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第五百三十五話【不進】


 それからも、機械人形は破壊され続けた。毎日のように……ではなく、毎日に、何度も。

 むしろ、日を追うごとにその被害は増加しているような気がして、あくまでも部外者である俺でさえ、何が起こっているのかと戦々恐々としてしまうくらいだ。


 今、この街には、三つの勢力が存在する。

 ひとつは、この街を治めるモノドロイドと呼ばれる特殊な機械人形。そして、そいつがまとめる街の機関。

 最も明確で、かつハッキリとわかっているもの。この街における秩序そのものなわけだ。


 そしてもうひとつは、異世界からやって来た勇者一行。

 先とは対照的に、この街で最も不明瞭かつ、俺も含めた誰ひとりとしてその素性を把握出来ていない一団だろう。

 街に、世界に、害をなす存在ではない……と、そう思ってるけど。実際にどういう影響を及ぼすかは、当事者にならない限りはわからなさそうだ。


 それに加えて、機械人形を破壊している何か……なんだけど。こいつについては、単独なのか、それとも組織なのかもわからない。

 勇者一行を最も不明瞭としたけれど、こっちは最も不確かな存在と言えるだろう。

 そもそも、本当にそんなやつがいるのか、そんな組織があるのかも、確かめる手段さえないわけだから。


 その三つを前に、俺は……心情としては、フリードもいる勇者一行の味方をしたい……ところだけど。

 現実的には、どこにも手を貸せない、ただの傍観者でしかないのが現状だろう。


 さて。しかし、三つの勢力なんて言葉で言い表したものの、しかしそれらが明確に敵対しているわけではない。

 モノドロイドはいつも通りに街を治めているし、勇者一行は自分の目的を果たすために身を隠しながら行動しているだろう。


 ただひとつ、機械人形を破壊しているそいつだけが、ことを荒立てようとしているように見える……けど。

 それも、まだ顔すら見ていないからそう思えるだけ……かもしれないし。


「しっかし……これはまた、なんとも……手慣れてきてやがるな。こいつらだって情報は入ってるだろうから、警戒心も上がってるハズなのに」


 とまあ、そんな考えごとをしながらでも、俺の視界は勝手に動くし、勝手に情報を集めさせられる。

 そして今、目の前にあるのは、見るも無残に破壊された機械人形……もうすっかり見慣れてしまった、いびつな暴力の痕跡だ。

 それも、もうずいぶんと壊し慣れたのか、壁や地面がほとんど傷つけられていない。抵抗も許さず、手早く仕留めてる……って感じだ。


「この機械人形の強さを知らないけど、取り囲まれればフリードでさえ……っ。そんなやつを、こうも一方的に破壊出来るなんて」


 最初に見つけた現場では、おそらく勇者とそいつが戦った……のだろう。

 その場にどちらの姿もなかったことから、ひとまずは引き分けた……優劣はあったにせよ、その場は逃げおおせたのかな。

 さすがは、あのゴーレムと無限の魔獣さえも突破した、ふたりが認めた今代の勇者……ってところか。


 けど、その勇者でさえ捕らえられなかった相手……とも考えられるから困る。

 ポジティブな思考を進めようとすると、その根拠となる信頼がかえって状況を厄介なものに思わせてしまうよ。


「……まさかとは思うけど、やっぱり勇者の仕業……なんてこと、あり得るのかな……」


 機械人形は物理的に叩き壊されていて、それに魔術が用いられた形跡がないから、勇者は容疑者ではないだろう……と、そうは仮定したけどさ。

 でも、可能性をゼロにしたわけじゃない。あくまでも、勇者がそんな方法を選ぶ理由はまったくないだろう……って、そういう話で、物証や裏づけは存在しないんだ。


 もしも勇者が、自分達の目的達成のためには機械人形が邪魔だ……と、そう判断していたら。

 あるいは……あの機械人形を、人々を弾圧する悪だ……なんて思ってしまったら。


 勇者一行は、魔獣という明確な敵が存在する世界を生きている。

 であれば、人に害する脅威に対しての攻撃性は、ある意味では誰よりも高いとも言えるだろう。


「……はあ。そうは思っても、俺に出来ることは変わらない……のがなぁ。せめて、決定的な現場を見るくらいはさせてくれても……」


 万が一にもそんな事態に陥っていたなら、どうにかして勇者を止めないと。

 フリードがモノドロイドの手中に収まっている以上、無茶苦茶し過ぎればあいつの命にかかわる。

 そうでなくても、この世界では人と機械が共生してるんだ。それを破壊して回るのは、勇者ではなく蛮族の行いだろう。そんなのは許されない。


 しかし……実態を把握することも、その手がかりを誰かに伝えることも出来ない今の俺は、ひとりでやきもきするくらいしかやれることがなくて――


「――っ⁉ な――なんだっ⁈ 雷⁉」


 突如、腹の底がしびれるような轟音が響いた。いや、腹はないんだけど。じゃなくて。

 どうやら、かなり近くで雷が落ちた……らしい。しかし、空はたしかに暗いけど、雷雲なんてどこにもなくて……


「――雷魔術――勇者だ! まさか……まさか、戦ってるのか……っ!」


 それは……いったい何とだ。機械人形を破壊している犯人となのか。それとも……人々と歩む機械人形そのものと……なのか。

 もしもの可能性を考えてしまって、ないハズの背中から嫌な汗が噴き出す錯覚に陥る。

 勇者が勇者としてあるまじき行為に及んでしまったなら、そのときには……


「……っ。さすがに現場直行か、そりゃそうだよな。目的があるなら、俺をその場に向かわせない理由なんてない」


 真実を確かめたい。そんな俺の願いを聞いてくれたのか、視界はぐんぐんと大通りを進み始める。

 その方角は……間違いなく、雷の音が聞こえてきたほうだ。


 やっと……やっと、重要な局面を確認させるつもりになったんだな、俺を呼んだ誰かは。

 あるいは、今までは俺を使って何かをするような場面じゃなかった……予定の範囲内の出来事だった……のだろうか。


「だとしたら……余計に、だな。よし……っ」


 つまりこの状況は、誰にとってもあんまりいいものじゃない……んだろう。

 としたら……もしかすると、誰も予想していなかった展開に陥る可能性が高い。

 なら、今までは完全に管理下にあった俺の行動が、俺に与えられる情報が、予期せぬ形で増えることだって考えられる。


 俺がするべきことは、それを絶対に見逃さないこと。ほんの些細な変化でも、違和感でも、なんでも拾って手がかりにするんだ。

 それをどうにかする手段はまだ持ってないけど、いざ手にしたときに武器がないんじゃ話にならないから。


「……もう、未熟さを理由に足掻けもしないなんてのは御免だからな。勇者として、ヒーローとして、万全の状態で挑むんだ」


 痛いほど身に染みてるからこその教訓……なんて言いかたをすれば格好もつくかな?


 さあ、現場はどんどん近づいてるぞ。身体もないのに緊張で鳥肌が立ってる気さえする。それだけ空気が張り詰めてるんだ。

 ここか。この先か。この次か。と、曲がり角ひとつ越えるたびに心臓が縮みあがって、けど、一瞬の出来事さえ見逃すまいと、視界に映る全てのものに意識を向け続ける。

 そんな緊張の時間も、ついには終わりが来て――


「――――っ。な――また……っ」


 がつ――と、何かにぶつかったように、視界が動くことをやめる。けれど……そこはまだ曲がり角の手前で、事件が起こった現場はまだこの先で……


「……もう一歩……あと一歩だけでいいのに……っ。この先だ……この向こうに、勇者が……」


 ここだ。と、確信させるものがすでに見えている。

 曲がり角の先からこちらにまで伸びている地面の焦げ跡。これこそ、勇者の雷魔術の痕跡で間違いない。


 この先にいる。この先に、きっとまだ勇者も犯人もいる。それがわかっているのに……

 進め。と、どれだけ念じても、怒鳴っても、怒鳴ろうとしても、視界はそこから微動だにしない。


 また……俺は、あとになって知らされるのか。全部終わってから、何もかも手遅れになってから……っ。


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