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第五十二話【そして、やはり旅に出る】


 長いようで短いボルツでの生活にも、別れを告げる時がやってきた。


「それでは、また縁があれば。どうぞ気を付けてください」


「また、きっと。何から何まで、お世話になりました」


 もう魔術師として受けられる仕事は残っていないと告げられたその翌々日に、俺達はオールドン先生に挨拶をして、街を出発した。


 目的地はひとまず決まっている。

 先生から聞いていたとおりに、まずは北のキリエという街を目指すんだ。


 で……だ。先生がキリエを目指すといいと言ってくれた理由……なんだけど。


 北へ向かう馬車に乗れば、楽に行けるだろう、って。

 そうすれば、クリフィアへも馬車で行けるはずだから……って……


「……まあ、なんとなく想像通りかな」


「……? デンスケ、どうしたの?」


 馬車に乗って、ちゃちゃっと目的地に到着して……とは、残念ながらそうはいかない。


 その目論見は、残念ながらマーリンの手によって打ち砕かれてしまったのだ。

 打ち砕かれて……また、歩いて獣道を進んでいる。


 別に、反対されたわけじゃない。

 と言うか、反対するならそもそもキリエへ向かわないことになる。


 でも、遠回りにはなってるだろうけど、俺達はキリエを目指して進んでるところだ。


 じゃあ、いったい何を砕かれたのか……なんだけど。

 まあ……また、疲れちゃったから、静かなところでふたりっきりになりたい……って。


 正直これは、想像通り、予想通り、想定の範囲内ではあるものの、だ。


「……あのね、マーリン。歩いて行くんなら、キリエに行かなくても……」


 ボルツからキリエに行く馬車はある。でも、クリフィアへ行く馬車はない。

 だけど、キリエからならクリフィア行きの荷馬車くらいはある。って、そう説明されたんだ。

 説明されたよね。説明、マーリンも聞いてたよね?


 でも俺達は今、キリエに向かって歩いている。

 歩いて行くぶんにはクリフィアのほうが近いと聞いているのにもかかわらず。


 まあ、時間はあるんだ。

 いや……湖の痕跡の主を探すって意味では、一刻も早くクリフィアへ行くべきなのかもしれないけど。


 もしかして、もう興味を失った……なんてことがある……だろうか。


「……えへへ。たぶん……ね。たぶん、僕はキリエってところに行ったことがあるんだ」


「行ったことがある……? えっと、それは……」


 それは……つまり、その。


 思い返すのは、かつての彼女が繰り返していたある行動。願望。


 彼女はかつて、銀の髪、瑠璃色の瞳、そして灰色の大きな翼と、およそ常人からはかけ離れた外見をしていた。


 そしてそれは、外見だけの話じゃない。

 彼女は、人とは違う存在だったんだ。


 で……そんな彼女がかつて抱いていた……今もまだ掲げてる願望は、人と仲良くなる……友達を作ることだった。


 その結末については、直接聞いたことだし、想像も容易いことだ。


 そう。本人から聞いた話……だから。

 それが嫌な思い出だって、つらい過去だって知ってる……つもりなんだけど。


「……なんだか楽しそうだね。いい思い出があるの?」


 もしかして、そのキリエでは受け入れて貰えた……とか? いや、そうじゃない……だろう。


 だってもしそうだとしたら、そこに居つけばよかったんだ。

 それに、わざわざ俺を償還する必要だってない。


 そうしなかった、そうならなかった時点で、キリエで友達が出来たって話はない……と思うんだけど。


「えへへ。とってもね、大きくて、きれいな湖があるんだ」

「昼間は人がいっぱいだから、ダメだけど。夜の遅い時間にだったら、好きなだけ水浴びが出来たんだ」


「……水浴び。そっか、そういう……」


 あっさりなされた答え合わせは、なんとも力の抜ける話だった。


 まあ……そうだね。それは楽しいね。

 夜に学校のプールに忍び込んで……みたいな話だとすれば…………それ、めちゃめちゃ楽しそうだな……じゃなくて。


「本当に好きだね、水浴びが。それは……もしかして、その……」


 かつての姿と、そして彼女から切り離されたあの生き物の姿を思い浮かべて……そして、出かかった言葉を必死に飲み込んだ。


 まさか、どっちかと言えば鳥類……猛禽類に近いの? なんて、そんなの聞く馬鹿がいてなるものか。


 マーリンは人になりたくて、今はもう立派な人間の女の子だ。

 そもそも、そういう過去や事情がなくてもめっちゃ失礼。


「……水の中はね、静かなんだ。ごぽごぽって、いっぱいいろんな音が聞こえるのにね。不思議だよね」


 静かだから、それが好きだ。と、マーリンはにこにこ笑ってそう言った。

 その言葉は、ちょっとだけ……子供っぽ過ぎる普段の彼女よりも、ちょっとだけ大人びたものに聞こえた。


「静かで、でもいろんなものがあるのがわかって。だから、水の中が好き」

「でも……えへへ。今は、デンスケといっしょが一番好きだよ」


「……マーリン……もう、どうしてそうかわいいことばっかり言うんですかな。なでなでしちゃいますぞ」


 もう、本当にかわいい。萌え。マーリンたそ萌え萌えですぞ。


 しかし……うん。その答えは、やっぱり安心するものだ。

 少なくとも、俺といる間は、願望が叶ったんだって実感を得られている……ってことだと思うから。


 一番の話からその次、それ以外へと目を向けたならきっと、最初の街でみんなに魔術師殿って呼ばれたのがうれしいとか、フリードといるのも好きとか。

 あるいは、魔術の勉強が楽しいとか、いろんな願望が……喜びが並んでるハズ。


 初めて出会ったとき、そしてそれからしばらくの間を思えば、すごくすごく健全な精神状態になった……と思う。

 まあ、友達ひとりで、もうかなりうれしそうにしてたけど。


「……あ、そっか。ってことは、キリエまでは迷わずに行けるんだね」

「行ったことあって、それも楽しい思い出まであるとなれば……」


「うん。任せてね」


 案内するからね。と、マーリンはちょっとだけ張り切った様子で、俺よりも一歩だけ前を歩き始めた。

 こらこら、顔も前を向きなさい。危ないよ。


「それで、キリエまではどのくらいで着きそうなんだ? 馬車が通ってる……って話だから、それなりには遠い……のかな?」


 歩いて行ける距離なら、わざわざ馬車で行くように言わないだろ、オールドン先生も。


 それに、徒歩が選択肢にあるんなら、キリエなんて紹介せずに直接クリフィアへ行く道を教えてくれただろうし。


 あれ……? ってことは……


「えっと…………歩いて行ったら、十日くらいで着く……と思うよ」


「……ほひー……」


 十日。十日……ですか。


 いえ……その……まあ、出来なくはないんですがな。

 野宿生活もそれなりに慣れてますし、マーリンたそといっしょならどこでも天国みたいなものですから。

 でも……でも、ですぞ。


「……マーリン。そんなにかかるなら、先に相談くらいはしてよ……」


 十日も歩くなら、キリエでのんびりする時間作るから……って、そう説得して馬車に乗ったよ……っ。


 とまあ、今の俺の都合や後悔は一回横に置いて、だ。


 時間感覚……特に、日付感覚。それに、決定するにあたっての相談も。

 マーリンにはまだ、人として生きていくのに必要な常識が足りてない。


 こうして思い知らないと、たまに忘れるんだよね。

 山の中にいれば必要ないことだし、街では俺が引っ張るケースが多いから。


「……ごめんね、デンスケ」


 俺の目的は、俺がいなくてもさみしくないようにしてあげること。そのために、友達を作ること。


 でも、その友達に愛想をつかされてしまっては元も子もない。

 常識とかマナーとか、ちょっとずつでも身につけさせてあげないと。


「大丈夫だよ、怒ってるわけじゃない。でも、次からは気を付けようね」

「俺はマーリンの決定に従うし、どこまででも一緒に行くけど、何をしたいのかは知りたいんだ」


 なんか……もう、親の目線だな。大人じゃないし、立派でもないんだけど。

 でも、小学生の子供を相手してるようなものと思ったら……まあ。


 小学生よりずっと理解力のあるマーリンだから、俺の言ったことなんてすぐにわかってくれる。


 そんなわけで、ここを登るよとか、ここに足を引っかけて降りるよとか、あらゆる行動を先に報告しながら、マーリンは獣道を突き進むのだった。

 なんか違うけど……かわいいから許しちゃいますぞ。デュフフ。


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