第五百四十話【堂々巡りを巡り巡って】
そして、朝が来た。薄暗いながらも、分厚い雲の向こうに太陽の存在を感じる朝が。
「……結局、俺は何もさせて貰えなかった。それは……俺が何かをするまでもなかったから……って、そういうことでいいんだよな?」
勇者が街の外へ向かったこと。犯人がどこかへ潜伏したこと。モノドロイドがどちらに対しても警戒を強めたこと。
全部わかっていながら、俺は何も出来なかった。何もさせて貰えなかった。日が暮れてから、明けるまで、ずっと。
俺の意識は、勇者一行の誰かによってここへ呼び出されている……と、そう仮定している。
ほぼ間違いなくそうだろうとは思いながらも、しかし確証はない。でも、ここをこれ以上疑っていてもしょうがないから、そういうこととして思考する。
勇者一行によって呼び出されているのなら、その手伝いをするのが役割なハズ。だけど、それらしいことは何もしていない。出来ていない。
これは……そんなものが必要ない……と、そういうことでいいんだろうか。
俺を使って何かをするまでもない状況に辿り着いたから……と。
「なんにしても……今日だよな。これから先、時間をかけたらかけただけ状況は悪くなる。ずっとここで粘るつもりなら知らないけど、そんな時間があるとも思えない」
召喚魔術によってここへ来ている……にせよ、元の世界でのタイムリミットはあるハズだ。
俺のときはなかったけど、しかしそれは、元の世界に帰さなくちゃいけない……って認識が、ドロシーの中になかったから。
今度はそうじゃない。意図的に別の世界へと送り込んでいる以上は、帰るところまで想定されているだろう。
だとすれば、ここだ。今日、このとき以外に、状況を打開するチャンスはない。
これから先、街の警護はどんどん固くなって、犯人はその奥へと隠れてしまう。犯人確保が目的でないにせよ、勇者は街での活動をかなり制限されるだろう。
ゆえに、勇者が何かをするとしたら今日しかない。それがわからないようなやつなら、ドロシーもフリードも、異世界への召喚なんてしないだろう。
だから、日が昇ったら……昇りきるよりも少し前には、絶対にこの静寂は打ち破られる。
そう思って、何も得るもののない広場のど真ん中でも、集中して周囲の状況を観察していた……んだけど……
「…………っ! 今の……」
予想よりもほんの少しだけ遅く、街に陽の光が差し込み始めてから、遠くで爆発音が鳴った。
勇者の性格は知らないけど、何かをするのなら、街の人に見つからないように……勇者らしく、守るべきものに迷惑をかけないようにやる……と、そう思った。
でも、そうはならなかった。それはつまり、勇者ももうなりふり構っていられないってこと。事態の重さをきちんと理解してるってわけだ。
「先輩としてちょっと苦言もこぼしたくなるけど、でも……それが今回は正解だと思う。頼むぞ、勇者」
苦言をこぼす喉もないことだし、文字通り口は挟まない方向で。高いところへは移動させて貰えないけど、ここからでもその活躍ぶりは見物させて貰おうか。
しかし、この状況……日が昇り始めてからの行動には、ひとつだけ疑問……不可解な点がある。
勇者らしからぬことはすべきでない……から、暗いうちにひっそり活動すべきという話ではなくて。
至極単純な話だけど、明るくなってからでは、目撃者が増える可能性がある。
英雄然とした姿を見せなくては……以前の問題で、暴れてる姿を見られれば、それだけ動きにくくもなるだろう。
そうでなくても、警戒態勢も強まるハズだ。それこそ、機械人形のみならず、人間の警備員だって駆り出される可能性があるわけだから。
だから、行動を起こすならもっと暗いうちから……と、俺はそう思ってたんだけど。
「何か事情があるのか? この時間まで動けなかった……この時間になったからこそ動いた根拠が」
勇者は魔術師だ。それはつまり、かなり頭の切れる人物であるということの証左でもある。
十六年前の時点で、あの世界での魔術師は、学者としてその地位を確立していた。
なら、ドロシーみたいな例外を除けば、誰も彼もがその知力を以って活躍していると思って間違いない。
そんな賢いやつが、なんの根拠もなくわざわざ人目につきかねない時間を選ぶとは到底思えないけど……果たして……
「……音、どんどん近づいてくる。どんどん……ど、どんどん派手になってないか……?」
わざわざ日が昇るのを待って、人が気づく可能性を高めてから……どうしたことか、やけに派手な音が……聞こえるような……?
いや、気のせいじゃない。ドロシーがやってた炎の魔術とはまた違う、爆発の魔術を使っている……のだろうか。
とにかくものすごい騒音だ。とてつもない爆音が街の中を駆け巡って……
「……っ! 気づかせるのが目的……ってことか。でも……なんでそんな、リスクばっかりあるような選択を……」
こうまでなったら目的はひとつ。街の人が起きる時間を狙って、騒音と閃光とでとにかく注目を集めようって魂胆だ。
たしかに、それ自体は有用な策ではある。たとえば、注意を惹きつけて、そのあいだに別動隊を動かしやすくする……だとか。
けど……勇者一行がどれだけの人数かはわからないけど、多くても五人……現実的に考えれば、二、三人といったところが限度だろう。
召喚魔術がそんなに大勢を送り込めるものとは思えないし、それに、何人もいたんじゃ匿って貰うことも難しかっただろうから。
となると、たとえ勇者が注目を集めたとしても、残りのひとりふたりで犯人を捜す……なんてことは、とても現実的ではない。
じゃあ……ほかに何か目的があるってことなのか……? わざわざ人目につきやすい方法を選んだ、合理的な作戦が……
「――っ。ちょっ……い、いくらなんでもやり過ぎだって。目立つためとはいえ、早朝にこれは……」
まるで大玉の花火でも上がったかのように、頭が割れそうなくらいの爆発音と、影が一瞬だけ消え去るくらいの強い光が街を襲う。
これはいくらなんでも大迷惑過ぎる。も、もうちょっと……こう……みんな毎日働いて疲れてるんだから、労わりの心をだな……
「っと……さすがに俺も出動か。そりゃそうだよな。これだけ派手にやって、使えるものはなんでも使うって状況になってまで放置はあり得ない」
ド派手な花火が打ちあがり続ける暗い街を、俺の視界も疾走し始めた。
今までのどの瞬間よりも勢いよく、まっすぐに、迷うことなく大通りを抜けていく……のはつまり、明確な目的が定まってるってことだろう。
じゃあ、この派手なパフォーマンスはやっぱり意図したものなんだ。意図して注目を集めて、そのあいだに……
「……あ、そっか。そうだ、俺がいた」
そうか。と、なんだか蚊帳の外な時間が多かったせいで今更気づいたのは、注目を集める勇者の裏で、きちんと暗躍出来る部隊がここにあることだった。
言葉も届かない、何にも触れない、けれどたしかに意思を持って観測することの出来る不可視の偵察部隊として、俺がここにいたじゃないか。
やっと、やっとそれらしい出番が回ってきたんだな。やっぱり、今までの長い長い拷問みたいな時間も報われるんだ。
そう思うと、目も顔もないのに涙が出そうだよ……
「よし、任せてくれ。俺に出来ること……ちょっと出来なさそうなことまで、なんでもなんとかしてやる」
今ならなんだって出来る気がする……とは、身体もないから言えないけどさ。
でも、身体がないからこそ出来ることについてはなんでもやる。だから、俺のこともしっかり使ってくれ。
それで、勇者の、ドロシーの、フリードの目的が達せられるのなら。ひとりぼっちで、眠ることさえなく、街を歩き回らされたことも許してやろう。
これで気合も十分。疲れがなかった最初のころよりも更に高まった集中力で、ぐんぐん流れていく視界の中に異物がないかを徹底的に観察し続けた。
続けた……が……あれ? なんか……俺、同じところをぐるぐる回らされてる気がするんだけど、これはいったい……?




