第五百四十七話【また、集まれた】
河川敷での探し物は空振りに終わって、結局今日もロクに進展はないまま。
けど、それでいい。今すぐに何かが判明するとは思ってないし、そうだとしたらとっくに大騒ぎになってるだろうから。
こうして無事平穏な日常が存在しているあいだは、俺がやってることのほとんどに明確な成果なんてあり得ないんだ。
裏を返せば……俺が何かを見つけたころには、事態はかなり深刻な状態にまで進行してしまっている……とも考えられる。
そうなるまでこちらから打つ手がないのは問題だけど……しかし、ずっとこのままとも思えない。思わない。
きっと手はある。今はまだ目に見えなくても、必ずチャンスは訪れる。
魔獣の出現に誰かの意図が介入しているのなら、目的達成のために準備が大掛かりになる瞬間があるハズだから。
もしも意図していないのならば、それはそれで転換期があるだろう。その機微を逃さないように、粘り強く調べ続けるしかない。
と……それは裏の裏の話。表をお店の話とするなら、副題の、そのさらに後回しな話題だろう。
現時点での被害が出ていない以上、躍起になって注力し過ぎてもよくないからさ。
で、表がお店、裏の裏が魔獣……となると、じゃあその中間……裏はなんなのか? と言うと……
「いらっしゃいませですぞ、美菜ちゃん。それと……まったく、何をやっていたんですかな。起きるのが遅いでござるよ、アギト氏」
「ぐっ……おはよう、デンデン氏。やっと起きたよ。心配かけてごめん」
もちろん、プライベートの交友の時間ですな。約束通り、閉店時間ごろに美菜ちゃんとアギト氏が遊びに来てくれましたぞ。
と……まあ、これが裏だけの話で済まないのは、ちょっと不本意なんだけど。
アギト氏と会って話をするのは、裏の裏の事情にも関係することだから。
「うむうむ。よかったですな、美菜ちゃん」
「えっ、やっ……まあ、ちゃんと起きて退院したのはいいことですけど……」
誰よりも心配してましたからなぁ。本当に、アギト氏がちゃんと起きてくれてよかった。
それは本心からの言葉だった……のですが、美菜ちゃんとしてはやっぱり気恥ずかしかったようで、真っ赤な顔でアギト氏を蹴り飛ばしてしまいましたな。
なんと言うか……アギト氏? それ、ご褒美だとか思ってないでしょうな? 思ってそうで怖いんですな。ううん……事案はダメですぞ……?
「……さて……積もる話もあるでしょうが、さておきお茶にしましょう。そういう場で、そういう会で、そういう日ですからな」
さて。それで……裏の裏の目的、魔獣の調査。それに必要な……アギト氏の様子……だけど。
ほっ……と、とりあえずは胸を撫でおろした。アギト氏からは、まだあの世界の匂いが漂ってくる。
いや、泥臭いとか、物理的な匂いではなくて。あの世界の雰囲気が、ドロシーとの縁みたいなものが、ほんのりと感じられるまま……いや。
また、あの世界を感じ取れるようになっている。じゃあ、これは……もう一度あの世界と縁を結び直した……と、そういうことでいいんだろう。
一度は切れてしまった、途絶えてしまった縁が、どういうわけか結び直されて、そのうえで……無事に戻ってきてくれた。
なんと……なんと最良なハッピーエンド。美菜ちゃんではないけど、俺も泣きそうなくらいうれしいよ。
「今日は大奮発、アップルパイとショートケーキ、それにレモンタルトにチーズケーキをホールでご用意いたしましたな」
「や、多過ぎ。田原さん、盛り上がってるのはわかるけど、これは多過ぎだし」
むほほっw手厳しいwなんてボケても、美菜ちゃんには伝わらない。でも、ボケてることは伝わるから、まったくもう……みたいな顔はしてくれる。
うん……アギト氏のこともそうだけど、その……こんなおじさんの面白くないノリにつき合ってくれてありがとうね……本当にいい子だね……
でも、ケーキの量についてはボケでもなんでもない。退院祝い、快復祝いとなったら、そらもう美味しいものを満足越えるまで食べるしかないんだから。
「アキトさんからもツッコんで、あの人本当に持って来ちゃ……持って来ちゃった……っ。どうすんの、あの量……減る気がしないんだけど……」
「えっ、あっ、どぇっ⁈ デンデン氏多い! ホール四つはやばい! 物理的に入らない!」
多いもんか。これでも少ないくらいだ、気持ち的には。
俺は……かつてのデンスケは、あの世界との縁が切れて……それっきりだ。それっきり、もう二度と……繋がることはなくて、これからもないだろうと諦めてた。
でも……アギト氏はもう一度繋がれた。また、あの世界で生きる権利を取り戻した。それを祝わなくてどうする。
それに……アギト氏が縁を繋ぎ直してくれたおかげ……だよな。そのおかげで、大人になったふたりの姿を見ることも出来たんだから。
感謝の言葉を伝えられないなら、せめて……せめて、あの世界で好きだったケーキの味で、伝わらなくても伝えるしかないだろう。
「ケーキなんてどれだけあってもいいですからな。さあ、たんと召し上がれ。余ったら持ち帰ってくだされ。拙者ひとりでは消費しきれないので」
さあ。というわけで、召し上がれ。たんと、召し上がれ。出来ればほとんど召し上がってくだされ。
さすがにこの量をひとりで消費するのは、胃袋的にも、健康的にも不可能なので。ふたりとも若いんだから、たくさん食べて。アギト氏はもう三十路だけど。
「……まあ、ありがたく頂きますけども。美味しいし、美味しいからね。そう……ぐぬぬ……美味しいんだよな……くそう」
「どうして悔しそうなんですかな……? ささ、パーティを始めましょうぞ」
もしかして、自分とこのパンと比べたりしてるんですかな? プロ意識が芽生えてきましたなぁ、アギト氏も。
「今日はシンプルなストレートティーですぞ。というのも、こうケーキの種類が多いと、無難なところに落ち着いてしまうんですな」
しかし、多いだなんだと文句をこぼしても、ケーキと紅茶の魔力には抗えない。アギト氏も美菜ちゃんも、困った顔のままおいしそうにケーキを食べ始めてくれた。
いやはや……うん。本当に、またこうして三人で笑っていられる日が来たこと、心の底から嬉しいよ。
「むぐむぐ……うん、相変わらず……相変わら……泣けるほどうまい……っ」
「むほっ⁈ そう言って本当に泣いてる人、初めて見ましたな。お口に合って幸いですぞ……とは言ってられませんな。何か嫌なこと、つらいことでも……?」
ケーキを一口食べて、お茶をすすって……で、アギト氏はじんわりと涙を浮かべてしまった。
もしかしなくても……向こうの世界に行ってるあいだ、結構大変な思いをされてた感じ……?
「……さて。アギト氏、そろそろ聞かせて欲しいでござるよ。今日はいったいどういった要件でこの会を開かれたのですかな?」
なら、ちょっと踏み込んで……踏み込み過ぎない程度に、事情を聞かせて貰おうか。
本当に苦しんでいたなら、苦労して戻ってきたのなら、それについても労ってあげたい。
そうでないなら……きっと、実体のない魔獣を見てしまったからこその悩みと向き合っているさなかだろう。
それを解決するための会……だとしたら、こっちから橋渡しをしてあげないとな。
アギト氏、話題振るのあんまり得意じゃないですからなぁ。まったくもう。
「……や、なんとなく……察しはついてるけどね。この前の変なやつでしょ? いや……マジでビビったもんね、アレには」
っと。俺の問いに先に食いついたのは、アギト氏ではなく美菜ちゃんだった。どうやら、似たような疑問を持っていた……のかな。
そして……ただの女子高生でしかない彼女の口から、なんとも……嫌な気配のする話題が聞かされてしまった。
どうやらふたりは、同じ場所、同じときに、魔獣と遭遇していたらしい。
大きさは犬と同じくらいで、見た目がとにかくグロテスク。完全に同じかは不明だけど、俺が見たのと似たような魔獣だったんだろう。
それが……いきなり現れて、襲い掛かってきて、そして……身体をすり抜けて消えてしまった……と。
「……ほっ。よかった、花渕さんも僕と同じものが見えてたんだね。イノシシってニュースがあったからさ……」
「や、アレはガチ化け物だったし。でも……そもそも化け物がいること自体おかしいんだよね」
ふたりともケーキを食べながら、まるで昨日見たバラエティの話題で盛り上がるように話をしてくれた。
けど……その中に、そこそこ重要で、俺もいつかは確かめないといけないなと思ってた問題の答えも紛れてくれている。
どうやらアギト氏は、魔獣を魔獣として認識出来たのが自分だけなのではないか……と、そう考えたようだ。
その疑問については、俺もまったく同じことを懸念していた。なるほど、それを解決するための会……だったわけか。
「……詳しい話を聞かせて欲しいですな。いえ、だからと言って拙者に何が出来るでもありませんが……もしかしたら、何かの撮影かもしれませんしな!」
「……のんきでいいね、デンデン氏は。まあ……あんまり空気重いと、ケーキも美味しくなくなっちゃ……うまっ。いや、どんよりムードでもケーキは美味しいわ」
さて……しかし、ここらでちょっと茶化して、悪いほうへと考え過ぎないようにしてあげよう。
ふたりとも真面目だし、何より……アギト氏はちょっと入れ込み過ぎる癖がありますからな。
事情を察してあげられる誰かがガス抜きをしてあげないと、いつかみたいに大ごとが起こってしまいますから。
それはそれとして……ケーキの味を褒められたので、それについてはドヤ顔しておきましょうかな!
ほら、紅茶のお代わりもどうぞ。ほらほら、美菜ちゃんも。美菜ちゃんも食べて飲んで……食べて飲み過ぎて、ちょっと……顔色悪い……ですかな……?
あの……ふたりとも、本当に、持って帰っていいので、体調悪くなるまでは食べないで下され……?




