がっかりって感情だろう。
マーリンは今、それなりに高い自己肯定感で満たされている。その根源は、ボルツの検査所で、オールドン先生に認めて貰えたことに起因するだろう。
つまり、マーリンは今、魔術に対していい感情を抱いている。魔術師として働けることがうれしくて、かつ誇りを持っている……って感じかな。
で……それがここでは難しいかもしれないと思ったから、不安なんだ。
もしかしたら、ここでは受け入れて貰えないかもしれない。少なくとも、自分は役に立てないだろう。とか、そんなことまで考えてそうだ。
「でも、とりあえず行ってみよう。先生も言ってただろ、魔術師は数が少ないって。それだけに、どこでも需要があるって」
それは何も、国営の検査所に限った話じゃないはずだ。いや、むしろ逆。オールドン先生みたいな魔術師がいない、民間の仕事にこそ求められる可能性が高い。
だって、便利だもん。信じられないくらい便利で、そのうえマーリンはそれの準備にお金も時間も必要としない。
ボルツで土の柱を引っこ抜いてたあの魔術だって、きっとほかに流用出来るハズだし。そうでなくても、また必要な魔術を簡単に作ってしまうだろう。
「大丈夫、俺もフリードも、最初に行った街の人達も、オールドン先生も認めてくれただろ。マーリンの魔術は、みんなの助けになれるんだって」
「……そう……かな。えへへ……」
デンスケのことも、助けてあげられてる? なんて、マーリンは頬をほころばせてそう尋ねる。
それはもう、たくさん……と言うか、助けられてない場面がない。誇張抜きに、マーリンの魔術ありきで命が繋がっていると言ってもいい。
そもそも、召喚されたのが魔術だしさ。
魔獣に襲われたところを助けられたのも、マーリンの魔術。襲われたときに出来たケガが治ってるのも魔術……魔……この治癒能力自体は魔術なんだろうか。そういう風にした……なんて、雑な説明しか受けてないけど。
「大助かりも大助かり、マーリンさまさまだよ。頭が上がらないんだから」
今着てる服も魔術で作って貰ったもの。今朝食べた肉も魔術で焼いて捕まえたもの。
生命活動のすべてと、生活のすべて、文字通り何もかもをマーリンの魔術に依存して生きています。一生逆らえないんだ、普通に考えたら。
とまあ、そのことをマーリンだってわかってるハズなのに。マーリンは俺の答えに、またえへへと笑うばかり。
ほんとにもう……恩着せがましくなれとは言わないけど、もうちょっと自分のやったことに自信を持って、感謝されるべきだと自覚しないと。
「じゃあ、ここでもいっぱい助けてあげるね。行こ、デンスケ」
「……きゅん。マーリンたそはたまにイケメンムーヴしますよな。ずるいですぞ」
だから、そういうのは俺がやりたくて……って、そんなこと言ってもしょうがないんだけどさ。
こっちこっち。こっちだよ。と、なんだか鼻息荒げに案内してくれるマーリンのあとを追って、俺はキリエのきれいな街並みをずんずん進んだ。
目的地は……わかんない。マーリンも痕跡を追ってるだけで、この街に何があるか知ってるわけじゃないからね。こればっかりはしょうがないね。