第五百三十三話【破壊】
勇者一行は機械人形を破壊している。これが事実なら、俺は結構めんどくさい立場にいるかもしれない。
今の俺は、おそらく、この街、この世界にいる何かから請われてここにいる。だから、どちらかと言えばこの世界寄りに立っている。
俺自身はどちら側につくと決めてるわけじゃないけど、俺の意志で行動出来ない以上、中立より勇者側へは傾けない。これは間違いない。
そして、フリードは勇者側に立っている。目的を同じくして、一緒にここへ召喚されたんだから、当然。
でも、今はあのモノドロイドってやつのところにいる……と思う。そうなると、いくらあいつでも、ハッキリと敵対を宣言するわけにはいかないだろうから……
あのままだと、フリードの扱いは、迷い込んだ客人から、未知の力を持った捕虜へと変わってしまいかねない。
それも、ほぼ間違いなく死んでいた状態から蘇生した、奇妙極まりない――かつ、人権に配慮する必要のない、出自不明の存在になるわけだから。
これからのあいつの扱いについては、かなり……危険な未来も予想されるだろう。
それから何よりも厄介なのは、俺自身はフリードの味方になってやりたいと思ってることだ。
俺は……そりゃあ、ドロシーの意志を継いでここに召喚されている勇者の味方もしたい。けど……
もしも、勇者を守ることがフリードを見捨てることに繋がるなら、そのとき俺は……っ。
「……魔術による破壊……じゃ、ないよな、これ。物理的に殴り壊されてる。でも……それだけの手がかりなら、強化魔術の結果であることを否定しきれない」
なんともきな臭い、悪い予感が漂い始めている。それでも、そうじゃない可能性を求めて、俺は目の前の情報を必死に拾い集めていた。
今、俺が立っている……足もないけど、俺がいるこの場所には、いくつかの手がかりが残されている。
ひとつ。砕けた地面、壁。これはおそらく、硬いものが思い切りぶつかった……つまり、機械人形を叩き壊したときに出来た破壊痕だろう。
そしてふたつ。それらの痕跡のすぐ近くにある、焼け焦げた跡。
これはきっと、機械人形が破壊されたときに出た熱……あるいは、その熱によって焦げた人形の部品屑。
または……強化魔術によって放出された電気によって焼かれたか……だろう。
おおよそは一致するものの、しかし地面や壁のすべての痕跡に同じ焦げ跡があるわけじゃない。
だから、勇者が強化魔術を用いて、ここにあるすべての異変を起こした……とは、まだ言えないのかな。
そして、最も重要で、かつ厄介な手がかりは、無残に破壊されてしまった機械人形だ。
今の段階では、勇者が破壊した……と、そう推測するしかないけど、その正誤にかかわらず、こいつが壊されてしまっているという事実が重たい。
だって、この街におけるこの機械人形の立場は、普通の人と同じ……人間と同じように、文字通り暮らしているものなんだ。
とすれば、これはただ機械が壊されているのではなく、殺人に近いような事件として扱われかねない。
もっとも、人と機械人形が同じ……ってのは、あくまでも俺の所感だから。実際には、街の重要な設備が破壊された……って認識に留まるのかもしれないけど。
なんにしても、この残骸が発見されれば、疑われるのは勇者で間違いない。
そもそも、こんなものを普通の人間が破壊出来るわけもないんだから。となれば、自ずと容疑者は……
「……あ、いや。そもそも、勇者は誰かに見つかってる……のかな。見つかったけど逃げた……のか。それとも……」
最初にフリードの声を聞いたとき、その時点で機械人形に存在を知られてはいた……と、勝手に思ってたけど、どうなんだろう。
足手纏いとか、切り捨てて行けとか、そんな言葉が聞こえたからには、あの機械人形から逃げてる最中に、フリードがひとりで残ったんだろう……と。
となると……あのモノドロイド陣営には知られている。けど……
「……人と機械とがどのくらい密接に繋がってるのかはわからない……が……」
もしも、あくまでもどちらかがどちらかの管理下にあるのなら。そして、人が機械の下についているのなら。
その場合は、勇者一行は誰かに匿って貰えている可能性もある。
もしも逆なら、機械人形側から必ず報告が上がるけど、機械が上なら、わざわざ騒ぎになりそうな事件を言いふらしたりしないだろう。
少なくとも、正確な情報が集まるまでは、一般には秘匿されるべきだ。
そして、この街を治めているのだろう存在こそが、あのとき見たモノドロイド……特別な個体の機械人形だ。
なら、人形が発見した勇者の情報は、普通に暮らしている人達には知らされていないと思って差し支えない。
さて……となると、勇者も勇者でかなり立ち回りが難しい状況に陥ってしまってるな。
「街の人達を敵に回せば、これからの活動に支障をきたす。寝るところ、食べるものにも苦労するし、それに……」
街のどこにも死角がない……となれば、隠れながらの調査も不可能。フリードが同行するくらいだから、その程度のことは理解してるハズ。
そうでなくても、勇者と呼ばれる人間が、街の人に迷惑をかけても構わない……なんて思考をするわけない。
それこそ、そんなやつなら誰も勇者と認めなかっただろうしさ。
「……俺に出来ることは変わらない。俺を呼んだ誰かからのアプローチがあるまで、とにかく情報を集め続けるだけだ。でも……」
さあ、悩みごとはここらで一旦打ち切ろう。どれだけ考えても、結局は推論にしかならないんだから。
代わりと言ってはなんだけど、方向性を……もしも自由を得られたときの、俺の身の振りかたを決めておかないといけない。
協力の意思なしと認められれば、俺はここにいられなくなる可能性もある。そうなったら、フリードの助けにもなってやれないしな。
「街の味方をする……で、間違ってないハズ。ただ……それが、人の味方なのか、それとも機械人形の味方なのか」
あるいは、どちらも大切にする……どっちつかずじゃなくて、調和させるための中立を主張するのか。
早い段階でハッキリと決め過ぎると、それはそれでこのあとの観察に偏りも生まれちゃいそうだけど……あやふやなままだと、いざってときに揺らぎそうだし。
「……っと。決めあぐねてるあいだにもう時間か」
さあどうする。と、意識をそっちに向けた途端に、視界がゆっくりと流れ始めた。どうやら次のポイントへ移動させられるようだ。
しかし、なんてタイミングの悪さだ。もしかして、本当に俺の思考が筒抜けになってる……なんてことがあるんだろうか?
そのあたりの真偽を確かめるすべもないまま、また街の大通りを進んで……そして、今度はいきなり細い路地の奥へと誘導された。
さっきみたいにピンボケした状態で建物の前……なんて面倒なことをしなかったのは、機密の多い施設の近くを見張らせたかったから……じゃなくて……
「……なるほど、もうここに誰もいないから……か。もしかしなくても、俺を勇者とは引き合わせないようにしてやがるな」
言霊も聞こえず、何かが暴れる騒音もない。けれど、目の前にはすでに破壊された機械人形の残骸が転がっている。
ただ……この場所には、さっきあった焦げ跡が見当たらなくて……
「……強化魔術を使わなかった……あるいは、壊しかたが上手くなって、熱を発生させないように出来た……うーん?」
とりあえずわかっているのは、さっきとは壊しかたが違うこと。
壊れかたは同じ……外部からの強い衝撃で叩き潰されてるみたいだけど、しかしその手段はきっと別……
「いや、そうとも限らないか。あのとき勇者は、機械人形じゃなく、機械人形を壊したやつと戦ってた……とすれば……」
地面や壁に出来た穴と焦げた跡とが合致しなかったのは、それが別のタイミングで着けられたものだから……と、そうすれば合点も行く。
なんにしても、まだまだ情報が足りない。そして……そのことは、俺を操ってる誰かもとっくに理解してることだろう。
そのあとも何件か……いや。何件も何件も、同じように破壊された機械人形を観察させられた。
どれもほぼ一撃で破壊されていて、そのくせとんでもない壊れかただから……
「これ……人間じゃなくて、強力な機械人形の仕業……なんじゃないのか……?」
それこそ、制御不能になってしまった機体……とか。
もしそういう問題だとすれば、勇者もこの街も、それにフリードも俺も、同じ敵と対峙する形になり得る……か?
出来ればそうあって欲しいと願いつつ、しかし……そんなものが存在したとして、果たして勇者はそれを倒せるのかと不安にもなりつつ。
とにかく俺は、その場で得られる情報の、ほんの些細な変化にまで気を遣いながら観察を続けた。