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第五百五十話【誰かの足音】


 魔獣の捜索、調査を開始してからそれなりに経った。けれど、得られた手がかりはほとんどないまま。

 連続して魔獣を目撃するような日もあったけど、しかしそれもその一度きりで、数が増えているとか、頻繁に出現するようになったとか、そういうのではなさそうだ。


 ただそれでも、魔獣による被害が出た……という例もないことは救いだろう。

 実体がないとはいえ、たとえば道路のど真ん中にいきなり現れて、それを避けようとした車が事故を起こした……とか。そういうケースは考えられる。

 そういうものも含めて、被害らしいものは取り上げられていない。それには素直に喜ぶべきだ。


「……しかし、安心はしてられないよな。結局、もう現れないって保証はどこにもないんだし」


 こうしているあいだにもアギト氏が全部解決してくれた……なんてことになっていれば、毎日の魔獣探しも取り越し苦労で済むんだけど。

 でも、いくら向こうの世界と協力出来る状況にあると言っても、原因をすぐに見つけられるとは思えない。

 アギト氏の能力がどうこうよりも以前に、こんな雲を掴むような話、いったいどうすれば前に進めるのか、誰にもわかりっこないんだから。


 と……そういうわけで、こっちの世界で初めて魔獣を見てから……もう十日かな。これだけ何も進展なく過ごしてしまうと、流石に気持ちが切れ始めてしまう。

 自分としては毎朝集中して探してるつもりだけど、確認してない路地があったなとか、そんなことにも帰ってから気づくようになってきた。

 そろそろ明確な何か……収穫でも、気づきでも、それこそ被害でもなんでもいいから、取っかかりを見つけないと、俺もアギト氏もだらけ始めてしまう。


「ふー……さて、そろそろ閉店作業するか。レジは最後でいいから……」


 明確な、日常から切り離されている部分に光が当たるような出来事があってくれないと。そう思いながらも、日常をおろそかには出来ないので。

 じれったさに悶えながらでも、毎日店は開けるし、ちゃんとお客さんを見て接客もする。田原伝助を蔑ろにしたままでは、勇者デンスケの活躍なんて見込めないから。


 しかし、今日はもうお客さんも来ないだろう。平日の閉店間際に飛び込んでくるとすれば、どうしようもなくつらい思いをした残業帰りのサラリーマン……くらいなものだし。

 うん……どうしようもなくつらい思いをした残業帰りのサラリーマンが来たら、ちゃんと幸せになるようにもてなしてあげたいな。時間までは片づけないでおこう……


「……っと、ほんとに来た。ふたり組、歩き。ふーむ……学生ではなさそうだけど……ああ。なんだ、お客さんじゃないのか」


 日々に癒しを……と、それがモットーだからね、ケーキ屋は。世間一般のことはわかんないけど。

 だが、そう思って身構えたところに近づいてくる人影は、どうにも見覚えのある……と言うか、見慣れたシルエットで……


「こんばんはー。デンデン氏―、遊びに来たよー……違う。買い物しに来たよ」


「いらっしゃいですぞー……? 買い物? はて、いったい何を……」


 暗い道路から現れたのは、やっぱりアギト氏と美菜ちゃんだった。もう何度も見てるおかげで、遠くからでも判別出来てしまったよ。

 普段よりちょっと早いけど、今日も遊びに来てくれたんだな。と、そう思ったんだけど……はて? 買い物?


「いや、毎度毎度ご馳走になってるからさ。たまにはお金を落として行こうかと。今日は早めに帰らなくちゃいけないしさ」


「ふむ、なかなかに殊勝な心がけですな。でも、そんなの気にしなくていいのにぃ。んもう、アギト氏のいけずぅ」


 あっ、助かる。別にいつものお茶会が経営を圧迫してるとかは全然ないけど、買って貰えるならそれに越したことはないので。

 それに、万が一にも魔獣調査で店を開けられなくなったら……貯金はいくらあっても足りない。


 しかし、本当に突然どうしたんだろう。まあ、ずっとタダで飲み食いしてて平気なタイプではないよなぁ……とは、なんとなく思ってたけど。


「……あー……いや、うん。ケーキを買ってやるって約束があってさ。うん。貰い物じゃなくて」


「ほう。ふむ……そういうことでしたら。今日はもうあまり残っていませんが、ゆっくり選んでくだされ」


 約束……とは。それは……なるほど、ご家族に、だろうか。たとえば、初めてアルバイトをした給料で何かを買ってあげる……とか、そういう類の約束。

 けど……ふむ。なんだか奇妙な……本当の本当にわずかながら、引っかかる物言いだったな。


 ケーキを買って……やる。それは……ずっと大事に育ててくれた家族を相手に向ける言葉ではないように思える。

 少なくとも、アギト氏はそういう人間ではない。母親、お兄さん、それに亡くなられている父親に対しても、強いリスペクトを向けている……と、そう思っていたけど……


「……まさか……」


 えーっと……まずは……と、ショーケースを前に品定めを始めたアギト氏を見ながら、ほんのわずかに、ある可能性を思い浮かべる。

 もしかして……いるのか……? ケーキを買って行く先が。それを約束する相手が。こんな男にも恋人がいたんだなぁ……なんて、ボケてるわけじゃなくて。

 と言うか、そんなのいないのは、二十日以上寝たきりなのに、家族と店長さん、美菜ちゃん以外に見舞いに来てない時点でわかりきってる。


 そうじゃなくて……もしかして、この世界に来てる……のか? 一緒に戦う仲間が、対等な戦友が。

 今、俺達の身の回りで起こっている事態を解決するための頼もしい増援が、アギト氏のもとに集っている……のだとしたら……


「……うん、決めた。全部……は無理だけど、残ってる全種類買ってく。そのくらいは……うん……ちょっと待ってね、財布の中見てなかった。うん……うーん…………うん、いける!」


 それは……どっちだろう。どっちに転ぶんだ。頼もしい味方のおかげで解決するのか、それとも……その存在に歪められて、もっと変なことが起こってしまうのか。

 悩んでもなんともならないのはわかってるけど……どうしても、あの機械人形の街での戦闘の形跡を見てるから……ふ、不安だ……


「ほほほ、毎度ありですぞ。値引き……は、しないほうが良いんですかな、今回は。では、次回から使える割引券をちょっと多めにつけておきます故。食費に困ったらうちに来るんですぞ」


 不安……だけど、まあ……それはそれ。今この場所にいるのは、店主の田原伝助と、お客さんの原口秋人なんだから。


 それと、そういった対等な盟友への約束……見栄みたいなものだとしたら、施されたものじゃ意味がないだろう。

 なら、ここでは値引きもサービスもしないでおこう。たぶん、アギト氏自身が何かを返すためにやってることだろうから。


 しかしそうか……アギト氏のすぐ近くに、誰か来てるんだな。勇者……は、やっぱりいるのかな? まさか、ドロシーやフリードがいるなんてことも……?

 そんなことを思いながら、いつも通りにケーキを丁寧に梱包して……よし。ちゃんとお品物としてのケーキをお出ししよう。


「それじゃあ、今日はもう帰るね。次はきっと長話出来る日に来るよ」


「いつでもお待ちしてますぞー。それでは、お気をつけて」


 今日はおしゃべりもそこそこに、アギト氏はお店を出て、それを見送ってから美菜ちゃんも帰ってしまった。

 アギト氏が進んだ先がいつもと違う方角なのは……いつもは美菜ちゃんを送ってから帰ってただけかもしれないけど、きっとそういうことじゃないんだろう。


「……しかし、いったいどうやってるんですかな……? 部屋を借りるなら保証人が必要で、わざわざ実家を出てすぐ近くのマンションに住む……なんて、そんなこと……」


 奇妙過ぎて家族に怪しまれるだろうに。怪しまれたら許可も下りないだろうに。そもそも、退院したばかりでそんな……無理だろ、絶対。

 それでも、この世界のどこかに勇者一行が来ている……のだとしたら。まさかとは思うけど……公園でホームレスさせてる……なんてことないよな……?

 それは……アギト氏、それはいくらなんでも……いくらなんでもな仕打ちでござるよ……?


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