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第五百三十七話【追跡者となりて】


 勇者と誰かの戦闘がすぐそこで発生していた。けれど俺は、それを見ることも出来なかった。

 曲がり角ひとつ越えただけの場所で、決定的な事件が起こっていたのに。なのに、俺は……


「……すぅー……はぁー……すぅ……よし。大丈夫、得るものはあった。ちゃんと考えれば、手がかりに繋がるものはきっとある」


 もう、歯痒いとか言ってられない。この街には、すでに大きな異変が起こっている。大き過ぎる事件が連続的に発生してしまっているんだ。

 街にとってすごく高い価値を持つ機械人形が次々に破壊され、異世界から現れた勇者による戦闘も勃発し、それをモノドロイドが追っている。

 この状況は、きっと誰も望んでいなかったものに違いない。少なくとも、ここで平和に暮らしている人々にとっては。


 それを前に自分の興味や願望を優先するのは、勇者のすることじゃない。

 かつてそう呼ばれたものとして、今そう呼ばれる誰かの先輩として、俺が今すべきことはひとつ。


「勇者と機械人形とは……この街の統治とは、完全に対立状態にある……と、そう思っていいのか。あの機械人形は、いったいどっちを追っていたんだ」


 この世界に起こっている異変を解決する。その手伝いをするんだ。

 身の丈に合わない勝手な責任感かもしれないけど、俺がこうして誰とも交流することなくここにいる以上、俺にしか得られない手がかりはきっとあったハズ。

 それを、勇者でも、フリードでも、それこそモノドロイドでもいいから、なんとかして伝えなくちゃ。


 けどその前に、まずその手がかりをきっちり精査しなくちゃならない。

 間違った情報を渡せば混乱はもっと大きくなる。誰かと繋がるその瞬間までは、やっぱり考え続ける以外にない。


「これまで人形を壊してた犯人をモノドロイドが突き止めているのなら、あのタイヤ付きは犯人を追ってた……だから、勇者と戦ってたこの場所へとやって来た。でも……」


 もしもまだ犯人が特定されていないのなら。そして……さっき聞こえた声の主を犯人だと断定したなら。

 そいつが勇者なのか、犯人なのか、そのどちらでもないのか。なんにしても、三つにふたつは間違った認識がモノドロイドのもとへと伝わってしまう。

 それで……万が一にも、犯人への対応が遅れたり、そもそも見落としてしまったりすれば、今までにない規模で被害が出る可能性も……


「――っ⁈ 今の音……また、雷の魔術……か? それとも……」


 突如、腹の底をしびれさせるような轟音が響いた。それは、さっき現れた機械人形が追いかけた方角だった。

 つまり、あのときの声の主は勇者……ないし、勇者と行動を共にする誰か、か。

 そして、追いつかれたか、待ち伏せされた勇者が、機械人形を倒すために魔術を使った……使ってしまった……と。


「……まずい。めちゃくちゃまずい状況だろ、それって。だって……」


 もしもそうだとすれば、これまでに人形を壊していたのは、やっぱり勇者ではない……ってことになる。

 だってそうだ。今までの機械人形は、物理的に殴り壊されていたんだから。雷の魔術による破壊は一度もなかった。

 けど、たった今聞こえたのは、紛れもなく雷鳴……自然発生したとは思えない、雷魔術の痕跡そのもの。

 つまり、殴って壊せる機械人形に対して、オーバーキルな魔術を使った……のでない限り、勇者はそれでしか人形を壊せないことになる。


 そして、最悪なのは……それでも、勇者が機械人形を破壊してしまったという事実が記録されることだ。


「やりくちが違うとはいえ、それに気づくかどうかはわからない。それに、気づいたとて顔の割れてる新しい犯人を追わない理由はない」


 つまり、どうあっても勇者はお尋ね者になってしまった……と、そう思って差し支えない。

 あの場所で犯人を捕まえられたとは思えないから、まだ街でやらなくちゃならないことがあるだろうに。なんて厄介な状況に陥ってしまったんだ。


「勇者は自身の目的達成も、その妨げになるだろう犯人の追跡も難しくなった。反対に、犯人は捜査の目がかく乱されて、かなり動きやすくなる。としたら……」


 これまで以上に多くの機械人形が破壊される……と、そう思っていいのか。

 それとも、勇者との戦いでダメージを負い、警戒態勢の強まっているあいだは、しばらく休養に充てるか。

 どちらにせよ、犯人も犯人で選択を迫られる展開にはなった、か。

 じゃあ、このあとの行動次第で、そいつの行動原理や人格なんかが見えてくる可能性もある……のか?


 しかし、こうなってしまった今、最も心配すべきはフリードの身の安全だろう。

 勇者一行と一緒にいるところはきっと見られている。としたら、勇者が人形壊しの犯人と断定されれば、フリードの処遇も相応のものになる。

 最悪なのは、フリードを人質に勇者を捕まえる……なんて作戦を実行された場合か。


「フリードならそんな状況には陥らない……とは言ってられないもんな。いくらあいつでも、ああも完全に包囲された状態で、一度は負けてる相手に大立ち回りなんて出来ない」


 となると……今、最も状況がいいのは、この街……モノドロイドの陣営だろうか。

 大きな被害を出し、これからもその規模が大きくなる可能性は高いけど、しかし、勇者と犯人が潰し合ったという結果は大きな利だ。

 そのうえ、勇者一行に対しての切り札を手中に収めている。のなら……


「……動いた。次はどこへ行かされるんだ。それ次第では……」


 また、ゆっくりと視界が動き始める。ずいぶんと迷っているのか、今までにないくらい慎重に。


 ここだ。この局面が、俺にとっても最重要ポイントになるんだ。

 これからの俺の行方……俺をどこへ連れて行くかによって、俺を呼び出した誰かの立ち位置がわかるかもしれない。


 もしもこれまで通りに街を巡回させられるのなら、モノドロイドの陣営である可能性が高い……ということになる。

 モノドロイド陣営ならば、情報は機械人形に追わせられる。だから、俺をそちらに使う必要はなく、これまで通りの役割をこなさせるだろうから。

 あるいは、この一件に感心がないのならば話は別だけど……それはあり得ないだろう。

 だって、人形が破壊された現場を、そして勇者が戦った現場をこうして訪れたんだから。


 そして次に、勇者のあとを追わされた場合。これは……たぶん、勇者一行と直接的にかかわりはなくとも、彼らに与する誰か……と、そう考えるべきだ。

 ドロシーや勇者による召喚ではないけど、しかし彼らの……異世界からの使者の手伝いをさせるために呼ばれた。そう思っていい。

 状況が悪いから手伝いをさせる……のではなく、その悪い状況をきちんと把握するために俺を使うハズだ。


 けれどもし……もしも、犯人の手がかりを、魔術ではない手段で破壊された機械人形を探させられたのならば。

 そのときは、ドロシーか勇者か、あり得ないと思っていたそのふたりのどちらかによる召喚だと判断するべきだ。


「……ドロシーが俺を呼んだとは思えない。勇者が俺をアテにするとも思えない。だから、そうはならない……と、そう思ってるけど……」


 現実的に考えて、召喚魔術を使えるのは、そのふたりだけの可能性が高いんだから。

 なら、そうするならほかにやりようがあっただろう……なんて理由で無視するわけにもいかない。


 もしも犯人を追わされるのなら、状況的に勇者一行の補助が目的だとはすぐにわかる。

 動きにくくなった彼らに代わって、厄介な存在を見張る……あるいは、情報を収集する、と。

 そのうえで勇者の行方を追わないのなら、それを確認する必要が薄いってことだから。ほぼ間違いなく、勇者一行による召喚で決まりだ。


 どうなる。これから俺は、いったいどういう扱いを受ける。何を求められる。

 ないハズの心臓が強く脈打ち、緊張から口が乾いたように錯覚する。身体なんてなくても、本能が要所への集中力を高めてるんだ。


 そして……ようやく視界は目的地を定め、今まで通りの速度で街を進み始めた。

 その進む先は……タイヤ付きが勇者を追った方向でも、街の大通りに戻るのでもない。

 細い路地を縫って進む……逃げている何かを追いかけるような道順だった。つまり、これは……


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